ご縁のあった人たち

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2020年6月 8日 (月)

抽象的な一般論と具体的な展開の関係

 昨日書いた使える地図の話はもう少し議論する価値があると思う。

 この問題をメディア論を加味して、検討すると

「西洋文明的発想では、抽象的な地図という、記号の上での世界がある」
「日本教的発想では、現実に適応した地図があるべき」

という発想になるのではないかと思う。これを一歩進めると

「数式などの抽象世界だけで思考できる学者」
「直観的に理解できるモノで考える現実の人間」

という対立軸が見えてくる。プラトンが「国家」で主張した

「哲学者だけが真実に近づける」

という発想が前者であり、仏教とその影響を受けた日本教なら

「誰もが真実の世界を知る」
「あるべきようはを皆が知る」

という発想になると思う。この問題に関して、技術者として一つの経験がある。

「大学で制御理論の数式的処理をきちんと学んだが、現実の対応は判らなかった。
そこで工業高校の教科書を手に入れて勉強することで、全体像と直観的な理解を得た。」

ただし、この場合にも、実現の細部には、もう一度数式的な検討も必要になり、ここでは大学教育などが役立った。

 このように考えると、全体像の把握と、細部の検討、この両面を上手く切り替える人材が必要ではないかと思う。

2020年5月29日 (金)

進化する伝説の力

 昨日書いた、テレワークの成功条件に関して、「伝説」の有効性について、もう少し補足しておく。

 確かに、「伝説のXX」という存在や、逸話は多くの人たちの心を向けるには有効である。しかし、「伝説」の危険性をしっかり認識しておかないと行けない。それは、

「時計が止まった人」

になってしまう危険性である。これは極端な事例では、

  • 儒教の「古代の聖人の政治」
  • ある会社の「創業者の伝説」

等の例がある。そのように過去の事例を美化し、それだけしかないと進化がなくなる。

 もう一つの問題は、

「伝説を作る負荷の問題」

である。物語を描くというのは、結構な負荷が必要になる。それも個人のスキルに依存する。このような配慮も必要である。

 しかし、既に良い事例がある。

「トヨタの進化する官僚主義」

である。彼らは規則を作成するという負荷を、きちんと吸収しながら、規則と現実の乖離をなくすため、毎日修正している。このような発想で、伝説も修正すべきである。

2020年5月28日 (木)

テレワークの成功条件(持続可能性)

 新型コロナウイルスの影響で、テレワークが推進されている。この働き方は、現在のネット環境やIT技術を考えれば、しばらくは効果があると思う。ここで

「しばらくの効果」

と表現したことに注意してほしい。私の会社員生活は既に前世紀期が大部分だが、このテレワークに発生する問題点を、経験している。それは、

「関係部門への配慮不足」

という問題である。これは大きく分けて、パソコン画面やタブレット画面、極単にはスマホ画面の制約という一面と、組織の横などへの配慮不足などから発生するモノである。しかもこのトラブルは、

「世代交代してから発生する」
または
「まれなトラブル時に発生する」

傾向がある。通常上手く流れているときは、限られた範囲の情報伝達で良い。また色々な経験をした人間が、分散しているときには、それなりの配慮をする。現在なら、メールの写しを入れておくし、その写しに目を通すという配慮もあるだろう。

 しかし経験が無くなった世代が働き出すと、このような写しなどには反応しなくなる。

 こうした状況を考えると、テレワークの成功のためには以下の方策が必要ではないかと思う。

  1. 全体を見て交通整理を行う管理者スキルの育成
  2. 全体像を皆で共有する「物語(伝説)」やゲームなどの作成

2020年2月17日 (月)

