ご縁のあった人たち

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2020年9月15日 (火)

54万アクセスの御礼と近況報告

 先ほどアクセスカウンタを確認したら、五四万を超えていた。5月17日に五三万アクセスを超えてから、四ヶ月で一万アクセスをいただいた。ありがたい事である。

 人気記事は相変わらず、正社員登用関係が強いが、

  図と絵との違い

  『FTA』と『なぜなぜ分析』

もそれなりにアクセスいただいている。

 又近頃は、色々なとがった意見のページにアクセスいただく読者がいて、うれしく思う事が多い。深く感謝の意を表する。

 さて、この5月から私自身も、色々とあった。5月の待つぐらいから発症していた皮膚病が、国の難病指定の天疱瘡と判明し、6月末から1ヶ月以上入院となった。そこでは、高単位のステロイド投与や、血液製剤の点滴を受け、現在はステロイドの減薬中である。ようやく、ステロイド服用量は最大時の半分ぐらいに減ったが、まだ先は長い。今でもステロイドの副作用で、顔が丸くなったし、字を書くときに手が震える。

 このような状況だが、まだまだ頑張ってこのブログは書き続けるので、皆様のご愛読ほどを願いします。

 

  

2020年7月15日 (水)

明日から午前中はアクセス不可になると思います

 明日から午前中は、点滴予定です。ネットアクセスが不可能なのでレスが遅れるかもしれません。ご容赦ください。

2020年5月18日 (月)

本を読むということに関しての議論 その1

 Twitter上でちょっと気になる話があったので、少し突っ込んでみたい。

塾で教えていて、わりと衝撃的だったことの一つが「国語の教科書以外で、まとまった文章を読んだことがない子」の存在を、リアルに目の当たりにしたときのことだ。

この議論は、まだ色々と展開しているが、今回はメディア論の立場で、この問題について考えてみたい。なお、このブログではメディアの議論になるので、『本』という形で議論するが、元のTwitter上の話は、本にこだわっていないことをあらかじめ断っておく。

 一つ目の論点は、本による情報伝達や、教育は絶体的なモノではないという議論である。これは、現在の日本では『教科書』の存在を、当然と考えていることへの批判である。例えば、グーテンベルグ革命以前の西洋では、本は貴重品であり、庶民の手に入るものではなかった。また江戸時代の庶民を考えても、限られた手習い手本を写す、四書五経の素読をするという方法で学んでいた。

 そのような状況では、口頭での伝承の比重が多かった。

 二つ目の論点は、現在のメディア状況を考えると、文章以外での教育や体験ができるのではないかという議論である。明治から、昭和の時代までなら、活字による伝承の力は大きかった。そこでは、本をしっかり読みこむことで、人の考え方の多様性なども学んでいく必要があった。しかし、現在のようなメディアの多様化が実現したとき、本に頼るべきであろうか?それ以外で伝える方法があると思う。

 例えば、人間の考えの多様性、行動の影響で、人がどのように感じるか?これらは、映像・音声の総合的なメディアで伝える方法がある。更にゲームの世界でのシミュレーションもある。このような育成もあるのではないかと思う。

 もっと言えば、本においても、文字情報だけでなく、漫画なども活用すべきだと思う。一人の人物を想像する時、具体的な絵で与えられた場合に、人物としての具体化や、多面性が生きてくると思う。

 これを見て思ったことは、空海が日本に密教の色々な法具や曼荼羅を持ち帰ったとき、多様なメディアによる布教を実現した。今このような変革期ではないかと思う。

2020年5月17日 (日)

53万アクセスの御礼

 このブログのアクセスカウンタが、五三万を超えた。昨年末に五二万を超えたが、そこからの一万が長かった。

 相変わらず、正社員登用関連のアクセスが多いが、他の記事に対するアクセスも増えてきたように思う。私も、昨年と比べても、自分の理解が深まってきたので、もう少し色々なモノが書けるように思っている。

 昨年末から『日本教』によって、色々なモノが整理されてきたが、これに対する実例が『新型コロナウイルス』対応として見えてきた。

 このような面からもう少し書いていきたいと思う。

 最後になりましたが、読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

2020年5月15日 (金)

物事への関わり方の多様化

 昨日書いた維新の強さの議論をもう少し一般化して考えてみた。私の意見では、維新の強さは

  1. 民衆の「整理されていないが不満」という感情を拾い上げ
  2. 専門家としては原理原則できちんと議論する
  3. または謙虚に専門家に聞く

という、専門家の厳密な議論と、大衆のもやっとした感覚の両面を生かしている点が大きい。

 従来の発想では、

  1. きちんと議論できる専門家だけが発言する
  2. 大衆はそれに従え

型か

  1. 皆が平等誰でも発言できる

という両極端であった。

 これを両面で生かすようになり、

「大衆の感情も大事にしながら、全体を観て政治を行う。」

これが維新の強みだと思う。

 さてこの問題は他でも応用ができる。

 前にこのブログで書いた、クリエイターと読者の関係もこの議論が当てはまる。

 このようにSNS社会では、大衆の関わり方が、変化してきている。これを先取りした人が勝者になると思う。

2020年4月13日 (月)

