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2020年5月25日 (月)

明治以降の体制と敗戦後の変化

 先日、旧制中学の幾何学は、科学的な論理思考の鍛錬として、よくできている、と言う話をした。つまり、具体的な図形の性質を抽象化し、論理的に議論するという総合的な観点での教育であった。

 しかし、現在の数学教育は、あくまで数学の範疇でしか教えていない。

 このような変化はどこで起こったか、これはやはり、昭和の敗戦時のアメリカGHQの支配の結果であろう。そこでは、数学の専門家は、数学だけに閉じこもりがちになる。(これには、一部には軍事協力のすねの傷を隠す面もある。暗号解読などには数学者が動員されていた。)

 ただ、GHQの支配には、内務省解体の動きもある。先日も、NHKの「日本人のお名前」で警察が、病人の状況を把握しているという話があった。これを聞いて驚いた人がいるが、戦前の内務省から警察の駐在所までは、国民の生活を守り、指導するという一本の筋が通っていた。但し、これが悪用されると、軍事国家への転落となってしまう。これを嫌って、GHQは内務省解体を行った。

 しかし、住民を総合的に観るという立場からすれば、何らかの機能が必要では無いか?

 地方自治で少しそのような面も見えているが、コロナ危機の後にはもう一度見直すべきモノがあると思う。

 

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