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2020年11月25日 (水)

空海が観たモノは?

 空海の『吽字義』を理解するために、もう一度サンスクリット語について、見直してみた。サンスクリットでは、母音子音の複雑さ、その組み合わせのルールを、梵字の書き方に反映させている。少数の文字を使うが、組み合わせのルールを上手に使うことで、多様な音声を表現している。

 梵字を理解すると、象形文字の系列に属する『漢文』に慣れた人間にとっては、カルチャーショックを受けたのではないかと思う。漢字を『真名』と言って、

「真実の文字は漢字しかない」

と思っていた中華文明に影響された人間が、

「お釈迦様の文字は別にあり、それは見事な体系である」

とシッタ感激というか、ショックは大きいと思う。マクルーハンが

「アルファベットの発明はメディの革命の一つ」

と言ったことが納得できる。

 さて、空海はこれを密教の修行という実践に繋いでいく。例えば

「梵字の子音を書くときは、母音の阿を追加する」

と言うルールを、密教の教えに反映させて

「全ての仏の根源である大日如来を『阿』字で象徴する」

とし、他の仏や菩薩を色々な梵字で象徴する。このような

「要素的なモノの組み合わせで理解する」

発想が、曼荼羅などに反映し手、構造的な整理が行われている。 

 また、梵字の『阿字』をしっかり観る、『阿字観』という修行もある。この修行においても、梵字の構造まで考えて、

「全てに展開する『阿』字を観る」

ことが、空海が観たモノを理解することではないかと思う。

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