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2020年9月 7日 (月)

日本の意志決定機構についてどこまで公開されているか

 諸外国の人たちには、日本の意志決定機構がわかりにくいと、言われる事が多い。先日は、自民党の意志決定機構が見えないと書いたが、これは自民党に限った事ではないように思えてきた。

 もっと言えば、裁判や国会審議でも

「予定調和の筋書き通りの芝居を見る」

コトが多い様に思う。もっと言えば、

「江戸時代の御前将棋は、事前に対局して、その結果を並べるだけ」
(考慮している時間を見せて待たせない)

という雰囲気で、

「綺麗事の場面だけ見せる」

ことになっている。

 もう少し言えば、

「日本の権力の役割」

についても、

自分の意向を前に出して引っ張る
「西洋文明のリーダーシップ」

と違うモノがある。日本のリーダーは

「皆に意見を言わせて、それを採用する」
「皆の意見を承認する」

機能が重視されている。従って、

「リーダーからの発言はない」

という形が多くなる。

 なお、明治維新の時のように、

「極論対立でどうしようもないときには、天皇陛下のご意向が決着」

という事例もあるが、これは混乱時の例外的なモノだろう。(室町時代は、幕府の仲裁機能が弱く混乱を招いた。又幕末に関しても、幕府の蹴って気力が無くなったから混乱した。)

 このような、権力の見方は、西洋文明と少し違っているように思う。

 

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