ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 社会の二極化を正当化する一派 | トップページ | いわゆる『大企業型』についてもう少し »

2020年8月12日 (水)

文明の衝突でなく共存ではないか

 先般取り上げた、小熊英二の観点から、もう少し踏み込んで考えてみた。

 小熊の『大企業型』に関しての分析は、鋭いモノがあると思う。私の意見は以下の通りである。

  • 大企業はそれ自体『大企業村』を構成している
  • 大企業の体質は、企業戦争に勝つ軍隊組織である

つまり、地域密着の『地元型ムラ』ではなく、企業内のムラ社会である。しかも、目的達成のための、軍隊組織に近い体質を持っている。このように考えると、日本の企業体質がよくわかる。軍隊の体制なら、命令に従って、移動するのは当然であるし、必要に応じて色々な作業を行う。例えば、歩兵であっても、自分たちの身を守るためには、塹壕を掘る。これは、工兵仕事だと逃げていたら、死んでしまう。

 このように考えると、日本的な雇用の、仕事に対する忠実さ、柔軟さが説明できる。

   『産業戦士』

という表現があったが、これは本質を突いていると思う。

 ただし、このような『大企業型』の雇用者は、ぜんたいの1/4程度である。これに対して、大学などからの人材供給が過剰になっているのが、現在の一つの歪みである。

 さて、小熊が指摘しているように、『大企業型』の他にも『地元型』『残余型』という働き方がある。私はこの部分をもう少し分けて考えるバキだと思うが、とりあえず

 『大企業型文明』とそのほかの文明は違う!

ということを、きちんとしておくべきだと思う。

 そこで大切なことは、

  複数文明の共存

の道を図るべきだ後思う。確かに西洋的な発想なら

  「文明は支配的なモノであり、衝突すれば勝ち負けを決めるようになる」

という発想がある。

 しかし、日本という国は、そのような衝突を上手く避ける知恵があるように思う。

 今回の記事を書いていて念ったことは、『大企業型』を軍事組織と観るなら、江戸時代の武家社会がこれに当たる。一方、残りの部分は町人文化や農民文化に当たるだろう。ここで、武家文明と町人文明は、上手く棲み分けし、共存していた。

 この発想をもう少し活用したらよいと思う。

 

 

« 社会の二極化を正当化する一派 | トップページ | いわゆる『大企業型』についてもう少し »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 社会の二極化を正当化する一派 | トップページ | いわゆる『大企業型』についてもう少し »