ご縁のあった人たち

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2020年11月 8日 (日)

コロナ時代の新人研修について

 日経ビジネスの最新号が、「コロナ後の新人」と言う特集をしていた。

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/mokuji/00094/?i_cid=nbpnb_sfrec

 この中でも、新人研修のあり方の議論がある。

  https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00650/
  https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00652/
  https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00653/

私は、某電機メーカーで研修関係の仕事を、15年ほどしてきた。その時に悩んだ問題が、

「新人をどこまで枠にはめるか」

である。もう少し解説すると、

「個人の独創性を壊してはいけない」
しかし
「社会の約束事を守らない人間は、他人に受け入れられない」
そのためには
「ある程度の枠への当てはめは必要である」

と言うジレンマである。

 これをもう少し具体的に言うと、

「能力のある個性は伸ばしたい」
しかし
「それが、あまりにも周囲とぶつかり、壊れることは避けたい」

と言うのが一つの悩みである。もう一つは、

「それほどの力が無いのに、自分の独自性があると思い込んでいる人在の扱い」

である。またこの逆に

「自分の力に自信を持てない人財」

の問題もある。よくあることだが、『人罪』向けに言った言葉が『人財』にだけ響くと言うことが多くある。そこで、『人財』が萎縮し、『人罪』がのさばる。このような事態もある。研修の難しさは、このような社員の全体像を見た上で、個別の対応を考える必要がある点だと思う。

2020年8月29日 (土)

大企業文明に入っていてもトラブルはある

 先般書いた日本社会の課題の議論で、今回は

「大企業文明の恩恵に浴する場合」

について少し考えてみたい。この場合には

生活を維持できるレベルの給与を支払う雇用にすべきである

という議論が普通は成立する。つまり

「大企業の正社員は,生活保障がついている」

が暗黙の了解事項になっている。その代わり、就社であり,どこに飛ばされるか解らないが、生活は保障される。

 これが大企業所属の利点である。これは言い換えると

「大企業村の住人として面倒を見てもらう」

と考えてよい。

 そこでは、

「大企業文明に即したスキル蓄積も行う」

ことも仕事に含まれている。安心したスキル蓄積、経営側の教育投資が上手く回ると、日本企業の「高度技能集団」の力が発揮されるようになる。

 さて、このような大企業文明の恩恵だが、周辺では色々とトラブルが発生している。これは正社員登用とも絡むのだが、企業側の発想では

「正社員にしてやる」

という、上から目線が多くでている。しかし、実際の処遇において

「正規採用に及ばない場合が多々ある」

という状況が発生する。このとき、

「処遇改善された後の不満」

が結構重たくなる。パートタイマーから正規雇用になった人が、処遇に不満を言って退職する場合は少なくない。

 このような、大企業文明の管理職や既存社員側の思い上がり(?)は、少なからず見受ける。

2020年8月27日 (木)

社会の分断の一つの出方

 先日書いた、

一人のシングルマザーが、


「つい先ほど入った子と、同じ評価が腹が立つ」
つまり
「スキルの蓄積などが評価されていない」

という不満である。これをもう一歩踏み込むと

「人間として尊厳を持って扱われていない」

という不満になる。

という記事に関して、もう少し議論しておく。

 この問題を突き詰めると、

  1. パートタイマーの能力を認める
  2. パートタイマーはマニュアル通りの仕事だけすればよい

という異なる二つの姿勢に行き着く。

 

 私の個人としての組織運営方針は、

「誰もが人間としての力を認める」

であり、例えパートタイマーであろうと、

「スキルの蓄積効果は認める」
「意見を言う機会はあるし、よい意見は吸い上げる」

事を事項していた。スキル蓄積に対しては、ほんの少しでも時給を上げるなどをしていた。

 しかし、この考え方が、通用しない組織である場合も多い。一つの考え方は

「アメリカ式マニュアル世界」

である。彼らの発想には、レイバーとしての労働者を見ていて、自発性のあるワーカーやプレイヤーとしてみていない。もう少し言えば

「パートタイマー労働者には、レイバーしか期待していない」

という発想である。つまり、働く人間を階層化し

  1. 知的活動を行うワーカーやプレイヤー
  2. 知的活動を期待しないレイバー

を分断している。この発想は、軍隊組織における、士官と下士官以下の違いに一つの原型がある。士官たちは、命令受領時にも取引をする必要があるし、意見具申や緊急時の指揮権引き継ぎの対応が要求されている。一方、下士官は「命令に従う事のみを要求されている。この根拠として、

「知的能力の違い」

を色々と述べる事が多い。

 しかし、本当に知的な差があるのか?

