ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

2021年3月 3日 (水)

勉強の理由を納得していく

 私たちは、

勉強しなければならない

と言う常識を持っている。しかし、この理由を考えたことが有るだろうか?言い換えると、

親や先生という『権威』からの押しつけ

ではない、自分の言葉で勉強の動機付けが有るだろうか?この問題を、少し考えて見た。

 勉強する一つ目の理由は、現在社会での学歴の価値である。確かに、学歴や資格の保有で、生涯の収入額が大きく変わってくる。学歴だけで、高収入という甘い考えではいけないが、それがないと門前払い、と言う経験はある。これは一つの動機付けになると思う。ただし、これは「試験の成績で決まる」モノが多い。しかし、学問で身につくモノはもっとあるのでは無いだろうか?

 学問の原点に戻ると、古代ギリシャの哲学者達が

生活を良くする

為に

本質を理解する力

を求めている。こうして

世の中に起こっていることの
本質を見抜いて賢く生活する力

を身に付けるという目標を、もう一度考えるべきではないか?現在、SNS上の多様な情報に惑わされる人が多い。この対策としても、

論理的に考えて真実を見抜く力

を学問を通じて習得するということが、学問の動機付けになると思う。

2021年2月22日 (月)

政治に民衆が期待するモノ ソクラテスは何故処刑されたか

 政治に対して、民衆が期待するモノは何だろう?

 例えば、ロシアのプーチン政権は、反対する人を暗殺するなど、色々と悪いことを行っている。いわゆる西側諸国は、これに対して批判しているが、ロシアの民衆にとっては

「ソ連崩壊後の苦しみは困る」

と言う一心で、プーチン強権政治を受け入れている面がある。この問題は、もう少しい言えば

「ソ連崩壊後に、十分な支援を行わなかった、西側諸国の冷たさ」

がある。確かに、共産主義の限界と資本主義の反映を見せることで、旧ソ連に対して民衆は見切りを付けた。しかしながら、ソ連崩壊の後に、資本主義からの支援は少なく、多くの人間が飢えに苦しんだ。このトラウマがある。

 この状況をもう少し一般的な表現にすると、

民衆が求めるのは「まずは生存」であり
「現状より悪くならない」
と言う保証が無いと改革には進めない

となる。これをきちんとりかしていない政治家は

  1. 現状の悪口を言う
  2. 理想論で良い世界の話だけする

等の行動を取るが、これでは多くの大衆の支持を得ることはできない。

 この観点で見ると、自民党の存在理由は

「他の政党に政権を委ねると、もっと悪くなる!」

ではないかと思う。別に自民党が優れているわけでは無い。しかし

「自民党なら現状維持はできる、他はもっと悪くする」

と言う判断で大衆の支持を得ている。だから、大阪で維新が実績を持つと、自民は崩れてしまった。

 これは歴史的に見ても、1955年体制で、米ソ対立の中、アメリカ寄りの自民党とソ連寄りの社会党、そして共産党という選択肢なら、

「自民党ならまし」

と言う選択になり、アメリカの支援を引き出し、戦後の復興を成功させた。

 さて、この観点でプラトンの『国家』を読んでみると、

「真実を見抜く『哲学者』に国の舵取りを任せろ」

と書いているが、本当に今より良くなるという革新は持てなかった。そういう意味では、

「ソクラテスは、若者に、現状の不満と不信を、抱かせた」

と言う罪はあると思う。

2021年2月20日 (土)

織田信長について 謀反は明智光秀だけか?

 織田信長について、色々と考えている。一つ目は、

謀反を考えたのは明智光秀だけか?

と言う問題である。言い換えると

本能寺の変が失敗に終わっても次は誰が?

