2009年8月24日 (月)

格差社会の意味を考えてみる

 色々な面で格差があるといわれている。確かに、派遣労働を継続し、スキル向上の機会を奪われた場合には、生涯所得が低い状況に甘んじないといけないことが多い。昔は、男女格差が、色々と議論されていたが、どうも単純に議論できるようなものではない。男女格差の対策として、雇用均等法ができたが、どうも厚生労働省のエリート官僚に見えている仕事を中心に、考えているように思う。
 これだけでなく、現在の霞ヶ関が考える施策は、一部の理想的な世界では成立するが、多様な現実の中で、当てはまらない場合が多いように思う。
 格差と言う中には、霞ヶ関の想像力が及ぶ世界と、及ばない世界と言う分類もあるように思う。

| | コメント (0)

2009年8月23日 (日)

曖昧さに耐える力(危険を冒す力)

 非正規雇用が増える原因について、一つ思いついたことがある。現在の経営者や管理職は、かなり臆病になっているように思う。つまり将来の負担を負うリスクに対して、決断できない状況になっている。日本の雇用制度では、一旦正規雇用で採用した人間が、業務撤退などで不要になったとしても、雇用契約を打ち切るのは難しくなっている。
 従って、正規雇用の場合には、将来ともその仕事が継続し、成長すると言う条件が必要になっている。しかしこの決断を下すことが難しくなっている。更に成果主義の運用で、短期の失敗でも直ぐに撤退などと言うことになっている。そのような曖昧な状況や、リスクに対する耐性が弱くなっているのではないかと思う。
 このような弱さは、一つは学校的な、理想社会に慣れすぎて、失敗に対して弱くなっている。学校的理論の予測がある程度当たりだした。従って、曖昧に本質的に弱くなっている。30年前の天気予報は、信じる方が珍しかったが、現在は降水確率などかなり正確である。このような社会の変化が、曖昧さに弱い、トラブルに対して不寛容な、経営環境になっているように思う。
 しかし、正社員で能力を持つ人材があれば、柔軟に新しい状況に対応し、機会を得ることが多いと思う。現在の経営評価は、機会損失への評価が甘いように思うが、このような要素も評価して欲しいものである。

| | コメント (0)

暗黙知とIT化

 日本の企業は、社員間の共感など、いわゆる『暗黙知』による伝承に、頼る部分が多くあった。そのような部分は、いわゆる叩き上げの苦労人が、担っていることが多かった。例えば、設計の段階では、機能的な詳細部分は、大学の専門学科卒業の技術者が担当する。しかし、全体構成図を図面化するのは、工業高校卒業のベテラン作業者である。彼らが製図する段階で、おかしいと思ったところは、学卒の若手にフィードバックして教えていく。このような形で、現場の経験が何となく伝わっていった。
 しかし、CAD化などのIT技術の進化は、製図作業を自動化してしまい、このような苦労人の働く場を、奪ってしまった。しかも、技術の進歩に伴い、個々の技術者の専門化は、ますます進み蛸壺化と言うような孤立化が進んでいる。彼らの潤滑油であった、苦労人のリタイヤは、技術伝承の危機になる可能性がある。
 ただし、見方を変えれば、IT技術を使って、このような暗黙知を、見える形にしたり、習得しやすくする仕組みを作ることができる。例えば、CADシステムに組み込む、禁則チェック事項として、従来の事故経験を残すこともできる。また、従来の技術蓄積を、データベース化し、検索機能を付加することで、未経験者に多くのものを見せることができるようになる。
 もっと単純に言えば、報告書や連絡事項のメールも、しかるべき根回し先に、自動的に配布する。これも暗黙知の『見える化』である。
 「IT化してXXが無くなる」
と言う話もあるが、このような使い方も考えて欲しい。

| | コメント (0)

2009年8月22日 (土)

フローとストックについて

 「はじめての経済学」のコラムで、「フローとストックについて」の項目を読み、一寸違和感を感じた。この説明では、

「1年間に行われた経済活動を全部足し合せた指標のことを一般的にフローと言う」
「ある時点における大きさを表した数字はストック」

となっている。例えば、琵琶湖に1年間降り注いだ雨の量はフローであり、ある時の琵琶湖の水位はストックである。この説明なら、GDPはフローであり、貨幣供給量はストックになる。この考え方は確かに納得がいく。
 しかし、一般のフローのイメージには、1年間の活動をたし合わせると言う項目はないように思う。どうも専門家の使う用語には、注意しないといけない。

