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2020年3月 2日 (月)

『日本教』の革命について

 『日本教』の特徴について考えたいると、『日本教』は本質的に『保守的』な体質を持っている。この理由は以下の通りである。

 まず、『日本教』の教義は

「全てを見通した神様がいて、皆のために力をかけてくれる」
「そのような神の力を持った人間がいる」
「社会の支配者はそのような人たちである」

と言う風に、

「全てに目を配り、皆をよくしてくれる指導者に従う」

と言う信仰である。ここで大事なことは、

「全体の図式を知った人が指導者」

と言う発想である。このような全体像を、人間が得ることができるかどうかの議論は、プラトンが否定したが、大乗仏教は肯定した。しかも、円頓止観や即身成仏と言うことで、そのような力を得るための具体的な方法まで示している。

 しかしながら、このような『全体図式』を一から描くことは難しい。しかしながら、ここで日本の地政学的な利点が出てくる。つまり、中華文明の辺境の地であり、しかも島国という閉鎖性も持っている。更に言えば、木火土金水の全ての資源が手に入る。こうして、

「模範となる、先進中華文明を見て、自分たちの国家イメージを作る」

と言うのが律令制度の導入であった。こうした

「模範を見て自分向けに変更する」
「その後も現状に合わせて成長させる」

と言うやり方が『日本教』の信者の生き方である。これは

「現状を肯定する『保守』の発想」

と親和性が良い。

 さてここで、『日本教』では革命は起こるのかという議論がある。私は二つのパタンがあると思う。

 一つは、平安末期から鎌倉武家政権の成立である。これは、平将門の先行失敗例から、平家の力による平安貴族の没落、そうして鎌倉幕府の政権が独自の御成敗式目という法制度を作った一連の流れが、

「独自の思想による革命」

であったと考える。これは『一所懸命』に自分たちのあり方を考えた武士が、『あるべきようは』を知ることができるという、宗教的な支えもあって、実現した。

 もう一つのパタンは、明治維新や昭和の敗戦など、

「圧倒的に優勢な外国文明の受け入れ」

である。これは律令制度の導入時にあった、『和魂漢才』を『洋才』に変えただけである。確かに、学校システムなどのメディアが進んだので、高速転換ができたが、本質は

「まねして変える」

従来手法である。

 このように考えると、現在の社会で『革新』を行うために必要なモノが見えてくる。

それは全体像を描く力である!

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