ご縁のあった人たち

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2020年9月22日 (火)

西洋文明の「支配者」とは

 アリストテレスの「詩学」を読んで、プラトンの「国家」との違いに、少し戸惑っている。プラトンの考えでは、

「哲学がイデアに迫る最善の手段で、詩は劣った手段である」

となっているが、アリストテレスの発想では

「悲劇は神の意向を展開したモノ」

という感じで、哲学と同じレベルに置いている。私個人の今までの偏見では、アリストテレスの方が、「哲学者優位」を言いそうだと思っていたが、諸学に通じた立場では、詩についても平等に評価したらしい。

 しかしながら、西洋文明には

「優れたモノが大衆を導く」

という発想がある。更に言えば

「市民と奴隷の違い」

があり、

「支配者の立場を根拠づける、理論武装としての学問」

という伝統が潜在しているように思う。

 昨日ちらっと書いたが、奴隷制度の根拠になる、人種差別には、『(科学的に)劣性と判定された人種』を、『有能な人種が支配する』という、『科学的』根拠付けが行われていた。その後継者が、ヒットラーである。

 しかし、よく考えてみると、西洋文明には、オリエントの宗主権契約の時代から、支配者の正当化の理論を探していて、学問もそれに使われていたように思う。

2020年9月21日 (月)

大坂なおみの苦しみを理解するためには

 アメリカで活躍している、テニスプレイヤーの大坂なおみが、アメリカの人種差別による被害者の名前をマスクに書いて、戦っていた。

https://naomiosaka.com/special/

 私たちが、彼女の背負っている物を理解するためには、アメリカの奴隷制度の歴史を知らないと行けない。例えば、マークトウェインの「まぬけウイルソンの悲劇」を読んだら、アメリカの奴隷制度で、『黒人』と判定された人たちの人権が蹂躙されていたか解るだろう。

 

更に踏み込めば、西洋文明における奴隷制度の位置づけも、知っておくと理解が深まる。古代ギリシャの時代から『民主制度』があったと言うが、その『民主制度』は、『奴隷制度』の上に成立していた。これを理解していないと、西洋文明の支配者と支配される人間の関係が見えてこない。

 また別の面から考えると、進化論等の『科学的思考』も、『人種差別の理論的根拠』として使われていた。

 西洋文明の、人種差別は『科学的根拠』というカルト的な信仰の上で、成立していた。

 このような歴史を踏まえた上で、大坂なおみの悲痛な声に向き合うべきだと思う。

2020年9月20日 (日)

地域のリーダーを中央でコントロールすべきか

 大阪での『地域政党維新』の活躍を見ると、中央の権力と一線を画した、地域の力というモノを感じる。ここから少し、明治維新とその前の江戸時代を考えてみた。まず、江戸時代には、各藩が独自性を持って支配し、さらに地域の豪商・豪農や寺などが、民衆を指導していた。これはよく言えば独自性を持った指導であるが、悪く言えばバラバラで、玉石混淆の状況であった。

 これに対して、黒船来航やアヘン戦争による西洋文明の侵略の危機は、国としてまとまった対応が必要になる。そのためには、中央集権的な政策で、指導を一律に行う必要があった。色々な制度ができたが、中央の指導で全国一律という発想が根底にある。この状況で、指導者としては、学校教師や巡査などの役人たちが働いた。

 こうした中央のコントロールで、一律な社会を作り、人材の底上げを行う発想は、昭和の高度成長までは無事働いたと思う。

 しかし、多様化した社会への対応には、『地域の独自性重視』の発想を、もう一度考えるべきである。

 ただし、江戸時代のような、野放しではなく

「他の地域の良い物は取り入れ、間違いを指摘される開放性」

を持った上で、地方の独自性を生かしていくべきだと思う。

 数あわせや、他所の模倣だけでは、地域の活性化の指導者は生まれない。しっかりした方法論が必要だと思う。

2020年9月16日 (水)