と言う歴史の思考実験である。私の考えでは、

誰かが隙を見いだしたら謀反した

状況だったと思う。それまでも、織田信長は浅井長政に裏切られ、荒木村重の謀反もあった。織田信長のように、激しい性格の主なら、多くの配下は、

成功するなら謀反

と考えるのは当然である。

 さて、ここで別の見方で織田信長を見てみよう。織田信長の支配は厳しい。例えば

一銭斬り

と言う様に、犯罪に対して厳罰で臨んだ。これで、当時当たり前であった、

戦いの後の略奪行為

も厳しく取り締まっている。この裏には、

経済力に裏付けされた兵士の厚遇

がある。武田信玄や上杉謙信でも、戦いに略奪は付随していた。相手領地の、稲の刈り取りを狙って出陣し、それを奪うなどという行為もある。もう少し言えば

農民の雑兵の報償は略奪行為で得る物

と言う発想すらあった。これを断ち切ったのが、織田信長である。このような治安維持に熱心な支配者は、大衆にとってありがたい。従って、京都の町衆などからは、織田信長は強力な支持を得ている。従って

外部からの織田信長暗殺などは難しい

と言う状況である。これは、負け戦でも、住民の反乱が起こらず信長が逃げ延びたことからも解る。しかし、

外敵がいないと自己の防衛力は弱くなる

と言う面がある。つまり

外的には強いが内部からの反逆には弱い

になってしまう。この対策としては、

部下同士で相互に牽制する

形が有効である。本能寺の変の時にも、大坂に丹羽長秀達がいたが、これが抑止力にならなかった。これが、織田信長の誤算だった。まとめると

明智光秀は織田信長に対する謀反の最終成功者
ただし
謀反だけしかできずその後の政権維持は失敗

ではないかと思う。  

2021年2月15日 (月)

プラトンがなぜ『国家』を書いたか?

 プラトンの大著『国家』は、『哲人政治』の有効性を示した。現在の私たちには、『哲人政治』は実現できない、または危険性が大きく、『民主制』の方がましと言う認識がある。しかし、プラトンがなぜ『哲人政治』を善いとしたのか、プラトンが生きた古代ギリシャの時代背景を想像しながら考えたことは少ないだろう。そこで、以下の問題を考えて見た。

なぜプラトンは哲人政治を善いとしたのか?

 当時の常識は、私たちのそれとは違う。まずは

大衆の裁判によりソクラテスは死刑になった

と言うプラトン達の厳しい経験を、私たちはもう一度見直すべきである。尊敬する師であったソクラテスが、大衆が裁判で有罪として死刑になった。この体験が、『民主制』への不審を抱かせただろう。さて、彼らは私たちのように、体系的な科学の知識を知っていない。彼らのレベルの学問的知識と言えば『ユークリッドの幾何学』の成功例である。エジプト文明において、ナイルの氾濫は毎年の行事であり、その後の土地の復旧とその争いの調停は政治の重点課題である。そこで、同じ形、面積と言うことをきちんと判定する。これが幾何学の力である。更に数値の扱い等を見て、

一般的な規則性を見いだす

ことは可能であると知っていた。

 このような、『普遍的な原理』を発見する可能性を、プラトンは『国家』の舵取りに求めた。こうした知的な活動は、

ソクラテスのような哲学的問答

によってのみ育つ。これがプラトンの信念であり『国家』は、これを多くの人に伝えるために書かれたと思う。

2021年2月 8日 (月)

持続可能な社会を目指すなら根本的な解決が必要

 公務員のキャリア官僚の出世レースでは、同期の一人が頂上の事務次官になったら、他は皆外に出る。これは、蜜蜂の雄蜂が沢山いるが、それが女王を追いかけて、唯一匹だけ残った者が女王蜂と結ばれる話を思い出す。それ以外の雄蜂は、皆脱落して死んでいく。多くの企業でも、トップ選別レースを展開しているが、トップになれなかった者は、関連会社の幹部などに割り当てている。

 しかし、この発想の本質は、

雄蜂のように一匹以外は脱落

と言う発想にある。しかし、木の葉層が本当に良いのだろうか?

 人材が豊富にあり、使い捨てができる社会なら、これで良いという説もある。例えば、アメリカ的な市場原理の信奉者には、

適任者以外は去れ

と言う発想がある。しかしこのとき

去った人間の存在場所は?

と言う問題がある。人間を使い捨てにして、どこかに追いやるな、極端に言うなら殺す。ここまで想像力を働かした上で、市場原理によって、人材を選別するという議論が行われるべきである。

 しかし、私達の社会は、このような人材の使い捨ては、許されなくなってきている。少子化、若年労働力不足という現状を考えても、

人材の有効活用

は必要である。

 そのために、

  1. 人財をどのように評価し育成するか?
  2. 育成不可能な場合はどうするか?
    1. 外部調達できるか?
    2. 育成不可能な資質の人罪をどう処理するか?