怒りへの対処法 続き

 昨日の続きで考える。昨日の要点は、

「自分のことと距離を置ける場合は客観的に観る」

であった。

 今回は、怒りのエネルギーを、うまく活用できる場合について考えてみた。アイデアは

「怒りの、真の原因が観えれば、それに対して解決法が見える。」

である。このため、自分の状況を冷静に観ることが必要である。このため、自分に対して

「優しく客観的に観る」

ことが必要になる。

「あなたは、なぜ怒っているの?
何をされたの?
何が怖いの?」

これらの質問を優しく投げかける。そうすると自分怒りの、本音や真の原因が見えてくる。例えば、

「会社での上司に腹が立つ」

という表面的な怒りから、

「その理由は?」
と自問自答から
「仕事成果を評価されていない」
「同期と比べて評価が低い」

等の具体的な理由が見えてくる。

 ここまで来て、まだ元気があるなら、

「自分の力を客観的に評価した」
「自分のPR不足だった」

という、本当の問題につながる行動につなぐことができる。このように、上手く怒りのエネルギーを、自力でできる改善活動に持ち込めば、怒りが良い向きに働くことになる。

 真の『怒りの原因』を見いだし、『自分で解決できる可能性』が見つかれば、怒りのエネルギーで大きなモノを得ることができる。

2019年12月 4日 (水)

就職氷河期世代の採用に関して

 就職氷河期世代の採用に関して、もう一つ大きな問題が起こりそうである。私の予言は

「新卒の採用者数が大きく減る」

で、この理由は、

「成長した氷河期世代と比較される」

からである。先日もNHKのニュースで、氷河期世代の採用に当たった人が、

「経験を積んだ人の魅力に気がついた」

と言っている。このような気づきは、一般的な採用にも影響するだろう。特に総合職として採用するときに、

「一から育てる必要があるか?」

と言う議論になる。もっと言えば、従来なら

「若いときから育てて長く貢献して貰う」

が合ったが、現在の技術革新や、社会の変革が激しくなってくると、

「即戦力性を重視し、短期の貢献で十分」

と言う結論になる。

 こう考えると、来年度の新卒採用は、かなり厳しい状況になるかもしれない。

 

2019年11月 9日 (土)

社会的問題に対するブレークスルー思考は一度全体図を描く必要がある

 これまでにブレークスルー思考に関して、少し書いてきた。

 ブレークスルーの実現のためにはシステム的な思考法が必要

 ブレークスルーを行うと言うことは「次の安定に至る」ということ  

ここで、3段階を踏むことが大事と書いた。


  1. 可能性を開く時には、理想化した世界で理論的に考える
  2. モノとして作り出すときは関連する事項全ての閉じたシステムで考える
  3. 製品化の段階では社会という開いたシステムまで考える

と言う風に考える範囲を広げる必要がある。

しかし、これは工学などの、物理学などを母体にした物作りの発想である。その延長で、相互の因果関係などを考える、「システム発想」も提案したが、考慮する範囲は限られていた。

 しかし、経営問題や社会的な問題を考えるときには、検討範囲をもっと広げる必要がある。社会科学系では色々な仮説を考えて、その成立可能性を検証するが、

「そのために世界をどのように切りとるか?」

と言う前提条件の選び方が重要になる。

 もう少し言えば、

「この提案が成立した状況での社会はどうかなる」

と言う形で、結論が先行した形での議論も必要になる。

 このためには、上記の3段階説の切り分けは曖昧になり相互の侵入が発生する。

 少なくとも、理論検定時に関連項目の並ぶモデル化した世界を描き、その上で

「新しい考えが実現したらどうなる」

と言う形のシミュレーションを行う必要があるだろう。そうした結果が社会にどのような影響を及ぼすか、ここまで考える必要がある。

 単純な因果関係ではく、広い縁や報いまで考える。これは物語を想像するよことに通じている。

2019年9月16日 (月)

T型のスキルを持つ組織 I部分の育て方

 昨日の続きで、T型のスキルを持つ組織について、もう少し書いていく。

 今回は私がI型と表現した、特定部分に深く突っ込む部分について考えてみたい。この部分の力が、ブレークスルーの主要部分であるが、これだけでは十分ではない。ブレークスルーには大きく分けて以下の段階がある。

