ご縁のあった人たち

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2020年3月22日 (日)

少しの幸せを味わえるか?

 先日から色々と思うことがあったが、自分が今まで生きてきた中で、

「少しの幸せ」
「平凡な中の幸せ」

を感じ取る力が弱かった、と言うことが解った。

 これは、学校教育などで言う

「0と1をはっきりさせる」

考え方に、私が過剰適応していた結果でもある。

 しかし、人間が生きていく上では、色々な物事が起こるが、その中で

「小さな幸せ」
「少しの違い」
「小さな暖かさ」

これを見いだす力があれば、もっとよくなるのではと思った。

 別の見方をすれば、私は大学院の博士課程(現在なら後期)進学を諦めた身である。しかし、「在野の研究者」としての県産はある程度行っていた。しかし、在野の立場で博士号取得は並大抵のことではできない。そのため

「理論的研究の大テーマ」

に固執して、結局論文は書けなかった。大学院に行き直せば、適度なレベルの研究成果で論文をまとめて、段階的に成長することもできたであろう。

 このように考えると、「小さな違い」に敏感になって

「少しの幸せを味わい感謝する」

ことが本当の幸せを掴むために大切だと解る。

 なお、この話に関しては、僧侶・修験の大先達「かとうれい師」の説法で気がついたことが大きい。

 https://twitter.com/ReiTS14/status/1241302165127188480?s=20

 説法のYoutubeはこちら

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