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2020年6月21日 (日)

病気と後天的なモノの違いについて

 先日、HSPについて、解説資料を読んだ。この人たちの状況に関連して、発達障害者の過剰適応の問題がある。

 両者は、

「人に対して気を使いすぎる」

という外見的な症状では、同じ様に見えるかもしれない。しかし,脳内の構造は全く違っている。

 HSPの人は、そもそも感受性が高い、いわば高感度センサー所有であり、センサーの敏感さに対して、フィルターをかける必要がある。

 一方、過剰適応者の場合には、センサーの感度は高くない,それどころか低いことを自覚しているので、その後での脳内の処理が活発に働き何とか補おうとする。その結果、頭の働きか過剰になって疲れてしまう。

 さて、このような人々に対しては、対応が同じで善いのだろうか?

 まず、HSPに対しては、「ある種の病気」と言うことで治療という感じになる。薬での治療などという話になると,周囲の理解も得やすくなる。

 一方、過剰適応者に関しては、後天的に身についたモノだから、訓練等で何とかならないかという発想がある。このとき周囲の目が、

「努力すべき」

と厳しくなる場合がある。

 この違いについて、もう少しよい答えがほしいが,どうも出てこない。

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