2009年12月23日 (水)

就職における資格の意味

 良く聞く質問が、
   「就職のときに資格を取っていれば有利か?」
である。これは、
   「ないよりあるほうが良い、しかし資格に胡坐をかくならない方が善い。」
と言う答えになる。
 現在では、大抵の資格取得者は、世の中では余っている。従って、資格がないとこの仕事が出来ないという世界は少ない。
 従って、資格だけで就職が決まると考えるのは甘い。
 ただし、将来性も加味して採用する場合には、資格取得の努力を評価してもらえる場合がある。
 一方経験者などの即戦力制の採用には、資格をどのように生かすか自分で画を描く必要がある。これを採用側に納得させないと、単なる資格だけで採用が決まるというのは甘い。
 なお、パソコンの一寸した講習資格だけで、就職が決まると考えるのは特に甘いと思う。

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2009年12月20日 (日)

奨学資金返還問題

 昔は、奨学資金の返済を免除する職業があった。例えば、学校教師・大学の教官等である。さて、このような道に進む予定で奨学金を借りた人は、人生設計上、奨学資金は借りた金と言うセンスがないのではなかろうか。
 さてここで、現在のように大学院に多数進学する状況では、大学関係のポストに付ける可能性は少ない。そのような時は、仕事が無いと言う事に加えて、奨学金の返済と言う負担も生じることになる。
 このような状況で、意につかない仕事をしないといけない人間には、不平不満がたまると思う。大学院の定員を増やしすぎることがよいのか、経営学の先生方はどう考えているのであろうか?

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2009年12月18日 (金)

責任の所在と平等性について

 テイラーの『科学的管理法』については、賛否両論がある。反対論で強力なものは、
  「テイラーは現場作業者を見下している」
と言う意見である。これは、日本的な平等世界発想では、罪悪のように考える人も多いだろう。
 しかし見方を変えれば、
  「管理職側や技術者側の責任を明確にした。」
と言うことは、評価できる。
 特に日本的な、全員参加では、責任の所在が曖昧になることが多い。管理者の責任を明確にすると言うことで、今一度テイラーを勉強すべきだろう。特に管理職と総合職に就職希望の学生に読んで欲しい。

 「自分が責任を持って改革する、ただし謙虚に現場の声を聞く。」

これが求められているものではないかと思う。

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2009年12月13日 (日)

今日の朝日新聞から就職について

 今日の朝日新聞を見ると、就職活動に関連した、2つの意見があった。その一つは、朝日求人の仕事力で、元吉本興業(株)の木村政雄氏の話で

 「肩書きに隠れない」ー人生の基本は個人名ー

と言うコラムである。
 このコラムは、

人間は無意識のうちに「肩書きに合わせた規格品」となり、その範囲内でしか仕事は出来なくなっている。しかし、仕事を頼む場合には、一つのジャンルで三番目以内に入っていない人間には声をかけない。そのため自分を差別化する、何者かを持たないといけない。そのためには自分を客観的に見ないといけない。 

と言っている。

 一方投書欄を見ると、大学2年の畝井淳美さんの

「就職氷河期乗り切る資格を」

と言う投稿があった。ここで、資格と言うものは、司法試験などの難関資格を除けば、単にある規格を、満たしていると言う情報である。

 この二つは、矛盾しているように見えるかもしれない。しかし、必要条件と十分条件と言う概念で整理すると、まったく矛盾していない。まず採用側の立場では、当然ながらあるレベルに達している人間しか、採用したくない。例えば、「努力などしたくない。約束が守れない。」と言う人間は、いくら人手不足でも、お断りである。このようなことがないと言う事で、必要条件をクリアしないといけない。そういう意味で、「資格取得にこれだけ勉強しました」と言うことは、努力の証になる。ただし、あまり低いレベルの資格を自慢すると、人間の器が小さいと見られるので、要注意である。企業の立場で、説明などで学校を訪問した時に、掲示板をチラッと見て、「ここの学校ではこの資格を推奨しているのか!」と言うのは、要チェック項目である。例えば、法学部のある大学で、『行政書士』奨励があれば、おやおやと思う。せめて『司法書士』と言って欲しい。

 さて、次に足切りである必要条件をクリアしたら、十分条件である。ここでは、ほかの人にない『個性』を十分発揮すべきである。ただし、「人の足を引っ張る個性」では、拒否されてしまう。
 よくある失敗は、欠点があるのに、『個性』だけ強調して、

   「自分を採用しない会社が悪い」

とおっしゃる立派な学生様である。このようにならないため、必要条件だけ先にクリアして欲しい。

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「科学的管理法」の読み方(その4 最終回)

