2009年11月 3日 (火)

文官統制について

 自衛隊の制服組と、背広組について、もう少し考えてみた。文官統制などといっているが、これを一般企業の言葉で考えてみよう。
  制服組=現場で苦労している社員
  背広組=オフィスで働くホワイトカラー
  政治家=取締役会
現在の企業では、『現場力』を大切としている。そういう発想なら、制服組をもっと大事にして、トップの政治家が彼らの声を聴くべきだと思う。
 また見方を変えれば、戦前の日本軍部をおかしくしたのは、軍人でも机上で話をする、『参謀』達の影響が大きい。これは、ある意味『背広組』に近い人種である。一般的に、自ら戦場に立った経験のあるほど、戦争の恐さを知り、武力行使には慎重になるものである。机上戦略ばかり述べている人間の方が危ないことが多い。
 これを考えると、『文官統制』は一番危ないように見える。
 しかし、制服組のトップであった某氏が、近頃色々"論文"と称する物を書いているが、あのお粗末さなら、制服組に発言させたくないというのも、判らなくはない。しかもそれに対して、きちんと政治家で叱ったのが、管轄外の石破大臣だった、と言うのも情けない話しである。これでは、政治化主導と言うのも難しいと思う。

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護衛艦の衝突事件について

 関門海峡での護衛艦と、韓国船の衝突事件について、護衛艦側の対応で気に成ることがある。確かに海上交通でのルール上は、たぶん護衛艦が被害者であろう。
 しかし、護衛艦の任務上、簡単に衝突で炎上する、と言うことがあってよいのだろうか?
 護衛艦たるもの、国を守るためには、敵対行動をとる船に対し、故意の接触も行う可能性もある。その時に、簡単に燃えるようなことで良いのであろうか。船首に燃えやすいものを積むなど、覚悟不十分と思う。
 もっとも、交戦規定も確りしていない立場では、炎上ぐらいした後、"正当防衛"と言う話し西ないといけないのかもしれない。
 石破議員なら、これをどのように考えているだろうか?

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2009年10月25日 (日)

東京モーターショーについて

 東京モーターショーが、海外メーカーから逃げられ、上海の方が盛況だと聞いた。確かに、物を売り込む相手としては、日本より中国の方が魅力があるだろう。人口比率だけでも負けている。
 しかし、海外のメーカーが来なくても、日本のメーカーが自力のコンセプトと、技術をPRすればよいのではないか。
 日本から発信するものが多ければ、海外から見に来る人は多くなる。これでよいのではないかと思う。

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2009年10月17日 (土)

日本のハブ空港は

 日本にアジアのハブ空港が一つもないという議論が、関空問題から発展して、色々議論されている。国交相の意見では、
  「成田と羽田」
であり、大阪府知事は、
  「関空」
である。しかし、ハブと言えるような機能を、これらの空港が満たすのであろうか。ハブと言うからには、色々な国からのお客様を、一旦受け入れて、疲れを癒し、他に旅立ってもらうような、『もてなしの心』が必要であると思う。
 日本は、首都圏であろうと関西であろうと、どちらかと言うと目的地であり、中継点で収まるようなものではないと思う。
 さて、日本でハブ空港の適任地は何処であろうか。ある程度の国際感覚を備え、
   『おもてなしの心
が確りしている地域として、私が思い当たるのは沖縄である。
 沖縄には、現在米軍基地がある。そして米軍基地が沖縄に色々の負担をかけているが、その一方で基地が雇用に大きく貢献している現実もある。
 この雇用の受け皿も含めて、沖縄に日本の代表としてのハブ空港を持ち、アジアに対する玄関口として、働いてもらうのはいかがであろうか。

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2009年10月13日 (火)

関西の空港論議について

 前原国交相と大阪の橋下知事との会談は、今までの政治家の話よりは進化したと思う。なぜなら、橋下知事は、関西に3空港も要らないと明言し、伊丹空港のあと処理まで明言した。更に関空までのアクセスに関して、提案している。このように一つの流れを示した話しは、今までの政治家の話として、あまり聞いた記憶がない。特に、廃止側の話しは、出ないことが多かった。
 また前原国交相の方も、羽田のハブ化と言う、一つのストーリを感じる。
 更に両者の発言として、有限の税金の使い道と言う発想がある。これが出てきただけでも大きいと思う。

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2009年10月12日 (月)

自民党の崩壊について

 今回の衆議院選挙での自民党の大敗は、今までの崩壊の歴史の集大成であったと思う。そこで組織が壊れる状況のケーススタディとして、もう一度見直しておきたい。
 まず自民党と言う政党自体、かなり矛盾と言うか、多様性を無理に押し込めた政党である。『保守』と『自由主義』、『民主主義』が、一つの政党になること自体も、かなり無理がある。確かに、『資本主義vs共産主義』の対立時代には、『親米路線』と言う一本の軸があった。反ソ路線は共有しながら、政権を交代する派閥抗争も、存在価値ああった。しかし、ソ連崩壊後には、『政権与党』だけで、無理やり合わせていたように思う。基本的には、『自民党』は『自分党』であり、立候補者一人一人の能力を有権者が信じて、投票していた。
 そして、小泉政権と言うか、郵政選挙では、一人の指導者に合わせて、多くの議員を当選させると言う事態が生じた。ただし、公明党との選挙協力の時代から、個人の選挙能力は徐々に落ちていたのも事実である。そして、郵政選挙で大勝したが、その後セの選挙結果は、郵政民営化だけであり、少なくとも小泉首相引退後は、その選挙結果の効力がないことに、自民党政府が対応しなかったことが、国民の怒りを買ったと思う。
 また、もう一つ言えば、二世・三世議員が増えたが、彼らの個人能力に、選挙民が疑問をつけたことも大きい。二世三世は選挙で苦労していないだけ、現場感覚が無くなったのだと思う。
 更に、郵政民営化選挙も、小泉が買ったのではなく、「亀井静香のバラマキ」をとめたいと言う、国民の意志があったと思う。

「小泉・竹中路線が日本的経営を潰した。」

と言う人があるが、私は日本的経営を潰したのは、

「亀井静香的な恫喝的手法が、日本的経営者の老害を皆に示しそれに反発した人が、小泉・竹中路線を選んだ」

と考えている。つまり、亀井大臣が日本的経営の悪い所を国民に明示したのである。これを考えると現政権に、亀井大臣がいるので、自民党にも巻き返しの機会があるかもしれない。
 しかし、今度の総裁選のお粗末さを見ると、これも難しいのかなと思う。もっと頑張って欲しい。

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2009年10月10日 (土)

大学からの調査について

 光市事件の実名出版について、是非の議論が色々ある。この事件自体について私は詳しく読んでいないのでコメントできないが、関連したことを一言述べたい。
 今回の著者は、『大学職員』と言う、少なくとも一般市民に対して、権威を持った働きかけができる立場である。私も覚えがあるが、一方的に家や勤務先に、

 「研究のために必要だから調査に協力してください」

と言う文書が、送りつけられてくることがある。このような文書を受け取ると、協力しないと何か追及されそうな、気がする。特に、団塊の世代で大学紛争時の糾弾を経験している身には、『進歩的知識人』の追求には今でも恐怖心を覚える。テレビでよく出ている、T教授や書籍で有名なU教授の追及を受けるような恐怖を感じてしまい、協力しないといけないのでは考えてしまう。
 「研究のため」と言う言葉に、一般人には、このようなプレッシャーをかけているということも、知っておいて欲しい。

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大阪府橋下知事の変化について

 大阪の橋下知事が、部下からのメールの無礼な対応に関して、厳罰で臨むと言う姿勢を示した。これは、従来の彼の限度とは矛盾しているように見える。橋下弁護士と言えば、茶髪で法曹界の権威に反していた。そういう意味では、無礼講の動きが、彼に似合っているように見える。
 しかし、組織を動かすためには、ある程度の形も必要である。改革の初期には、型破りの行動を行っても、組織を安定させるためには、礼儀を含む形式を整える必要がある。橋下知事が、大阪の経済危機を皆に浸透させた後は、組織固めに入ったとしたら、それは運営として正しい決断といえよう。自分の影響下の、堺市長誕生もあり、潮時を良く見ていると言えよう。
 但し、ここから権力の恐さも生じてくる。権力の取り込まれ、自分の力以上のものがあるように思い込んでしまう。このような落とし穴もある。特に側近が権力を持つために、飾り物としての長を担ぐようになれば、最悪である。そのような手段の形式化の可能性もある。
 これからきちんと見守っていく必要がある。

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2009年10月 3日 (土)

LED照明に対する不安

 現在、LEDを使った照明が、電力の有効利用と言うことで、注目されている。確かに、LEDの電気エネルギーを光に変える効率は高い。しかも、白熱電灯や蛍光灯のように消耗する部分がなく、長寿命と良いことばかりが並んでいる。消費電力で1/3、寿命は20倍と言うデータもある。特にこの長寿命なら、ソケット式の電球取替えせずに、壁に埋め込みなども出来そうである。
 しかしながら、私の考えでは、LED照明にも落とし穴がある。まず、その一つは発光原理の違いによる、単一周波数への偏りである。人間の目で見たときには、白色としか感じられないかもしれないが、特定の波長の光を強く受け続けた時、目に何か負担が掛かるように思う。このような研究はあるのだろうか?
 もう一つは、「LEDとは半導体回路である」と言う認識が、欠けている議論が多いように思う。半導体回路では、常識である熱設計、特に放熱が大切である。この部分が、確りしていないと、20倍の長寿命と言うものは、絵に描いた餅になる。
 特に半導体製品の組立ては、電球のように物作りの伝承技術のないところでも、物が出来てしまう。そこで、電球のような厳しい条件で、使える製品を作れないようなところでの物作りが行われる危険性もある。熱設計や、振動・耐衝撃などの機械的な設計も、十分行う必要がある。
 上記の観点で、LED照明について考えるべきだと思う。

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2009年10月 2日 (金)

素人が力をつけた上での専門の力

 裁判員制度のおかげで、法律が素人の世界に近づいてきた。さて、この中で、弁護士や司法書士などの法律のプロの立場はどうなるのであろうか?
 私の考えでは、単に知っていると言う状況では、素人とプロの差をつけるのは難しい。しかし、素人が智慧をつけた段階でこそ、専門家の凄さを見せると言うこともある。智慧ある素人が、本当に敬意を示す専門家であって欲しい。

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2009年9月29日 (火)

日本的な目標

 首相が、25%と言うとんでもない削減目標を掲げたことが、ニュースになっている。しかしこの手法は、日本的経営手法と通じるものがある。トヨタ方式などを、中途半端に導入した場合には、いい加減な経営者や管理職は、無理そうな目標を部下に押し付けるものである。
 その理屈は、

「無理な目標なら抜本的に見直し、技術革新が起る」

と言う、人任せなモノである。
 しかし、日本の国民性と言うか、自分で哲学を作って進めると言うことは、苦手なことが多い。そのような国民に、とにかく無理と言うことでも目標を示すのは良いかもしれない。
 むかし

 「所得倍増」

などと言った首相もいたと思い出した。

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2009年9月27日 (日)

裁判員制度と民主党政権

 近頃のニュースで色々と議論のある、民主党政権と裁判員制度の共通点を考えてみた。私の考えでは、

「専門家の判断から一般大衆の判断へ」

がキーワードであると思う。
 裁判においては、専門用語が飛び交い、思考の厳密さを売りにした、法曹関係者の閉鎖社会に一般人への説明が入ってきた。また、量刑判断にも前例に捕らわれない一般人の感触が入っている。これは、判例を多く知っている専門家の知識比べでの量刑決定に、一石を投じたものであると思う。
 また政治に関しても、官僚と言う専門家でなく、選挙で選ばれた国会議員中心の政策決定と言うことで、これも専門家排除の動きである。
 考えてみれば、これだけ情報が公開されている社会では、専門家依存は、従来とは別の形にしたら良いと思う。

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2009年9月19日 (土)

揚げ足取りが多すぎる弊害

 民主党政権となって、国会答弁を官僚に下書きさせない、と言う方針になったらしい。これは当たり前だが、何故今まで出来なかったかを考えてみたい。
 私の考えでは、野党議員にも責任がある。国会答弁では、『間違ったことを言う』のが一番悪く、『何も実のあることを言わない』より罪が重いらしい。従って、大臣達は、間違わないように専門家に依存するようになる。一方攻撃する野党のほうは、細部の揚げ足取りに注力することが、多くなっていたように思う。
 今度は自民党が野党になったが、今までの政権の経験を活かして、本質的な質問をするようにして欲しい。

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2009年9月 8日 (火)

組織にとって必要なものは

 組織にとって、皆の意見が一致することは、必ずしも必要はないと思う。しかし、評価尺度に於ける合意は大切である。意見が分かれたときでも、どちらを選ぶかと言うことで、判断基準が一致すれば、後までしこりが残るものではない。
 さて、今回の選挙の後の、民主党の動きを見ると、今回だけの勝利ではなく、続く選挙まで見据えた動きのために何が大切か、こういう価値観が確りしているように思う。一方、自民党では、首相指名に誰を入れるかすら、意見がまとまっていない。しかも、老害の大物と、若手の間には、価値観の違いが大きいように思う。これだけ見ても、敗戦理由がよく判ると思う。
 今回の民主党の反応を見れば、前回の郵政選挙の後の、自民党の思い上がりがよく判る。やはり、負けるべき政党であった。

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2009年8月31日 (月)

選挙予測の正確さ

 今回の衆議院選挙では、新聞などの予測どおり、民主党が308議席と圧勝した。しかし、この予測、当たりすぎているような気がする。このような予測が当たるのは、
  「事前調査がかなり行き届いている。」
  「大衆の心が、あまり変化しない。」
等の条件があるように思う。
 確かに、電話の普及率は高く、それを用いた自動調査が行き届いたことは、一つの要因であろう。また、テレビの当確が非常に早く出ていたが、これは出口調査が行き届いたためとのことである。それだけ、今回のマスコミの調査は行き届いているらしい。
 しかし、もう一方の、大衆の心が変化しないと言う項目も大きい。この理由の一つは、今までの自民党政治に対する、怒りが大きかったのであろう。但し、民衆の思考過程が、論理的になったので、あまり変化しないようにも思ってしまった。

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2009年8月30日 (日)

今回の選挙について

 今回の選挙について、新聞では民主党の圧勝と言う予測が多い。
 しかし実際はどうであろうか?
 何となく気になるのは、今回の選挙で、「自民党」と言いにくいような『空気』が生まれているように感じる。それを生んだ責任の一環は、マスコミにもある。
 そのようなことを踏まえて、本日の結果が気になる。
 もし民主党が250議席以下になるなら、300と言った予想には何かおかしいものがあったと思う。

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2009年8月25日 (火)

地震の誤警報について

 今朝、「緊急地震速報を誤発信した」と言うニュースを見た。今回の、誤発信により、首都圏の交通混乱や、避難体制などで、被害がでたとのことである。
 ただし、このシステムにおいては、検出モレを行うよりは、過敏なぐらいの検出の方が被害が少ないと思う。その場合でも、速やかに検証し、間違いを速く修正するシステムが大切であると思う。
 今回は、ソフトの操作ミスと言うことなので、除去すべき誤りであるが、システムとして間違った時にも早期に修正する仕組みが重要と思う。

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2009年8月18日 (火)

裁判員制度が動き出して

 裁判員制度が動き出した。今までの報道結果を見ていると、比較的順調な滑り出しになっているように思う。ただし、有罪無罪についての論争でなく、罪の軽重の議論なので、比較的裁判員の負担は少ないと思うが、適切な質問ができてよかったと思う。

 裁判員制度の一番良い所は、法廷の議論が『法律の専門化の言語』から『世間の常識の言語』に取り戻せたことだと思う。弁護士・検事の両者が、法律屋にしか判らない専門用語で応酬する。このような世界は異常だと思う。これが、普通の言葉に戻れば、世間の人間の評価を受けやすくなる。評価に耐えることは、民主主義社会の基本だと思う。

 しかし、量刑が少し重い目になっているらしい。これに関して、弁護士側から何か文句が出てきそうな感じがある。

「今まで世間の常識に比べて、量刑が軽すぎた」

このような発想もあって欲しい。

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2009年8月 2日 (日)

大学教授の発信力

 現在就職難が続いている。大学でも内定が取れていない場合が多い。

 さてここで一つ気になるのは、経済系の大学教授達の動きである。
  「新入社員を採用する効果や必然性」
を社会に発信し、納得させる動きは、あまり見えてこない。

 日本の先生は、高等な話しをしても、実用に関する話をせず、実際の政治に影響を与えるような下賎な動きはしないのかな。

 しかし、これぐらい学生のために動いて欲しいように思う。

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2009年7月31日 (金)

弁護士の業務について

 NHKのテレビドラマで、行政書士が法律相談に応じているのは、越権行為と訴えたと言うニュースがあった。http://www.asahi.com/culture/update/0729/OSK200907290086.html他多数のHPに掲載あり。

 弁護士会も、NHKに喧嘩を売る前に、講談社に喧嘩すべきと思うが、とりあえずクレームを出した意味を考えてみたい。http://morningmanga.com/lineup/29講談社へのクレームに関しては、講談社からの顧問料金を貰っている弁護士達からの政治圧力か、左翼系の論壇への恐怖からかは、不明確なので今回の議論から外しておく。

 従来の法律関係の業務では、弁護士・司法書士・行政書士の階層構造が、暗黙裡に構成されており、裁判の絡むような仕事や、会社の顧問などは、弁護士先生の仕事、巷の示談などの相談は、まず行政書士に気軽に相談と言う、棲み分けがあった。この棲み分けを崩し、示談交渉で、大儲けした一人は、現大阪府知事らしい。

 しかし、アメリカの圧力も感じられる先般からの司法制度改革で、弁護士の数を多くすることが決まると、弁護士業務をきちんと確保することが必要になり、今回の苦情になったのではと思う。この話しは、法律の条文どおりに解釈すれば、弁護士会の有利な結果であろう。ただし、従来この仕事で生きてきた、行政書士たちのことも考えてやらないと、新たな社会不安の材料になるのかと思う。戦後、GHQの指導で、助産婦による分娩ができなくなってしまい、現在の産婦人科の危機的状況を招いたことと、何か似ている感じがする。

 確かに、立場の曖昧な行政書士の書いた『内容証明文書』を振りかざし、法的権利のあるような行動をするやからもいるが、是々非々の対応が必要かと思う。

http://www.gyosei.or.jp/introduction/

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2009年7月30日 (木)

ネット社会の力と限界

 一つ問題です。

「ある事務所の所属タレントが、社長の知り合いの国会議員立候補予定者と切りで対談した。しかもその後、当人に無断でその写真を、選挙区中に張り出された。その結果、当のタレントは、政治関与と言うことで仕事を干された。」

このような状況での対応は、どうなるでしょう。従来の発想なら、

「文書にて抗議する。その写しは、マスコミに公開する。」・・・過激派

「社長の顔があり泣き寝入り。」・・・穏健派

と言うような対応が、多かったのではないでしょうか。しかし、今回類似の状況で、新しいパターンが発生しました。それは、

「自分のブログに見解を載せる。」

です。これは、公式文書やマスコミなどの手間を書けずに、個人としての即時反論の機会が、インターネット社会ではあるということです。ネット上の意見表明や、議論は過激になりやすい、一方的になりやすいなどの欠点もありますが、名誉毀損や肖像権の侵害など速やかに対処した方が、被害を最小化で切る場合には有効と思います。また、政治家などの、権力を持った相手に対し、ネット上で一般の支援を得ることも、有効な手段でしょう。

 ただし、今回の発端は、あるスポーツ紙の記事です。そういう意味では、マスコミが取り上げると言う意味で、マスコミの権力もまだ残っているように思います。

発端の新聞記事

http://www.sanspo.com/shakai/news/090730/sha0907300507007-n1.htm

眞鍋かをりさんの意見表明

http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-51ab.html#trackback

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道州制のもう一つの意味(政治家訓練)

 自民党のマニュフェスト案に、道州制の記述があるらしい。道州制に関しては、色々な議論があると思うが、一つ政治家の訓練としても、道州制の効果も考えてみたい。但し、これは、道州制の首長が、選挙で選ばれると言う条件である。

 現在の総理大臣は、衆議院議員から選ばれる。この場合、地元の指示がまず必要条件となっている。本質的に衆議院は、庶民の意見を国会に反映させる場である。従って、我田引鉄(地元に強引に鉄道を引く)な、地元の利権誘導的な要素も、あって不思議はない。

 しかし、国政の舵取りは、大局観が重要である。例えば、アメリカの場合には、大統領は地元代表的要素の少ない、上院議員から出てくることが多い。このように直接選挙で選ばれて、政治家としての能力に関し、信任を獲た政治家は、強い政策を打ち出すことができる。例えば、大阪の橋下知事がその例であろう。

 これを道州制で、より大きな地域で政治家として訓練をすれば、総理大臣としてもっと良い人材を得るのではないか。

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2009年7月19日 (日)

現在の自民党の問題点

 現在の自民党の問題点は、過去の成功に過剰適応した組織の一例である。過去の成功と言っても、長期的なものと、短期的なものがある。

 長期的な成功と言えば、対共産圏と言うことで、自由主義を守るという対立軸への依存である。旧ソ連などにかぶれた"知識人"などの言うままにさせないため、自民党に政権を任せざるを得なかった、国民の心を、「自民党は、党内派閥と言うことで、国民の選択」を見せて、掴んでいた。また、経済的にも追いつき追い越せの発展モデルのため、単純に海外の先行事例を事務官僚に教えてもらえれば、政治決断で大きな間違いはなかった。このような状況では、国会議員は、政治的に重要な決断をするのではなく、地元への利権のバラマキに力を入れていればよかった。

 一方、短期的な成功とは、前回の郵政解散で得た、衆議院の2/3議席である。この議席は、国民の財政再建重視、バラマキ禁止の意思が、確り顕れた数値であった。従って、郵政関連や、一部の反対勢力否定に、2/3条項を使うことは、民意にあっていた。しかしながら、その後、総理総裁が3代も変り、色々な政策で、2/3を乱発したことは、国民に約束違反と思われても仕方ない。しかも、自民党の立場では、解散総選挙しても、前に議席を減らす可能性が高ければ、解散する勇気も出ない。

 このように、現在の姿に過剰適応し、環境変化に追従せずに、滅びた会社や、生物は多い。自民党の再生は、会社経営に観点でも、参考になると思う。

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2009年7月18日 (土)

国会議員って本当に偉いの?

