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2020年3月29日 (日)

学問知識は成長したが感情面の豊かさは?

 昨日書いた、本当の納得に関する議論で、もう少し思いついた。つまり、

「現在の学校教育で成長するモノは何か?」

と言う問題である。もう少しこれを分けると

  • 学校教育に期待しているモノ
  • 実際に身につくモノ

の誤解があるように思う。つまり、多くの人が学校教育に期待するのは

「学校教育によって『全人格的に』成長する」

である。確かに、学校生活や交友関係、部活動などにより

「知識以外の面も成長する」

可能性は大きく、実際に成果が出ている。例えば、採用面でも

「四大卒の方が人間的に成熟している人が多い」

と言う感想がある。

 しかしながら、学校側の最低限の責任は

「知識などの教育」

であり、感情面や人格面の成長は副産物という扱いである。

 もう少し踏み込めば、

「経済面など家庭事情などで、友達交流できない子、部活もできない子」

等の、『知識外の成長』は学校の責任とはいえない。

 こうして

「感情面や対人スキルなどの成長ができなかった子」
特に
「成績だけが優秀な子」

は、この後

「自己責任で対人関係を切り開け」

となっているように思う。しかしながら、生活体験が貧弱な場合に、このような切り開きができるのであろうか?

 これで本当に上手くいかないから、色々な歪みが出ているように思う。

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