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2021年1月16日 (土)

SNSと言う『権力』の扱い

 アメリカのトランプ大統領の書き込みを、ツイッター社が、全て拒否したという話について、色々な面から考えさせられた。

ツイッター社 トランプ大統領のアカウント 永久に停止と発表 | トランプ大統領 | NHKニュース

 私個人の感想としては、

「トランプ大統領のやり過ぎがあるから、暴動扇動の書き込み禁止はやむを得ない」

が最初に思いついたことである。しかしもう少し考えると

「このような世論誘導に関わる決定を、一企業が行って善いのだろうか?」
(法治国家なら法的根拠のある規制であるべき)
(民主主義の原則が言論の自由であり一企業の恣意的制限は許されない)

と言う問題がある。逆に

「自由主義経済の減速から言えば、企業の決定権は尊重されるべき」
「トランプは別の会社で発信したら善い」

と言う、市場原理に基づいた対応もある。

 もう一つ言えば、Twitter等のSNS空間の権力である。これは、マスメディアの寡占状況を覆す大きな力となっている。従来のマスメディアが持っていた

「情報発信における責任と権威」

が無くなっている。これは、情報発信の大衆化と偏りにつながり、カルト的な集団を生み出す可能性が高くなっている。一方、イデオロギー的な偏向のあるマスメディアや、既得権益への反抗手段としてのSNSの功績もある。例えば、教育現場のいじめ問題などは、SNS上での追求効果が大きい。

 こうしたSNSの功罪を全て網羅した議論ができていない様に思う。

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