社会の変革時には教育が変化する
先日から書いている、コロナ危機の後に起こる『社会の大変革』に関連して、今までの日本社会の大変革を見直してみた。
古い順から挙げると
- 弥生時代の渡来人による稲作への転換
- 聖徳太子などによる天皇制の確立と仏教の普及
- 空海等の遣唐使とその廃止に伴う和魂漢才文化
- 武家社会の成立(承久の乱まで)
- 明治維新
- 昭和の敗戦
と言う流れになる。
私の考えでは、この各段階で、大衆に対する適切な指導が行われて、流れが変わったように思う。つまり、日本の変革時期には、
「従来の特権階級の独占知識が多くの人に広がる」
ことで、大きな力が生まれた。最初は、渡来人達が稲作の方法を教えて、それが広がる。次に、聖徳太子達は、大乗仏教と中国文化を上手く融合しながら導入していく。そして平安時代には、仮名文字文化で漢文の知識人独占を排除していく。
さて承久の乱では、貴族や皇族の支配権を、武士が奪い、しかも法律まで作ってしまう。しかも貞永式目などは江戸時代まで寺子屋で教えていた。こうして、大衆教育は宗教教育と一体となって、江戸時代までの日本文化を育てていた。
しかし、明治維新では、
「西洋文明の早期吸収のための学校教育制度」
を実現し、そこでは
「教育からの宗教排除(仏教・古神道)」
が行われている。なお、『国家神道』を宗教と認めることは難しいと思う。
最後に、昭和の敗戦時のアメリカ支配で、
「民主主義教育の徹底(知識層のエリート的発想の排除)」
と言う流れになっている。
さて、このように変革時には、『知識の大衆化』が起こることが、今までの流れで見えてきたと思う。
ここで、令和の時代を考えると次のような予想ができると思う。
「SNS等のネットの力と、ゲームの記述力による教育革命」
これが、コロナ以降の社会を変えていくと思う。続く
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