 先ほど、朝日新聞の夕刊を見たら、自民党の大阪府連と橋下知事の会合で、松浪健太氏が、

 「最近は我が党の幹部が橋下知事の前でたじたじで、どっちが奴隷かわからない」

と発言したと言う記事があった。

 どうも文脈が読み取れないが、地方行政の長に対して、『奴隷』などと言う、無礼千万な言葉を発言するなど、国会議員としての資質を疑ってしまう。首長にたしてこれだから、一般市民等、選挙で票さえ入れたらよいもの扱いしているのではないかと、かんぐってしまう。

 逆に、このような発言を、わざわざ夕刊の一面で扱うのは、朝日新聞が自民党に対して、悪意を持っているのであろうか?

 色々疑ってしまうが、政治家と言うものは、もう少し言葉を大切にすべきであろう。

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2009年7月15日 (水)

創造的問題解決の練習問題

 会社勤めをしていると、上司に無理難題を押し付けられることがある。しかし、それを解決することで、大きな成果を手にすることも多い。従来の延長線上にない発想が、このような問題を解決する手段である。

 そこで、今回の全国的なお題を考えてみよう。
   「今回の衆議院選挙で自民党が勝つ手段」
 これは潰れかけの会社が、トップシェアを取れというのに等しい。

 平凡なアイデアでは、大阪の橋下知事を総裁に迎えて、選挙に向かうなどであるが、これでは勝ち目がなさそうである。思い切って、60歳定年制を実施し、森元首相を含めて邪魔なものを一掃する。これもパンチがない。

 しかしこの問題は難しい。

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2009年7月14日 (火)

自民党の国会議員について

 今、麻生総理を批判している自民党の衆議院議員は、
    「自力で当選できないから、総理総裁を批判している。」
と言う意見があった。確かに、前回の郵政選挙では、小泉総理の政策を支持した人達が、比例区で自民と書き、その結果で当選した議員も多い。

 民主主義は、ある意味議員の数とり合戦であり、このような雑兵議員の存在も、一つの意志を通すためには、有効であろう。しかしながら、国会議員としての活動を考えれば、自力で当選する力が欲しい。考えてみれば、昔は自民党は多くの派閥があり、中選挙区で自民党同士で、熾烈な選挙を繰り広げていた。そういう意味で、自民党と言っても多様で、自民党だから当選するというものではなかった。しかし、小選挙区になり、比例代表と言うことで、自民党と言う一つの枠がはまったようである。

 今回の、危機でもう一度、自民党というものを、もう一度考え直して欲しい。 

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2009年7月12日 (日)

日米外交機密文書について

 アメリカとの間の外交機密文書が、アメリカ側で公開されたが、日本側では不在と言う状況になっている。このこと自体に、日本の官僚の姿勢の基本的な問題を感じる。

 まず、
   「このような官僚の秘密主義が生まれた理由」
を考えてみたい。

 少し歴史を振り返ってみると、日露戦争後の、ポーツマス講和条約に対し、
   「真実を知らない(理解できない)民衆が不満を持って暴動」
と言う事態がある。このような状況では、確りした官僚が、愚かな民衆を導くと言う発想になる。このため、東大法学部で確りした訓練をした、官僚を生み出す制度となっている。

 現在の民衆の知性と言うか、納得力は当時より進んでいると思うがいかがであろうか。

 但し、この国の言論がまともかどうかは、難しいものがある。つい10年前に遡ると、
   「北朝鮮は理想の国で、その国の悪口を言うとはけしからん。
   拉致事件等言う人間は、人格がおかしい。」
と言う状況であった。立派な政党のHPにもそのような記事があったと聞く。これで、まともな言論が、維持できるかは不安である。

 もう一つ大切なことは、官僚だけでなく、日本の"偉い人"達は、批判されることに対する、拒絶反応が大きすぎる。自分の失敗を認めて、改善する。これがないと、本当の進歩はないと思う。

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「上から目線」は論難手段なのか?

 今朝の朝日新聞の、「オピニオン 耕論」は、

「上から目線」で何が悪い

と議論していた。この記事を読むと、「上から目線」と言うのは、議論相手の罵倒語であるらしい。これは、まったく認識してなかった。社会のフラット化、多様化を進めると、「オンリーワン」が多く存在するので、上下関係がつけられなくなる。こうして、他所からの批判を受け入れなくなる。また同様に、

「エビデンス(証拠・根拠)を示せ」

も同様な使い方が行われている。相手の批判に対し、

「エビデンスがないんだから、気にしなくていい」

と言う形に使っている。この両者は、自分達だけのコミュニティーに対する、批判を拒絶する武器になっている。

 しかし、この議論の次の段階が、問題の本質に迫っている。柳田国男が民俗学を始めた時に、学会が受け入れなかった例が書いているが、学会の姿勢は、建前として、

 1.学問の真理の前では、皆が平等であるー>「上から目線」の否定

 2.証拠のないものを、言ってはいけないー>「エビデンスを示せ」

と言うものである。これが、上記の2つの罵倒に繋がるのは、明確であろう。しかし、現実には、『言葉で明確に表現できるエビデンス』が見つかることは難しい。また、自国の宰相等に対して、敬意を持つのは当然の礼儀である。これが、通じないのは、一つには大学進学者が多くなりすぎ、学校的価値観がのさばりすぎているからと思う。

 なお、今回の耕論では、その後個人を認める議論となっている。確かに、一部の企業では、

「お前の給料で中国人が何人雇えると思っているんだ」

と言う形の労使関係も、少なくない。このような中で、「『仕事で自己実現』は5%」はある種の説得力を持っている。

 このような、人間を大切にする議論は、上記の『学校的社会の価値観』から自由になり、何事にも敬意を持つ習慣から進めるべきであると思うが、いかがであろうか。

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2009年7月 4日 (土)

国政に於ける都市と地方の戦い

 国政選挙を、都市部と地方の戦いで見ると、納得のいく側面がある。例えば、前回の衆議院選挙は、郵政民営化と言う争点もあったが
  地方へのバラマキ政治を主張する、亀井静香
  都市部の立場で財政再建を主張する、小泉純一郎
と言う図式にすれば、すっきり理解できる。一方前回の参議院選挙は、地方の復讐と言う形であろう。

 そう考えると、今の自民党は、都市部の支持と言う「小泉政権の遺産」に、地方出身の総理が乗っているという図式となる。もっとも、都市部だけを地盤とした、政党は少ない。民主党にも一部都市部系の議員はいるが、主体は地方系である。

 地方は、公共事業が生み出す、主として土木建築業務の雇用がないと、実情成り立たない部分が多い。これを都市部の人間から見れば、
  「自分たちの税金を巻き上げて、地方にばら撒いている。」
と言うことになる。しかし地方の立場では、今まで都市部のインフラ投資を優先していた。その後地方に時代になって今更支出を絞るのは、不公平と言わざるを得ない。

 このような図式を考えると、大阪の橋下知事と、宮崎の東国原知事が手を結ぶのは、難しいと思う。

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脳死議論について

 臓器移植に関して、現在の国会でやっと法律が改正されるようだ。しかし、この議論がこのような展開になった、根本の原因について、もう少し踏み込むべきではないかと思う。

 私が考える、この議論の原点は、日本で最初の心臓移植である、「和田移植」の事件である。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%94%B0%E5%BF%83%E8%87%93%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6この時代の心臓移植は、南アフリカでの実施例が多数存在した。その時ささやかれた話しは、
  「心臓移植が行われるのは、日本では東京や京阪神などの
  多数の大学のある地域ではなく、地方大学であろう。相互に監視
  している関係では、行いにくいものがある。」
と言うことであった。そして、この時の和田氏の行動、特にドナーへの対応には、種々の疑惑があり、正しく説明しているとはいえない。しかも医学会の説明も、一般に対しまともの納得させるものではなかった。但し、当時の医学会に対立する"世論"も、まともの論理的な議論で応じるものではなく、ヒステリックな否定論が多かったことも指摘しておかないといけない。当時は全共闘時代で、『論理の形をした一方的な糾弾』が横行していた時代である。

 さて、現在に戻ってみよう。今回は、自分の意見を言えるか疑問の、子どもからの臓器移植の問題である。この観点から移植反対派の不安を、もう少し考えてみたい。まず、子どもの場合には、保護者の意向と言うことになる。しかし現在の保護者の状況では、安全と言いがたい面がある。明治大正の昔から、「親のために子どもの身売り」と言う話しがあり、子どもを親の所有物として、金のために臓器を売る例があるかもしれない。

 またもう一つの面として、移植を受ける側の関係者からの、有形無形の圧力の可能性である。移植が法的に認められると、脳死に近い子どもに対して、医療関係者を含めて、"世論"と言う形で、圧力をかける可能性もある。

 このような問題点はあるが、海外で移植を受けるようなことは、『海外の臓器買い』と国際批判を浴ることになり、この国での移植を実現して欲しい。そのためには、医療関係者に、臓器提供者の立場を理解した、説明をお願いしたい。反対者が論理的でない、と一言で切って済む問題ではないと思う。

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2009年7月 2日 (木)

東国原知事に対する上から目線

 現在のマスコミ報道を見ていると、東国原知事に対して、
  「自民党総裁の要求はなまいき」
と言う論調が目立つ。

 確かに、要求はきついが、政治的な駆け引きなら自分の意見を通すためには、トップを要求するのは当然である。このような要求を、大阪の橋下知事や東京の石原知事が行った場合には、ここまで叩くことはないだろう。

 どこか、東国原知事は、『元芸人』と言う蔑視が感じてしまう。特にテレビ局は、昔使ったという先入観があるのではないか。人の評価は、現在の能力で行うべきである。

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2009年7月 1日 (水)

企業確保の時代へ

 昨日のNHKテレビで、
  「有力企業が撤退しないように、地方自治体が種々の努力をしている」
と放送していた。これを見て、とうとうここまで来たかと思った。従来の地方の政治は、社X党や共○党等の勢力の、
  「大企業の横暴を排除しろ。出て行け。」
と言う形のキャンペーンを利用し、
  「地元に協力しないと、出て行かないといけません。」
と言う形で、企業に言うことを聞かせていることが多かった。

 しかし現在は、企業の方も『選択と集中』や『海外生産シフト』などで、直ぐに出て行ってしまう。このような状況では、『企業確保』の努力を地方自治体としても、行わざるを得ない状況になっているらしい。

 この話し、どこかで聞いたことがある。それは、大阪の伊丹空港騒動である。関空を作ったときは、伊丹空港の騒音と住宅密集地上の侵入路の危険性が、地元自治体で喧伝され、
  「空港出て行け」
と言う声が大きいため、海上埋め立て空港になった。そして、伊丹空港の国際線閉鎖で、規模縮小になったとたんに、地元から逆に伊丹空港を使うようにと圧力がかかり、現在のような形になっている。

 大企業に対して、けんかを売ればよいと言う、発想はそろそろ収まるのかな。

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2009年6月28日 (日)

ニュースについて思うこと

 近頃のニュースについて、責任の取り方で思うことがあり、忘れないうちに書いておく。

 まず、自民党と宮崎県知事のやり取りについて。これは、自民党の覚悟不足の一言である。仮にも県知事と言えば、一国一城の主、これを迎えるなら、総裁の席を準備すると言うのは当然の礼儀である。それだけの覚悟もなしに、声を掛けるとは、甘く見すぎていた。もう一つ言えば、従来なら中央からのバラマキに対し、知事は平伏していたから、自民党もバカにしていたのであろう。しかし、人を迎える礼儀も知らないのが、現状の国会議員のレベルであるとは、寂しい話しである。

 京都教育大学で、準強姦事件の元容疑者たちの退学を見送りとしたらしい。それなら一層、大学の職員に採用したらよい。外部に出せないものは、自分たちで使う。これは、普通の感覚であると思うがいかがであろうか?その時は、同大学に進学する女子学生には、常に貞操の危険があるとを、学生募集条件に明記しておけばよい。

 自分たちが困るものを、世間に押し付けると言う発想は、やめて欲しいものである。

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2009年6月14日 (日)

アメリカの経済危機に関して思うこと

 アメリカの経済危機に関して、少し思うことがあるので、忘れないうちに書いておく。

 まず、投資ファンドの存在である。経済的に成熟し、自分達で物作りするには、人件費が上りすぎた社会で、多くの高学歴で高給を要求する人間を、食わせるためには、物作りで稼ぐより、投資で稼ぐ方が手っ取り早い。しかも、高齢化社会を考えると、自分は働かず、資産を運用して生活の糧を得る人は多くなる。

 ここまで書いて、この話しは、日本でももっと当てはまりそうに、思えてきた。確かに、アメリカより早く、バブルを経験した我が国であるが、今後の高齢化社会を考えると、投資についてもっと真剣に考えるべきであろう。特に、発展途上への、マイクロクレジット的な援助投資も、活性化すべきであろう。フォスター・ペアレンツの制度のように、小額でも途上国での起業家を援助する仕組みを作るのも、有効ではないかと思う。

 次に目に付くのは、自動車ビッグスリーの実質上の倒産である。これは経営責任と一言で言える問題ではないと思う。アメリカの場合は、労働者の組合が強く、賃金も最後まで落とすことができなかった。外国人労働者の安価な労働力に対し制限をかけていた。

 さて、日本の経営層を見ると、経営努力のなかに、海外の安価な労働力を目当ての生産シフトや、非正規労働者による賃金抑制が比較的大きな要素を占めている。私も今までは、経営者にとって、安価な労働力に頼るのは、麻薬と考えていた。

 しかし現実問題として、安価な労働力を豊富に持つ中国が、国際社会で力を持った現状では、会社を潰さないように、人件費の削減を考えるのも、ぎりぎりの判断としては必要に思う。

 ここまで来ると、マクロな政策で、非正規雇用労働者の生活安全を図る手段を、考えないといけない。しかし、高学歴者が多すぎる現状は、難しいものがある。 

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2009年6月 6日 (土)

教育の責任

 京都教育大学の学長が、集団強姦事件の記者会見で、
  「教育的配慮」
を連発していた。

 ここで気になるのは、教育と言うのは、対象者を良くする活動である。そこで、このような犯罪者に対する「教育」と言えば、少なくとも
  「このような犯罪を再発しないような人間にする」
ミッションがある。このようなこと実際にできるのであろうか?医学部でもあれば、虚勢手術など抜本的な解決ができるかもしれないが、現状は、いわゆる教育としての、お説教をしただけで、終わるであろう。

 そこで、教育したと言う人間が、再度犯罪をした時に、教育した人間も責任を取るのであろうか。このような覚悟もなしに、犯罪と言う重い問題に、教育的などと言う言葉を、軽々しく使うべきではない。

 なお、今回の大学の動きをみると、このような犯罪を犯す人間は、アルバイトとして「教育的な仕事」に従事することを、禁止している。しかし、一般の職業でも、女性が多く従事しており、被害者になる可能性は大きい。教育関係の大学では、教育関係の仕事を重視し、一般企業は軽く見ているように感じる。このような、危険な学生の就職先は、一般企業へと、大学が指導しそうで心配である。

 

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2009年5月24日 (日)

中大教授事件について

 今回の、中大の教授殺人事件に関して、容疑者が逮捕されて、当人も認めているらしい。

 しかしこの容疑者は、またも高機能性発達障害と診断されそうな感じがする。コンピュータにはそれなりに適性があるが、人間関係で問題を起こす。特に、言葉のやり取りで、非常に傷つき、恨みを持つ場合が多い。

 このような危険性に関して、世の中でももっと知るべきではないか。

 

 

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誹謗中傷の効果

 インフルエンザの流行に関して、特定の高校等に対して、誹謗中傷が激しいと言うことで、大阪の橋下知事が、やめるように発言した。

 確かに、行き過ぎた誹謗中傷が、インターネットなどに散見する。

 しかし、ある種の極端意見を押さえ込むことが、本当によいのだろうか。嫌がらせ的な電話などは論外であるが、意見として責任追及を行うことも、必要ではないかと思う。

 このような厳しい意見があることは、学校の責任者への一面のプレッシャーとなり、慎重な行動への動機の一因と思う。学校側にも、
 「海外に安易に出したこと。安易に集会などしたこと。等」
少しは責任を感じて欲しい。

 法的責任さえ無ければ、自分たちは悪くない。そのような言い方が、散見する社会には、たまらずに中傷する向きが出るのもやむを得ないと思う。

 アメリカでは高額訴訟が道徳を支えている。そして日本は、インターネットの、恐い意見が、道徳を支えている、こんなことになったら寂しいな。

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漢字検定が流行った理由

 漢字検定協会の不正に関し、色々と報道されている。これは協会の体質もあるが、漢字能力の評価に、過剰に依存した部門があるということを、指摘しておきたい。

 それは、企業の採用試験などである。読み書きや聞き取りの力は、仕事を遂行するために、必須の力である。従って、これをどうかして評価したい。しかしながら、
  「試験を行うときには、できる限り客観的な試験を行うべし」
と言うお上のご指導がある。そこで、下手に読解問題を作ると、解答に紛れが生じて、クレームの危険性がある。

 そのため、漢字の試験を行う。あまり文字を知らないものは、文章の読み書きをできない。この発想で脚きり試験として、漢字の試験をしている。

 これを見て、漢字の能力だけが一人歩きをし、その結果が漢字検定ブームではなかったか。

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2009年5月18日 (月)

誰が作った?

 日経エレクトロニクスのブログに、「まいど1号(SOHLA-1)」の取材記事が載っていた。http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20090518/170252/

 この記事によると、
  「人工衛星『まいど1号』を、東大阪の中小企業が作った」
と言うのはかなり言いすぎらしい。これは、昔からあった、
  「法隆寺は大工が作った」
と言う話しの一例のように思う。しかし、
  「人工衛星を作った」
と言うような派手な話しで、主役になるのは、
  「大学教授か現場の職人さん」
多いように思う。本当に苦労した、
  「設計技術者」
に日が当たらないように思う。

 どうも、マルクス主義はまだ生きているようで、
  「大企業の技術者などは、ヒーローにしてはいけない」
と言う規則が、どこかにあるように思う。

 本当に力を蓄積している技術者を、尊敬しない社会はおかしいと思うのだが、この国はそうはいかないように思う。

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2009年5月10日 (日)

謝るということ

 アメリカの経済学者が、「日本に対して謝罪する」と言う発言をして、一部で話題になっている。http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090430/193515/?top

 この真意は、アメリカの経済政策のお粗末さを、1990年代の日本政府のバブル崩壊後の混乱と比較して、批判しているらしい。

 しかし、日本の経済の偉い先生方は、謝罪と言う表現をされるのであろうか?

