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2020年10月16日 (金)

哲学科出身者の就職事情

 近日話題になっている、日本の文系の非実用性に関して、ある逸話がある。

アメリカの大学の哲学科教授
「内の学生を欲しがる企業が多くて割り当てに困る」
日本の大学の教授
「哲学出身者の就職口に困る」

この状況に関して、きちんと議論ができているだろうか?この問題には、色々な切り口があるが、まず思いつくところだけでも書いておく。

 一つ目はアメリカの大学の哲学の広さである。プラグマティズムが哲学の一分野であるし、「一般システム思考」のワインバーグなども哲学科に所属していた。つまり、日本の哲学のイメージより、実学に近い分野が哲学に含まれている。このレガ、哲学出身と言っても、企業が欲しがる傾向につながっている。

 二つ目は、アメリカの文明に、論理的思考を重視する、風土がある。つまり、哲学を勉強することで身につく、クリティカルシンキングのスキルを重視している。これで、哲学出身者を重用する。なおこれと関連して、

「理論武装としての哲学的考察」
〈自分たちが正しいと、哲学的に述べる〉

と言う側面もある。欧米文明には、本質的に侵略的・制圧的側面がある。その時

「自分たちが正しいことを理路整然と言いたい」

と言う側面が、哲学的思考重視に向かったのではないかと思う。

 さて、日本の哲学者は、どうなっているのだろう?

 この問題に関連しては、戦前・戦中の戦争協力問題が微妙に絡んでいる。

 戦争中の、学者の戦争協力の問題は、現在の人間が考える以上に、厳しいモノがあった。つまり、

「学者個人の生き残りのための戦争協力!」

である。学徒動員という形等で、大学卒業生が軍隊に入ると、一兵卒でいじめられるか、いきなり予備仕官という扱いになる。ここで、予備仕官になれば、よい処遇に見えるかもしれない。しかし、

「予備仕官は、先頭に立って突撃する、小隊長の補充品」

と言う厳しい現実がある。士官学校卒などの、率先垂範できる人材が枯渇してきたので、大学卒という高学歴者を、小隊長にして、先頭に立たせる。こうして多くは死んでいく。この現実から逃げるには、軍隊の気に入ることをして行く。

 こうした戦時中の行動は、戦後多くは蓋をされてしまった。例えば、マックス・ヴェーバーの研究者達の一部は、ヴェーバーが戦時中に行った、戦争の見通しを含んだ講演を、翻訳するときには、終戦後の講演と誤訳して紹介したりして、自分たちの手のひら返しを隠そうとしていた。

 日本学術会議の

「軍事研究嫌い」

にも、このような歴史があることも知っておいて欲しい。

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