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2020年10月30日 (金)

人間はどこまで『悪人』となるのか

 昨日書いた戦後の日本人の対応について、現代人の感覚からすれば

「戦争の責任を感じないのはおかしい!」

と言う人が多いと思う。

 このような、道徳に関しての感覚は、時代の流れで大きく変わることは、私のような年寄りは色々と経験している。何度もこのブログで書いたが

「朝鮮民主主義人民共和国は理想の国、拉致などはアメリカ銀地主義のでっち上げ」

叫んでいた『良識派』が多数存在した。その人たちの多くは、自分たちがしたことの口を拭い、

「北朝鮮の人権侵害を許すな」

と叫んでいる。

 このような変節が、自然にできるのである。

 こうして考えてくると、

「人間の主義主張の一貫性などは、怪しいモノである。」

という感じがしてくる。

 もう少し言えば、

「人間は弱い面があり、それまでの主張を飼えたり、裏切ったりする」

と言う可能性に向き合わないと行けない。

 教科書通りの、『道徳的人材』だけの世界ではない。人間には多様な面がある。これに向き合う必要がある。チェスタトンのブラウン神父が、

「どのような悪人の心も理解したい」

と言った話を真剣に考えないと行けないと思う。

 

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