 どうも、強固に自分の主張をくり返し、実行が悪いと批判される先生か、どんどん新説を発表されている先生が多いように思う。特に、昔の自分の弟子が、旧説を振り回しているのに目をつぶっているような感じもある。

 謝罪と言う言葉を出し、それを受け入れるアメリカ文化と、自分の非を認めない日本文化の違いを感じた。なお、日本人は間違いを認めると、自分に穢れがあると認めると言うと、井沢元彦氏の議論になってしまう?

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機会損失についてもう一つ

 昨日は辞書に関連して、機会損失の話しをした。今回は、もう一つ気になるテーマ、『この国の裁判における起訴時の有罪率99.9%』について考えてみたい。  素人考えだが、有罪率99.9%と言うことは、起訴しても有罪になる見通しが無ければ、不起訴処分となるということである。ここで気になるのは、   「『本当の犯人』を、裁判で弁護士の反論で無罪化されそうなので、   起訴しないで見逃すことがあるのではないか」 と言うことである。本来、有罪/無罪を決めるのは、裁判所の仕事である。私も専門では無いので日本の制度がどうなっているか判らないが、   「裁判の無罪判決は当人の名誉回復の根拠になるが、不起訴で確定しているのか。」 と言う話しである。ガードナーのペリイ・メイスンシリーズの1節に、訴追の棄却を求める検事に対し、弁護士メイスンが、   「確りした判決で無罪にならないと、被告の名誉は回復できない。」 と強く迫る場面がある。(「吠える犬」より)もっともこの話しには、別の落ちがあるが、不起訴と言う中途半端な結果の一面を示している。    但し、このような起訴が増える場合には、マスコミを含めて社会的環境として、有罪判決が出るまで無罪と考える、「推定無罪の原則」が貫かれていないといけない。いわゆる社会的制裁なるものが動けば、起訴と言うことに慎重になってしまうのもやむを得ないと思う。このような社会の流れを変えないと、裁判員制度にも?がつくだろう。  ところで、某わいせつ物陳列タレント殿が、正式に裁判を受け量刑を確定する。その上で、「この量刑のレベルの罪ですが、『最低の人間』と言われたのは名誉毀損に当たる」と、某大臣に迫れると思うが、不起訴処分ではこのような迫り方はできないだろうな。

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2009年5月 5日 (火)

高学歴者社会と専門家の立場

 和歌山のカレー事件と裁判員制度に関して、ある新聞のコラムで、
  「裁判官は高給を取っているのだから、判断に責任を取れ」
と言う主旨を述べていたらしい。確かに、これは一理あるように思う。しかし、ここで気になるのは、責任を取れというなら、
  「専門家としての裁判官の判断に従う」
と言う前提事項が、国民の間に無ければならない。そもそも裁判員制度が生まれたのは、
  「裁判官に任せると変な判断をする」
と言う意見が基本にある。

 専門家を認めて、その判断や行為に対して、皆が敬意をもって受け入れる。その上で、責任をとれという議論なら、納得できる。敬意を持たず、責任だけ追求すると言うのは、いくら金を払っているからと言ってもおかしいのではないか?

 さて、このような専門家への対応は、どう変化してきたのであろうか。少なくとも、明治以降の一つの文化は、大岡裁きや水戸黄門による救済である。つまり、本質的には、お上の裁きを信頼する形である。一部下位におかしい者がいるが、最上位は自分たちの思う結果を出してくれる、『便利な神様』との見方と言ってもよいかもしれない。

 そこで、効果的に機能したのが、明治以降の学校制度である。西洋文明の圧倒的な力をもち、知識差と言う力をもった、『先生』の存在、これが『専門家尊敬』の基本図式になっている。しかし、戦後の高度成長を経過して、高学歴者が多く出現する世界では、教師の知識は、父兄の知識に負ける場合も多くなっている。ここで、子どもの時代から、専門家に対する敬意を訓練する場がなくなっている。更にこのような教師への敬意を、教師自体も拒否する動きもある。教師が他の権威に敬意を表さないのに、その生徒が教師に対して、敬意を表さないと言って、怒る資格はあるのだろうか?

 医療崩壊に関しても、医師に対する敬意と言うもの無くなりが、本質にあると思う。それに値しない医師の存在も含めて、尊敬すると言うことを、もう一度考えて欲しい。

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2009年5月 4日 (月)

専門家の発言について

 「極北クレイマー: 著者:海堂 尊、販売元:朝日新聞出版」を読んだ。話しとしては、結構面白いが、何か反発を感じる。これは医療関係者の、
 「素人が口出しするな」
と言う、『上から目線』を、感じているからと思った。確かに、医療事故に関しては、『クレイマー』と言う現象もあるとは思う。しかし、真実を知りたいと言う関係者を、『クレイマー』と決め付ける態度には、反発を感じる。

 ここで、もう一つ別の話しで考えてしまった。それは、あるテレビニュースで、某所であった落雷事件に関し、ある大学の教授が、
 「雷鳴が聞こえれば、遠くに思っても危険が迫っている」
と、専門家意見として発言した場面である。この発言が、どれほどの実効を持つかは、疑問であるが、関係者に対する訴訟では、「落雷危険性を予知できなかった関係者」の管理責任を訴えた被害者関係者の勝訴になっている。

 この場合、専門家ならば、「雷鳴が聞こえればすでに危険」と言うのは常識でも、今までの凡人は、「雷光と雷鳴の時間があれば、遠くの雷」と言う考えであったと思う。それで、引率者の責任を問うのは、酷ではないかと思う。確かに、不関知罪の有罪は、仕方ないことかもしれない。しかし『専門家の常識≠一般の知識』を考慮して、過失追及は行って欲しいと思う。

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2009年5月 1日 (金)

NHKの社会起業家の放送について 

 今朝のNHKのニュースを見ていたら、『社会起業家』の話しが出ていた。確かに、今までの企業は、従業員の福祉まで丸抱えであったが、今後はアウトソーシングの流れが増えるであろう。

 ただし、今回の放映を見ていた気になったのは、起業家や放送側の「上から目線」である。営利追求をと言うことを、どうも低く見ているような取り上げ方が気になる。自分が、「かっこの悪い仕事をしている」と思っている企業に、人材を紹介しても、うまく行かないように思う。

 営利追求と言うと、金の亡者に見える。一方、
  「付加価値を生み出し、雇用を確保し、確り納税して国民の生活向上に役立つ。」
と言うとかっこよく見える。このような単純な学生だけではないとは思うが、今のメディアの取り上げ方に、少し気になるものを感じた。

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2009年4月26日 (日)

テストの活かし方

 文部科学省の全国学力調査の結果に関して、今朝の朝日新聞(関西版)33面に、
  「こんな学力調査はいらない 葉山梢」
と言う意見が出ていた。この主旨は、
  「調査結果を生かしていない。個人を調べて指導に生かすためには、
  今の調査は大げさすぎる。」
と言うことと理解した。

 確かに、調査した結果を生かして、改善に繋ぐことが大切である。「それができていない、または、コストパフォーマンスが悪い。」と言うことは、十分批判すべきことであろう。しかし、このような悪さが、表に出たことも、今回の調査の成果であろう。

 本来試験結果は、悪い結果こそ生かすべきものである。しかも関係者全てが、自分の問題として、考える必要がある。まず受けた生徒は、勉強が不足していたことを反省すべきである。次に現場教師は、それぞれの教え方を反省すべきである。また自分の予想通りの成績にならない生徒については、自分の生徒を見る見方を反省すべきである。これらのことは、次にどう直すかで生きてくる。

 一方、教育委員会などでは、学校ごとの差から、何処に行政的手段で改善できるか考えるべきである。予算のつけ方、人員配置色々と悩むことはある。

 さて我々市民は根本的に反省すべきことがある。このような教育委員会の人事は、結局首長選挙などが影響している。どのような主張を選ぶべきか、現状の悪さを明確にしながら色々と反省し、そこから次につなげないといけない。

 今の悪さを明確にする、そのように調査結果を生かせば、無駄と言うことは無いと思う。その生かしかたを知らない人間が、教育行政や現場に多いということが明確になったのは、今回の成果ではないかと思う。

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2009年4月24日 (金)

総務大臣の発言について

 草なぎ剛容疑者を、「最低の人間」と言った、総務大臣殿が、「発言を取り消す」と、言っているらしい。これは、ひどい話である。大臣もあろう人間が、人の人格を否定するような発言を、軽々しく言うことも問題であるし、しかもそれを軽々しく取り消すことも恐い話しである。

 このような人間に、大臣と言う権力を与えることが適正であろうか?
 「綸言汗の如し」
と言う自覚は何処に行ったのであろうか。

 なお、酔っ払って国益を損じた例は、もっと前に大臣の椅子に座っていたように思う。その御仁に対し、
 「最低の人間」
と言う発言は、内閣の中から出ていたのであろうか。単なるコマーシャルより国益に与えら罪は最重いのではないか?

 身内に甘い、日本の政治家であるのかな?

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2009年4月22日 (水)

和歌山カレー事件判決について

 和歌山カレー事件の最高裁判決が出た。予想通り有罪であった。

 この裁判は、被告の自白が無く、状況証拠の積み重ねでの有罪立証であり、今までの日本の裁判には無い形だそうである。しかし、本来の裁判は、被告人が認めていようといまいと有罪無罪を判断すべきものと思う。従来は、被告に自白をさせそれを根拠に量刑を決める形式が多すぎたのではないか。

 しかし、今後は証拠に頼り、自白に頼らない検察側の訴追が増えるであろう。これは、無理な自白を強制するということもなくなり、裁判の公正化によい方向になると思う。

 但し、日本の裁判では、検察・警察も手が縛られているように思う。アメリカでは、逃亡と言うこと自体が有罪の証拠として使えている。日本では、おとり捜査であるといわれただけで、有罪に落とせなくなる。この結果、「おれおれ詐欺」に対しても、引っ掛けて捕まえることができなかった。もう少し改善して欲しいものである。 

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2009年4月20日 (月)

行き過ぎた報酬

 アメリカのバブルでは、トレイダー達が、多額の報酬を得ている。確かに
   「会社の得た利益に対して、それに応じた報酬」
と言う意見は一面の説得力がある。

 しかし、このような報酬が、行き過ぎた利益追求につながり、バブル的な市場を引き出したように思う。

 報酬を金だけで与える方式は、どこかで無理が生じるように思う。

 継続した付き合いを行う、老舗の知恵が必要ではないか?

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2009年4月15日 (水)

奈良の調書漏出事件について

 奈良の医師宅の放火事件の関連の出版問題で、調書を漏出した医師の判決が19日に出らしい。この話し前から気になっていたことがある。これは漏出と言う観点で、守秘義務のある医師のみを攻めている。

 確かに、法で裁くには、すでに罪になると決められたことしか裁けない。そういう意味では出版社と、いわゆる『ジャーナリスト』を裁くのは難しいかもしれない。

 しかし、本の正体は、調書などのつぎはぎと聞く。それなら、著作権法違反の盗作と言う観点はないのであろうか。調書の文書としての著作権は、家裁にあるのではなかろうか?

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2009年3月29日 (日)

本日の朝日新聞を見て(採用関連)

 今朝の朝日新聞(2009/3/28 大阪本社13版6面)に、「主要100社10年春採用計画調査」を載せていた。表題は「対話重視の姿勢」で、採用に当たって企業が重視する点は以下のとおり。

 1.コミュニケーション能力(74社)
 2.行動力(51社)
 3.人柄(32社)
 4.熱意(31社)

 一方、学生が気にしがちな「マナー」「語学力」「成績」を選んだ企業はなく、「学生時代の活動」も9社と少数であった。

 さて、この意味を学生の皆さんは、もう少し考えて欲しい。特に今年は、採用を絞っている情況を前提で議論してみよう。

 これだけ採用を絞っていると、志願者の内上位を選別することが可能である。言い換えると、成績のように書面で簡単にわかる情報は、そこでより分けることが可能である。つまり『あしきり』である。そうして絞り込んだ候補者に対して、
  「じっくりと行動特性を面接で確り見極める。」
と言う動きが見えてくる。上記1~4は書面審査では見極めにくい。したがって、面接に注力する。一人に時間をかけるためにも、候補者を絞り込まないといけない。

 このため、就職活動において、
   「書面審査の内容」を充実させることは必要条件
となっている。当然成績と言うか、必要な基礎知識を持っていることも書面上で見られている。また、SPIなどで知的な基礎力もきちんと見ている。

 このように新聞の記事も、きちんと裏読みしないと、就活で失敗する確率が高くなると思う。

 蛇足その1

 この記事の下に、某大学のキャリアセンターの人が、「書面で門前払いせずに~」と言う主旨で書いていた。しかし採用側では、このように有限の資源(時間)を有効活用するためには、書面選考も重要である。相手の立場も考えて、活動するのは、就活でも基本と思う。そのような行動特性を持つ人間を求めている。

 蛇足その2

 某高校で話しをした時、ある先生に
  「必要条件などと言う言葉は学生が解からない」
と言われてしまった。その時は、非常に悲しかった。それを教えるのが、学校の役割ではなかろうか!

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2009年3月15日 (日)

国会議員にうつ病はいない・・・

 今朝の新聞を読んでいたら、自民党の笹川総務会長が、
  「国会議員にうつ病はいない」
と発言したと言う記事があった。

 これには、うつ病患者に対する"偏見"が含まれている感じなので、議員として顰蹙を買うべきであろう。しかしここでは、別の観点で議論してみた。私の観点では、
  「うつ病になるような『まじめな人間』は国会議員になれない。」
と言うことである。例えば、郵政民営化で、衆議院の2/3を獲得したのに、それに反対だったなどと今頃言う。まともな神経の人間なら、悩んで「うつ病」になっても不思議は無いと思うが、首相を始めとして大きな声で、郵政民営化に反対だったと言っている。

 これは、どう見ても『躁病』になっても『うつ病』にはなりそうに無い。鈍感力が国会議員の必要条件と解かった。

 しかし企業で生活するには、モット責任感が必要だと思う。そのように自分で、正面から向き合うと、うつ病に成る危険性と向き合うことになる。

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2009年2月28日 (土)

武士道と簡単に言うな

 近頃、テレビ画面や自分の著書で、『日本の武士道』と言う方々がいらっしゃる。しかし彼らが、本当の武士と言うものを理解しているか、疑問に思う。私の父などが、先祖から伝えた武士の生き方は、『死と隣り合わせ』であった。自分も含めて、義のためには命を軽く投げ捨てる一生である。主君に「苦しゅうない」と言われれば、その場で腹を切る。そのため、一人前の男として認められる前には、切腹の作法を習う。これが、武士道の基礎にある。

 これが身についていれば、近頃のニュースに対する対応も違ってくると思う。例えば、国益に反する公僕に対して、『死ね』と勧告する。自分も直ぐに死ねるから、それなりの立場の人間が『国益に反したら死ぬように』と言い得る。これが基本である。

 そのような観点では、武士道などと騒いでいる人が、某元大臣の自殺可能性を心配するなどと言うのは、中途半端な意見だと思う。

 私個人では、上記の世界を知っているだけに、武士道などとは無縁にしたい。

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2009年2月16日 (月)

大阪空港について

 アメリカで飛行機の墜落事故が起こり民家にも被害が出ている。さて、この話しを聞いて気になるのは、大阪空港(伊丹)の環境である。離着陸コースの下には民家密集地がある。そもそも関空を作った理由は、このような環境で騒音被害が大きいから、地元市長たちが、 
  「伊丹空港廃止論」
を声高く叫んだからである。

 確かに騒音問題は、住居の改善で直るかもしれない。しかし離着陸失敗時のリスク管理は大きい問題で残っている。

 橋下知事もこのような観点で、見直して欲しい。

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2009年2月11日 (水)

NHKに言われたくない

 NHKの解説番組で、「雇用と経済」の特集を放送していた。(2/11 10:05~11:55)

 たしかにもっともと言う意見もある。しかし、NHKの立場には、一般企業の人間には、腹立たしいものがある。なぜなら、彼らが”市場”に受け入れられる苦労と言うものが、実感として感じているとは思えない。テレビの受信料を、国民の義務と言わんばかりに取り立てる。

 このように、お客様からお金をいただくと言う苦労を知らない人間に、経営に対して言われたくないと思ってしまうのは、ひねくれているのであろうか?

 さらに、派遣労働者の低賃金の話しがあったが、テレビ局の番組つくりでも、下請けの業者に安く作らせることで、製作原価を抑えているのではないか?

 内容に関しても、「企業は人材を大切にしていない」と言う話が多かったが、これまで企業の経営を圧迫した要因の一つに、
  「旧来ビジネスに適合しすぎた人間を大切にしすぎた」
と言う側面もあることを指摘しておきたい。もっとも、これは政治と言うか制度と言うか、
  「一度正規採用したら、不適合になっても雇用契約を切れ無い」
ので今まで残っていると言う側面もあるが・・・

 とにかく現状を打破するには、今までの企業の枠を超えて、第一次産業も含めて雇用を広げないといけないと思う。そのためにも、従来制度のしがらみを切って、改革する必要がある。

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2009年2月 4日 (水)

大局からの観点と現場の細かい視点

 アメリカの経済危機は、金融工学が示した、無節操なローンの債権化が、一つの原因と聞く。これは、現実が示しているとおり間違っていた。

 しかし、経済の発展のためには、ある程度のリスクを負わなければならない。大局的に見て、金融工学の手法は正しいこともある。

 ただ、大局的に正しいことでも、実行方法が正しくないと、世の中は上手くいかない。現場の金融を動かす人間が、評価をきちんとせずに金をばら撒いた結果が、アメリカの危機である。

 大局の視点と、現場の個別の正しい目の積み重ねが相俟って、まともなものができる。

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2009年2月 1日 (日)

かんぽの宿売却問題

 近頃ニュースで騒がしい、「かんぽの宿」売却問題であるが、どうも偏った見方が気になる。鳥取県岩美町の施設評価額が「1万円」だったが、6000万で売れたと言う話しである。

 しかしこれは、複数施設の一括購入後に個別販売の話しである。一般に物を買うとき、一つの宝物を欲しいが、それを言うと相手に価格を吊り上げられるので、他のものに混ぜ、それはあくまで付属品で買うと言う駆け引きは良くある。その時、売り側にしてはおまけの感覚であるから、売却価格は低い評価になるのは当たり前である。

 このような取引では、売った方の無能は責められても、買った方を追求するのは少しおかしいと思う。昔、南海ホークスの野村監督が、某球団でくすぶっていた江本投手をトレードで入手する時、抱き合わせなどを上手に使って非常に安く入手して、大化けさせた。

 これで、放出先の球団が糾弾されたとは聞かない。資本主義といわないでも、大阪の商人でも、「そこで泣き言をいいなはんな」と言うように思う。

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2009年1月31日 (土)

ワークシェア論議について

 今回の春闘では、ワークシェアの論議が盛んになっている。私は、ワークシェアより"市場開発"や"雇用創出"が大切と思うが、今回の流れは一寸違うように思う。経営者や労組の幹部の一部は、
 「ワークシェアと言う名目での給与削減」
を狙っているように思える。確かに、日本の"終身雇用制社員"の給与は、下げにくい仕組みになっている。下げるタイミングは、不況の危機を、外圧として使うことが多い。

 さて、社員側の自営手段はどうであろうか。まず、
  「自分の給与を世間相場できちんと評価しておく」
ことである。そして、
  「自分は会社に対して、これだけ利益を創出し貢献している。」
と自信を持っていえるようになることである。前にも書いたが、新入社員のころから、
  「総合職の責任、正社員の責任」
を心がけることが、このような危機に強い心を育てると思う。

 しかし、本日のテレビ番組乱を見て、笑ってしまった。(関西地区限定のジョーク)読売テレビのPM0:00~1:55で堂々と
 「ハケンの品格」
を再放送している。どんな考えかな?この番組に釣られて、その放送当時に派遣社員になる道を選んだ人もいるのではないか?テレビ局は、どんな気持ちで番組を作っているのだろう? 

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2009年1月26日 (月)

アメリカの原理主義は?

 オバマ大統領の就任演説には、独立戦争からの話しが織り込まれていたと聞く。これはアメリカの原点に戻ると言うことであろうか?

 山本七平氏がどこかで、「アメリカも原理主義が強くなるときがある」という予言を書いていた。

 確かに、危機に国をまとめるには原理主義が有効と思う。

 日本の原理主義は何だろう?変にこだわらないことかな?

