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2020年4月 8日 (水)

本当に民主主義を実現するなら人への信頼が必要ではないか?

 昨日の『日本教』に関する議論をもう少し踏み込んでみた。私が考えている、日本教の教義は

「人に対する信頼と能力への楽観視」

である。これは、私たちは当たり前と思うかもしれないが、西洋文明にはこれに対する大きな壁がある。その土台は、プラトンの洞窟の比喩である。つまり、

「人間の分際では、神のみぞ知る『真実の世界』には到達できない」

と言う諦めである。このため

「真実に少しでも近づく哲学者の支配が望ましい」

と、プラトンが「国家」で主張した。この「哲学者の支配」と言う発想は、形を変えて、現在でも

「高能力エリートの支配」

と言う形で、西洋文明に生きている。

 さて、私が提案する『令和日本教』では、

「人間の力でも、皆をよくするビジョンを持つことは可能である。」
「そのビジョンを作るのは、有能な限られた人かもしれないが、それを理解する人は多くいる」

であり、さらに全体的なビジョンを作る力は

「全体像を悟る力が私たちあるという信仰を持って、全体像を観ようと修行する」

ことで身につく。これは天台宗の円頓止観の修行そのものであり、更に有能なクリエイター達が行っていることである。

 一方、大衆の理解に関しては、現在のネット社会が、これを支えている。山本七平が『日本教』について書いた昭和の時代は、まだ本など紙での情報交換が主であった。そこでは限られた人の理解しか得られなかったであろう。

 しかし現在の情報発信と入手の大衆化は、大衆の理解という

『本当の民主主義』

を実現させるのではないかと思う。

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