  1. 従来にない可能性を開く
  2. 可能性から製品として安定的な物に仕上げる
  3. 採算のとれる生産体制と販路を確立する

各段階では、それぞれ別の才能が必要になる。

 可能性を開く段階では、ある種のひらめきが大きく影響する。これは、

「今までそこで使われなかったモノが使える!」

という漠然とした感覚が最初に出ることが多い。例えば

  • XX理論は今回の仕事でも使えないか
  • 別の仕事だがXXのやり方はこちらでも使えないか

と言う風なイメージがわく。このイメージは漠然としたモノで、個人として思いつく段階が多い。そこでこれを個人で育てる場合もあるが、気軽に相談できる環境があると、もっと進むことも多い。ただし、相談して賛同されても、イメージの核は最初に思いついた人間が持つことが多いので、その人間が個人で詰めて完成度を上げることが重要である。もう少し言えば、個人の脳内でイメージができてくると、他の専門家に上手く質問できるレベルになる。このような段階まで来ると、協力体制もできやすくなる。ただし、専門家に丸投げするようでは失敗する。イメージを持った人間を中心に育てることが大事である。

 このように、深く突っ込んでいく部分が「I型」と称している部分である。

 ここでは、個人プレイが主体となる。個人が深く考え、理論を深く理解し、他分野の仕事や経験の本質を見抜く。このような個人スキルが重要である。しかし、そのように考えている人間を、サポートし、理解する周囲の働きも重要である。相談したときに、完全な理解ができなくても、とりあえず面白いと反応する。これだけでも孤独に悩む開拓者の力になる。また、ヒントを与えることはできる。こうした周辺のサポートも大切である。このような、日頃からのコミュニケーションは、組織のスキルとして大切である。

 さて、イノベーションに関しては、上司の立場について色々と議論する人が多い。これについては

「上司の理解が重要である。好きにやらせた。」

と言う成功例の話が教科書に載ることも多い。しかし、これはモノの反面しか見ていない。イノベーションは

「1勝9敗」

と言われるように失敗も多い。この引け時の判断が難しい。私も、色々な新規開発をするとき常に

「これは時間の無駄遣いではないか?
今なら引き返せる。」

と自問自答しながら画期的なモノを作り込んでいった。このとき上司が

「この仕事は私がやらせたモノ、失敗の責任は私がとる。
好きなようにやれ。撤退判断は私が行う。」

言ってくれたらどれほど楽だったろうかと今でも思う。

 イノベーションの突破力に関してはこのような考えも必要だと思う。  

2019年7月15日 (月)

総合的な検討の評価能力

 先日から書いている、大学文明と会社文明の話であるが、「会社文明」というのは少し限定しすぎたかとも思う。「現実社会」という風に言うべきかとも反省している。例えば、キャリア官僚の法律案を検討する話も、総合的な検討のよい一例である。

 このブログでも何回か取り上げたが

霞が関の官僚は、一つの法律を作るときに今までの経緯を、大宝律令まで遡って調べる。

という話がある。これは時間の無駄という人もいるかもしれないが、この問題に関係する人、直接の関係がないが縁のある人を探し出すときに、歴史的に網羅するため、今までの関連法律をすべて観るというのは、大切な作業だと思う。

 「~~時代では~~だった。その理由はXXだから」

という風に、その時の理由が判れば現在はどうすべきかが見えてくる。このような検討の大切さを、若い世代にきちんと伝える。そうして、意味のある作業をさせる。これは逆に心のこもった作業につながると思う。私が昔経験した事例をもう一つあげておく。