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2009年1月25日 (日)

工学部で学んでいるあなたに

XXさんに

 先日、大学で学んだことを活かすためには、材料力学(構造力学)の意味を理解しなさい、とお話ししました。残念ですが、それを説明するニュースが伝わってきました。例えばhttp://mainichi.jp/select/today/news/20090124k0000e040052000c.html?inb=yt

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090124-00000032-maip-soci

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090125-00000007-yom-soci

 このニュースで、剪段破壊と言う言葉が出ていますね。この意味を理解していますか。材料力学の教科書にはきちんと載っています。ボルトの剪段破壊はどのように起こるか、教科書の記述を見てください。その時数式でなく、直感的な意味を理解してください。特にボルトの太さを変えるとどのようになるか理解してください。特に、半径の何乗に比例/反比例と言うことを押さえてください。

 もう一つ理解をして欲しいことは、鉄が破壊する仕組みです。材料力学の最初の方で教わると思いますが、鉄棒を引っ張って破壊する時の、力と鉄棒の伸びの関係のグラフ、応力の集中による、思ったより小さい力での破壊、くり返し荷重による破壊などの話しが、このニュースと関連して想い出してください。

 このように、自分の知識でニュースの内容を説明する。これが知識の活かし方です。

 それでは、寒くなりますが頑張ってください。

    正体不明のおじさんより

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2009年1月19日 (月)

現在の雇用情勢について

 派遣労働者の契約打ち切りや、期間労働者の契約更新の取り止めなど暗いニュースが多い。そこで春闘においては、ワークシェアリングの話しが出ている。また一部のマスコミでは、
  「某社は派遣社員の打ち切りを行いながら、年末ボーナスに百万円出した。」
等の論調で、正社員達を含めた会社に対する攻撃がある。

 しかし、このように給与が高い人間を単純に責めて、「金を分けろ」と言うだけでよいのであろうか。

 私の意見では、まず正社員の総合職・管理職・経営者のすべてに対し、
  「もっと生産高と利益を上げる知恵を出せ。」
と言いたい。総合職より上の立場では、市場を開拓し、できるだけ多くの雇用を生み出す、責任があると思う。そのための、高い給与である。だから、
  「給与に相当する仕事をしていない」
からとの批判は良いと思う。仕事の中身を評価せずに単純に金額だけで攻めるのは、間違っていると思う。

 なぜこの国は、しかるべき地位の人の能力に対し、能力不足ならそうと言えないのだろうか。

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2009年1月16日 (金)

雇用危機にたいして農水省の役割

 現在の派遣労働者を中心とする雇用の減少は、大きな問題である。そこで、厚労省が色々と動いている。しかし、ここで気になるのは、第一次産業への向きが弱いように感じることである。現在の状況では、食糧の自給率が低くなっているので、休耕田などの復活もあって良いと思う。

 その意味で、農水省がもっと指導的な立場を示しても良いのではないか。雇用訓練にも、工業や商業だけでなく、農業の訓練を行う手もあると思う。

 パソナが農業に興味を示しているが、行政でも農業に労働力を流す施策があっても良いと思う。

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2009年1月13日 (火)

公平と平等

 今の世の中は、よく不平等といわれている。しかし、公平と平等をもう一度考え直して欲しい。正当な評価の上で判定するのが、公平である。本人の能力と努力に応じた公平な評価は、一つの正義である。

 しかし、今の世の中はどちらかと言うと、平等を求めているように思う。

 確かに、機会を与える時は、平等でないといけないと思う。しかし、能力差がある場合まで、平等でないといけないのか?公平のほうが重要だと思う。

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2009年1月12日 (月)

政治のプロに要求される勉強

 先日テレビで見たが、地方議会が一部では活性化しているらしい。これは、従来の議会がひどすぎると言うことかもしれない。何しろ、首長からの反問を許さない議会答弁(?)がまかり通っていたらしい。これでは、一方的な陳情で、バラマキ政治になるのは当たり前と思う。

 そういう意味で、議会の方も地方の運営に関して責任を持つ意識が出たのは喜ばしい。そこで、議員さんたちも勉強しているらしい。

 さてここで、プロの政治家になるには、どのような能力が必要か考えてみた。一般的な、経営学/経済学の知識は欲しいと思う、法律に関する知識も欲しい。しかし、一番大切なのは、対話のスキル・答弁のスキルではないか?

 テレビに出ている国会議員さん達でも、人のしゃべっている最中にわめき散らす、裂いてのマナーの人も多い。更に、相手の意見に対し適確な受け答えになっているのは、もっと少ない。これから治して欲しいと思う。

 しかし、政治学の勉強をしたから、良い政治家になるとは限らない。宮崎県知事は、政治学の勉強をするほど政治に熱意があったから現在がある。政治学の勉強だけで、現在があるのではないと思う。

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現在の混乱の一原因

 今の社会的混乱の一原因は、理論的な学問の結果が、かなり現実に適合していることにあると思う。アメリカの金融工学も、物理学や数学の応用で、市場が予測できたと思い込んでできたようなものである。工学的ものづくりでは、パソコン上のシミュレーションでかなり精度良く予測でき、「それでも現場の知恵がいる」と言う議論がでている。

 これが社会科学的な分野にまで、広がっているような気がする。経営学しかり、官僚の体制つくりも同様である。しかも、それを一般的に認めているのが、一番の問題である。何でもかんでもお上に任せる「パターナリズム」的な発想が、これと結びついている。しかし現実と理論の齟齬が生じる。そこで、政府が悪いと言う議論が生じている。

 しかし、現実は多様に変化するものであり、理論はその一面を切り取ったものである。1898年にアメリカの哲学者C.S.パースが講演したは、「医学にしろ工学にしろ現実対応の技術が先行し、科学的理論がそれを説明し深めていく。」と言う主旨の発言がある。現実の複雑さに対し、柔軟に対応していく。特にそれを、色々な立場で行うことが忘れられているように思う。

 現在の派遣労働者の問題にしても、2005年に会社法が改正されて、会社設立が簡単にできるようになった。これは、競争社会の原理を導入することで、経済活動を活性化しようとする発想である。確かに、理論的にはその面での効果はある。しかし、競争第一主義の会社を乱立させて、社員の生活にたいする責任を持たない人間が、経営者になることを許すと言う弊害が出ている。この対策ができていないのが現状だと思う。 

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2009年1月11日 (日)

政治のプロとは

 大阪の橋下知事の発言で、特に目に付くものが
  「皆さんに選んで貰った。皆さんの支持が頼り。」
と言うものがある。これは、重い話しだと思う。民主主義の基本である。

 例えば、阪神大震災のとき、兵庫県知事と首相の災害救助出動要請が遅れて、多くの死者が出た。その時、自衛隊が独自判断で動くべきと言う議論がある。しかし、
  「このような首長を選んだのは、皆の判断、その責任は皆で取るべき」
と言う議論もある。

 ただし、今までは首長は、
  「選ばれた後は威張りまくっている。」
  「自分で選んだと言う認識がない」
と言う感覚で、皆から離れている感じがする。

 これを、取り戻すのは、橋下知事のようなまともな知事を増やすのが大切ではないか?

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派遣切りについて

 近頃の新聞記事などで、気になる問題がある。派遣先に雇用期間内に解雇されたという記述である。この記述には、どこか抜けているものがある。

 まず、派遣社員は、派遣元の社員である。そして、派遣先の会社は、派遣元の会社と契約を結んでいるはずである。従って、解雇と言う話しが、派遣先の会社から、派遣されている人に直接伝わるのはどこか間違っている。

 正しく流れたとしたら、派遣先の会社と派遣元の会社で、「何時から何時まで何人」と言う契約がある。そして、派遣元の会社と派遣社員の間で、「何時から何時まで雇用」との契約があるはず。

 そこで、今回の途中契約解除だが、上記の何処で行われたのだろうか?派遣先の会社と派遣元の会社の間で、「何時までと言っていたが、景気変動でXXまでに変更してくれ」と言う話しがあったのかもしれない。その場合は、会社対会社で違約金の交渉を行うべきである。次に、派遣元会社から、派遣されている社員に解雇の話しがあった場合である。この場合は、雇用関係にあった会社と被雇用者の間の、契約解除の違約金の話になる。

 どちらの場合も、派遣社員の方々が、交渉する相手は、派遣先でなく派遣元の会社である。特に会社対会社で違約金をせしめた派遣元会社が、「仕事を失った社員にそれなりの違約金を払わないなど」と言うことがあってはならないと思う。マスコミもそのようなことがないようにきちんと監視して欲しい。単に大企業を叩けばよいと言う話しではないと思う。

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2009年1月 8日 (木)

関西の元気の元

 関西の景気回復について、一つ明るいものが見えた。阪急西宮ガーデンズの開幕である。新しい、ショッピングセンターと言うふれこみである。店の配置などに、色々な配慮が伺える。

 ここで重要なのは、阪急がこの時期にコンセプトを打ち出したことである。阪急の創始者である、小林一三翁は、戦後の経済復旧に心を砕いたことで、有名である。一方その跡を継いだ、米三社長は、宝塚歌劇と阪急ブレーブスに、大きな力を入れた。ブレーブスのリーグ初優勝の時、オーナーの小林米三阪急社長と監督が、バックネットの金網越しに喜び合ったと言う伝説もある。

 さて、その阪急ブレーブスの根拠地が、西宮球場であった。その阪急ブレーブスを、オリックスに売ったのも、阪急である。
  『経営に聖域なし』
した判断は素晴らしい。

 その西宮球場の跡地に今回ガーデンパレスが開幕した。阪急が新しいコンセプトを打ち出し、経済を牽引してくれることを期待したい。

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2009年1月 3日 (土)

官僚の人事について

 「内閣人事局」と言う組織を作って、官僚の人事を内閣が抑える方向を、打ち出しているらしい。これは、行政を実際に動かしている、官僚世界に政治の側から、大きく影響を与えると言う動きになる。

 このメリットとデメリットを考えてみた。まずメリットは、
  「選挙で明らかになった民意の反映」
  「失敗した施策に対する明快な判定ができる」
と言う点にあるだろう。一方デメリットは、
  「行政の継続性、大局観が失われる危険性がある」
  「政治の利権に振り回されるバラマキ行政になる」
と言うところであろう。

 考えてみると、国家官僚には、優秀な人材を公務員試験で選別している。彼らの判断に任せれば、この国は上手くいくであろうというのが、今までの発想であった。言い換えると、
  「お上に任せる」
考えである。

 しかし現在の状況では、官僚制度が変化についていけないように感じる。そのような状況では、方向性はきちんと、
  「選挙で見えた民意に従う」
ことも大切だと思う。

 もし仮に、選挙の結果で、「変な国会と内閣」を生んでも、それも国民のレベル低下の責任である。

 これは、防衛省のシビリアンコントロールと同じで、「選挙の選抜」を受けていない官僚が最後まで判断するのは、おかしいと思う。

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2009年1月 2日 (金)

体育会系の総合職とは?

 テレビをつけると、駅伝やサッカー、ラグビーなどスポーツの放送が目に付く。昔から、体育会系の学生は就職に有利とされていた。そこで、そのような学生を採用する側の意見を拾ってみると以下のようになる。

1.体力・気力が充実していて、困難な仕事にも耐える。
2.上意下達で言うことを良く聞く。

 ここで、1.の『困難に耐える』と言う特性は、重要だと思う。特に、
   「自分の能力の壁を超えた」
   「自分の潜在力に目覚め不可能を可能にした」
経験は、今後の仕事の上でも活きると思う。このように自分を伸ばす人財を求めるのは正しい。

 しかし問題は、2.である。総合職として採用する場合に、
   「上の言うことを良く聞く」
だけでは、困ったことになる。自分の意見を持って考える。状況に応じて判断する。そしてそれを皆に説明し、受け入れさせる能力が必要になる。この能力を求めないで、総合職として採用するのはおかしい。

 なお、日本海軍の参謀は、「教科書どおりの潜水艦の配置」を、潜水艦の艦長に厳命指令したため、アメリカ軍に、
  「本来秘匿されるべき潜水艦配置が、解かり易くて
   日本軍の潜水艦を狩りは楽であった」
とバカにされた歴史がある。

 教科書どおり、上司の命令に機械的服従の総合職に仕事をさせるなら、この海軍参謀と、あまり進化していないように思う。

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2008年12月31日 (水)

大阪の元気

 近頃、大阪の元気が、少し持ち直したように思う。橋下知事を選んだことも含めて、政府(東京)無視の自主性が利いている様に思う。新聞記事など見ても、関東系では政府の補助を以下に引き出すかが、景気対策のように見える。

 一方、大阪はどうも中央の補助金を、あまり当てにしていないように思える。考えてみれば、前2代の知事は、中央の補助金引き出しが特技だったように見える。しかし、今の橋下知事は、どう見ても中央に気に入られるキャラではない。(一部自民党からのラブコールはあるが・・・苦笑)

 そう言えば、文化の保存に関しても、大阪落語界の人達は、
  「お客様からお金をいただけないような芸は廃れても仕方ない」
と言うような厳しさを感じる。さらに、吉本興業も健在である。

 このように考えると、自立性の高い大阪は、何とか持ち直すように思う。

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2008年12月29日 (月)

内定取り消しに関して

 現在、2009年4月の新卒者の『内定取り消し』が、社会問題となっている。確かに、この時期に、内定を取り消された学生にとって、今から就職先を見つけることは難しく、気の毒で言いようもない。

 但し、この話しの逆の側面が議論されていないことに、一寸疑問を感じる。

 それは、『内定辞退』の話しである。昨年までの就職状況が好調の場合には、大体12月以降に、何人か内定者が、「そちらには行きません」と連絡してくる。ひどい時には、学校推薦で受けた学生が、
  「行きたくありません」
と言う。そして、推薦状を書いた教官に確認すると、
  「今時の学生はそんなものです。」
と、木で鼻をくくった答えが返ってくる。

 このような状況も今まではあった。物事は両面から見て欲しい。

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2008年12月26日 (金)

秋田県知事の意見

 今朝の新聞に、秋田県知事が学力調査の公開したことに関連して、面白い話しがあった。(朝日新聞 朝刊2面)

 「教育関係者の中には(自分たちの間で作り上げた)学校間の序列がある。学校別に成績を公表すれば、その序列が崩れる。『子どもが可哀想だ』というが、子どもを盾にしているだけだ。」

 この話しは、他でも成立しそうである。評価反対という人間が、自分の評価が崩されることを、恐がっていることは多い。

 しかし、悪さと直面することで、次のステップが始まると思う。

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2008年12月25日 (木)

トヨタとソニーのリストラの違い

 現在の社会は、アメリカ発の不況で大きく揺らいでいる。しかしここで、不況に対する対応法が、各社かなり違っているように見える。トヨタの対応は、製品戦略を見直しているように思う。ディーゼルエンジン車の開発を止め、ハイブリッド車に注力するのは、その次の電気自動車が見えている。そこまでの繋ぎが、好景気なら大きく売れそうなので、比較的短期に開発できるディーゼル車としていた。しかし、売れ行きが不安なら、もう少し先の電気自動車を見て、現在の生産体制をスリム化する戦略が垣間見える。

 一方、ソニーのリストラは、どちらかと言うとある種の機種撤退はあるが、戦術的なものを感じる。まだ詳細は見えないが、成果を出せない管理職の層がターゲットになるのではなかろうか。ソニーは実力主義で、厳しく評価するから、管理職に値しないと評価される場合もありそうである。

 ただここで気になるのは、担当者から管理者になる訓練、又は方向付けができているのであろうか。技術者として、自分の分野を一生懸命務めた人を、幅広い見地の管理者に育てる努力があったのだろうか?

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2008年12月24日 (水)

大企業追求の一原風景

 日経BP社のHPに面白い意見があった。テレビ局は、下請け搾取と、テレビ局にあこがれる追っかけの子達の低コスト労働で、利益を生んでいるとのことである。

 確かに、このように考えると、大企業悪者論も納得がいく。

 どうも、自部の世界で考える人が多いように感じる。しかしそれが世の中に影響を耐える業界だと、困ったことになる。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081222/181016/

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2008年12月22日 (月)

資格取得の補助をする大学?

 本日の夕刊に、
   「大学が学生に対して資格取得の補助を行う」
と言う記事が乗っている。(朝日関西版)

 確かに、資格をとって少しでも就職に有利になって、それで就職実績を上げることで、学生を集めやすくする。この戦術は当然であろう。しかし、これは、大学にとっては諸刃の剣だと思う。採用側の目で見ると以下の様な突込みがある。

その1
 そのようにまでしないと勉強しない学生は、自主性がない。(そんな子いらない)

その2
 奨学金を出すレベルが低いと、そのような大学かと大学自体のランクが下がってしまう。例えば、TOEIC500点で自慢するような学校は、そんなレベルかと低く見られてしまう。

 さて、このような弊害を持つ制度であるが、就活中の皆さんには、これに対する対策を教えておこう。

 単純なことであるが、
  「資格は通過点、取得後も更に上を目指す」
ことをきちんと実行すればよい。これで自主性も示せるし、低いランクに甘んじないとアピールできる。お試しあれ。

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2008年12月21日 (日)

強い首長と弱い首相

 来年度の予算に関して色々な議論が行われている。矢張り、赤字国債依存の大型予算らしい。いわゆるばら撒きである。しかし、これに対して、大阪府の橋下知事などは、無駄使いを止めろと、大阪府の予算では慎重な姿勢をとっている。

 ここで思うのは、直接選挙で選ばれた首長は、
  「財政再建」
と言う強いメッセージを選挙で訴えることができ、その支持を足場に強く政策を推進できる。しかし、国会議員による間接選挙の首相は、単純化して「財政再建」と言うメッセージを送れないのかもしれない。

 そう言えば、郵政選挙でK首相に対抗した、K国会議員は「ばら撒きの申し子」であった。この時、彼らに任せれば
  「もっと金をばら撒き、この国をつぶす」
と言う観点で、K首相側に票を投じた人も多いと思う。

 直接選挙にすれば、財政再建と言う主旨は、結構通るのではないかと思う。

 但し、カリスマ依存になる可能性があり、第一次大戦後のドイツのような、危険性も少し出てくる。

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2008年12月18日 (木)

名ばかり管理職のもう一つの意味

 新聞記事などで、「名ばかり管理職」と言うと、人事権など実際の権限が与えられずに、責任のみ負わせられている人のことを示している。これは、雇用側の都合で、残業手当てを出さないために、管理職の地位につけていることが多い。

 しかし、もう一つの「名ばかり管理職」がある。これは、大手企業に多いが、管理職後意に昇格しても、管理職としての見識もなく、自分の得意な業務ばかりしたり、部下や協力会社への丸投げと恫喝しかできない人間である。

 後者の例は、専門的技術者から、管理者になった場合が多い。管理者になれば、自分の専門以外の分野に関しても、判断することが必要であり、将来の動向などに曖昧な情報での決断が必要である。そのような能力を、若い時から準備しておかないと、『管理職の力のない、名ばかりの管理職』になってしまう。

 このような状況は、近頃多くなってきている。その理由は、業務に余裕がなくなり、しかもパソコンの環境充実で、資料作成など管理職業務を手伝う機会が少なくなり、技術・技能の伝承が難しくなっているのも一因と思う。

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2008年12月11日 (木)

ソニーのリストラについて

 外需の落ち込みのために、各社の人員削減のニュースが広がっている。そこで、注目すべきは、
  「ソニーが正社員を含めて、16,000人を削減する。」
と言う話しである。今まで、日本の雇用関係では、正社員の削減と言う話しには、ある種のタブーがあった。そこまでやるかと言う感じがする。

 日本は、不況でも雇用に手をつけないし、会社もなかなかつぶさない。アメリカは、直ぐ雇用に手をつけるし、会社もつぶす。

 しかし今回の不況では、日本が雇用に手をつけ、アメリカは自動車大手を救おうとしている。お互い変ってきたように思う。

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2008年12月 8日 (月)

アメリカの経済政策は変化するか?