等の問題を、多様な観点から考えていかないと行けない。

 このように、人材問題を根本から考えることが、現在社会の持続可能性について、方向を示すことになる。

 私が今知りたいことの一つは、縄文時代に人口過剰が起き鱈、どのような解決を立ったかが知りたい。戦争などの解決が無い社会で、しかも長期の持続性がある。そこで人口増加をどのように吸収したか、これは現在につながるヒントがあると思う。

2021年1月27日 (水)

空海は財力と権力の応援を自ら引き出した

 昨日書いた、

「科学者が自分のやりたいように権力や財力の支援を受ける」
科学者の意見が政治に反映されるまで: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

話に関して、E.E.スミスの「大宇宙の探求者」というSF作品を挙げた。この本は、スペースオペラの大家、E.E.スミスの駄作と言われている。しかし、私はこの本を見直して、ある既視感を覚えた。この本の主人公は、ある経緯で、鉱物資源を見つける超能力を持つ。この力を使い、超大企業や政治的な権力の支援を受けて、自分のやりたいことを行っていく。

「これは弘法大師空海の話ではないか!」

空海は、若いときに山の民との交流があり、水銀鉱脈を探す『丹生の民』などからの支援を受けていた。空海が、唐に渡った時に、大量の砂金を持っていた。これを使って、多くの密教法具や曼荼羅などの複製を、職人を雇って作り、日本に持ち帰った。

 空海は、日本の歴代でも最高の超能力者の一人であり、鉱脈探知のダウンジングの才能をあっただろう。それは、水銀を使う『丹生の民』にとって貴重な力であり、十分な支援を受けたであろう。また、超能力を抜きにしても、空海の学識は卓越したモノがあり、そして当時の唐の土木技術で、それを洗練させれば、さらに鉱山の採掘などにも役立つだろう。これだけでも『山の民』が、空海の留学時に砂金等の支援をしただろう。

 このように

「新しい技術を学んでくることは利益を生む」

と、当時の鉱山企業の幹部に納得させたことは、現在にも通じるモノがある。

 また空海は、帰国後も嵯峨天皇等にも、真言密教の価値を納得させ、政府の支援を引き出している。

 学者などが、

「支援がない」

と嘆く前に、空海の成果をもう一度見直すもよいのではと思う。

2021年1月26日 (火)

科学者の意見が政治に反映されるまで

 このブログでは、

「専門家の意見を重んじすぎる」

弊害について、何度か書いてきた。しかし、歴史を見ると、

「学者の意見が取り入れられない」

時代の方が長かったように思う。

 例えば、

「手術の時に消毒が必要」

と言う、今では当たり前の話も、19世紀になってやっと実行されるようになった。現在社会の先進国では、

「学問的に裏付けのある意見」

はそれなりに尊重されている。私達はこれが当たり前と思っているが、20世紀の半ばまで時間を戻すと、少し違った世界が見えてくる。

 例えば、アメリカの多くの物理学者が、政府に原爆製造のための提案を受け入れさせるために、どれほど苦労したかは、マンハッタン計画に関する著作に書いてある。また、イギリスでは、暗号解読に数学者が貢献し、オペレーションリサーチなどのが苦悶結果が、戦争追考に影響を与えるようになった。

 このような、

「戦争勝利に貢献する学問」

と言う形で専門家の意見が政治に影響するようになった来た。一方、我が国でも

「戦争で負けたのは、科学を無視した精神論の結果」

と言う反省で科学重視の政策に舵を切っている。

 この文脈で20世紀半ばの、アメリカのSF、特にE.E.スミスの作品を見ると、

「科学者に好きなようにさせる、権力と財力の支援」

を求める作品が見受けられる。スミスは博士号を持った技術者であり、

「技術者が自分のやりたいことが予算の都合でできない不満」

を色々と持っていたらしい。このような時代が、つい先頃まであった。これをもう一度考えておく必要がある。

2021年1月23日 (土)

