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2020年4月 3日 (金)

コロナ感染対策に見る『日本教』的な発想

 今回のコロナ感染対策において、日本政府の対応は、世界の大勢からは外れている。しかしながら、

「死者数の造化は、タの国と比べてよく抑えている」

と言う面では、

「失敗とは言い切れない」

レベルである。今回の政府の対応は、

「検査数を抑えて、感染者数を少なく見せることで、問題を先送りした」
その間に
「国民の間に自粛ムードや、手洗いうがいの励行で、感染を抑える行動を定着させ」
さらに
「医療体制の立て直しを図った」

と言う風に見える。この対応は

「国民に協力してもらえるという確信があった」

からできたのだと思う。ここで

「問題先送りは悪いのか?」

と言う観点でもういちど議論すると

「時間稼ぎをすれば体制が整う」

ならば、

「先送りは立派な戦術である」

ただし、

「解決策がない場合の先送りはじり貧となる」
(先の大戦の日本)

と言う危険性がある。

 ただし、今回の対応に関しては

「多くの国民の協力と、地方自治体など各部門の努力ができる」

と言うある程度の勝算があったと思う。この一面として『日本教』の

『皆の良識を信じる。話せば解る。」

と言う根本的な信念が大きく働いたと思う。

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