 アメリカの自動車業界の大手会社を、救済するかどうかで、大統領と議会の意見が分かれているらしい。アメリカの政策としては、
  「会社がつぶれることは、新しい会社ができると同様良いことである」
と言う思想があったはず。つまり、
  「新しい会社をどんどん興す、
  一方社会のニーズに合わない会社は、どんどんつぶしていく。」
ことで、時代に合わない会社が、有能な人材等の社会資産を抱え込むことを防いでいる。

 しかし今回は、自動車産業を救済する方向らしい。確かに、自動車産業をつぶすことで生じる雇用問題は、他分野での雇用で救済できないので、今回限りの特例処理かもしれない。但し、これが切り口になって、アメリカの市場主義が舵を切る可能性もある。

 これからアメリカの動きに注意が必要である。

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2008年12月 7日 (日)

全共闘世代のトラウマ

 近頃の新聞を見ていて、気になることがある。教科書「検定」の透明化に関してだが、どうも、「いわゆる右傾化」を心配しているらしい。確かに、その面の心配もある。ただし、別の面もある。一昔前では、
  「北朝鮮の工作員による拉致」
に関して、国会で質問した議員に対して、罵倒を浴びせた、「いわゆる進歩的」な方々がいらっしゃる。(某政党のホームページでは「拉致などない」と言う表示があったらしい。しかし現在は削除している。)

 この罵倒は、1960年代末の全共闘世代には、多く経験したことである。当時彼らの糾弾により、心の傷を負った人も多いと思うが、そのような人たちへの配慮が今ほどはなかった。そのような経験から、「左翼的・進歩的・平和主義」と言う人たちからの糾弾対策にも、配慮が欲しいと思う。

 これと関連して、今朝の朝日新聞で、介護に関する記事があり、渡邉美樹社長の「介護で金儲けするのはけしからん」と追及されるという話しが載っていた。

 どちらも、自分の価値観が絶対と思い込み、それに合わない人間を追求すると言う構図が見える。これは恐いことだと思う。

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2008年12月 6日 (土)

舞鶴の殺人事件について

 舞鶴の女子高生殺人事件に関し、警察の家宅捜査に対して、執行停止の申し立てに対し、最高裁が最終的に棄却を決めた。この申し立てが、
  「前に別の容疑で家宅捜査したから」
と言うひどい理由である。

 これでは別件捜査をしろといっているようなものである。単に操作の妨害のための執行停止としか考えられない。弁護士の業務でも、やってよいことといけないことを、きちんと区別すべきではないか。少なくとも、世論が納得する理由が必要と思う。

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2008年12月 3日 (水)

ピンチをチャンスに変える力

 今の世の中、下請企業たたきなど、不景気な話が多い。

 しかし不景気な時こそ、自分の仕事の改善を進めるチャンスである。利益を自力改善で生み出した企業こそ、このようなピンチを生かして、次へ後からを蓄えることができる。

 就活中の学生さんも、会社を絞る良いチャンスである。この時自分の考えで会社をしっかり選ぶべきである。しかも選ばれる力をつけるのも同じく大切である。

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2008年12月 2日 (火)

何処でも使うべきはハイリッヒの法則

 近頃のニュースを聞いて、もどかしい思いをする。それは、予兆があるのに、それで対処していないで、物事を大きくする例が多すぎるからである。例えば、元厚生次官殺害事件の犯人は、今まで何度もトラブルを起こしている。また、航空自衛隊の元幕僚長は、
 「今までこのようなことは、言っていたのに?」
とテレビで発言していた。

 今の世の中、個人の自由を大切にするのが行き過ぎている。人に迷惑がかかる段階で、きちんと対処すべきである。

 ハイリッヒの法則は、ここでも適用できる。そのためには、行き過ぎた犯罪者の人権保護を、排除しないといけない。

 

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2008年11月28日 (金)

文民統制は何処に行ったの

 自衛隊の田母神・前空幕長の退職金について、色々議論がされている。しかし、これで気になるのは、政府の意見として
  「自主的に返納して欲しい」
と言う言葉が聞こえる点である。これは、一番してはいけないことだと思う。文民統制の原則から、このことに対する指示は防衛大臣が行うべきである。支給する/しないの判断は、政府として行うべきである。どちらにしろ多少の世論批判はあるだろう。しかし、決断は大臣が行うべきだと思う。それが文民統制ではないか。

 自衛隊の武官は、上官の指示に絶対服従が原則である。そのためには、上位者が行うべき決断責任を、下に押しかぶせるのはおかしい。このようなことを行うから、部下の暴走を止められなくなる。

 石破茂元防衛大臣ならこのようなミスはしないと思うが、いかがであろうか?

 

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2008年11月24日 (月)

スポンサー依存

 ある財界団体の大物が、放送内容が気に食わないテレビ局のスポンサーから降りる、と言う旨の発言をしたと言うことで、一部のマスコミが噛み付いている。

 しかし、営利企業として、スポンサーとなる相手を選ぶのは、当然の行動である。特に、日本のマスコミの高コスト体質のため、スポンサーを求める必要が生じている。

 A新聞では、記者たちが高級ハイヤーを乗り回しているし、報道番組と称していながら、年収XX億円と言うタレント(?)を使っている。もっとも、テレビ局では、下請け先をいじめて、経費節減と言う行動は、しっかり行っているらしいが・・・

 スポンサーの行動を責める前に、自分たちの無駄遣いを反省するのも必要ではないか?

 安いコストで番組を作り、好きなことを言っている例もあるのだから。

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2008年11月18日 (火)

雇用確保の責任は?

 近頃の不景気で、派遣社員の派遣打ち切りの話しが報じられている。確かに、派遣先から断られた方々は、生活上でも苦労されていると思う。

 しかし、このことで、派遣を受け入れてきた企業を責める論調は、如何なものかと思う。企業としては、自らの存続が最大の課題であり、そのためには人件費の変動費化は、現状のように国際競争の厳しい状況では、仕方ないと思う。

 失業者の対策は、行政を中心として社会で取り組むべきことであり、個別の企業に押し付ける問題ではないと思う。

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2008年11月16日 (日)

兵庫県知事の資質

 兵庫県知事が、
  「関西経済にとって『関東大震災が起きればチャンスだ』」
と述べたと言うことで、色々パッシングを受けている。そのパッシングは、
  人の不幸を望むのは~~
と言う発想が多い。しかし、リスクに関して冷静にシミュレーションしておくのは、首長としての資質の一つである。

 但し、私は別の意味で、知事としての資質を問いたい。それは、県の経済活性化の施策として考え付くことが、この程度の貧弱な発想しかないと言うことである。経済活性化に、災害頼みでしかなく、もっとまともな発想がないという点は、知事としての資質の低さだと思う。

 災害と言うことで、もう一つ思い出したことがある。前の知事が、阪神大震災の時に、自衛隊に対する災害出動の要請が遅れたために、被害が拡大した。それを理由に、自衛隊の一部に、
   「独断専行を認めろ」
と言う発言が出ている。

 このような知事が2代続くのは、兵庫県民の選挙意識の低さが、影響しているらしい。

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就職活動について思うこと

 今朝の朝日新聞の一面トップは、
  「新卒採用一転抑制へ」
と言う見出しであった。2面には内定取り消しの、現状なども報じていた。そこでは、バブル時代の再来のように、
  「立派なビルで、内定者のパーティーを開いた会社」
が、取り消したと言う話しが出ていた。そこまでして採用及び内定者の確保をしている会社は、どこか無理がある。見てくれだけの建物は、見てくれだけの人材に繋がり、経営の危うさを感じさせる。これが見抜けないで、就職活動をするのは、結局身を誤ることになるであろう。

 私が、今年就職した人たちに聞いた話しで、印象に残っている言葉の一つとして、
  「就活は、学生から大人になるプロセスです。色々な人と出会い、
   教わるものもありました。そして自分の目も鍛えられ、
   生涯設計を考えました。」
がある。特に女性の場合には、自分の体にある、子宮の存在を再認識し、いつ子どもを生むのか、生まれて初めて真剣に考えたと言う話しも聞いた。

 就活している人たちには、厳しい言葉に聞こえるかもしれないが、就活中に成長していく人でないと、内定を得るのは難しいと思う。そして見せかけにだまされない、力をつけていない人は最後まで、置いていかれるのでないか。

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2008年11月15日 (土)

自衛隊が軍隊でない弊害

 自衛隊の元空将の暴言が、色々と報道されている。この根源は、彼が
   「命令に従う義務」
と言う根本的なことを、理解できていないことによる。

 ところで、軍隊ならば命令不服従は、軍法会議で裁くべきものである。重大な不服従は、銃殺刑となるであろう。

 これが、自衛隊なのでそのような制度がないので、彼の命も永らえているらしい。

 しかし、このような見識の人間を、将官とした組織の責任はどうなるのであろうか。このレベルが将官なら海外からバカにされるのは必然である。それこそ、関係者は市中引き回しの上、獄門である。

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2008年11月 9日 (日)

人間を堕落させるのは

 Kプロデューサーが詐欺事件で逮捕されたと言う話しを、ここ2~3日テレビなどで聞く。このような話しの時、いつも思うのは、
  人間は、自分の努力に相当しない報酬を得ると、堕落する。
と言うことである。特に、若い時からちやほやされて、頭を下げる経験がないと、おかしくなるようである。但し、頭を、上げる経験も必要である。現在は、一寸上から押さえすぎで、元気のない若者も多いような気がする。これも困ったものである。

 しかし、持ちつけない金で堕落するのは、日本の、マスコミを含めた、教育環境にも問題がある。どうも、マルクス主義の影響がまだ残っているようで、
   「金持ちは勝手なことをする」
という思想を子供のころから、学校で押し付けられているように思う。そして、マスコミも資本家や経営者の悪い所ばかり穿り出して、子どもに見せている。

 だから、
   「金持ちになって好きな事をする。」
   「国会議員になったら料亭にいく。」
などと言う人種が増えているように思う。

 もう少し、経営者の責任の重みと功績を、皆に示しても良いと思う。

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2008年11月 8日 (土)

マスコミの自覚は?

 岡山県の教育委員会が、新聞記者の取材に関して、見解議員に事前にFaxなどで連絡したと言うことを、議会で追及されているらしい。しかも一部マスコミは、取材の自由を侵す可能性があると追求しているらしい。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081107-00000037-mai-soci

 しかしこれは何かおかしい気がする。
   「記者の名前を報告したことがいけない。報道の自由を損なう。」
と言う議会での質問は違和感を覚える。某県知事のブログではないが、新聞記者の個人の取材姿勢には色々あり、取材者の名前と取材内容は両方とも貴重な情報と思う。

 大体取材に関する秘匿は、マスコミの責任であり、取材を受けた方を追及する姿勢は、おかしいともう。なお、マスコミとの付き合いの教訓として、以下の名言を挙げておこう。

 「あの情報をマスコミで公開しようとしたことに迷いはない。
  しかし、渡す相手を間違えたことは、後悔している。」

 

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2008年11月 3日 (月)

総合職になるには

 昨日、マニュアルどおりしか動けない人間は、正規雇用でしっかり鍛える必然性がないという話しを書いた。そこで、正規雇用になるには、総合職に値する能力を示すのが、一つの手段である。しかし、大学を卒業したからと言って、総合職になれるわけではない。これが一つの誤解である。このような誤解が何処から生じたのであろうか?

 一つの可能性は、戦前の日本軍の見習い士官制度だと思う。この制度は、大学卒業生を、いきなり士官(=小隊長)にして、真っ先に立って突撃させる制度である。つまり、
  「大学へいくということは、国家が色々と補助している。
   その恩恵に浴した人間は、それだけ責任感もあり、
   危険を冒すべきである。逆に、それだけの危険を冒すということで、
   優遇されても部下は納得した。」
と言う発想である。

 この考えが、戦後のしばらくは活きていたようである。また企業も右肩上がり成長の時代では、同じ路線の成長が期待できるので、継続雇用で経験を積むことが、企業と社員の両方で利益があった。これが、崩れたのは、バブル時期に大量採用し、しかも経営方針が安定成長に舵を切ったからである。

 この時の発想は、採用を選別し、本当に蓄積効果がある分野は正社員で雇用し、マニュアルどおりで動く人間は、非正規雇用にして負荷変動に対応するようにする。昨日のモデルで言うと、ルールベースの行動しかできない人間がこれに当たる。

 さてここで、総合職に値する知識ベースの行動は、どうしたらできるようになるのだろうか。私は、以下の2つの力が重要だと思う。
  1.自分の考えを、事実と意見をきちんと分離して述べる、論理性
  2.今まで経験のない状況でも相手の立場を思いやる想像力
特に、論理は三段論法をきちんと使いこなすことである。まず一般原則、そして自分の見た現実、この当てはめをしっかりしていく。また、言葉の定義に敏感になって、他人の定義と自分の定義の違いの可能性を知って対応する。その一方で、相手の立場を想像し、できるだけ思いやりを見せる。特に学校の研究と、企業のものづくりは大きく違うと言うことを、知っておくべきである。

 これらの後に、自由な発想の創造性を、羽ばたかせればもっと良い。

 なおその前の必要条件として、人の話をきちんと聞き、それに応える、対人スキルや、文章を正確に読み取る、文章スキルが重要である。

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2008年11月 2日 (日)

政治はマルチ商法じゃない

 アメリカのサブプライムローンを見ていると、日本のバブル時期に一部であった、不動産投機が多く行われた形跡がある。結局、家の価格がどんどん上る、そのような前提で
  「借金して家を建てて売る。」
と言う発想で動いた人が、破綻している。

 このように、経済成長による資産価値向上などの幻想で、国家を運営しているといつかは破綻する。これは、ある種のマルチ商法に、引っ掛かったようなものである。

 そのようにならずに、現実的に判断し、舵を取るのが政治だと思う。日本では、マルチ商法を擁護する国会議員もいるのだから、困った話である。

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2008年11月 1日 (土)

沖縄ノート裁判について

 「沖縄ノート」大阪高裁判決が出たが、納得のいかない判決である。多くの集団自決に関しては、「軍の関与」があったことは、まず間違いがないであろう。

 しかし、それと個人の名誉毀損と言う問題は別である。

 特にこのような、”戦争犯罪者”に対する、いわゆる”進歩的な知識人”や”マスコミ”の与えて、精神的苦痛に関しての配慮が無い判決には納得がいかない。

 特にマスコミは、いわゆる「百人斬り」報道のために、「戦犯として処刑された人がいる。」と言う重みをどう思っているのであろうか。

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2008年10月27日 (月)

日本のサブプライムローン

 米国で、低所得者向けの住宅融資のサブプライムローンが、返済が滞り大きな社会問題になっている。この問題は、返済可能性のない人間に、無理に貸した点にある。そのような相手を見ない融資は、日本には無いということであった。

 そこで朝日新聞のある投書を見て、やはり日本にもそのような融資があったと、思いなおした。それは、奨学金を代表とする、教育投資である。朝日新聞の投書では、
  「奨学金の返済を要求されたため、働かざるを得ない」
と言う主旨であった。これを見て、あいた口がふさがらない。奨学金も借金であり、
  「借りた金を返す。」
と言う人間の基本ができていとよくわかった。しかし、この話し以外でも、教育投資に関しては、不良債権化しているものが多いように思う。

 もう一つ言えば、奨学金は
  「18歳人口激減期の大学の経営危機対策」
として、大学進学者と滞留者を増やすために、政策的にばら撒いた制度に見えてきた。

 これについては、「高学歴ワーキングプア」が良く書いている。

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2008年10月26日 (日)

救急医療の問題点

 産科の救急体制で対応できないため、死亡事故まで発生している。そこで気になるのは、医師の不足ばかりが、話題になっている点である。特にある所で、
 「医師に雑事を多くさせすぎる」
と言う意見があった。

 私は、雑事と言う表現に不安を感じる。まず”雑”と言う表現には、ある種の価値判断を含み、「低く見る」傾向がある。さらに、雑と言ってしまうと、業務の細部が見えなくなる。そのように細部が見えないと、改善ができない。

 今回の医療問題は、システムとしての対応が必要と思う。まず医師でないと絶対できない業務と、それ以外の人間でできる業務の分離が必要である。そして、誰又はどのような設備で、代行できるか検討すべきである。例えば受け入れ可能病院を探すなどの話は、全緊急医療病院の稼動状況を、中央でモニタするシステムなどあっても良いと思う。

 もう1つ言えば、「~でないとできない」と言う理由で、個人負担が大きいと言う話しは、ソフトウエアの世界でよく聞いた。この対策として、プロジェクト管理をしっかりして、一部の人間にかかる負担を軽減し、無事プロジェクトを完遂する仕組みができている。

 さらにもう少し言えば、ソフト業務で長時間残業があれば、厚生労働省傘下の労働基準局などで、お叱りを頂く。医療の世界の管轄も厚生労働省と思うが、どうなっているのだろうか?

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2008年10月21日 (火)

ケインズの発想では?

 今回の世界的な不況の影響がこの国にも及んでいる。そこで政治は、公共事業投資などで、景気を刺激するという、いわゆるケインズ主義をとるという。

 しかしうっかりすると、これはばら撒きになる。アメリカのサブプライムローンを見ても、下手なばら撒きの行き先は、悲惨なものになる。

 さて、ばら撒きは本当に悪いのだろうか?ここで一つの答えは、バングラデシュのマイクロクレジットであろう。本当に金を必要とし、自ら働く人に必要なものを貸す。これは公共で行う価値がある。今までの既得権益に、胡坐を書いている人間へのばら撒きは、あまり望ましくない。

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2008年10月18日 (土)

指導力不足の教師について

 今朝のNHKニュースを見ていたら、指導力不足の教師は全国で371人で、内60%が勤続20年以上のベテランが占めていると言う放送があった。これを見て最初に思ったことは、
 「ベテランは新しい教育技術などについていけないからかな?」
 「そのような評価は、ペーパーテストで行っているのかな?」
と言う感じで、対人能力に関しての問題とは思っていなかった。逆に、ペーパーテストだけで試験したら、対人能力など基礎的スキルを見落としていないか心配であった。

 しかし、NHKのホームページhttp://www.nhk.or.jp/news/k10014808991000.htmlで見たところ、子どもとの信頼関係を築けないなど、対人能力にも問題があるらしい。これはひどい話である。そのような教師が、20年も勤続していたと言うことが、問題である。

 若手教師は、指導力不足になる前に、研修するから指導力不足は少ないと、文部科学省は言っているが、今まで問題教師を野放しにしていた責任は、大きい。

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2008年10月17日 (金)

根本的な対策を

 町を歩いていると、ATMの傍に警官の姿を見かける。振り込み詐欺の対策と言うことで、大変なことだと思う。

 しかしこれだけの人手をかけるなら、いっそ犯人をつかまえて欲しいものである。振り込み詐欺らしい、電話を受けた被害者と協力できれば、犯人をつかめることもできるのではなかろうか?

 これが出来ないのは、この国の警察は、色々縛られているからかもしれない。曰く、
  「おとり捜査禁止」
  「民事不介入」
等等。

 振り込み詐欺を防ぐには、民事介入を積極的に行い、怪しげなやからから民衆を守る力を示すことが、必要ではないか。昔の駐在さんの、なんでも相談役が、復活して欲しい。

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2008年10月14日 (火)

ノーベル賞の副作用

 日本人のノーベル賞が4人と言うことで、世の中では騒いでいる。実際は2方は米国人と言う方が、適当かもしれないが、少なくとも物理学賞のお3方は、日本での研究と言っても良いだろう。

 さてこの様な表彰の話しが出ると、その後
  「個性の重視。好きなことをやれ。」
と言う議論が出てくる。

 しかし、このような表彰を受けた人たちは、高度な基礎をきちんと習得した上での成果であることを、忘れてはいけない。

 個性を活かす前に、きちんとした基礎を身につける重要も、しっかり考えて欲しい。ポランニーの『暗黙知の次元』をもう一度きちんと読み直して欲しいものである。

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2008年10月13日 (月)

法科大学院の合格率について

 法科大学院卒業生で、試験合格者が0と言う大学院が多数あるらしい。そこで大学院の廃止論と、切り捨て反対と叫ぶ某法科大学院長のコメントが、今朝の朝日深部に載っていた。

 この話しには、根本的な原因究明と、あるべき姿の議論ができていないと思う。まず落第した人間の多くは、短答式問題が合格できなかったと聞く。これは、基本的に文章理解の力や、論理的な推論・記述の能力が劣っているのではないかと思う。文章理解に於ける、正確さとスピードは、仕事を行う上での基本スキルである。これが身についていない人材が、人の命や財産に大きく影響する、法曹業務に従事してよいのだろうか?

