日露戦争について考えてみました
『坂の上の雲』に描いてある、旅順の戦いについて、小説風に考えてみました。
余りにも奇襲主義は危険だと思うが、国力を考えると、軍隊の膨張を抑えるための、精神論も有効と考えてしまった。
宜しければ見てください。
http://homepage3.nifty.com/manabizz/ryojunhiwa1.pdf
『坂の上の雲』に描いてある、旅順の戦いについて、小説風に考えてみました。
余りにも奇襲主義は危険だと思うが、国力を考えると、軍隊の膨張を抑えるための、精神論も有効と考えてしまった。
宜しければ見てください。
http://homepage3.nifty.com/manabizz/ryojunhiwa1.pdf
テイラーの科学的管理の本は、新人の心得で大切なことを示している。彼は、
「科学的に決まった行動基準に、新人はまず従うべき」
と言っている。しかも
「その上で言うべきことがあれば、科学的に根拠を持って議論しよう」
と言っている。これは、知識のある新人の心得として大切であるし、また新人を受け入れる側でも大切である。
今まである伝統と言うか知恵を、おろそかにしてはいけない。そのため、新人は一度は従うべきである。しかしそれに対して、客観的な根拠のある疑問は、議論すべきである。
このような姿勢が生まれたのは、科学的の根拠のある、作業指導を行ったからである。
テイラーの功績は、従来の経験値に対し、理論的に根拠があり、議論のできる目標値を提示すると言う手法を示したことにある。
今テイラーの科学的管理法を、読み直してみた。100年ぐらい前の本だが、今でも通用することが多い。しかし当時と今での違いも多い。このような昔の本を読むためには、周辺知識を仕入れる必要がある。例えば、工場の計画管理業務があるのは、現在では常識だが当時は存在しなかった。そのような状況での、労働者の権利を守るためには、労働組合による争議が必要というのも納得する。
そして科学的に工員と職長が納得した仕事は、労使紛争がなくなるという話も説得力がある。この知識をきちんと身につけた後、経営学や工場管理を学ぶべきだと思う。
軍隊組織は、大部分の時間を訓練に費やしている。実際、災害救助なども含めて、軍隊組織は、訓練だけで終わるの平和でよい。地域ボランティア的に、危険地区の清掃などを行うぐらいしか、一般人に見えないのでも良いのかもしれない。訓練状況の高度さは、各国の諜報員が探してみて貰ったらよい。
さて、少し脱線したが、このように十分訓練した組織の運用の特徴を考えてみよう。この指揮官は、訓練を通じて自分の部下の能力を、きちんと把握している。このような状況で、指揮を取るということは、指揮官が部下の行動を全て指示することができる、ということである。確かに、敵対行動の変化で個人が状況の変化に対応することは必要である。しかし、部下の力に信頼を置いて行動するのが軍隊組織である。
一方、現在の企業では、企業内のOJT(On the Job Training)を行うことも、経営環境の悪化で難しくなっている。そこでは、個人能力が見えず、曖昧な指揮になることも多い。このためにPDCAのサイクルを回し、早期に改善を行う必要がでている。
特に、失敗を繰り返さず、日々良くなっていく、作業プロセスの改善能力を持った組織にすることが重要である。
少し考えていることがあって、テイラーの『科学的管理法』を読み直してみた。(上野陽一訳)仕事に対する考えについて、色々とヒントに満ちた本である。
しかし、この本を読む場合には、その本を著述した時代背景を理解しないといけない。確かに、テイラーの言い方には、人を見下したような面もある。しかし当時としては、労働者の立場にも比較的配慮していたと思う。
歴史を遡り、その時代の背景を見て考えることは、多様な立場を認めることになる。このような思考法を身に付けることは現在の管理者・経営者に一番大切なものだと思う。
なお、この本は11月28日に新訳がでるらしい。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/447800983X/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_2/377-7992477-8033114?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_r=0PZ0VCYVKEJQZYHBQZ8S&pf_rd_t=201&pf_rd_p=466449256&pf_rd_i=438204121X
どのような訳になるか楽しみだが、当時のニュアンスが消えるのは心配である。
日露戦争の大砲のことを調べていて、今まで見落としていたことに気がついた。大砲には反動があり移動する。そのため、一度発射した後元の位置に戻す必要がある。これは、作用反作用の法則から考えれば、当たり前のことであるが、見落としていた。
大砲の命中率を上げるためには、前に発射した砲弾が何処に落ちたか知り、目標との関係を見て、修正することが必要である。しかし、その為には、大砲側の条件が変化しないことが必要である。このために、反動での移動を修正する必要がある。
日清戦争や日露戦争の時期には、このような反動を上手く処理する大砲が実用になっている。そこで、日本海海戦での高い命中率は、このような条件を上手く生かした成果である。
