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2020年5月 4日 (月)

被害者のためになる対応とは?

 昨日書いた「被害者のための施策」に関して、もう少しミクロの観点で議論する。当然のことであるが、被害者の状況は一様ではない。従って個別の状況に対していくことが大切である。しかも、同じ人でも時間の経過と伴に変化していく。このよう多様な状況に対して,均一な教科書的な対応は、

「方向付けを示す」・・・これは大切だが!
「解決のヒントになる」

程度の効果しか無い。ただし、昨日も書いたように、

被害者の幸せが大切

と言う基本的な原理が、専門化が進むと忘れられそうになる。特に西洋文明的な『弁護士の活動』においては、

「依頼人のために全力を尽くす」つまり「一方的な主張をする」

形の議論になる。西洋文明の発想では、

「お互いが断片的なモノしか知らない」

のだから、一方的な主張をぶつけるのが正しい。

 しかし、『日本教』的な発想では

真実そのものを皆が知る

と言う共通感覚がある。ここで加害者側の一方的な主張で、傷つく被害者が少なくない。

 この段階での対処は、とりあえず弁護士に任せるなどの、代理人での闘争にするのも一つの手段である。

 このように被害者のことを考えると

  1. これ以上の被害を避ける(二次被害を避ける)
    1. そのための逃避もある
  2. 自分の権利などを見直す
  3. 自分はどうすれば良くなるかを考える
  4. 良くなるための一歩を踏み出す

と言うような手順が必要ではないかと思う。

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