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2020年3月20日 (金)

平安時代の日本は経済的にどうだったのだろう?

 平安時代の仏教を考えると、曼荼羅などの絵画、平等院の豪華な建築と言う風に、当時としては非常に贅沢なことをしていると思う。特に絵画は、現在の紙や布と比べものにならない貴重品である、布や紙に描かれている。このような、絵による表現は、当時としてはとても贅沢である。

 このような、絵による表現を使って、当麻曼荼羅による阿弥陀浄土の信仰が普及し、空海以降は更に多くの曼荼羅が生まれた。こうして、全体像を描いて説明する形式が、当時の仏教普及には定着している。

 また、空海が唐に渡った時には、多くの絵師を雇って、曼荼羅を模写させた。これは、短期に日本に密教の法具や曼荼羅などを持ち帰ったことから、多くの人が動いたのは間違いなく、そのための財力があったのだろう。更に、

「空海は、真言宗の八祖の立場を金で買った」

と言う人もいる。これは裏を返せば、それほどの金を持っていたと言うことである。

 当時の日本になぜこれほどの金があったのだろう。これには多くの側面があるが、まず日本列島には、水が豊かで、木や穀物が茂る環境があった。更に鉄鉱石などの鉱物資源も産出した。木材があれば、燃料として火をおこすこともできる。土地も比較的安定している。このような資源面での安定供給が一要因である。

 その上で、外部侵略が少ない環境となったので、兵役が少なくなっていく。これは経済面で大きな恩恵である。

 このように考えると、平安時代の日本は、中華文明の東の果てで、かなりの金満国だったのではないかと思う。

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