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2020年4月19日 (日)

IT技術による多面的な記述(再現)の可能性について

 昨日書いた、ゲームが人間の成長に与える影響について、もう少し議論していきたい。ここで、影響と書いたが、現在の状況は

「IT技術による、人格に対する多面的な見方を開く、可能性

の段階である。

 まずは、多面的な見方の重要性を認識するため、現在の「教科書的一面性」の弊害について考えてみよう。

 現在社会は、物事を単純に見るとこで、因果関係を明確にして、一般的な知識を引き出し、予測や説明ができるようにした。こうして、物理学が生まれ、機械化した文明が力を持つようになっている。そこではガリレオの原理と言われている

「計れるモノは計れ、計れないモノは計れるようにしろ」

が力を持っている。そのため現在社会では、

  • 子供の成長段階では成績
  • その後は給料
  • 帰属社会のランク付け
  • 政策評価はGDPの上下

等の単純化した尺度による物事の把握が行われることが多い。特に、人間に対する動機付けが、このような単純な尺度で行われることが少なくない。成績だけでの評価、所属会社だけでの評価(内定先だけでの評価)、地位だけでの評価などである。

 しかしこれで本当に良いのだろうか?人間というモノをこのような一面的に観て良いのだろうか?

 ここから、少し私の過去の状況をシミュレーションしてみたい。

 私は、学校成績はかなり良い方であり、大学もいわゆる旧帝大で、大手のメーカーに就職した。このスペックで、中学や高校の「憧れの人」に対して、結婚を申し込んだらどうなったであろう。ここでもう一つ付け加えると、当時の私の価値観は、成績が大事であった。従って、相手側もかなり『成績優秀者』である。従って、向こう側も『良い学校』というモノに、引きずられた可能性はある。従って、交際結婚という可能性はある。

 しかし、私自身の個性や家庭状況を考えると、これが結婚まで無事行ったか、結婚後の生活が無事行ったかは大いに疑問である。それどころか、破綻した可能性は大きい。前にも書いたが、私の家庭は貧困であり、対人スキルや色々な体験を、子供時代や学生時代に過ごすことはできなかった。

 さて、人間の多様性について私に

「文学作品を多く読んで、人間を広く理解しろ」

と助言してくれた先生がいた。確かに、文学作品を深く読み、その人の心に寄り添うことができれば、多面的な人間理解ができるようになったかもしれない。しかし、このことには想像力などの多大な力がいる。

 そこで、私が可能性を見いだしたのは、ゲームの世界である。ゲームの登場人物に、色々な側面を入れて人格として充実させていく。多様な価値観を入れて、矛盾した価値観の間で色々な悩みも体験させる。一方、他人との関係で、お互いの感情の交流や、相手側がどのように 感じているかも、後からの反省などで観ることができるようにする。

 このような、人間関係を密に提示する育成が、ゲームにはできる可能性があると思う。 

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