はじめての経済学〈上〉 (日経文庫) はじめての経済学〈上〉 (日経文庫)

著者:伊藤 元重
販売元:日本経済新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

経済学に関して入門書を読んで

 私は、日経BP社のホームページを結構よく読んでいる。特に、日経ビジネス関係のページは、3年ほど継続して呼んでいる。http://business.nikkeibp.co.jp/

 そこのある記事を見て、経済学の入門書を読んでみることにした。
   はじめての経済学〈上〉 #日経文庫# はじめての経済学〈下〉 #日経文庫#
そこで、私達の世代の、「マル経」と「近経」と言う概念が消滅し、代りに「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」となっているのを、初めて知った。これは、「不勉強」と言われればそれまでかもしれないが、大学から離れた人間にとっては、「経済学」に関してこのような認識である。

 私達のような団塊の世代は、「マルクス主義経済学」「マルクス主義歴史学」等等の影響を、大きく受け多教育を受けていた。しかし、社会に出たら、結構市場経済に順応していた。このあたりは、山本七平氏の著作に譲るが、学校で学ぶことと、実用の乖離を植えつけるのに、マルクス主義は大きく貢献したと思う。

 さて、ベルリンの壁崩壊後は、経済学の研究者も大きく変化し、「マルクス主義」の看板を外し、マクロ経済・ミクロ経済と言うことで、社会に対して、発言しようとしているらしい。しかし、長年猛威を振るった、「マルクス主義」の偉い先生方の恐怖は、そんなに簡単に消えるのであろうか?経済学の先生は、
   「祟りを受けないように敬って遠ざける。」
と言うことになっていたように思う。これに対して、恐怖感を払拭した後で、経済学の実用性を、世の中に知らせるのが大切ではないかと思う。特に学生さんたちは、経済学で学んだことで、「大企業攻撃や政府攻撃以外」の「積極的な提案」を出すようにして欲しい。

| | コメント (0)

2009年8月21日 (金)

奇襲重視の戦術論でよいのか

 歴史小説等で、持て囃されるのは、「桶狭間の戦い」や「鵯越の逆落とし」等の、奇襲成功のパターンが多い。相手に対し、圧倒的に劣勢な兵力が、有能な指導者に従って、相手の予想を裏切って、不意打ちで勝利することは、話しとしては面白いと思う。

 しかし、戦術の検討としては、奇襲に関して重点を置きすぎるのは、余りにも危険だと思う。フラーの戦術論では、 

  • 目標の原則 - 目標の明確化と一貫性の原則。
  • 統一の原則 - 部隊の指揮統制の一元性を保持する原則。
  • 主導の原則 - 先動・先制によって戦闘の主導権を確保する原則。
  • 集中の原則 - 敵弱点への味方戦力を一点集中する原則。
  • 奇襲の原則 - 意外性を伴う行動を行う原則。
  • 機動の原則 - 機動の先制する原則。
  • 経済の原則 - 戦力の徹底節約する原則。
  • 簡明の原則 - 目標・計画・行動の簡明さを保つ原則。
  • 警戒の原則 - 敵への準備・即応対処を準備する原則。
  • と、奇襲以外にも色々な要素がある。特に指導者は、

    「できる限り相手側より強い戦力を集めて、相手の弱点に集中攻撃を行う。」

    「自分の弱点に対しても必要な防御措置を行い、自軍の損害を最小にする。」

    等の正攻法の準備が必要である。奇襲の効果は、確かにあるが、失敗した場合の被害も大きい。しかも奇襲を前提の場合には、補給などの長期的な対策がおろそかになる場合が多い。

     経営者の教育に、奇襲重視の戦術論を使うときは、このような弊害も良く考えて欲しい。新技術によるイノベーションも、奇襲にせずに正攻法で成果を持続させる方法を考えるべきである。

    | | コメント (0)

    2009年8月20日 (木)

    もう少し視野を広く持って欲しい

     コンビニの棚を見ていて、一寸気になることがある。棚にきちんとモノが並んででいる姿は裏側を考えると、非常に恐いものがある。コンビニのように狭い所では、バックヤードからの補充はまず難しい。そうすると、無くなれば直ぐに物を運ぶ体制が必要である。

     そこで、別のニュースを見ると、トラック運転手が、物の到着時間を厳守するために、納入先近くの駐車場で時間待ちをしていると聞いた。しかも、その時はエンジンを切らないといけないので、冷房も効かない焦熱地獄状態らしい。このような、痛みをコンビニの経営者は、知っているのであろうか?更に自分の責任と感じているのであろうか?