 さて、もう一つの差別の原因は、

「日本社会の既得権保持機能」

である。

 これは、なかなかいやらしい問題を含むが典型は

「正社員だから偉い」

という発想である。正社員に採用されたという『既得権益』を守る。これは、『正社員共同体』で利益共有している。

 このような発想で、

「パートタイマーの分際で意見を言うなど許されない」
「スキル蓄積など認めない」

という行動を取る人がいる。これも悲しいかな現実である。ある本屋に行くと

「賢い店員がこちらの必要な本を直ぐ見つけてくれた」
彼女は
「何をおいたら売れるか、と話をしていた」

しかし私はある時見てしまった。

「そこの本屋の本部からきた、偉そうにしている『総合職』らしい人間に命令される彼女たち」

現場を知らず、客が待っているのに、従業員への話を優先する『本部職員』、このような店はだめだと思った。

 実際、私が買っていた従業員も直ぐに退めた。

 長く書いたが、パート社員に対する姿勢でも、色々なモノがあり、その根底にあるものを理解しておく事は大切だと思う。

 いわゆる『正義』で通用するものではない。

2020年7月 5日 (日)

「ヘイグの理論構築の方法」の利用について

 昨日書いた、「理論構築の方法」についての議論で、抜けていたことがあるので補足しておく。

 まず、この本は社会学等の研究者等が読むことが多いと思う。確かに難しいので、一般的に読まれるまで至っていない。しかし、この本の使い方は、学者の価値観である、新規の発見よりも、説明的な扱いの方で効果を生むと思う。

 研究者の価値観では、説明的な扱いは、新規性が無いので評価が低くなる。しかし、現実の世界を動かすなら、説明が大切だと思う。政治家等もこのような説明を活かしてほしい。

 次に、この本では、「連結」という言葉を使っている。しっかりした論理展開の為には、原因ー結果等の明確な命題や、検証可能な仮説が重要である。しかし、説明の為には、因果関係が見えない時も、同時に起こる等も、まだ不明瞭なモノも、記述しておくと、他人の協力で関係が明確になるかもしれない。

 このような実用を考えることが大切ではないか。

2020年6月 8日 (月)

抽象的な一般論と具体的な展開の関係

 昨日書いた使える地図の話はもう少し議論する価値があると思う。

 この問題をメディア論を加味して、検討すると

「西洋文明的発想では、抽象的な地図という、記号の上での世界がある」
「日本教的発想では、現実に適応した地図があるべき」

という発想になるのではないかと思う。これを一歩進めると

「数式などの抽象世界だけで思考できる学者」
「直観的に理解できるモノで考える現実の人間」

という対立軸が見えてくる。プラトンが「国家」で主張した

「哲学者だけが真実に近づける」

という発想が前者であり、仏教とその影響を受けた日本教なら

「誰もが真実の世界を知る」
「あるべきようはを皆が知る」

という発想になると思う。この問題に関して、技術者として一つの経験がある。

「大学で制御理論の数式的処理をきちんと学んだが、現実の対応は判らなかった。
そこで工業高校の教科書を手に入れて勉強することで、全体像と直観的な理解を得た。」

ただし、この場合にも、実現の細部には、もう一度数式的な検討も必要になり、ここでは大学教育などが役立った。

 このように考えると、全体像の把握と、細部の検討、この両面を上手く切り替える人材が必要ではないかと思う。

2020年5月29日 (金)

進化する伝説の力

 昨日書いた、テレワークの成功条件に関して、「伝説」の有効性について、もう少し補足しておく。

 確かに、「伝説のXX」という存在や、逸話は多くの人たちの心を向けるには有効である。しかし、「伝説」の危険性をしっかり認識しておかないと行けない。それは、

「時計が止まった人」

になってしまう危険性である。これは極端な事例では、

  • 儒教の「古代の聖人の政治」
  • ある会社の「創業者の伝説」

等の例がある。そのように過去の事例を美化し、それだけしかないと進化がなくなる。

 もう一つの問題は、

「伝説を作る負荷の問題」

である。物語を描くというのは、結構な負荷が必要になる。それも個人のスキルに依存する。このような配慮も必要である。

 しかし、既に良い事例がある。

「トヨタの進化する官僚主義」

である。彼らは規則を作成するという負荷を、きちんと吸収しながら、規則と現実の乖離をなくすため、毎日修正している。このような発想で、伝説も修正すべきである。

2020年5月28日 (木)

テレワークの成功条件(持続可能性)

 新型コロナウイルスの影響で、テレワークが推進されている。この働き方は、現在のネット環境やIT技術を考えれば、しばらくは効果があると思う。ここで

「しばらくの効果」

と表現したことに注意してほしい。私の会社員生活は既に前世紀期が大部分だが、このテレワークに発生する問題点を、経験している。それは、

「関係部門への配慮不足」

という問題である。これは大きく分けて、パソコン画面やタブレット画面、極単にはスマホ画面の制約という一面と、組織の横などへの配慮不足などから発生するモノである。しかもこのトラブルは、