電気回路のサーキットブレーカーの動作を遠隔で監視制御するシステムの設計時の話である。

「サーキットブレーカーの動作信号は、オフを有意(つまり1)にしなさい。」

「なぜですか?」

「昔からそうなっている。」

この問答に関して、私が後輩に教えた話は以下の通りである。

「昔は、監視制御装置の回線容量が少なく、情報の絞り込みが必要だった。そこでサーキットブレーカーの動作信号だけを監視していた。その場合に、ショートや漏電で、サーキットブレーカーが自動遮断する事故が、一番大事な情報だった。だから、オフを有意にし重視した。しかし、今なら、回線容量は十分あるので、保護装置の動作情報も送れる。漏電もショートも個別項目で送っているならそれに対して警報を出せばよい。さて、次に大切な情報は、電気が流れているという情報である。うかつに触って感電したりしてはいけない。従って、通電中のオンの状態を重視して有意=1にしなさい。」

このように、今までの経緯と、状況の変化について、考える力が総合力の第一歩だと思う。

 なお、直接的な作用や因果関係だけでなく、縁やお陰様という間接的な関係も考慮していく。このような力の必要性を知ることから、現実的社会での総合的な検討能力育成を始めればよいと思う。

2019年6月26日 (水)

国家公務員試験の合格発表のニュースを聞いて

 昨日のニュースを見ていたら、国家公務員総合職試験の合格に関するニュースが報じられていた。昨日書いた記事は、このタイミングを狙ったモノではないが、丁度よい時期なのでもう少しお願いを込めて議論しておく。

 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-a94f7c.html

昨日の議論は、政策としてどうあるべきかという観点であった。この問題の本質は、

「物事を単純化しすぎて金銭価値に捕らわれすぎている」

ということである。

 一方、立場を考えてみれば、公務員の立場では

「よりよい社会の実現」
「より幸せな生活の実現」

という

「自分の理想に近づける」

満足感について、もっと認識してほしいという願いである。

 大分古い話になるが、1980年代頭に「第五世代コンピュータプロジェクト」の発足に当たって、当時の通産省の人が

「これでアメリカのコピーと言われなくてすむ」

と説明したときの

「我が国の国益のために流れを変える」

という気概を感じた。

 確かに、当時の通産省は、業界を指導して方向を示していた。現在は単一方向は難しいかもしれないが、総合的な視野での提案は色々できるだろう。

 また国民生活のあるべき姿を考えるなら、厚労省などで、いろいろな立場の人の生活について考える、このような理想を持って、公務員になって欲しい。公務員を辞めた人に

「ブラック企業」

と言われっぱなしで終わってほしくない。

2018年10月30日 (火)

もう一つの多様性管理

 会社の勤務者の多様性が色々と議論されている。そこで、私はもう一つ別の切り口から、多様性について考えてみたい。これは私自身の反省もあるが、私は昔あるメーカーでソフトウエアの技術者だった時期がある。詳細は書くことはできないが、コンピュータ活用に関して、色々と可能性を拓く部門であった。
 しかしながら、私が去った後、その部門はかなり衰退した。
 その理由を考えてみると、社会の要求の多様化、そして技術進歩による対応可能性の増加に対して、そのソリューションを考えだす、エンジニアが不足していたということが、一番大きかったと思う。
 ここで、エンジニアと言ったが、この表現自体が、障害になったと思う。つまり、問題になったのは、お客様の本当の要求を引き出し、まとめる力の不足である。この場合に必要な知識とスキルは、社会の状況を把握し、法律などの制約の下で、可能な物を提案する力である。
 今の私なら、このような仕事に対応する力について、色々と助言することができる。
 まず、お客様の置かれた状況を想像する。そのためには、社会学的想像力などもよいだろう。
 その他、法律的な知識も必要になる。さらに、人間の悩みなどまで行くと心理学まで広がるかもしれない。カウンセリングのスキルもお客様の声を聴くには使えるだろう。
 このように考えると、従来の技術者としてのシステムエンジニアの枠を超えて、多様の基礎知識を保有する人財を生かす必要がある。
 このような経営管理の側の努力と、人材の活用方向に目を向けた、大学側の努力も必要ではないかと思う。
 ミルズの『想像力』の現場での活用など、伊奈、中村の両先生に考えてもらいたいと思う。

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