海堂尊著の「ひかりの剣」を読んだ。なかなか面白い。特に、『素質』と『才能』の違いを良く書いている。(第2章p39、第4章p75~p79)素質と才能の違いは、剣道のような体を動かす場合で、説明するのが理解しやすい。
素質は、筋力がある・敏捷に動ける・動体視力にすぐれるなど、基礎的な力が身に付いていることを示す。
才能は、その素質を、実際の実力に結びつけるために、努力を方向付け、やりぬく能力である。ある中国武術家は少し皮肉を込めて、
「才能の中には本当の師を見抜く力も含む」
と言っている。
子どもの時に天才と言われた人、彼らは素質に恵まれ、それをよき指導者に導かれて、他の子ども達より抜きん出たのであろう。しかし、彼らが大人になってまで、天才の立場を維持することはまれである。
これに関して、ある書評では、10,000時間の訓練が一つの条件と言っている。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090611/197306/?P=3
宮本武蔵も、「千日の稽古を鍛とし万日の稽古を練とす」と言っている。大学でも、学部4年と博士課程前期の3年で、一心に勉強すると、10,000時間を越える。この時何かが変る人間がいるのも確かである。ただし、正しい向きと言うのが条件である。正しい方向を見定めるのが、『才能』かも知れない。逆に、『師』と決めた人に、疑わず一心に従う。これも才能の一つかもしれない。
最後に、「ひかりの剣」の剣道の試合のシーンは、作者の経験に裏付けられているのだろうが、どうも納得がいかない。正しい面撃ちと、右肩に外れた打ちが同時になっても、正しい面打ちに一本を与えるのかな?スポーツなら良いが、真剣勝負ならどちらも死んでいる。(もっとも真剣勝負なら、肩のところには和紙を濡らし貼り付ける早着込みなどの手はあるが・・・)特に、切り落としは、真っ向から入って、自分の体に触れないように落とすのが大切と思う。また、某漫画では、「前の試合で右肩に竹刀を受けたので、切り落としは使えない。」と言うシーンがあった。この話しは、切り落としの難しさをよく語っているように思う。
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