ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« いわゆる『大企業型』についてもう少し | トップページ | 日本と西洋文明の違い »

2020年8月14日 (金)

認識するモノは何か?

 社会科学などの分野では、物事を見る目が、その人が持っている、知識の影響を大きく受けている。これは、自然科学の分野と大きく異なる。私たちは、自然科学、特に物理学の影響を受けているので、

   「自然界のモノを素直に見る」

ということは、当たり前に考えている人も多いと思う。しかしながら、社会の現象や人間の営みは、多くの側面があり、更に社会科からの関わりも多様になっている。私たちは、その全てを知ることができているのだろうか?プラトンが突きつけた『洞窟の比喩』は、確かに成立している。

 私たちは一面しか見ることができず、それは自分たちの知っていることに制限される。

 例えば、マルクス主義にこだわれば

   「労働者は資本家に搾取されてこき使われている」

という観点で議論が進む。しかし、江戸時代の篤農家が

   「多くの人を指導して、開拓させる」

という活動は、

    「社会資本への投資で、将来的に皆がよくなる」

という側面がある。投資と回収、全体としての幸せ、等の概念がないと、このような発想は出てこない。

 このように考えると、私たちが見ているモノは、私たちの今までの知識に大きく影響されている。

 なお、私たちが作った制度に関しては、自分たちが創ったから、定義もはっきりしている。

   「正しいと言い切れるモノは、作られたモノである」

このヴィーコの言葉は、流石に社会学の祖といわれることがると思った。

« いわゆる『大企業型』についてもう少し | トップページ | 日本と西洋文明の違い »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« いわゆる『大企業型』についてもう少し | トップページ | 日本と西洋文明の違い »