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2021年2月23日 (火)

丸暗記の功罪

 先般書いた、記憶に関する議論に関連して、私の昔の経験を少し書き残しておく。

 一つ目の体験は、大学院の受験に関連する話である。当時の私は、数学の理解に関して『納得の壁』を超えることができていなかった。そこで、電磁気学などの、『数学的な証明』が必要な分野では苦戦していた。しかし、これでは大学院の試験は通らない。そこで、最後の手段として、主要部分の証明で

「証明で出てくる数式を総て暗記する」

と言う方法で対処した。自力で数式を展開して、証明するのが本筋だが、数式の展開を理解するために、色々と調べていると結局解らなくなる。それより、証明の全過程を暗記した方が速い。このような邪道とも言える勉強法だった。しかしながら、この方式にも利点があり、

「証明の全体像が見えて来ると、その意味を考えることができる」

様になってきた。こうして、最後には

「電磁気学がある程度解った」

と言う段階になった。

 なお、この時

「記憶することを恐れてはいけない」

と言う、心理的な障壁を壊したことも大きいと思う。それまでの学校的価値観では

「理解が大切であり、丸暗記は邪道である」
「丸暗記依存になると、考える力が無くなる」

と言う風な『恐怖感』があった。これを、『覚えてしまえ』と振り払ったことが大きいと思う。見方を変えると、自分の心にある、覚えすぎに関する恐怖、つまり

「頭の力をこのようなことに使って善いのか?」

と言う不安に対して、自分の可能性を信じて

「人間の頭脳は90%は眠っている。だから少しぐらい暗記を増やしても邪魔にならない。」

と言う、『信念』が持てたことが大きかった。もっと言えば、

「できないという、心の中にある『リミッター』を外す」

ことが記憶力アップにつながっている。

(続く)

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