本質の追究は成功でも

 先日書いた『坂の上の雲』に関連した、議論についてもう少し考えて見た。

  小説家が教育に関与することの是非: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

 先日書いたが、秋山騎兵隊の勝因は

「馬の機動力と運搬力を活かし、重機関銃や鉄条網・土木の道具等を運び、
野戦築城を行うことでコザック騎兵を止めた」

点にある。もう一歩踏み込めば

「騎兵の本質を知り、必要な物を調達する力のある指揮官を得た」

ことが大きい。

 このように本質をきちんと考えると、次に繋ぐことができるようになる。

 しかし、

「XXの英雄的な行動で勝った」

等の

「神がかりな話」

「個人の頑張り依存」

では、次につなげることができなくなってしまう。

 失敗したときには、本質を追究することが重要である。これは、多くの人が認識している。しかし、

「成功した場合にも真因を追求しておくべき」

を皆が考えるべきである。

2021年1月 5日 (火)

プラトンの『国家』を時代背景を見ながら理解する

 先日から書いている、古代ギリシャの哲学の意味を、当時の時代背景を思いやりながら、もう一度考えて見た。

 まず、『国家』について、当時の状況を考えて見よう。ソクラテスやプラトンが考えていた『国家』は、

「アテネと言う都市国家」

であって、私たちがイメージする『近代国家』とは大きく違っている。そこでは、

「都市国家を支えるよき市民」

をどのように育成するかが重要な課題になる。

 当然現在のような法制度も、教育制度もない。そのような状況で、若い人育成方法として

「先人の英雄の活躍を叙事詩として伝える」

と言う方式である。先人の経験を伝承することで

「よい行動を伝える」

ことが教育方法であった。しかし、ソクラテスやプラトンはこれから一歩踏み出した。それは

「物事の本質を見抜く」

ことで、『国家』に必要な人材の

「あるべき姿を描く」

可能性を見いだそうとした。ここで、彼らの頭に浮かんだのは

「ユークリッド幾何学の普遍的な性質」

であった。このようにして、『イデア』の発想が出てきた。

 ここまで『国家』を読むと、プラトンの『哲人政治』の本質は

「物事の本質を見抜いて、あるべき姿を見いだす力を持つ『哲学者』に政治をさせる」

こととわかる。これは、政治家の資質としては必要な力だと思う。決して

「哲学の学位を持った人間」
特に
「カントがXXと言った」

「〈空気によって)戦争協力のため日本人の優位性を論じる」

哲学科の『大先生』に政治をさせることではない。

2021年1月 4日 (月)

西洋文明の根底にあるギリシャの哲学

 今年の書き初めとして書いた記事の続編として、ソクラテスやプラトンが西洋文明に残した功績を考えてみた。

ソクラテスやプラトンが見た世界: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

 この機序の終わりに

ソクラテスやプラトンは

「(幾何学にような)真理を求める力が哲学者にある」

と言う発想で、哲学者による支配や教育を進めようとした。

 なお、幾何学的な世界観には、論理の単純化が必要である。これは別途考えてみたい。

と書いた。この論理の話について、もう少し説明したい。まず、小学校や中学で、図形の扱いを学ぶとき、自分で三角定規とコンパスを使って作図した経験があるだろう。その時、同じ図形というモノが描けただろうか?もう少し言えば、斜辺が5センチ、その上に4センチと3センチの辺を描く、この三角形が直角三角形になるのは、ピタゴラスの定理が示すところである。しかし作図したとき、綺麗な直角が得られただろうか?

 私は

「鉛筆の芯の太さなどによる誤差で同じ図形など描けない!」

と言う記憶がある。

 このように、自分の手で描く図形では

「同じと言うことが確かめられない」

状態だが、

「本質的に同じである」

ので

「本質の世界で考えれば同じにできる」

と言うのが、幾何学の誕生であり、これを一般化したのが

「イデア」

の発想である。

 なお、このような『理想化』した世界では

「中間的なモノがないので、成立/不成立の2値論理が使える」

状況になる。このような割り切りが、西洋文明の科学科に役立ったと思う。

 なお関連記事は以下の通り。

抽象化を使えるということ: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

抽象的な一般論と具体的な展開の関係: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

学問の形態について「テトラレンマ」の発想から: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

東洋の論理について: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

 

より以前の記事一覧