しかし、これと同じように改善を行うためには、条件が変化しないようにする必要がある。そこを理解せず、改善を求めることが多い。
設計者の立場と言うか、悩みを示す興味深い話を思い出したので、忘れないうちに書いておく。たし、文春文庫の「堀栄三著:大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇」の一節だったと思うが、ある戦車の設計者から、某国の戦車の情報が欲しい、という依頼を受けた時の対応だった。
そのため、
「戦車のある部分の厚みを知りたい。それだけわかれば後は何とかなる。」
と言う依頼であった。
確かに、戦車に使う鋼材は、最先端の物であり、お互いに同じ物を使うであろう。そうすると違いは、どれだけの厚みで強度と重さのトレードオフに決着を付けるかである。特に正面で一番強度を持たせるべきところは、どこかと言うことは、設計者なら誰もが同じように考える部分である。
そこで、一つの厚みが決まれば全体が想像できると言うのは、十分ある話しである。言い換えれば、設計者が悩むのは、そのようなトレードオフのある仕様を何処に決めるかである。このような情報を、入手すれば設計は自然に流れていく。
このように技術が安定している場合には、誰が作っても答えが同じようになる。そこでどの数値で決断するかが要点となる。
なお、この本では、この値を得るために、絶対的な寸法感覚を得る訓練も描いてある。これもスキル訓練として重要な話しである。
![]() |
大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)
著者:堀 栄三 |
日経ビジネス・アソシエのHPに面白い記事があった。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20091030/192621/
日本人の他人の評価と言うか、承認には2つの側面があるという発想である。
表の承認を簡単に言えば、成績である。現在は、これが強調されすぎているように思う。この理由として、今の日本を動かしている人たちに、表の承認を得てきた人が多いからと思う。特に、子どもの時代に大きな意味を持つ学校社会でも、『成績優秀者だった先生』に指導されている。彼らは、自分が『表の承認』を受けてきたから、承認を受けられない人間のことが良くわからない。更に、『裏の承認』の重要性が、判らない人も多い。表の承認を、端的に表すものが、『偏差値』である。
しかし、世の中で物事を上手く行うためには、『裏の承認』がないと、人がついてこない。この裏側で、『対人スキル』重視などと言う表現がでている。これが、建前としての「客観的評価」と微妙に交錯しているため、混乱していると思う。昔、ある学生が、
「就職にも偏差値を導入して希望者評価をして欲しい」
などと発言していた。この発言には、『奥ゆかしさ』や、『分をわきまえる』という観点が見えない。
さて、このような能力はどうして身につくのであろうか。少なくとも、ほかの人の考えを思いやる想像力を常に働かすことである。
もう一つ、仏教の実践に、一つの智慧がある。お経のあと、
「願わくは、この功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」
と唱える。皆が良くなれば自分も良くなる、と言う発想である。これを毎日唱え、皆と共に良くなるということが自然と身に付ければ、裏の承認も得やすくなるであろう。
自衛隊の制服組と、背広組について、もう少し考えてみた。文官統制などといっているが、これを一般企業の言葉で考えてみよう。
制服組=現場で苦労している社員
背広組=オフィスで働くホワイトカラー
政治家=取締役会
現在の企業では、『現場力』を大切としている。そういう発想なら、制服組をもっと大事にして、トップの政治家が彼らの声を聴くべきだと思う。
また見方を変えれば、戦前の日本軍部をおかしくしたのは、軍人でも机上で話をする、『参謀』達の影響が大きい。これは、ある意味『背広組』に近い人種である。一般的に、自ら戦場に立った経験のあるほど、戦争の恐さを知り、武力行使には慎重になるものである。机上戦略ばかり述べている人間の方が危ないことが多い。
これを考えると、『文官統制』は一番危ないように見える。
しかし、制服組のトップであった某氏が、近頃色々"論文"と称する物を書いているが、あのお粗末さなら、制服組に発言させたくないというのも、判らなくはない。しかもそれに対して、きちんと政治家で叱ったのが、管轄外の石破大臣だった、と言うのも情けない話しである。これでは、政治化主導と言うのも難しいと思う。
トヨタ方式の生産現場や、セル生産の導入について聞いていると、いつも思うのだが、その生産に従事している人の、身体能力や知的能力は、非常に高いものでないとついていけないと思う。
これは、旧日本軍の精兵主義に通じるものと思えてきた。
ある程度の規模なら、有能な人間をそろえることもできるだろう。また、厳しい話しを言えば、非正規雇用で試しておいて、使える人材だけを正社員にする等の手法も使えるかもしれない。
しかし、大きな会社が多数の人材を確保するとした時、平均人材でできる仕事の仕組みが必要である。精兵主義には限界がある。
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