 そこで、「法科大学院と言うのは何であるのか?」と言う議論も重要である。まずどのような人材を受け入れて、どのような教育をして、どのような人材を生み出すのか、これが明確になっていないように思う。

 法科大学院として、文章の読み方まで訓練するのか、特にくり返し訓練を行って、本当に身につくまで鍛えるのか。ここまでの覚悟と、教育陣容をそろえているか、大学院の意味を含めた議論が必要である。

 ただ単に法学博士を揃えただけで、大学院ができると考えるのは、間違っている。

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2008年10月 9日 (木)

お粗末な政治家

 今回辞職した大臣殿は、昔文部大臣だった時に、
   「日教組が強い所は成績が悪い」
と言うことで、全国の学力テストを実施したと言うことを聞いた。

 しかし結果が、そうでなかったので、もうやめたいと言うことである。少なくとも試験方法を変えるなり、自分の仮説を変えるなど、柔軟性が一つもない。こんな風に単純な発想しか出来ないような人間が、大臣になるとは、この国はもう駄目かもしれない。

  

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2008年10月 4日 (土)

橋下弁護士の矛盾

 光市の母子殺害事件の弁護士に対する、『懲戒請求の扇動』と言うことで、大阪府知事になった橋下弁護氏が敗訴した。この件に関しては、橋下弁護士のやり方に色々批判がでている。

 しかし、彼が言いたかったことが、本当に裁判で認められる可能性が、あると考える方が間違っている。彼の主張は、現在の裁判制度に対する批判であった。

 まず、『被害者の復讐権や、弁護士の発言による感情的な被害』に対する現行の裁判制度の配慮がない。これは前から言われた言葉であるが、「レイプ犯罪の被害者は2回辱められる。1回目は暴行で、2回目は被告弁護士の反対尋問で。」と言う現実が少ししか改善されていない。

 もう一つは、法曹関係者に対する、素人の意見表明手段の公開である。これは、従来知れていなかった、弁護士に対する懲戒請求を、制度として明確化した点は大きいと思う。

 但し、これは現在の裁判制度に対する批判であり、これを裁判で争う限り、橋下弁護士の敗訴は見えていたと思う。

 やはり橋下氏は大衆の指示に頼る政治家が似合っている。

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2008年9月29日 (月)

資本主義と倫理の問題

 アメリカのサブプライムローンの問題と、中国のメラミン牛乳、そして事故米の偽装事件、これはどれも、倫理のない資本主義の暴走といえるのではないか。

 その逆は、バングラディシュのグラミン銀行のマイクロ・クレジットであろう。グラミン銀行の話しを読むと、ヴェーバーが資本主義の精神、プロテスタンティズムの禁欲主義倫理と呼んだモノが見えてくるようにある。

 特に、ヴェーバーは、資本家・労働者の両方に禁欲的倫理の存在を見ている。この両者を考えることが重要と思う。

 

 

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2008年9月28日 (日)

政治家の世襲について

 今回の内閣は、二世三世が多い。更に、小泉元首相が引退して、その後に子どもが立つという事で、批判をしている向きがある。

 しかし考えてみると、国会議員の世襲に関しては、会社経営の世襲とは一寸違っている。経営者の世襲は先代が決めれば、自動的に引き継げる。しかし国会議員には、選挙と言う関門がある。先代が良くても、子どもが駄目なら落とせばよいのである。

 選挙民が選んでいることを、周辺やいわゆる”知識人”が批判するのは、民主主義と言う根本を理解していないのではないか?例えば、陳情受付・地元利権誘導しか考えない政治家を選ぶ、これも民の自業自得である。

 大阪の橋下知事はこのことを一番良く理解しているように思う。

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2008年9月27日 (土)

新聞記事を見て色々

その1

 あるテレビ番組で、事故米処理の件に関して大事な指摘があった。

 「事故米を業者に売った総量と、日本の糊の生産量を考えれば、
  矛盾を感じない農水省の官僚はおかしい。」

 これはもっともなことと思う。国家の高級官僚たるもの、国家の動きをマクロな数字で把握するのは、基本的な能力である。このような基本的な力が失われているとしたら、他にも大きな事件が起こりそうな気がする。国家への信頼回復のためにも、根本的な対策を期待したい。

その2

 某失言大臣の発言から
 「日教組の子どもなんて成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低いんだ」

 これに対する反論は、まず現実的に、日教組の組織率と成績はあまり関係がないというデータがでている。

 そこで、ここではもう一言裏読みをしてみたい。確かに日教組の動きが、能力の低い教師を保護する方向に動けば、低位安定の仲良し学級になり、成績低下に繋がる可能性がある。しかし、反政府色が強く、文部科学省の指導に反発すると、今の指導要領よりは、良い教育が行われる可能性もある。どちらが利いているかであろう。

 ちなみに、大分県の教員採用に関しては、教職員関係者ルートの腐敗と、県会議員などの口利きを両方評価したほうが良い。最終的には、県内の就職口として、教師や地方公務員しかないと言う県政の問題が真因ではないか?

 なお、このような失言名人は、朝日新聞は「素粒子コラムの執筆者」にスカウトしてはいかがかな。こんなこと言うと、朝日新聞から”死刑執行人”を派遣されたりして・・・

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2008年9月23日 (火)

文部科学省はなぜ厳しく言えるのか

 事故米処理のニュースなどを見ても、農水省の対応は、業界に対して腰が引けているように見える。確かに、事故米を押し付けて、しかも「だまされて米の粉を効果に購入した」善良な業者まで被害が及ぶ状況では、風評被害などの考慮も必要であろう。しかし、
  「国民の健康を守る、そのために決めたことは、きちんと守らせる」
この原則は崩してはいけないと思う。当然、農水省の中からも責任者の処罰は必要である。

 さてここで、文部科学省と学校の対応を見ると、どこか
  「駄目な学校はつぶす」
と言う雰囲気を感じる。

 この違いはどこにあるのだろうか?一説は、天下りなど業界依存度の違いである。しかしもう一つ、違うような気がする。文部科学省は、学校の指導などたくさん通達など文書で仕事をすることがあり、学校と直接話すより、少し距離があるように思う。一方、農水省は何か業界と、密に繋がっている様に思う。現場主義といえばよい面である。しかし癒着となると困った面である。

 科学的・論理的なのが、文部科学省と言うのは、名は体を表すでよいのだが、感性や人情などの側面が弱くならないか、心配でもある。

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2008年9月20日 (土)

食物関連のトラブルと農林水産省の対応について

 三笠フーズをはじめとして、今食品の不正流通と、偽装の問題が大きな問題となっている。そこで、農林水産省の対応を見ると、なんともひどいとしか言いようがない。まずこの問題の根本は、農林水産省が、輸入した米の中に、禁止農薬などが混ざった、事故米があったと言うことから始っている。

 この事故米の処理を、該当国に送り返すなど、敏速かつ毅然とした処理をしていれば、このような問題は生じていない。また、送り返すことが出来なくても、事故米の存在を公にし、廃棄処分をするか、確実に工業材料として処理する能力のある業者に、直接渡しておけばこのようなことは起こらない。いわば、産業廃棄物の処理と同じように、きちんと管理した処理をすべきであった。

 つまり、今回の真因は、農林水産省の『トラブルを正直に認めず、処理を業者に丸投げする体質』である。

 なお、現在では、不正流通を行った、三笠フーズなどには、確実な制裁を加えるべきであるが、本当に該当食品を食べた場合の、人体への影響を研究成果として公開すべきであろう。実際問題として、大量に継続的に食べれば、人体への影響はあるかもしれないが、現状の流通量での被害は、まだでないのではないかと思う。そのようなことは、数値として公開すべきであろう。

 また、一般市民に解かりやすく説明するには、じたばたしない元農林大臣や、責任を感じない次官殿に、しっかり事故米の一番汚染の大きい部分を食べてもらって、検証したらよい。ついでに、このような大臣を選挙区で応援した、後援会や事務所に食べてもらうのも良いだろう。選挙で選ぶには、それなりの責任が伴っていることを認識してもらいたい。

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大阪府教育委員会の対応について

 大阪の橋下知事が、府下の各市教育委員会に、全国統一の学力テストの成績を、公開せよと迫っている。それに対して、色々な抵抗があるらしい。その言い分の一つを見て、笑ってしまった。

  「成績だけで全て評価してはいけない!」

 生徒の人格を、成績だけで評価できるわけはない。そんなことは常識である。しかし、学問の成果については、とりあえず客観的な試験で測ったデータは、全般的な傾向を示すには有効である。そして、客観的にわかる情報を、公開することは、ものごとの悪さを改善する一歩である。

 そして、成績を無視したら、今の学校制度の値打ちもなくなってしまうのではないか。更に成績を、無視したら教師の権力もなくなるのではないか?

 何かおかしい議論のように思う。

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2008年9月19日 (金)

ANAのシステム障害について(結果)

 前に、ANAのシステム障害の原因を、時刻処理の問題と予言したが、ものの見事に外れてしまった。私の予想は、これだけ多くの部分で動作不良がでるのだから、共通的な処理に原因があると考えていた。

 しかし結果はものの見事に外れてしまった。原因は、乱暴に言うと、各所にある端末が、中央のデータを読み書きするための、認証の期限切れだった。確かに、新規設置から、一定期限が来れば、同時に皆期限切れになるのは納得する。

 とは言っても、このような事態が生じるとは、信じられない。その理由は、

 1)このような期限がある時には、期限切れ前に警告を出すのが常識である
 2)認証エラーと言う状況は、プログラムの欠陥より早く判明するはず。
  原因究明に時間が掛かりすぎる。

である。

 根本的には、このような期限を設定し、しかも期限前の警報を出すように考えない、システム設計のミスである。しかしこの程度は、運用側も踏み込んで対処して欲しいと思う。

 IT化しても、設計や使い方がしっかりしないと、危ないものがある。

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2008年9月18日 (木)

軍事行動の変化

 NHKテレビでアメリカ軍人のPTSDについて報じていた。色々な側面があると思うが、イラクの戦いなどでは、第二次大戦までとは根本的に違う面がある。

 つまり、
   「ゲリラやテロリストは軍人ではない。軍服を着ていない。」
と言うことである。軍服は一般市民を巻き込まないための服装である。また、戦場で攻撃力を明示するものである。だから、戦場でも平服の人間を攻撃することは、重大な国際法違反である。逆に、軍服を着ないで交戦することも、国際法違反であり、スパイとして処刑されても仕方ない。捕虜になる権利すらない。

 このような軍服を着ないテロリストとの戦いでは、無差別攻撃が起こりやすく心理的不安も大きくなると思う。

 更に、交戦規定を満たすため、相手に先に攻撃させるため、戦争用のロボットが開発されるように思う。

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2008年9月15日 (月)

ANAの受付障害について(予測)

 昨日の、ANAの予約システムの障害について、一つ予言をしておく。的中すれば拍手喝采をお願いしたい。

 私の直観では、UNIXシステムの、日時計算の障害である。2038年1月19日以降になると、システムが正常に動作しなくなるという「 西暦2038年問題」が何らかの形で発生したのではないかと思う。

 予約システムでは、年月日を連続した値に変換するが、32ビットで表現した時の、限界が2038年1月19日である。しかし、この日の前でも、計算中に足し算や掛け算で、この値をオーバーすることがある。

 このような原因ではないかと直感的に思った。

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大相撲の不祥事について

 大相撲で大麻問題など不祥事が発生している。そこで、親方が弟子の指導と言う言葉を聞いた。しかし、本当にできるのだろうか?

 ある落語家が面白い話をしていた。

  「相撲部屋は、弟子に来てくれと言う。そして、
   弟子が貰う金で親方は生活している。
   一方落語家は、弟子志願者が来ても断る。
   何度も断ってもそれでも来るものだけ弟子とする。
   そして弟子に小遣いを与えて、養ってやる。」

この違いは大きい。このような人集めをして、更に収入の構造が現役力士依存では、親方の指導などできるのであろうか?

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2008年9月13日 (土)

今朝の新聞記事から

 今朝の朝日新聞を見たら、一面で困った記事が載っていた。「公貧社会」と言う特集で、「節税のためのマンション投資」をしている人の話である。これを見ると、またマンション投資会社から、しつこい電話が掛かってくると思った。

 確かにマンション経営の会社にも、しっかりした会社もあるだろう。しかし私の家に電話を掛けてきたのは、断ると「俺はヤクザだ」と脅迫まがいの発言をしている。このような業者の常套手段は、「xx新聞で取り上げた」である。

 新聞社の人たちも、自分の記事がどのように使われるか、気を配って欲しいものである。

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2008年9月 7日 (日)

マスコミの対応について疑問

 先般、大阪の国際児童文学館について書いたが、朝日新聞の記事に関して、もう一つ別の観点から議論したい。

 それは、マスコミの対応である。橋下知事の私設秘書が、勤務振りを盗み撮りしたと書いているが、その国際児童文学館の勤務振りに関しての取材がない。

 正義の立場を、マスコミが振りかざすなら、その勤務振りに関しても独自の調査をすべきと思う。

 なにか、現場を離れた記事が一人歩きをしているように思う。

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2008年9月 6日 (土)

大阪の国際児童文学館について

 本日の朝日新聞の夕刊で、大阪府の橋下知事が、大阪の「国際児童文学館」の職員の仕事ぶりを、”隠し撮り”したと言う記事が載っていた。確かに隠し撮りと言うと、聞こえが悪い。しかし、知事がここまでしないといけない状況になった、原因を明らかにすべきである。

 私の知り合いも、昔自分の学校の生徒を、国際児童文学館に連れて行ったが、ひどい対応に、怒り捲くっていた。具体的に言うと、
  「この文学館は、某大学の偉い先生の研究のためのもので、
   お前ら下賎な者の来るところではない。」
とあしらわれたのである。

 しかし、国際児童文学館の廃止の議論になると、非常に立派な施設と言う話しばかりが、マスコミや議会から出てくる。一部の学者達が私物化した場合にも、文化的と言う隠れ蓑に、口が立つ場合には、反論がしにくい。

 そのような場合には、現実の映像で対抗するしかなくなっている。橋下知事がそこまでやると言う実行力を高く評価する。

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2008年9月 5日 (金)

伊丹空港に関して

 関西の空港に関して、色々議論があるが、伊丹空港の存続に関して、一つ欠けている観点がある。

 それは、事故発生時の波及の問題である。そもそも、関空を作る時の議論の一つに、
  「伊丹空港で、離着陸時の事故が発生したら、民家密集地に
   航空燃料を撒き散らし、大きな火事を引き起こす可能性がある。」
との話しがあったはずである。当時から、パイロットにとって、世界で一番気を使う空港の一つとして伊丹空港の悪名は高かった。

 その当時から、家の構造は変って、騒音問題は解決した様に見える。しかし、事故発生時の危険性は、少しは耐火性が良くなっているかもしれないが、変わりないように思う。誘導装置の進歩で事故発生確率は、低くなっているが、0ではない。

 このような事故が起これば、伊丹空港存続論者の、兵庫県知事や近隣市長の責任追及がまた起こると思う。(某国会議員・・・) 

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2008年9月 2日 (火)

福田総理の辞任について

 昨日福田総理が辞意を表明した。私は、福田総理の政治力や決断力には疑問を感じていたが、今回の辞任タイミングは、自民党の政権維持にはべストのタイミングと思う。なぜなら、最大脅威の民主党が、無投票で党首を決めた直後に、自民党の総裁選を行って、世論を盛り上げる。少なくと今の支持率よりは向上するだろう。

 これを考えると、今回の辞任は良い判断と思う。

 しかし政権にあった総理の決断で、褒められそうなのは、辞任だけと言うのは、寂しいものである。

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2008年8月31日 (日)

大阪の成績

 先ほど行われた小中学校の学力テストで、大阪府の成績が思わしくないと言う事で、橋下知事が怒っているらしい。特に国語の成績が悪い。

 この理由を考えてみた。一つの仮説は、
  「大阪人は人の言うことを聞かない」
からではないか。

 ある人曰く、
  「東京ではお上の言うことをよく聞くようにしつけている」
と言うことらしい。

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ワーキングプアに関して雑感

 ワーキングプアに関して、大学進学率の増加の問題と絡めて、思うところを書いてみたい。

 まず、働く側の金銭的な側面から考えてみよう。例えば、高校卒業で就職した場合と、大学院博士課程前期まで進んで就職した場合の、教育投資額は、生活費まで考慮すると、低く見積もっても1000万円を超える。それを、60歳定年までの35年で回収するとしたら、年間で30万円は高卒の労働者より高い賃金で無いといけない。実際はこの計算は、金利面を考慮していない非常に甘い値で、本音はもっと欲しいであろう。

 しかし、彼らを雇用する側から考えてみよう。上で書いた、高額給与の労働者は、総合職又は専門職と言うことになる。前にも書いたが、総合職といわれるには、「デキルやつ」でないといけない。言い換えると、「現実の状況に的確に認識し、問題の本質を解決する」能力が必要である。さらに、このような仕事では対人スキルも重要であるが、これが大学生活で身に付いているかは、大いに疑問である。一部大学では、企業との共同研究などで、鍛えられる場合もあるが、例外的な話しである。

 このような観点で、見るとかなりミスマッチがあるように感じる。

 また長期的にみると、ワーキングプアの人たちは、スキル向上の機会が少ないのが、問題と思う。そこで、大学時代にそのようなスキルの基礎が身に付いているか?その後も、自己学習能力が生きているかが、ポイントと思う。ここで、スキルと言ったのは、単なる知識だけでないと言うことである。

 大学のしっかりした厳密論理の世界、企業の油まみれの総合的観点でのものづくり、この両者の違いを知った上で、必要なスキルを身につけることが重要である。

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2008年8月21日 (木)

Web上での攻撃ということ

 毎日新聞の海外向け記事で、ネット上で攻撃を受け、炎上したと言う話を聞いた。確かにネット上での攻撃は、激しくなる。
  「発言者の名前が、見えないという条件では、発言が過激になる」
というのが、既存マスコミの言い方らしい。

 しかし考えてみると、日本のマスコミも、結構過激なことをやっていたと思う。某新聞の取材を断った、ロケット工学の草分けのI 教授は、その新聞のキャンペーンで、大学の席を追われたと聞く。毎日新聞は、自分が振り回した権力と別の権力がネット上に出現したので、恐がっているのではないかと思う。

 

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2008年8月12日 (火)

奈良の仏教について

 奈良のマスコットキャラクターについて、仏教界から色々意見があるらしい。しかし、奈良の仏教界は、そんなこといえるのだろうか。

 明治の廃仏毀釈の時に、京都から、「今日から仏教は廃止である。僧は還俗せよ、もし希望があれば春日神社の神官にしてもいい」という書付で、仏様を薪にした。魂を密教の方法で抜いて、薪にして風呂をわかし、仏風呂といった。

 これは、司馬遼太郎氏の話しだが、これは十分信じられる。

 しかしこれと比べれば、鹿の角など、可愛いものだと思う。

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2008年8月11日 (月)

個人の人権について

 この時期になると、前の大戦の話が色々出てくる。そこで、一つ気になることは、
  「個人としての軍人の人権は、どうなっているのであろうか」
という問題である。例えば、
  「南京の百人斬り」
の名誉毀損事件では、戦犯として処刑された、2人の軍人の遺族が、マスコミの「誇大表現」により、戦犯となったので、その名誉を晴らしたいと訴えている。しかし、一部の進歩的な、知識人などが追及している場合には、旧日本陸軍の行った戦争犯罪に関して、個人を責めたてているように思う。

 しかし、この訴訟で気になることが、もう一つある。高裁の判決の理由は、
   「百人斬りに相当する事象が無かったと証明できない」
である。これは立証責任が原告側にあるという観点である。しかし、マスコミと一個人の遺族という力関係を考えれば、弱者である個人に対して、もう少し裁判所も配慮して欲しいものだと思う。

 そうい言う意味では、松本サリン事件での、誤報に対してマスコミが頭を下げているのは、少しはましになったのかもしれない。

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2008年8月 4日 (月)

弁護士養成過剰について

 新聞で、弁護士の過剰が問題になっている。確かに従来年間500人の合格者しか出なかった司法試験で3000人も合格させるのは、過剰感も出るであろう。

 さてここで、過剰に関して反論を述べているのは、弁護士会などが主力であり、大量合格による弁護士の質低下を、憂えている議論が多い。確かに、質の低下は重要論点である。 

 一方、人数が増えて選択肢が増えれば、自然淘汰により、質の劣る弁護士が排除され、結果として、一般人の利益になるという議論がある。これは、アメリカ流の発想といわれている。確かに、アメリカは自力で戦い抜く人間を重視している。さらに、能力の有無は裁判等で決着をつけるという発想も、カーボーイ国家というにふさわしい。

 しかしながら、この議論で二つ大切なものが抜けている。その一は、人材の有効活用の観点であり、その二は彼らを育成するための、国家資源の浪費である。当人が、能力不足で弁護士として活躍できないのは、自業自得という見方もあるだろう。しかし、彼らが別の業務に従事したら、もっと成果が出たかもしれない。少子化時代を迎えて、このような人材の浪費を、見過ごしても良いのであろうか。

 さらに、大学教育ということには、国家の資源を色々な面で使用している。成果の見えない分野に資源の投入が許されるのであろうか?これは、就職口の無い、博士を量産している、大学の大学院重点化とも関連しているものがあるように思う。 

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2008年8月 2日 (土)

朝日新聞を読んで

 今朝の朝日新聞を読むと、法相に対する「死に神」発言の言い訳が、載っていた。

  犯罪被害者に対する、言い訳が主であったが、2つの点で私は不満である。

 その1
 死刑執行に当たる、実務担当者に対する配慮がまったく感じられない。同誌のコラム”素粒子”の「永世死刑執行官」と言う発言には、職業差別意識が明らかに感じられるが、その面からの反省は感じられなかった。死刑執行に当たる方々は、公務員であるため、反論しにくい立場であるが、そのような立場の人にこのような暴言を吐くのは、マスコミとして許されることではないと思う。