 第2章の残りの部分の事例は、それぞれ教訓があるが、時間がないなら読み飛ばしてもよい。以下で各節について味うべき点を述べたい。

5.ショベルすくい作業の研究
 シャベルすくい作業は、銑鉄運びと同様に肉体労働の要素が大きい。従って、最適量を見出す過程は、重なっている。しかし、

「鉄鉱石から米粒炭のように多様な対象物に対して、最適な大きさのシャベルを会社側で準備して管理する。」

等現在では常識となっている、工場の間接・管理業務について、1900年ごろの時代では、新規提案であったことは、理解して欲しい。

6.レンガ積みにおける検証
 ギルブレスのレンガ積み研究は、それ自体として独自で学ぶ価値がある。しかし、この本では、不要動作の除去に関する、研究方法示していると理解すべきであろう。

7.ベアリング用ボールの検品に対する考察
 この節では、個人能力差を科学的に判定し、作業者を選別することの重要性を示している。なお、ここでも休息の設定など、人間的な配慮をきちんと行っていることは、理解すべきであろう。なお、現在の工業化では、このような業務はできるだけ、機械化し個人の能力に依存する部分を押さえる方向に向かっていることも、付記しておく。

8.高度な金属切削業務における探求
 この部分は、テイラーがこっとも力を入れ、26年研究した部分である。この改善に関しては、現在の目で見れば、大したことではないと思う人も多いであろう。しかし、学校の理論を、実務で活かすためには、このような苦労が必要と言う話しは、現在に通じるものがある。
 特にp125~p131の、12の独立変数の方程式を解こうとして、全国の数学者に問い合わせても、答えが得られず、自分たちで計算尺にまとめた話は、学問知識と実用のギャップの越え方の参考になる。最も現在なら、パソコン上で強引に計算してしまうだろう。

9.科学的管理法の実践
 この部分は、前の部分をきちんと読み込んだ人が、読むべきであろう。これだけ読んで、直ぐ実行に移すと失敗する。ただし、p115の

「(導入に関しては)とにかく『これでもか』というくらい、ゆるやかなペースで進めたほうがよい」

と、p157~p158の「消費者の存在」に関しては、現在の経営者が確り理解すべきであろう。
 特に科学的管理法は、現場の改善に依存する「自主性とインセンティブ」(旧訳では「精進と奨励」)管理に対する概念で、管理職の科学的知識での改革を要求していることを、もう一度確り理解して欲しい。

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<4回継続記事の終わり>

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「科学的管理法」の読み方(その3)

  第2章からは、科学的管理法の具体論がある。現在の目で見れば、稚拙な面もあるが、知識の活用と言う面では、重要な内容を含んでいる。
まず、p44の新しいマネジャーの任務は、もう一度確認して欲しい。

  1. 一人ひとり、一つひとつの作業について、従来の経験則に代わる科学的手法を設ける。
  2. 働き手がみずから作業を選んでその手法を身につけるのではなく、マネージャーが科学的な観点から人材の採用、訓練、指導などを行う。
  3. 部下たちと力を合わせて、新たに開発した科学的手法の原則を、現場の作業に確実に反映させる。
  4. マネージャーと最前線の働き手が、仕事と責任をほぼ均等に分け合う。かっては実務のほとんどと責任の多くを最前線の働き手に委ねていたが、こらからはマネージャーに適した仕事はすべてマネージャーが引き受ける。

第2章3「銑鉄の運搬作業における取り組み」から
 この節は、単純作業でも科学的な力を発揮することを示している。

まずp52

その第一歩は、科学的な視点に立った人材選びだった。科学的管理法の下では、融通に欠けるにしても、一度に大勢ではなく、一人の働き手だけに対応せざるをえない。強みや弱みは十人十色であるし、マネジメントする側としても、人材を十把ひとからげにするのではなく、一人ひとりの作業効率と豊かさを最大化するのが狙いだから。

これは、人間観察を大切にする、テイラーの手法の特徴を示している。

次に、p59~p65の体験は、自分で読んで欲しい。テイラーの工員との過酷な闘争を理解せずに、テイラーの言動を批判してはいけない。当時の稚拙な管理下では、工員の怠業を引き起こすことは多くあった。現在の自分の認識で、他の人々を批判する態度は、慎まなければならない。

さらに、 p65~p70のテイラーの経験談は、科学的な現場への対応法として、現在にも通じるものである。工学部の学生でも、このような知識と言うか智慧をきちんと身に付けているのは、少ないと思う。

まずp65

私は科学的管理法を構築するにあたり、一人ひとりが一日にどのような仕事をどれだけこなすべきかをマネジャーが十分に理解していないことこそが、現場の働き手とマネジャーの協力を妨げる最大の要因だと気が付いた。

このように、根本問題を認識することがまず重要である。そして、p66~p67の

 つまり、重労働が筋金入りの作業者に及ぼす疲労度を探ろうとしたのだ。
 その第一歩として、大卒の若手を雇い、このテーマを扱った英語、フランス語、ドイツ語の文献をすべて調べさせた。
 ~一部略~
しかし、記録はごくわずかにすぎず、意味のある法則性は導き出せなかった。
 そこで、みずから実験に着手した。
 ~一部略~
二人にはあらゆる種類の作業をしてもらい、それを大卒の若手が毎日ストップウォッチ片手に観察して、一つひとつの作業の適正な所要時間を測定した。作業と少しでも関わりのある要因のうち、成果に影響を及ぼしそうなものについては丹念に調べて記録した。

