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2020年10月 9日 (金)

本当の大衆参加とは コロナ対応で考える

 コロナ対応の反省が行われているが、逆に

何故日本の患者数は少ないのか?

と言う議論も必要だと思う。私の考えでは、

本当の大衆の協力があった

その理由は

大衆がコロナの感染のイメージを持ち納得して対策した
(ソーシャルディスタンス、マスク着用、手洗いうがいなど)

と思う。この対応は、

政治の主導権でなく自粛に依存した

と言う批判を受ける面もあるが、全員参加の実行という効果は大きい。

 このような大衆参加を支えた、テレビなどの報道の効果も大きい。例えば、咳をしたときに飛沫の飛び具合の状況など、多くの機会に画面でPRしていた。こうした、大衆の直観的な理解を得るための努力が、自主的な予防活動として定着していき、他国に比べて感染者数、および重傷者数を抑えることができた。更に言えば、医療崩壊を避けることができたのが、死者数低下につながっていると思う。

 さて、このような全員参加が

日本では成立したが他の国では成立しなかったのか?

と言う問題が出る。なおこの問題はもう少し緩めて

「他の国で全員参加が徹底できなかった理由は?」

と考えてもよい。

 私はこの答えは、西洋文明の分断思想にあると考えている。つまり、西洋文明の図式は

 

   神様・・・これは絶対的で到達不可能
    ↓    服従し誓い契約する

 ーーーーーーーーーー越えられない壁 

  支配者   神との契約で権力を持つ
    ↓     命令に従わせる(契約で縛る)

   一般市民  教養ある一般市民  

    ↓

   労働者(昔は奴隷だったが現在は指示通り動く労働者)

と言う階層構造になっていて、

上からの指示に従え

と言う発想だけで、下位階層の納得などは重視していない。

 一方、日本的な発想は

   指導者(親の立場)・・・神様的な場合でも親的

    ↓↑          親子の壁は越えられる可能性がある

   協力者(子の立場)・・・子供として従っている、成長したら親になる

と言う、本質的な平等思想がある。これは、大乗仏教の発想で、日本人の心の底に流れている。

 こうした、日本的な発想なら、自然に全員参加という形になる。

 一方、西洋文明的な発想が強くなると、階層化して口出しできなくなる。私がある病院で経験した事例では、

「理学療法士は筋肉の状況を見るが、医師にそれを伝えることはできない」
「医師の指示は絶対であり、下位資格者は口出しを許さない」

と言う状況があった。もっとも別の病院では

「理学療法士と巡回の医師が、院長の手術跡について上手下手の議論をしていた」

と言う事例もある。

 日本的な発想では、ある程度の資格の縛りがないと、素人の危険な口出しが生じる。しかし、実力ある人の意見が認められるべきでだろう。法律の世界でも、最高資格の弁護士より稼ぎの大きい、再開資格の行政書士と言う話もある。

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