実現重視の日本と体制から入る西洋文明

 先日書いた、明治の日本の近代化

「先に人材育成を行って、その後役所を作る」
例えば
「帝国大学が先にでき、その後に文部省ができた」

という風な、

「実現のための人材育成を先に行い、人材が揃えばその後は組織を作る」

発想である。これは

「組織を先に作り、人材を募集する。調達する。」

発想とは根本的に異なっている。この発想について、議論していくと面白いモノが出てくる。まず、明治維新に関しては、

「松下村塾など、人材育成の場が、社会を変える母体になっている」

という面がある。しかし、これだけではない。日本人の発想の根本に、

「全体を観て、実現可能性をきちんと考え、その後で実行する」

がある。今回のコロナ対応でも

「PCR検査を抑える。なぜなら、陽性者を受け入れる体制が整っていない。」

という発想で、諸外国から

「日本のPCR検査比率は低いので、発症者数は怪しげ!」

という批判を、のらりくらりと躱しながら、医療崩壊を回避した行政手腕がある。

 このような、

「実現体制まで、総合的に観てから動き出す」

体質は、日本の美点である。ただし、

「緊急事態への対応が遅れる」

リスクをきちんと認識しないと行けない。

2020年9月 8日 (火)

日本文明の根本に「建前と本音の二層構造」がある

 山本七平の思想には、

「承久の乱が日本の革命」

という考えがある。これは大事な発想だと思うが、

「貞永式目に始まる固有法」

という議論に関して、少し疑問に思う事が出てきた。

 私の言いたい事は

  1. 律令制度の公地公民は「建前」で実質生きていない
  2. 荘園制度など私有地は「本音」として生きていた
  3. 建前の律令制度は、中華文明に対して見せるモノである
  4. 国の運営は「本音」で行ったから、科挙なども導入しなかった

という、「建前と本音の二層構造」が、律令制同導入の初期からできていた。もっと言えば、

「中華文明とのお付き合いの仕方で、建前のショウルームを上手に創って見せていた」
「国の運営は、本音の世界で無事行っていた」

という、中華文明との上手い付き合い方が、日本教の本質の一つだと思う。

 この発想なら、

「固有法は貞永式目を待たずに、荘園運営などの経験則で生まれていた。」
「北条泰時の時代に明文化した。」

という言い方ができる。

 

2020年9月 7日 (月)

日本の意志決定機構についてどこまで公開されているか

 諸外国の人たちには、日本の意志決定機構がわかりにくいと、言われる事が多い。先日は、自民党の意志決定機構が見えないと書いたが、これは自民党に限った事ではないように思えてきた。

 もっと言えば、裁判や国会審議でも

「予定調和の筋書き通りの芝居を見る」

コトが多い様に思う。もっと言えば、

「江戸時代の御前将棋は、事前に対局して、その結果を並べるだけ」
(考慮している時間を見せて待たせない)

という雰囲気で、

「綺麗事の場面だけ見せる」

ことになっている。

 もう少し言えば、

「日本の権力の役割」

についても、

自分の意向を前に出して引っ張る
「西洋文明のリーダーシップ」

と違うモノがある。日本のリーダーは

「皆に意見を言わせて、それを採用する」
「皆の意見を承認する」

機能が重視されている。従って、

「リーダーからの発言はない」

という形が多くなる。

 なお、明治維新の時のように、

「極論対立でどうしようもないときには、天皇陛下のご意向が決着」

という事例もあるが、これは混乱時の例外的なモノだろう。(室町時代は、幕府の仲裁機能が弱く混乱を招いた。又幕末に関しても、幕府の蹴って気力が無くなったから混乱した。)

 このような、権力の見方は、西洋文明と少し違っているように思う。

 

2020年9月 3日 (木)

全体の幸せが自らの幸せになる

 昨日書いた、江戸時代の豪農や豪商の働きに関連して、もう少し踏み込んで考えてみた。

 まず、西洋文明に縛られた私が、先に思いついたのは、

「投資と回収の発想」

http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-939bb8.html

である。

 しかし、これは金銭的尺度に縛られているように思う。もう少し言えば、単純化したモデルの思考法で考えている、という西洋文明の

「分けて考える」

という発想を実践している。

 しかし、江戸時代の日本人の発想には、大乗仏教の教えなどが、染み込んでいる。例えば、お経を唱えた後

願わくばこの功徳を持って、遍く一切に及ぼし、我らと衆生と、皆伴に仏道を成ぜん
国土安穏、万民豊楽、功徳の余慶を持っては先祖代々の諸精霊に回向し、それがし家運長久~~

という風に、

「まず全体がよくする、その後個人の事を考える」

と言う発想が体質になっている。

 このように考えると、江戸時代を現在のマルクス史観などで見て

「地主に搾取される水呑百姓」

という図式トは別の世界が見えてくるように思う。

 もっと言えば、動機付けに関しても、現在的な発想でなく、大乗仏教の「発願」という発想で見た方がよいと覆う。

2020年8月31日 (月)

私たちが学んだ江戸時代は偏っているのではないか?