     ここで、物流の詳細はコンビニ側では、責任をもてないと言う反論があるかもしれない。それは正しい。しかし経営決断として、許容できる欠品と言うものもあってよいと思う。お客様が本当に必要なものだけ、置いてあればよい。

     更に、弁当の賞味期限ぎりぎりの安売りに関しても、需要の予測が精度良く出来ていないという観点もある。このような経営者の責任をもう一度考えるべきではと思う。

    | | コメント (0)

    2009年8月19日 (水)

    大学3年以下の就職活動のヒント

     コンピテンシーについて、少し考えてみた。コンピテンシーについては、行動特性と言う感触でおけばとりあえずは良いと思う。現在大卒者の採用において、コンピテンシーを重視した面接を行う場合がある。この場合に面接では、以下の様な質問をおこなう。

    •  貴方が経験したことで一番成功したことはなんですか
    •  それはどのような状況でしたか
    •  その時の貴方の立場はどうでしたか
    •  その時どのようなことを考え、どのように行動しましたか
    •  結果はどうでした

    そこで大切なことは、実際の体験を通じて、責任を持ってやりぬく姿勢、難しいものにチャレンジし、問題を解決する執念を持った行動、全般を見通しての行動などの特性を見ている。また、他人との関係も見ている。

     さて、これを考えると、来年以降に面接を受ける皆さんは、今の内に難しいことにチャレンジし、逃げずに問題を最後まで解決する。このような体験をしておくと、面接で話す材料ができてくる。

     今からまだ時間がるのいだから、良い体験を積んでおくことも大切だと思う。そして、逃げずに問題を解決する行動特性を身につけて欲しい。  

    | | コメント (0)

    2009年8月18日 (火)

    裁判員制度が動き出して

     裁判員制度が動き出した。今までの報道結果を見ていると、比較的順調な滑り出しになっているように思う。ただし、有罪無罪についての論争でなく、罪の軽重の議論なので、比較的裁判員の負担は少ないと思うが、適切な質問ができてよかったと思う。

     裁判員制度の一番良い所は、法廷の議論が『法律の専門化の言語』から『世間の常識の言語』に取り戻せたことだと思う。弁護士・検事の両者が、法律屋にしか判らない専門用語で応酬する。このような世界は異常だと思う。これが、普通の言葉に戻れば、世間の人間の評価を受けやすくなる。評価に耐えることは、民主主義社会の基本だと思う。

     しかし、量刑が少し重い目になっているらしい。これに関して、弁護士側から何か文句が出てきそうな感じがある。

    「今まで世間の常識に比べて、量刑が軽すぎた」

    このような発想もあって欲しい。

    | | コメント (0)

    2009年8月17日 (月)

    歴史は連続した時間の中で評価する

     ある番組で聞いた面白い意見として、

    「忠臣蔵を討ち入りだけ見たら、『集団暴行で弱い老人を殺害した。』と評価せざるを得ない。」

    と言うのがあった。確かに歴史の進行は、連続した話しである。従って、一つの出来事を評価する場合にも、その時点だけでなく、過去の経緯や未来への影響も考慮する必要がある。しかもその時代背景を考えて、評価する必要がある。

     昨日も書いたが、日露戦争の軍部指導者達は、戦略的に、

    「身の丈にあった軍を作る」

    と言う意味で、立派であった。私は、彼らの唱えた、『精神論による精兵主義』も、時代の文脈では正しいものと思う。しかし、昭和の代になって、戦争を行った後継者が、『精神論重視の戦術で失敗した』と言うことまで、彼らの罪を問うのは難しいと思う。

     まして、昭和20年8月15日の視点で、多くの先人を批判するのは、間違っていると思う。

    | | コメント (0)

    «日露戦争の終了後の対応について