コロナ対策の影響について

 今回のコロナウイルス対策の影響が、このブログにも出てきた。

 私は毎日アクセス解析を調べているが、一般傾向としてこのブログには、企業からのアクセスが一日一件超えのペースである。しかし、今月の入ってからは、非常に少なくなっている。これは出勤者が減って、在宅ワークなどに切り替えた結果だと思う。

 なお企業関係者からのアクセスが多いのは、

  1. 正社員登用関係
  2. FTAとナゼナゼ分析
  3. 管理職と総合職関係
  4. 研究と開発の関係
  5. 図と絵の違い

と言う感じである。

 また大学からもアクセスがあったがこれも止まってしまった。大学関係のアクセスは、就活関連や企業の内容を知りたいという人たちと、私のアイデアに興味を持って下さった方達の二極に分かれている。

 こうしてみると、このブログには色々な使い方があるらしい。まあ、15年以上書き続けていると、色々な分野に広がってくる。

 これからも、多くの人に考え方のヒントや、会社生活の経験で参考になるモノをお伝えしたい。

2020年2月29日 (土)

NET社会の効用について

 先日書いた、学校的理想社会の対応について、ネット社会の動きについて少し考えてみた。色々なトラブルが発生したとき、学校などでは、

「被害者側に対して冷たい」

対応を取ることが少なくない。この理由は、先日の記事にもあるように

「理想化したモノしか考えない」

現在の日本社会の本質的な欠陥でもある。このような社会の『立派な』教師達は

「いじめなど存在しない」
もしくは
「恨みの気持ちなど持たず直ぐに許す」

等という、『理想的社会』『理想的人材』発想でしか考えない。

 しかし、現実の人間の感情は多様であり、心の傷の影響も色々とある。

 現在社会は、これを受ける場所として、ネット空間が働いている。一昔前の2チャンネル、現在のSNSが、被害者の生の声を聞き、それに対して色々な反応を示す。確かに、被害者をもっと傷つける『セカンドレイプ』的なモノもあるだろう。しかし、被害者に素直に

「共感し受け入れる人」

 が存在するのもネット空間である。O市のいじめ問題も、ネット空間の力が問題明確化に大きく働いた。暴走も一部あったが、被害者遺族の応援もあった。

 このように考えると、ネット社会は今までの『理想社会』を変える力がる様に思う。

2019年12月28日 (土)

52万アクセスの御礼

 先ほど、アクセスカウンターが52万を超えた。3月16日に50万アクセス超えだったので、8ヶ月で2万というペースである。一時期は、一日には200アクセスと言っていたが、少しペースダウンした。

 しかし、固定のお客様が見てくださり、正社員関連のページ、FTAとなぜなぜ分析、図と絵の違いなどのページに、色々な方がアクセスしてくださる。

 今までの読者に厚く感謝するとともに、より一層のご愛読をお願いします。

2019年7月 2日 (火)

6000件の節目を迎えて

 このブログの記事数が、これで6000になる。2006年の1月から書き始めて、14年でこの記事数は一日1件を超えるペースであり、よく書いてきたと思う。また、アクセス数も50万を超えている。平均で一日100アクセスを目標としているが、これはまだ難しい。しかしよく続いたと思う。

 これも読者のおかげです、厚く御礼申し上げます。

さて、これだけ記事がたまってくると、自分でも振り返る材料が出てくる。この間自分でも知識は、社会科学・歴史そして宗教と広がってきている。特に、大乗仏教でも天台の摩訶止観については、大きな気づきがあった。これに関連して、マクルーハンのメディア論学ぶことができた。

 一方、会社生活でもいろいろと変化があり、転籍や契約社員の正社員への登用などを経験した。

 現在は、リタイヤしたので、自由に書けることが増えた。

 今年の目標としては、「在野の研究者」ということに関して、少し考えていきたいと思う。

2019年5月30日 (木)

この国の多くの人の精神年齢は?

 昨日、#春名風花 版の「しくじり先生」をAbemaで見た。

 https://abema.tv/video/episode/88-77_s1_p9?utm_campaign=episode_share_tw&utm_medium=social&utm_source=twitter

 名子役の #はるかぜちゃん の、若いときの失敗談だが、色々と教訓に満ち溢れている。なお、春名風花氏は、現在でも18歳なので、年寄りの回顧ではない。但し、0歳からの役者経験があり、3歳以降は、お金のことを常に意識していた生活だから、普通の大人が25歳で意識していることを、3歳から意識していることになる。つまり

25+15=40の人生経験がある

40歳と言えば、不惑である。

落ち着いて、道を考える時だろう。

 さて、彼女の5歳~9歳ぐらいの話は

銭ゲバ

ということらしい。確かに、自分の力で稼ぐことができる。しかも、ギャラという形で、評価がそのまま帰ってくる。このような体験をすれば、

「お金が全てでしょう」
「金儲けは悪いことですか」

という発想にもなるだろう。

 さて、このセリフはどこかで聞いた感じがしないだろうか。色々と世の中を騒がせた、『XXの寵児』などが言いそうな言葉である。

 そうしてこれをもてはやす社会であった。

 一方、春名風花氏は、その後もSNSでの騒動など、色々と苦労をし、現在は

「人の心に触れる演劇の世界」

で活躍しているらしい。

 しかし、日本社会の拝金的要素や、言わゆる論理的な主張を振り回す、ネット世論の状況は、

「小学生の春名風花」

のレベルにも達していないのではないかと思うってしまう。

 

 

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