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2020年3月14日 (土)

『平均』に縛られていないか

 現在の科学的文明には、『数値化したモノ』が物を言うことが多い。そこで、社会科学などでは、統計的な処理を行うことで

『数値化して議論』

できるようにすることが多い。これは

「計れないモノは、計れるようにする」

の実践である。このように数値化すると、

『平均』『分散』『偏差値』等

の便利な道具が使えるようになる。確かに、マクロの視点で考えるときには、平均を見て成長や減退の傾向を掴むことは有効である。

 しかし、ここで注意しないと行けないのは、このような数値の一人歩きである。偏差値信仰の弊害は、色々と言われているが、

『平均』

の弊害も出ているように思う。

「世間の平均より劣っている」

これで、強迫的な行動になる人がいる。さらには

「平均的人材ができること」

ができなければ、

「落ちこぼれる」

と焦る人も出てきている。

 平均はあくまで状況をマクロに掴む手段であり、それに捕らわれてはいけない。

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