「世代交代してから発生する」
または
「まれなトラブル時に発生する」

傾向がある。通常上手く流れているときは、限られた範囲の情報伝達で良い。また色々な経験をした人間が、分散しているときには、それなりの配慮をする。現在なら、メールの写しを入れておくし、その写しに目を通すという配慮もあるだろう。

 しかし経験が無くなった世代が働き出すと、このような写しなどには反応しなくなる。

 こうした状況を考えると、テレワークの成功のためには以下の方策が必要ではないかと思う。

  1. 全体を見て交通整理を行う管理者スキルの育成
  2. 全体像を皆で共有する「物語(伝説)」やゲームなどの作成

2020年2月17日 (月)

怒りへの対処法 続き

 昨日の続きで考える。昨日の要点は、

「自分のことと距離を置ける場合は客観的に観る」

であった。

 今回は、怒りのエネルギーを、うまく活用できる場合について考えてみた。アイデアは

「怒りの、真の原因が観えれば、それに対して解決法が見える。」

である。このため、自分の状況を冷静に観ることが必要である。このため、自分に対して

「優しく客観的に観る」

ことが必要になる。

「あなたは、なぜ怒っているの?
何をされたの?
何が怖いの?」

これらの質問を優しく投げかける。そうすると自分怒りの、本音や真の原因が見えてくる。例えば、

「会社での上司に腹が立つ」

という表面的な怒りから、

「その理由は?」
と自問自答から
「仕事成果を評価されていない」
「同期と比べて評価が低い」

等の具体的な理由が見えてくる。

 ここまで来て、まだ元気があるなら、

「自分の力を客観的に評価した」
「自分のPR不足だった」

という、本当の問題につながる行動につなぐことができる。このように、上手く怒りのエネルギーを、自力でできる改善活動に持ち込めば、怒りが良い向きに働くことになる。

 真の『怒りの原因』を見いだし、『自分で解決できる可能性』が見つかれば、怒りのエネルギーで大きなモノを得ることができる。

2019年12月 4日 (水)

就職氷河期世代の採用に関して

 就職氷河期世代の採用に関して、もう一つ大きな問題が起こりそうである。私の予言は

「新卒の採用者数が大きく減る」

で、この理由は、

「成長した氷河期世代と比較される」

からである。先日もNHKのニュースで、氷河期世代の採用に当たった人が、

「経験を積んだ人の魅力に気がついた」

と言っている。このような気づきは、一般的な採用にも影響するだろう。特に総合職として採用するときに、

「一から育てる必要があるか?」

と言う議論になる。もっと言えば、従来なら

「若いときから育てて長く貢献して貰う」

が合ったが、現在の技術革新や、社会の変革が激しくなってくると、

「即戦力性を重視し、短期の貢献で十分」

と言う結論になる。

 こう考えると、来年度の新卒採用は、かなり厳しい状況になるかもしれない。

 

2019年11月 9日 (土)

社会的問題に対するブレークスルー思考は一度全体図を描く必要がある

 これまでにブレークスルー思考に関して、少し書いてきた。

 ブレークスルーの実現のためにはシステム的な思考法が必要

 ブレークスルーを行うと言うことは「次の安定に至る」ということ  

ここで、3段階を踏むことが大事と書いた。


  1. 可能性を開く時には、理想化した世界で理論的に考える
  2. モノとして作り出すときは関連する事項全ての閉じたシステムで考える
  3. 製品化の段階では社会という開いたシステムまで考える

と言う風に考える範囲を広げる必要がある。

しかし、これは工学などの、物理学などを母体にした物作りの発想である。その延長で、相互の因果関係などを考える、「システム発想」も提案したが、考慮する範囲は限られていた。

 しかし、経営問題や社会的な問題を考えるときには、検討範囲をもっと広げる必要がある。社会科学系では色々な仮説を考えて、その成立可能性を検証するが、

「そのために世界をどのように切りとるか?」

と言う前提条件の選び方が重要になる。

 もう少し言えば、

「この提案が成立した状況での社会はどうかなる」

と言う形で、結論が先行した形での議論も必要になる。

 このためには、上記の3段階説の切り分けは曖昧になり相互の侵入が発生する。

 少なくとも、理論検定時に関連項目の並ぶモデル化した世界を描き、その上で

「新しい考えが実現したらどうなる」

と言う形のシミュレーションを行う必要があるだろう。そうした結果が社会にどのような影響を及ぼすか、ここまで考える必要がある。

 単純な因果関係ではく、広い縁や報いまで考える。これは物語を想像するよことに通じている。

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