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2020年6月25日 (木)

氷山モデルの『日本教』的な考察

 知識の使い方などで、氷山モデルという例えがよく出てくる。例えば、意識と無意識という議論である。

 しかし、このような氷山の水面下の部分について、私たち『日本教』の信者には、

「何かあるのは解っている」
「何となく感じている」

ことが多い。

 しかし、西洋文明では、

「定義されていないモノは見ない」

と言う発想がある。これは、アルファベットの文字列で考える場合と、漢字仮名交じりのイメージの働く推論の違いだと思う。

 例えば   

   ”line” と 「線」

と言う言葉で考えても、「線」と言う文字には、糸偏の「糸のイメージ」や旁の「泉から水が流れるイメージ」という含みがある。

 こうした意識していない、イメージの働きが、氷山の水面下を思いやる働きに通じていると思う。

 

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