 その2
 死刑は、法律に基づいて行うものであり、
  犯罪被害者にその責任を負わせることは
 決して行ってはいけない。

 この観点は、朝日新聞には根本的に抜けているのではなかろうか。光市の母子殺害事件の時にも、被害者家族に
 「この判決で死刑へのハードルが下がったことに対する意見」
等の主旨で質問したのは、朝日新聞の記者であったと聞く。

 被害者に対して、さらに人の命の責任を負わせるようことを、マスコミの権力を持って押し付けることは、許されることではないと思う。

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2008年8月 1日 (金)

伊丹空港の存続について

 昨日大阪府の橋下知事が関空の問題と関連して、
  「伊丹空港の存続について議論すべし」
と発言した。とうとうやった。そもそも橋下知事は、大阪の北野高校出身で、伊丹空港への侵入路の下での生活体験がある。さらに、関空設立時の、伊丹空港関係者の、強烈な
  「伊丹空港廃止論や発着制限論」
も体験しているであろう。関空を作った論点のひとつは、
  「伊丹はもう限界で、しかも陸上の侵入路は、
   近隣住民への騒音や事故時の負担が大きすぎる。
   海上空港しかない。」
であった。但し、時代の流れで、航空機の低騒音化や家屋の防音化が進行しているが、ついこのごろまで、伊丹や豊中等の近隣自治体でも、伊丹空港の騒音被害の議論が必ず出て、国に対して対策予算を請求していた。

 さて、この橋下知事に対し、兵庫県知事からは、直ぐに論外との反論が出た。そこで気になるのは、関空以上に負担が気になる神戸空港である。神戸をしっかりして、伊丹は別途活用という議論があっても良いと思う。

 もっとも、大都市の神戸のことは、兵庫県は知らない。神戸市は独自で、借金の塊として自滅しろと言う、兵庫県の意思表示かもしれない。

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2008年7月30日 (水)

新聞の比較

 ここ2日ほどの朝日新聞の記事に、気になる部分があるので、産経新聞に当たったら、納得した話しがあった。

その1 愛知の中学生の元担任傷害事件
 少年が調べに
  「厳しく指導されて対人恐怖症になった。~一部略~復讐するつもりでやった」
とだけ記述している。これだけ見ると、刺された教師にも、問題があるように思う。そこでもう一歩情報が欲しいと思ったら、産経新聞を読むと、元同級生の意見として
 1.加害者は、おとなしいが、切れると人格が変った
 2.被害者は、細かいことをくどく指導する面もあった
と言うことで、状況が分かった。

その2 橋下徹 大阪知事に関して
 朝日新聞、7/29夕刊(関西版)の9面で、「人生は競争力」原動力に
 と言う記事で、気になる表現があった。

 部分的な引用では、誤解を招くかもしれないが、
<記事の要約>
 橋下知事は、関西財界の首脳から
  「君も知事になって毛並みが良くなったね」
 と言われて、「僕は絶対に許せません」と感情をあらわにした。

 周辺意見として「触れたくないところを踏みにじられた」と補足
 理由として、小学6年生のとき東京から、大阪市東淀川区の府営住宅に移り住んだ。大阪市が69年に指定した同和地区の児童や生徒が通う小中学校の校区だった。

 その後、努力に関する話になるが
<以下省略>

と言う内容で、これを見ると、朝日新聞記者は同和地区出身と言うことが、「触れられたくないこと」と言う価値観を持っているように感じる。

 本件に関しても今朝の産経新聞(関西版)では、橋下知事は同和地区の中学校の出身であるが、行き過ぎた同和行政に関し、中学時代から反発していたと言うエピソードを載せている。

 どうも、朝日新聞の記事だけ見ていると、危ないような気がしてきた。

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2008年7月29日 (火)

大阪府民の空気

 大阪府の予算が決まったようだ。経費削減計画を100%出来たわけではないが、やはり合格点と言うべきであろう。これは、橋下知事の個人奮闘もあるが、大阪府民の
  「借金財政を解消すべき」
と言う、「空気」が出来たことも大きいと思う。

 そこで、面白い本を一冊見つけた。「司馬対話選集5日本文明のかたち」の山本七平氏との対談p264~p265で、大阪人の現実主義を、
 「大阪の人間ばかりに内閣を組織させていたら、太平洋戦争はやらなかった」
と表現している一節があった。

 これぐらい現実性のある、大阪人なら財政再建に対して、肯定的な空気が生まれるのは当然かもしれない。

日本文明のかたち―司馬遼太郎対話選集〈5〉 (文春文庫) Book 日本文明のかたち―司馬遼太郎対話選集〈5〉 (文春文庫)

著者:関川 夏央,司馬 遼太郎
販売元:文藝春秋
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2008年7月26日 (土)

部分情報の恐さ

 先ほど書いた記事に関連して、もう一つ部分情報の恐さの実例を書いておく。

 ピアニストは指先で考えると言う本の一つのエピソードである。

 某週刊P誌の記者が、ピアノに関して調べることがあり、この本の著者の”青柳いずみこ先生”に電話で問い合わせたと言う話しである。そこで、なぜ青柳先生を選んだかと言うと、
  「電話帳の五十音順で上から架けました。」
という話しであった。

 この話し、背景をもう少し説明しておくと、青柳いずみこ先生は、演奏家としてもドビュシーの全曲を演奏すると言う、偉業を成された方であるが、音楽理論のほうでも昔に博士号を取得された、理論と実技の両面の巨人である。さらに、文筆業でも独特の成果を出されている、いわば恐ろしい人である。

 このような人に、取材するなら、色々な面で事前情報収集しないと、火傷をすると思うが、
 「電話帳の一番上に電話する」
ような安易な姿勢で、仕事をして良いのであろうか。

ピアニストは指先で考える ピアニストは指先で考える

著者:青柳 いづみこ
販売元:中央公論新社
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ネット社会の仕事のしかた

 日経BP社のホームページで面白い記事を見つけた。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080724/166135/
 「新聞記者の就職面接をしていたら、新聞を取っていない子が多く受験している。」
と言う、大ベテラン記者の怒りの話から始っている。さらに、
 「新聞記者がネットで検索して仕事をした気になる。」
と言う怒りが続いている。この話しは、さらにネット社会の便利さに溺れて、近道ばかり歩く人間を戒めている。

 確かに、仕事にはスピードが大切である。しかし、じっくり考えることももっと大切である。ネットで、仕事のスピードが上ったら、その分大切な書物を読む、この習慣が少なくなっている。この記事で戒めている、分からない言葉をGoogleで検索した場合でも、一つの記事で分かったつもりになるのではなく、複数の記事を見る。場合によっては、引っ掛かった見当違いの情報を、面白く読む。

 このような、一つの道の周辺も読むことで、しっかりした知識にすることができると思う。

 このブログに、偶然行き合わせた皆さんも、色々読んでいただければ、きっと得るものがあると思います。アクセス数向上のコマーシャルです。

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2008年7月20日 (日)

裁判結果に対する意見

 旧長銀元頭取ら3人に逆転無罪の判決が出た。http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20080718-00490/1.htm

このことに対して、あるテレビで評論家が
  「嘆かわしい判決」
とコメントしていた。これに関して、私は、納得できない。

 まず、この事件は
  「銀行の経営破綻を、国民の血税で救済したのだから、
  経営陣の責任を取らせるべき」
と言う国策の訴追の傾向がある。しかし、歴代の銀行の経営陣や、監督責任のある大蔵省役人、そしてバブル景気をあおった、または危険性を抑制しなかった、一部の大学教授・経済評論家やマスコミ等、広範囲に渡る、関係者がいると思う。そういう意味では、戦犯をABCのランクに分けて、全員を裁く、新東京裁判を行わないといけない。もっとも、前の東京裁判でも、戦争に協力した各新聞社の罪が追求されたとは、とても思えないが・・・

 さて、私が頭に挙げた評論家の意見に納得できないのは、今回の被告個人の人権を、まったく無視していることである。どのような、被告にも自己弁護の権利がある。特に今回のような事件では、責任が本当にあったか、合理的な疑問は十分にある。このような状況では、被告が無罪を主張するのは当然である。確かに今回の無罪で、国税投入の犯罪の責任者が、誰もいないことになった。しかしこれは、捜査する検察等の問題で、裁判所の判決に対して、文句を言うのはおかしいと思う。

 このような発言が出ることこそ、嘆かわしい。

 なお、沖縄の集団自決に関しても、組織としての軍の関与や、圧力は当然あったと思う。しかし、個人の軍人の名誉毀損に関しては、個別に審議すべきである。

 個人を組織の代表として、スケープゴートにするのはおかしい。銀行の公的資金投入で代表的に処罰するなら、歴代の大蔵大臣ぐらいであろう。

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2008年7月 7日 (月)

米をもう一度見直そう

 米の減反をまだ行っていると聞いて、少し驚いた。世界中では、食糧危機の地域が多い。しかも、日本の食料自給率は低い。こんな状況で、米の減反をするのは、なにか矛盾しているように感じる。

 確かに、白米だけでは、栄養が偏るかもしれない。しかし玄米食にすれば、栄養のバランスはかなりよくなる。江戸時代以前の食生活は、地産地消であった。そのような状況では、収穫物全てを生かしたので、玄米食や米糠の有効活用がされていたと思う。

 今は、余っているなら押さえるのではなく、それを有効活用する知恵が必要ではないか?

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2008年7月 6日 (日)

ウェーバーと学士力

 マックス・ウェーバーの「職業としての学問」を読んでみた。第一次大戦による敗戦直後の混迷期のドイツで行われた講演であるが、現在でも通じることが多いと思う。

 まず、大学教師の使命が、学者としての資格と教師としての資格の2面性がある。しかもそれが、聴講者の人数で評価される。これは、現在の一部の大学講義が、人気投票の態を示す傾向と何となく合致する。なお、ウェーバーは学問的訓練の課題の中で最も困難なものを、
 「学問上の諸問題を、頭はあるが未訓練の人々に理解させ、
  かつこれらの問題をみずから考えていくように解説する。」
と設定している。彼は、このような解説の技術は、結局個人の天賦により、学者と資質に一致しない、としている。

 しかし、現在中教審等が求めている、「学士力」http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_a1b7.htmlでは、このような問題設定から、説明までの能力を要求している。さて、これが実行できるほど、教育技術は進んだのであろうか?

 確かに、現在の教育に関する知識は増えたと思う。しかしそれが、現場で使える段階まで、きちんと出来ているのであろうか?

 なお、ウエーバーは、学問の専門化や、価値自由の観点から、教壇から自分の意見を押し付けることへの批判を、この本で行っている。この点については別途、書いてみたい。

職業としての学問 (岩波文庫) Book 職業としての学問 (岩波文庫)

著者:マックス ウェーバー
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

 

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2008年7月 1日 (火)

罪の意識

 海外の世界文化遺産に、日本人の旅行者が落書きをしたというニュースが相次いでいる。しかし、彼らが罰せられていないのが不思議である。

 特に、日本は他国の文化・宗教に関して、無神経すぎる。国によっては、国旗・国家に対する敬意を示さないだけで罪になる。それを、独裁国のように、あしざまに言う人種もいる。

 今回のような宗教的財産を、汚す罪は、非常に重いものと思う。中世なら、教会への侮辱と言うことで、宗教裁判で火あぶりになるかもしれない。それを野蛮と言う、この国の”進歩的教育”がこのような、人間をつくったのではないか。

 特に文化財のように、ものを言わないものの被害に関しては、皆で厳しく追及すべきと思う。

 

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2008年6月28日 (土)

効率と不寛容

 会社生活が長いと、色々な仕事を効率よく行うようになっている。そのような目で見ると、世の中の動きは無駄に満ちている。例えば、色々な店舗でのレジ前での行列に対して、レジ係の動きに無駄が多いこと、一方待っている客も、動線が悪く、しかも並んでいる人間の邪魔をしたり、並んでいるのか立っているのか分からなかったり、他の人間の邪魔になる所で、しゃべっていたり。

 このような動きを見ていると、腹の立つことも多い。しかし、それを注意すると、
  「なぜそんなことで怒られなければならないのか」
と、反発を買ってしまう。

 このような、団体行動の躾けは、小学校の体育等で、教えて欲しいものだが、残念ながら今はできていないように思う。

 しかし、効率以外にも、他人の迷惑と言うことに、少しでも思い遣る人間がいたら、もう少し整列もきちんとすると思う。マニュアルに書いていないことは、対応しなくて良いという発想がこの思考停止を呼んでいるように思う。

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2008年6月25日 (水)

日本企業の変化

 日経BP社のホームページに、
  「日本の企業がサービス残業廃止の動き」
と言う記事を見た。特にトヨタの「QCサークル活動を業務と認める 」動きを報じていた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080624/163504/

 この動き、もっと一般的に考えると
  「企業の利益を、従業員の給与を抑える、ことで生み出す。」
と言う方式を、辞めるという動きに繋がると思う。

 このようになると、作業時間短縮のための、設備投資が活発になるように感じる。また、個人のスキル向上のための、人材育成の投資も行われるであろう。

 これで、本質的な合理化が行われれば、安価な労働力を求めての、海外生産シフトも止まるかもしれない。

 しかし、個人の能力は、歯を食いしばって、無理を実現したことで、身についたように思う。
  「あの人なら、残業なしで出来る。それなら私も!」
と頑張るものまで、禁止してはおかしくなるのではないか?

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2008年6月22日 (日)

朝日新聞の記事から

 6/18付けの朝日新聞夕刊の、素粒子と言うコラムで、鳩山法相のことを、「死に神」と書いたことで、非難が殺到しているらしい。

 http://news.nifty.com/cs/topics/detail/080622035735/1.htm

 確かに、法律に基づき、執行した死刑に対して、「死に神」という表現はない。しかし素粒子の記事を見ると、もっと問題があると思う。

<該当部分引用>

 永世死刑執行人 鳩山法相。
 「自信と責任」に胸を張り、2ヶ月間隔でゴーサインを出して新記録達成。またの名、死に神。

<引用終わり>

 これはどう見ても鳩山法務大臣を、揶揄しているのだが、「死刑執行人」と言うラベルを、鳩山法務大臣に就けることで、鳩山法務大臣を侮辱したいらしい。

 これは、国家の義務として死刑執行に当たっている方々に対する侮辱である。

 このような差別的発言を許してよいのであろうか!

 本当に、ヴェーバーの言う、(職業としての政治から引用)
「誠実なジャーナリストになると、平均的に見て学者にいささかも劣るものではなく、勝ってさえいるということ、・・・一部省略・・・さらに慎重さの点でも、有能なジャーナリストになると、他の人々より平均してずっと上だということ、これも誰も信じないが事実である。」 
 はどこに行ったのであろう。

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2008年6月10日 (火)

スーパーコンピューターの利用

 今朝の新聞を見ると、世界最速のスパコンを神戸に設置するらしい。しかし、このコンピュータを、本当に使いこなすことが出来のであろうか?

 スパコンの高度な能力を引き出すのは、シミュレーションの精度を上げるのが早道である。しかし、そのためのモデルを構築する準備が出来ているのであろうか?

 単に計算能力の高いスパコンを置くのは、箱物行政で音楽ホールをつくったら、名演奏が聞けると信じているのと同じように思う。

 なお、遺伝子処理では大量のデータ蓄積が重要であり、これと計算処理能力とは、一線を画すべきだと思う。

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2008年6月 1日 (日)

兼業農家の意味

 久しぶりに「報道2001」を見た。色々面白い意見があったが、特に面白いと思ったのは、
   「食料不足対策には、兼業農家を大切にすべき。」
と言う意見である。

 製造業に勤めている立場では、
   「業務に専念して、合理化改善を必死に行う。」
ことが正しいと考えてしまう。しかし、この番組では、
   「家庭菜園では、石油等を使わなく出来る範囲で貢献する。」
との意見が出た。確かに、メーカーの発想では直ぐに機械を導入する。しかし、これはエネルーギーを大量消費する。そこを出演者は指摘していた。

 確かに、少しづつでも自作していけば、完全自給まで行かなくても、少しでも貢献するようになる。下手に数値の最適を求めずに、自分で出来ることを積み重ねる。このような答えもあると思う。

 その外数値だけで言えば、食料自給では直ぐ米ばかりとなる。大豆や小麦もある。このような観点も大切と思った。

 一方、日本には明治前から続いている、本当の老舗会社が2879社あるという話も、あった。こちらは数字の力に圧倒された。

 朝から良い勉強をした。

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2008年5月31日 (土)

ボランティアに頼ってよいのか

 地震の話で連想することの一つに、ボランティアの活躍である。確かに、予測できない天災に対して、ボランティアの力は大きな意味がある。しかし、一般的な業務に対して、ボランティアの力に期待するのは、本当に良いのであろうか?

 仕事として、行う場合にはそれなりの報酬を、支払うべきではないかと思う。特に企業の分野に、ボランティアが参入することは、市場相場の破壊をもたらし、企業の存続を危うくする。

 企業として、仕事をする場合には、供給責任・保守責任等の多くの責任がある。責任を全うすることは、只では出来ない。仕事をする人間にも生活がある。ボランティアは、参加者の善意に頼るので、参加者の都合が悪ければ、撤退も可能である。逆にそのような自由がなければ、ボランティアは成立しない。

 ここまで書いて、アメリカの医療制度で、関連する話しを思い出した。現在のアメリカでは、医者が訴訟対策として多額の保険に加入している。つまり、医療過誤に対してそれほど厳しいので、保険料が払えず生計が立たずに、医者を廃業する例もある。しかしその逆に、ボランティアの医師が多数存在して、底辺の医療を支えていると聞く。

 日本では、ボランティアの議論より、責任に対する評価が重要ではないかと思ってしまった。

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資格について

 ネット上の掲示板で、資格自慢から喧嘩になったと言う話しを、昨日新聞で見た。喧嘩までは行かなくても、
  「こんな資格があるのに、就職できない。処遇に不満。」
と言う話も聞く。

 ここで、資格について誤解があるように思う。確かに、資格がないと業務に従事の出来ない、縛りのある資格はある。つまり、資格は必要条件である。しかし、それだけで十分と言うわけではない。弁護士の資格を持っていても、仕事のない人もいると聞く。実際、資格をとってからの経験や、自己鍛錬がないと、実務は出来ない。

 資格だけで自慢する人間は、皆に相手をされなくなっていく。

 資格は、脚きり試験を突破するだけと思った方が良い。その後で選別をもう一度受けるのである。ただし、資格を取るための勉強は、それなりに役に立つ。それぐらいに割り切った考えが必要である。

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2008年5月29日 (木)

船場吉兆と大阪財界

 船場吉兆が、とうとう廃業した。しかし今朝の新聞を見ると、
  使い回し「下座の客に」
と言う見出しが目に付いた。つまり、
  「下っ端は使い回しでかまわない」
と言う発想である。このような、下っ端を見下す態度は、将来には自分に帰ってくると言うことが、解らなかったのであろうか。昔、あるクラブのママに聞いたが、
 「若い人は、お金を持っていないので、良い客ではない。
  しかし彼らを大切にしておかないと将来のお客様がなくなる。」
と言う発想はなかったらしい。

 なお、船場吉兆を一時、大阪財界が応援したと聞く。大阪府知事選挙とおなじく、どうも大阪財界には、人を見る目がないように感じる。こんなことで、大阪の経済は活性化するのであろうか?人を見る力は、経営者の必須能力と思うのだが…

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2008年5月25日 (日)

現場と大局的本質の両立

 本日の朝日新聞を見て、配合の妙を感じた。まず、「朝日求人」の仕事力の項目で、市川團十郎さんの、
  「本質に届きたいその意欲ですね」
と言う項目がある。一方、耕論のコーナーでは、消費者庁に関連して
  「生活の現場を知り魂入れよ」
と言う議論がある。

 『本質を掴む』と『現場を知る』の両者は、抽象の梯子で考えると、「具体化に降りて、地に足を着ける」と、「抽象化して大局的かつ根本原理を考える」と言う反対の動きである。但し、現実を深く理解するためには、本質を突き詰めて考えて、仮説を持って見ないと、深みのある議論は出来ない。一方、机の上やパソコンの画面上だけで考えていると空転する。