確りした観察を行った。これを読めば、現場を見るということの、一端がわかると思う。さて、このデータから一般法則を読み取ろうとして、テイラーは失敗している。この部分は、物理学知識の現実への適用と言うことで、興味深い問題である。まずテイラーの目標は間違っていた、p67

最終的な狙いは、人間は一日何フィートポンド分の仕事ができるのか、見極めることだった。

これは、物理学で言う『仕事』の概念に振り回された結果である。物理学の言う仕事は、力の向きと、物の動きの向きが一致しないと仕事にならない。しかし人間の体は、そのようなものではない。ただこれだけで終わらないのがテイラーの凄さである。p68とp69~p70の記述を続けて見て欲しい。

 ただし私は、腕利きの人材が一日にこなせる最大作業量をめぐっては、明快な法則が存在するに違いないと、以前にも増して確信を深めていた。データは丹念に収集、記録してあったため、必要な情報はその中にあるはずだという信念めいたものがあった。

 収集した事実データに基づいて法則を導き出す仕事は、仲間うちで最も数字を得意とするカール・G・パースに依頼した。私たちはこの課題に新しい角度から挑もうと決めた。作業の各要素を図示して、全体像をつかめるようにしたのだ。パースは、重労働が腕っぷしの強い男たちに与える疲労について、さほど時間をかけずに法則性を見つけ出した。

 法則の中身は、「押す、引くといった動作をしている時間は、一日の労働時間の一定割合にすぎない」というものである。  

このようにして、92ポンド(41.7kg)の銑鉄を運ぶ場合には、実際に物を持つ時間は42%で、残りは重荷から開放しないといけないことを発見した。こうして合理的な、作業量を見出して、従来の12.5トン/一日から、47トン/一日の上げることに成功した。

 この部分の考え方は、現在でも理論知識の実用化に応用できると思う。なおテイラーは、人間性にも十分配慮していた証拠として以下の部分も上げておく。p67

私たちが探ろうとしたのは、短時間あるいは数日間でこなせる最大作業量ではない。優れた人材が、まる一日働いた場合の成果である。

<続く>

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2009年12月 8日 (火)

総合職となりたい人が読むべき本

 テイラーの「科学的管理法」(旧版 上野訳)を、一通り読み終わった。ティラーについては、

「牡牛のような工員」

と言うような談判的な表現のイメージが一人歩きし、

「非人間的な管理の推奨者」

と思う向きも多い。しかしながら、これを読むと、人間を確り観察し理解して、管理者の責任をきちんと示していることがわかる。総合職として就職するには、以下の管理者の四つの義務をきちんと理解すべきだと思う。

  1. 作業者の仕事の各要素について科学を発展させる
  2. 作業者を選別し、訓練し教育し発達させる
  3. 発展した科学の原理に併せてすべての仕事をやらせるように、作業者と心から協同する
  4. 仕事の責任を管理者と作業者で均等に分担する
 
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2009年11月30日 (月)

就職活動の前に!

 詳細は、以下によるが、就活以前と言う状況の学生が、かなりいるらしい。
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/aera-20091127-01/1.htm
 確かに現在には、人に面会する時の基本的なマナーが欠けている者もある。また、自主性に欠けるものもある。しかも、女子学生の就活は、既に難しいと言うことで、対応策ができている。
 しかし男子学生に関しては、危機感がゆるかったので、この記事のようにひどい学生が、目立つらしい。
 但し、この記事に書いている、
  「鏡を見なさい」
と言うアドヴァイスは、本当に有効だろうか。鏡を見て、悪いと感じるようなら見所がある。しかし現在は、どのような格好が良いのか、それから教えないといけないようである。
 なお、昔は
  「外見など!」
と言わせる実力学生がいた。それが今はなくなっているように思う。これは、評価するほうが悪いのか、もう一度考えてみたい。

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2009年11月23日 (月)

小論文作成法について

 就職の時の小論文の作成について、作成者の気持ちを思いやる方法でアプローチしてみました。
http://homepage3.nifty.com/manabizz/sakusaku/shouronbun1.htm

 テイラーの科学的管理法の入門としても見ていただければ幸いです。

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グライダーの苦労

 先日、外山滋比古さんの「思考の整理学」について述べたが、一つ思い出したので忘れないうちに描いておく。それは、「グライダー人間」と言う話しであった。つまり、

「人間は自分で飛ばないといけない。他の飛行機に引っ張ってもらう、グライダーではいけない。」

と言う主旨であった。確かに自主性は大切であり、言いたいことはわかる。
 しかしながら、自分のエンジンで暴走するのもこまったものである。
 グライダーとして風に乗るのも、仕事に慣れていないときには重要だと思う。何時までも、引っ張ってもらうのは困るが、風を無視する暴走も困る。

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