 先日から、日本の歴史を見直していると江戸時代の、町人文明について、私の理解がない事に気がついた。更に言えば、豪農などの文明への貢献についても、理解ができていない。この理由は、学校教育が偏っているからだと思う。

 一つは、権力体制を重視し、法制度などのが整ったものを対象に教える。つまり、江戸幕府の支配だから、幕府と各藩の支配が主な話となる。もう一つの偏りは、マルクス主義史観である。つまり、搾取する地主と、支配される小作人という図式である。このような、

「水呑百姓の悲惨な生活」

という一面的な図式で描く農村社会、このようなイメージしか浮かばない。

 しかし、よくよく考えてみると、大阪の淀屋橋や道頓堀は、豪商の力でできた。さらに、多くの農地が、豪農の力で開拓されている。これは、当時の豪商や豪農の富裕層が

「将来のための適切な投資を行った」

結果と考えてもよい。つまり、資本主義の基本である

「投資と回収のセンス」

が既にあったと見るべきではないかと思う。

 更に言えば、江戸時代は一応鎖国という、かなり閉鎖的な経済状況である。そこで、

「持続可能な経済成長」

を行ったとしたら、これも現在学ぶべき者が大きいと思う。特に、国土環境を護りつつ、持続可能な成長ができたのかは興味深い。

 なお、一説によると、

「山の木を燃料として購入する豪商のために、多くの山が荒れ果てた。」

という側面もあるらしい。この観点で見れば、明治維新の新たな意味づけもでるかも知れない。

 日本の文明は、環境との共存が大切だと思うが、山を壊した報いが、明治の大変革というのは、一つの可能性である。

2020年8月28日 (金)

社会の分断に関して『科挙』を考える

 先日から考えている、社会の分断問題について、今回は中華文明の『科挙』の影響について、考えてみた。『科挙』という制度は、実力主義という観点では、奴隷制度などより優れている面がある。しかしながら、『科挙制度』がもたらす、知識人階級とそれ以外の人間の、分断問題に派大きな弊害があるように思う。

 この問題に関しては、我が国には格好の比較検討材料がある。朝鮮半島は、中華文明の直撃を受け、

「中華文明の受け入れ優等生」

であり、科挙制度などもきちんと受け入れていた。

「清のような異民族国家より本当の中華文明」

というぐらい、中華文明をまねしている。一方、我が日本国と言えば、適当に中華をつまみ食いしている、朝鮮半島から見れば『劣等生』であった。

 さて、こうして朝鮮半島を見てみよう。朝鮮半島での、

「(特権階級である)知識人とそれ以外の分断」

の激しさと色々な弊害は、歴史が示している。特に、戦争や外国との交渉時に、知識人のひ弱さというか、現実対応力の低さが目立っている。確かに、黒船来航時の江戸幕府の対応もお粗末だったが、李氏朝鮮の対応はもっとひどかった。

 また、一人の科挙合格者が生まれると、それに群がる親族たちが、利権に群がる図式ができている。

 これは、全て

「知識人の特権」

「科挙合格という一発勝負で得る」

という状況が生んだのではないかと思う。

2020年8月24日 (月)

日本の歴史を見るときに「思い込み」にだまされてはいけない

 日本の歴史を見ると、

「瑞穂の国日本」
つまり
「農業国」

というイメージが湧く事がある。しかしこれは本当だろうか?

 この問題を追及すると、

「律令制度は本当に成立していたか?」

という議論まで踏み込んでしまった。この議論の発端は、明治の戸籍における

『百姓』という分類のいい加減さである

つまり

『工業・漁業・果ては商業』までも『百姓』に分類されている可能性あり

という議論である。これは、江戸時代から曖昧な『百姓』という分類の継続と考えてよいだろう。

 さて、この問題を考えていくと、もう一つ私たちが、思い込んでいる可能性が出てきた。それは、

「律令制度の『公地公民』は本当に成立したのか?」

という議論である。この話は、

「公地で与える土地があるのか?」

という問題であり、現実に

「墾田私有の法」

が、色々な形ででている事、また租税に関しても、『米本位』が本当に成立していたか?等の状況から、疑うべきであろう。

 このように考えると、根本的な問題として

「律令制度は、日本では機能していたのか?」
言い換えると
「建前としてお飾り的な律令制度」
もっと云えば
「中華文明での付き合いに、恥をかかないための、律令制度実行の格好だけした」

という可能性が見えてくる。

 このような状況を考えると

「日本の歴史では、常に建前と現実主義のバランスの上で社会が動いていた」

という見方ができるのではないかと思う。

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