ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 東京一極集中の崩壊について | トップページ | 文明の衝突でなく共存ではないか »

2020年8月11日 (火)

社会の二極化を正当化する一派

 先日から、都市への集中問題を考えていると、どうしても

    「低賃金での労働者こき使い」

の問題が出てくる。この問題は、古くは

    「ドヤ街の口入れ屋」

という形で、高度成長時代からあった。そして現在は、

    「派遣労働者やパート労働者に対する低賃金労働」

という形で顕在化している。

 さて、この問題に関して、一つ注目すべきことは、

    「正義感の違い」

である。つまり、昔の「口入れ屋」などには、非合法に誓う後ろめたさのようなモノがあった。実際、後ろのヤクザが見え隠れっすることも少なくなかった。

 一方、現在の低賃金労働者を使っている者には、そのような後ろめたさが見えない。どちらかというと

    「アメリカ流儀の市場競争力重視」
    「労働力対する至当な評価」
    「しっかりしたマニュアルに基づく労働である」

という風な理屈づけを行っている。確かに、アメリカ流儀の

    「科学的な管理方法」

を用いて、単純化して労働対価を計算すれば、このような結果が出るかも知れない。また彼らは言う。

    「単純労働から抜け出したければ、資格を取ったり、学位を取って抜け出せばよい」

というのがアメリカ流儀である。

 しかし、私はこのような

    「下層階級の低賃金を正当化する議論」

には危険なモノを感じる。何故なら、欧米人には

    「奴隷制度を正当化するために、白人優位の『科学的』議論まで育てた」

伝統がある。

 科学の裏付けと称する、正義の振り回しが、西洋文明のどこかに潜んでいるように思う。 

« 東京一極集中の崩壊について | トップページ | 文明の衝突でなく共存ではないか »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 東京一極集中の崩壊について | トップページ | 文明の衝突でなく共存ではないか »