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2021年1月17日 (日)

「トリアージ」などの危機対応について

 阪神大震災の発生した日と言うことで、色々な儀式が報道されている。この後、JR西の尼崎での脱線事故など、多数の被害者が出たときに、

「トリアージ」トリアージ - Wikipedia

の重要性が広まってきた。

 トリアージは、限られた医療資源を、有効に活用する手段である。なお医療資源は、救急車などの搬送手段も含め広く考える。ここで厳しい問題は、

「黒タグを付けた、手遅れの場合には優先度を下げる」

処置である。これを、コロナ対応ではもう少し広げて、

「人工呼吸器の割り当てなどで生じる命の選択」

と言う行動につながっている。何ヶ月か前に、大阪府の吉村知事が

「トリアージの必要性」

と言ったときに

「命の洗濯を軽々しく言うな」

とかみついた『有識者』がいた。しかし現在の東京や大阪の患者増加に対応して、医療設備の絶対数不足が生じた時、

「設備使用の選択」

は避けることができず、

「優先度の議論」

が必要となる。この議論を避けて通ることはできない。しかしながら、この議論をどこで行うかという、上位の議論も必要になる。つまり

「行政が行うべきか、医療関係者が行うべきか?」

と言う議論である。もう一歩広げると

「医療に関して、行政がどこまで管理し、医療の自治にどこまで任すか?」

と言う議論にもなる。大阪は、コロナ対応の病院割り当てまで、

「府の行政が積極的に関与」

している。吉村知事と、大阪府の衛生部門がこの重い荷を背負っていることが、テレビ出演などでも見て取れる。一方、東京都はそこまで関与せず、区と医療機関に丸投げという感じである。このように、

「行政が自分で重荷を背負っているから発言権がある」

大阪と他の地域では少し違うように思う。ただし、医療関係者だけで閉じた議論は、和田心臓移植問題などでもわかるように、命の問題が絡むとき危険な方向に行く可能性がある。もう少し言えば

「医療に関して、行政がどこまで関与すべきか」

を議論すべきではないかと思う。

 地方行政で、土木や建築などの方ばかり向くのではなく、医療などのあるべき姿をきちんと描く、このような考えも必要ではないかと思う。

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