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2020年4月28日 (火)

自らを超えるモノを生み出すためには

 コロナ危機に関連して、『ウイルスと人類の共存』という人がいる。確かに、今までの人類の歴史において、ウイルスとの共存状態といえないことはない。しかし、

「ウイルスと共存というなら、ウイルスによる淘汰を認めるか?」

と言う大きな問題がある。宿命論的に

「定められた運命でウイルス感染で死ぬ」

と言う人ばかりではない。現在の医療や社会的な対応で色々と立ち向かっている。最後にはワクチンで、制圧することを目標としている。このような流れを『共存』と言えるのだろうか?

 ただし、この議論も単純に割り切りすぎたかもしれない。中間的な発想として

「人間の命はできる限り救う、しかし今回の危機で社会システムの不備は淘汰する」
(例えば)「この危機をを乗り越えられない、経営基盤の弱い会社は淘汰する」
     「政治の形も見直す」

と言う形での『淘汰』はあり得ると思う。

 確かに、コロナ危機によって、新しい社会制度を生み出すことは、可能性として大きい。例えば

『ベーシックインカム制度』

の導入は、一つの候補だろう。

 さて、ここで大きな問題がある。

「現在の社会制度を超えるモノは、誰が生み出すか」

という問いにきちんと答える人がどれだけいるだろう。私が何を言いたいのかよくわからない人もいると思うので、これを極端な二つの例で考えてみる。

  1. 理論的に作り上げた理想社会を描き、それを実現しようとする
    (いわゆるプラトンの哲学者の支配)
  2. 色々な社会を実験的に作り、その中で一番良さそうなモノを選ぶ

実際には、ある程度理論的に見通しを立て、それを試行錯誤的に修正していく形が妥当かもしれないが、現状を超えるモノをどのようにして造るかは、現在こそ見直すべき問題だと思う。

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