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2020年11月16日 (月)

アメリカの「科学的思考法」の挫折について

 私は、このブログで昔「全てのアメリカ人のための科学」について、かなり前向きに評価した記事を書いてしまった。

http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/3-1c91.html

しかしながら、このプロジェクトは実行できなかった。この理由は、

「現在の『科学的思考法』で本当に社会を良くすることができるのか?」
つまり
「科学の力で、プラトンの『哲人政治』を実現できるか?」

と、

「理想的なモノと実現のギャップを超えることができるか?」

という二組の問題が解決できなかったからである。これに加えて、もう一つの要因として、

「アメリカの強力な敵対者である、ソ連の崩壊」

と言う条件も、考えないと行けない。ソ連の崩壊がアメリカの教育に影響する理由の一つは、

「競争相手の消滅による、モチベーション低下」

と言う側面がある。競争による動機付けは有効である。もし相手がいないと、自分で目標設定し管理しないといけない。これを実行できる人間は少ない。

 しかし、もう一歩踏み込むと、

「戦争中の政治決断は、一部の犠牲を無視する、平均知的発想が使える」

と言う状況がある。これはもう少し具体的に考えてみる。現在のコロナ対応を、ウイルスとの戦争と考えてみよう。

「コロナウイルスにより、一日一千人が死んでいる。その状況では、副作用のある薬でも効果があれば使う必要がある」
例えば
「薬の副作用で1%の人間に悪影響が出ても、残り99%が救われるなら使う」

と言うのが、緊急事態の発想である。

「薬を使ったら、九百九十人が救われるが、副作用で十人が死ぬ」
しかし
「放置したら千人全員が死ぬ」

と言う状況は、戦争事態のリーダなら、躊躇無く決断する。このようなときは、統計的処理で、平均値や多数派を評価し、それらに対する施策を優先し実行することになる。

 これが平和なときなら

「副作用を受けた人の人権はどうなる」

と大きな声でわめく人が出てくる。このような多様性に向き合うのは、平和なときには大事なことである。私たち日本人は、このような平和なときの政治になれてしまっている。この特性をしっかり理解しておく必要がある。

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