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2020年4月16日 (木)

コロナ危機以降の社会について 続き

 昨日書いた、『コロナ革命』について、もう少し考えてみた。

 今回は、かなり過激な内容になるが、全体を読んで判断をしてほしい。

 まず一つ目の論点は、『淘汰』という概念である。ウイルスと共存という生物学者や歴史学者は、ウイルスの機能としての『淘汰』と言うことを明示しない場合がある。しかし極論を言えば

「ウイルスとの共存と言うときには、免疫ができるまでの間に死者が出る。」

と言う事実に向き合い、更にその裏にある

「そこで死ぬのは弱者である。」

と言う『淘汰の原理』を含んでいる。この厳しい側面を忘れて、軽々しく

「ウイルスと共存」

と言うべきでは無いと思う。

 さて、次の論点は

「淘汰が、起こるにしても何を淘汰すべきか?」

と言う議論である。私が考えていることは

「淘汰の対象は、不適切な社会システムである」
具体的には
「既得権益にあぐらをかいている、人々やシステム」
加えて
「人間を大事にしないシステム」

を淘汰の対象にすべきと考える。もう少し具体的な施策を言えば

「企業の休業補償は行わない」
しかし
「個人の生存保障はしっかり行う」

と言う考えである。企業に関しては、

「この危機を乗り切る、智慧ある経営者が生き残れば良い」

「働く人の生活はきちんと守る」

と言う考えで、淘汰が行われても良いと思う。このため、具体的には、ベーシックインカムの制度が良いのではと思う。

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