 「ゆとり教育」等、理念は立派であったが、現場の状況を掴まずに推し進めた結果が、現在の悲惨な状況である。また、現在の橋下大阪府に対して、現場の声として、「削減反対」「存続させろ」と言う声が挙がっている。この場合、一部の現場から「存続させろ」と言う大声がでる。しかし、周辺の「本当に必要なの。一部が勝手に使っているだけでは。」と言う声は中々でてこない。

 このようなことを、起こさないためには、本質を突き詰めた議論を行うとともに、現場の現状で検証することも重要である。ちなみに、大阪の補助金問題に関しては、「今まで大阪府が呼び込み、面倒を見ると言っていたのだから、補助金を削減する前に、自立の導入が必要ではないか。」と言う意見には、納得する面がある。

 しかし芸や文化の本質は、「露の五郎」のように、皆様の喜捨で生きていくのではなかろうか。大学も同じではないかと思う。

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2008年5月22日 (木)

電力供給について思う

 環境問題の絡みで風力発電や、太陽光発電を推進することが、うまく行かないと言う話を聞く。しかし、この話しには、以下の観点が、欠けているように感じる。つまり電力の安定供給の苦労と言うことである。

 まず前提として、電気は簡単に蓄えることは出来ない。しかも、日本全国のような、大容量のユーザに対する供給する発電設備は、現状では原子力や火力等のタービンでの発電しかない。一方、太陽光や風力の発電は、自然の気まぐれで大きく変動する。確かに太陽光と冷房負荷は少しは関係があるかもしれないが、わが国の風力は気まぐれとしか言いようがない。

 さてこのような、変動する要素がある時に、電力の安定供給の責任のある電力会社は、どう対応しているのであろうか。原子力はまず簡単に止めるわけにはいかない。火力でもガスタービンは比較的短時間の運転停止も出来るが、蒸気のほうはそう簡単に運転停止は出来ない。そういうような状況で、電力の安定供給のために、無効電力を使ってエンドユーザに供給する電力を調整している。

 そこで、不安定な電力が加わると、発電所の電力の余裕がより多く必要になる可能性もある。そのような、電力会社の苦労に対しては、世論は余りやさしくないように感じる。大企業と言うものはいじめる対象であるらしい。更に、電力会社は中央給電指令所により、いかに燃料の最適運用するか、全体最適を図っている。これが、群雄割拠になれば、出来なくなる。現実に、アメリカでは中央給電指令所がなくなったと聞く。阪神大震災の時にも関西電力の中央給電指令所も、大きな働きをした。一方、ニューヨーク大停電は、個別の電力会社の運用のミスが重なり、全体としての調和が取れなくなって発生した。

 分散して色々手を打つのも良いが、全体最適と言うことで、大きなシステムでコントロールすることもあると思う。

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2008年5月19日 (月)

ブランドの育て方

 船場吉兆の食べ残し、使いまわし問題について、市場開拓の観点からもう一度議論してみたい。まず、”吉兆”と言う高級ブランドを、どのように普及するか考えてみよう。ブランドを確立するためには、その良さを理解する、”お客様”を開拓する必要がある。

 そういう意味では、どのような分野であれ、”高級店”にはある意味で、”お客様”を育てる戦略をとる場合が多い。親から子に受け継がれる。友人に広がる。このような時、最初に来た時には良さが解らない。それが解るように、しっかりと良いものを供給することで、良いものが解る”お客様”を増やすことが重要である。

 しかし、船場吉兆のしたことは、”客の舌をだます”ことであった。確かに食べ残しをする客も悪い。そのような客には、なぜ気に入らなかったかを聞き、次には食べ残しをなくすようにする。これが高級料亭ではなかろうか。

 客の舌をバカにする。そのような店が、高級ブランドとなるようでは、この国もおしまいである。海外に対し、今後高級ブランドに活路を見出すのは、ヴェトナム等の低賃金攻勢に対する、一つの戦略である。この道を閉ざすような、船場吉兆のやり口は、許すことが出来ない。特に、船場吉兆が常連顧客の政治力等で、批判をかわすようでは、将来に禍根を残すと思う。他の吉兆グループから、船場吉兆を始末してもらえないものかと思う。

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2008年5月10日 (土)

橋下知事の重要な動き

 大阪府の橋下知事が、市町村の補助金を交付金にして、府の口出しを減らす方針を出した。http://www.asahi.com/politics/update/0507/OSK200805070062.html

 これは、非常に大きい効果があると思う。上位の介入が少ないほど下位の独創性がでてくる。現在の官僚機構は、国ー>都道府県ー>市町村と言う階層になっている。その権力は予算の分配が支えている。

 これを壊す、貴重な発想と評価したい。

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2008年5月 8日 (木)

マスコミの権力

 マスコミと言うものは、この国では大きな権力を持っている。しかし、当事者がそれを理解していないような感じがする。この国を動かしているのは、『空気』と言うが、その『空気』の1極を担っているのは、マスコミである。

 我々凡人は、マスコミで取り上げられたと言うことで、それなりの権威を持って見る。そういう意味では、記者の着目と言うことは大きな影響力を持っている。そういう意味では、記者の持っている、デジカメの情報を解析したら、どれほどの情報を得ることが出来るであろう。

 しかし恐いのは、マスコミ関係者がこの権力を意識していないのでと思う節がある。

 マスコミに、ノブレス・オブリージュと言うことを、もう一度考え直して欲しいと思う。

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2008年5月 6日 (火)

この国の制度は

 この国の制度を色々考えてみた。乱暴なことを言えば、明治維新の欧米に追いつけと言う制度から、何が変ったのであろうか?明治の時代には、とりあえず理工系の実用知識不足を防止するため、知識普及の仕組みとして、学校制度を作った。そして、国をになうトップ官僚の育成制度を作った。

 さて、現在はどうなっているのであろうか?まず官僚制度は、多数の国家公務員として採用した人間に、事務次官と言う唯一のポストを目標を与えて、猛烈に働かせる。そして、同期から1名の時間が出ると皆別の道を求めて、天下っていく。この制度はまるで、1匹の女王蜂を求める雄蜂のようである。但しこの国の雄蜂は、天下り先で、秘書・車・・・と言うそれなりの処遇を得ているようである。

 一方、知識付与の底辺教育は、ゆとり教育までの一連の改革で、大きく変ってしまった。ある意味で知識重視と言う意味の過剰適応かもしれない。学校教育についていけないと、直ぐにXX障害と言う。

 今江戸時代のブームになっているのは、明治の改革に対する反発かもしれない。

 個人的には、多様性の受容、複線のキャリアパスでしかも向上意欲を失わない仕組みが重要と思う。

 

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2008年5月 5日 (月)

大阪府知事の功績

 大阪の橋下知事の功績として、予算の意識改革がある。従来の予算は、これをすると積み上げる方で、皆が功績を競っていた。しかし現状は、大幅カットが前提になり、
  「いかにカットされず残すか」
が議論対象になっている。

 府議会の議員さん達も、従来は陳情を受け、予算を分捕るのが一つの仕事であった。しかし今回は、カットされずに守るだけでも、勲章になるだろう。この意識の改革は大きい。

 このように書いたが、これでは議員さん達が、まるで、
  「他の事を考えず、自分の地域の利のために、予算を分捕っている」
ように見えるかもしれない。彼らを選んだ選挙民も、みんな大所高所での観点ももって、立派な議員さん達を選んでいるのであるから、上記誤解を招くことは、筆者の意図ではない。

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2008年5月 3日 (土)

憲法とは何か

 憲法記念日になると、憲法に関する議論が騒がしくなる。しかし気になる面がある。本当に憲法を読んで、議論している人がどれだけいるであろうか?

 今朝の朝日新聞の投稿欄を見ても、与党の採決を憲法違反と書いた記事が載っていた。今回の採決は、憲法のルールは完全に守っている。それを憲法違反というような言い方は、何か引っ掛かる。

 憲法と言うものを、自分に都合の良いご託宣頂く、神様と思っているのではなかろうか?

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2008年4月30日 (水)

市長とは何だ?

 今2つの新聞報道で、何となくわからなくなったことがある。一つは、正確な表現は忘れたが栗東市の市長が、「新幹線の駅を作らないなら、その土地の有効利用は、県が考えることだ。」と言う趣旨の発言をしたことである。

 一方、大阪の橋下知事は、「このようなことは市で考えることで、府の職員はもっと高度なことを考えて欲しい。」と言っている。

 まず、滋賀県のほうは、市長は考えることを、県に丸投げしている。確かに新幹線新駅をつぶされた恨みがあるかもしれないが、県民としては一地方のために、多くの税金を使うことに反発を感じて、知事を選んだのであり、県の税金を出さないのは当然である。市長と言うぐらいなら、自分の力で資金を集め、駅を作ってはどうか?

 一方、大阪の橋下知事の発言にも一寸反発を感じる。一部分をとっての反発だから、間違っているかもしれないが、彼の発想には、「府の職員」の「市の職員」に対する、優位を感じる。この発想は危険である。これを受け入れると、「国の官僚」が上に来てしまう。

 せっかく地方の時代を考えるなら、市長のレベルでももっと創造性を発揮して欲しいと思う。

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2008年4月28日 (月)

物つくりを育てる

 日経BP社の”日経ものづくり”の記者さん達のブログに、記者は”虚業”と言うような表現があった。この言い方には、どうも納得の行かない。まず、マスコミの持っている、力を認識して欲しい。良いものを、取り上げて褒める。これだけでも、社会に大きな影響を与える。そのような力を、マスコミ関係者は知って欲しい。

 これを書いていて、もう一つの実例を思い出した。私の知り合いが、テレビで取り上げられた、『美味しいケーキ』を食べた時の感想である。彼女曰く
 「阪急百貨店の地下で買ったケーキの方がよっぽど美味しい!」
であった。これは、阪急百貨店のバイヤーの力によるところが大きい。彼らは、自分の力で、見所のある店を見つけ出し、出店させるようにして、育てている。従って、阪急百貨店として、しっかり選んで出店させているので、味が揃っている。

 一方、私は昔機会があって、某百貨店の取締役と話しをしたことがあった。彼曰く
 「私達は虚業だから、製造業等の実業がうらやましい」
と言う趣旨の発言であった。しかし、阪急のように、本当に良いモノを作っている店を選び、出店させることで育てる。これこそ本当の、
 「実を得る業=実業」
だと思う。

 銀行の融資も同じだが、本当に良いものを評価し、育てる
 「実業」
が今こそ必要である。

 

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2008年4月27日 (日)

裁判員制度について思うこと

 裁判員制度の導入に関して、この国での導入の障害を2つほど考えてみた。

 まず歴史の切り口から考えてみる。わが国は、どちらかというと、お上を信ずる風土がある。例えば大岡裁きである。
  「困った時はお上に訴えれば、正しい裁きをしてくれる。」
このように信じている向きがある。これは聖徳太子に始るのかも知れない。従って国民の中に
  「お上を信じ任せる。」
という考えがある。一方、欧米では、暴君の圧制に対し戦った歴史から、
  「権力者の裁きを信用できない。」
という発想がある。その観点からは、大衆が参加する、陪審員制度は、権力の暴走を防ぐ手段として、必須のものである。記憶が定かではないが、ディクスンカーの短編推理小説にも、判事に対し裁判の傍聴者等が、全員で異議を提示し、
  「主権在民はこれだ」
というシーンがあったように思う。そういう意味では、日本でも冤罪事件に関連した、裁判への異議申し立て的なものがあるが、本質的には、「お上を信じる」国のように思う。

 ここまで書いて、
  「忠臣蔵は?」
と自分で突っ込んでしまった。これはどう見ても、徳川幕府の裁きに対する、反抗である。この作品を皆が認めるのは、無意識的に『お上』を信用していないのかもしれない。

 もう一つは、国民の論理性の教育である。欧米の言語教育は、小学校レベルから
  「事実と意見の分離」
をきちんと教え、叩き込んでいる。現在の日本の国語教育は、そのような訓練が、されていない。逆に、『国語と道徳の混在、教師(教科書作成者)の感動の押し付け』など事実認定を妨げる教育すらされているように思う。司法試験合格者の能力は、論理的に思考する能力を評価しているように思う。更に、訓練もしているようである。このような力が弱いと裁判員で苦労すると思う。

 しかし別の見方をすれば、「某カレー事件」のような場合、プロの法律家が考えると、状況証拠だけで、
 「疑わしきは被告人有利」
の原則で無罪になる時に、一般人の感触で、
 「この状況証拠で間違いない」
という意見は、裁判官の後押しになる効果があると思う。

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2008年4月18日 (金)

マスコミの自覚について

 日本で一番権力があるのは、マスコミではないか?マスコミには世論を誘導する力と責任がある。

 ただ、個々のマスコミにいる人の多くは、それを認識していないのではないか。確かに下っ端の記者と言う感じでは、権力と言われても感じないと思う。

 しかし、記事を書く以上は、自分の記事で人を動かす自覚を持って欲しいと思う。

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2008年4月16日 (水)

大阪府の意味

 大阪府の財政再建で厳しい議論が行われている。

 しかしこれは、大阪だけの話題ではない。ただ、大阪の橋下知事のタレント性で、皆が注目しているだけである。但し、橋下知事は、大衆の支持を背景に思い切ったことを行うであろう。

 しかしこれが成果を出すと、他の地域でも追従すると思う。日本の官僚は、前例があれば素晴らしい動きをする。

 大阪に注目である。

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2008年4月15日 (火)

決定の重さ

 昨日のNHKテレビの「トリアージ」の特集は、色々考えるものがあった。特に気になるのは、遺族の気持ち重視は解るが、「見込みなしの」黒タグをつける、実行者の負担について、配慮が弱いと思う。特に、このような緊急時では、間違いもあるかもしれない。

 しかしそれでも、トリアージを行うことで、多くの人が救われるのである。そのため間違いの可能性があっても決断してもらわないといけない。その人を守る、このような仕組みが重要と思った。

 しかし、この国は決断しない人が多すぎる。しかも、決断した人に対し、ミスしたら責任追及が、きつすぎる。何かおかしい。

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2008年4月13日 (日)

学校の先生について

 今朝の朝日新聞を見ていると、学校の先生の教員免許証の更新に関連して、再教育を行うと言う話があった。そこで、何を教えるのであろうか?

 確かに哲学的な議論などを訓練するのは良いことだと思う。しかし、老子の話し等本当に必要なのか?何か、大学でできることを押し付けているような気がしてしかたない。更新教育と言うなら、新しい知識の教育か、現状の業務の遂行状況を確認し、不足を補うような教育が欲しい。

 なお、私が学校の先生について思うことは、褒め方・褒めれれかたが下手である。成績と言うことには敏感であるが、数値にならないプロセスに関し褒めることが下手になっているのではないか?

 また先生自体が褒められることに、慣れていないように思う。学生の指導等色々工夫しているが、成績等数値化されない場合、評価を受けていない様に思った。

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2008年4月12日 (土)

橋下知事の効果

 大阪の橋下知事の改革PTが1100億円の再構築を示した。この効果は、大きい。極端な方向付けから、いかに予算を復活させるか。これが、議員たちの腕の見せ所になる。

 従来は、予算を取ってくると言う話しから、復活させる。削らせないに議論が移るようになった。これは大きいと思う。

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2008年4月 4日 (金)

日本の教育は優れている?

 今朝の朝日新聞に、「日本の教育は世界が注目」と言う記事が載っていた。

 「教師同士の授業公開は他の国にない。理数の教科書も翻訳されている。」

と言うことである。納得いく面もある。ただ国語の教育には、本当にこれでよいのかという面もあるし、ゆとり教育以降の話しは出ていない。

 本当にこれで安心してよいのだろうか?

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2008年3月23日 (日)

もう一歩踏み込むと

 今の世の中、色々トラブルが多いが、本当の原因まで、踏み込んで、対処できていないことが多いように思う。

その1:年金問題
 これは、
  「若い世代の供給している原資が、供給を受ける高齢者層に行き渡らない。」
と言う状況である。今までは、若い世代の方が人口が多く、経済が成長していると言う社会構造であった。さて、ここで
  「年金の原資を適切に投資して増やす」
と言う戦略がなかったか?原資が豊富なら、今のようなトラブルは起こっていない。このような投資は、現在の日本では、
  「誰もリスクをとらない」
と言う構造で、中々動かないと思う。
 なお、このような投資が難しいもう一つの理由は、日本の経済成長が続き、単純に金を投資した時代が続いたからと思う。真剣に伸びる企業を評価する目が、育っていないのではないか。

その2:痴漢冤罪問題
 これは、困った問題だが、警察の取調べの問題以外に、もう一つ指摘しておく。
 現在この国の犯罪者に対する、処罰が甘すぎる。特に、性犯罪の重犯が多すぎる。JR列車内での暴行事件、某大学教授など・・・
 このような、犯罪重複者がいると、痴漢被害者がナーバスになるのも無理がないと思う。特に、某大学教授の言い訳等聞くと、厳しい取調べに同感してしまう。このような、原因をきちんとつぶして欲しいものである。

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2008年3月21日 (金)

本当に売り手市場?

 今朝のニュースに、「来年の就職市場は売り手市場」と書いていた?

 これは本当かな?企業は、「量より質」と言っている。甘く見た就活は、結局失敗しますよ!

 『銀のアンカー』第1巻の62ページ当たりから一度読んでみたら、浮かれることはなくなるでしょう。

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2008年3月10日 (月)

東京の銀行について

 東京の方の銀行の、貸し倒れが問題となっている。この話、どこかで聞いた話と重なって見えるのは、私だけかな~~ サブプライムローンとどう異なるのかな?

 どちらも借り手側の、モラル崩壊がある様に思う。東京は、アメリカ化した”文明”都市なのかな~

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就職活動とブログ

 現在就活中の皆さんや、来年就活を行う3年生の皆さんに一つ、助言がある。それは、
  「ブログをやってみる。」
ことである。

 但し、このブログは、企業の採用担当者が見ることを想定し、しかも自分の言葉で、自分の感想を書く必要がある。

 このように自分を、見てもらって正しく評価してもらう。このような方法もあると思う。

 なお、内容に関しては、例えば、
  ”銀のアンカー シリーズ”銀のアンカー 1 (1) (ジャンプコミックスデラックス)
や、日経BPhttp://www.nikkeibp.co.jp/の情報を参考にして、企業の目線を考えて、書くようにしたら良い。

 なお銀のアンカーでは、巻4の95ページあたりの、シーンが良い。主人公が、試験を受けに来た、他の子の髪飾りを直してあげる所を、数人の採用関係者がじっと見ている。

 このように、常に見られているという認識が重要である。

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2008年3月 2日 (日)

救急医療の危機について

 現在、この国に救急医療が危機に瀕している。特に、責任を取らないために、受け入れ拒否で、死者が出るケースも珍しくなくなっている。ある意味、「やったもの負け」にならないように、専門以外ないという理由で、受け入れ拒否をすることも多いと聞く。

 ここで、一つ思い出した本がある。四人はなぜ死んだのか―インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」 (文春文庫)

  これは、98年の和歌山毒カレー殺人事件の、医療機関の毒物対応のまずさを、当時中学3年生の著者が、インターネットで調べた情報で、指摘した事項をまとめて出版したものである。確かに、当時の新聞発表は、最初「青酸系の毒」と言うことで、その後「砒素」による中毒と、内容が変化した。素人の私でも、青酸系の毒とは、症状が合わないと思ったのだから、対応が適切かは議論の余地がある。

 しかし、ここで指摘したいのは、緊急対応した、医療関係者を責める雰囲気が、この本の関係者にあるということである。逆に、医療関係者の過剰防衛の雰囲気もある。残念ながら、医療の不適切さは、現在もある。しかし、その原因を理性的に追究し、再発防止をすることが、肝心であろう。現在は、過失に関してまで、仇討ちを行うという雰囲気が感じられて、少し恐い気もする。

 なお、飲酒運転の交通事故のようなものは、例え刑罰としては過失と言う扱いでも、厳罰に処するのは当然であるし、社会的制裁も当然であろう。しかし故意でない医療過誤を同列に扱うのは、結局医療の萎縮を招き、社会の損失になるように感じる。

 もっとも、医療の密室性にも、問題なしとはいえないが・・・

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2008年3月 1日 (土)

民主主義とは

 大阪府の橋下知事が、新聞で面白い意見を述べていた。大阪府庁を1500ccの
  「ハーレーダビッドソン」のエンジンに例え
  「動き出すまでは莫大なエネルギーがいるが、
  動き出したら凄い速さで動いていく」
と言う意見である。

 これは、立法・行政に於ける官僚機能の本質を、よく示していると思う。官僚は、方向を示されれば素晴らしい能力で実現する。その方向を示すのが、選挙で選ばれた、立法府の議員であり、首長である。

 つまり選挙は、『民の意思』の表明である。しかし、自分の所に新幹線を引いたり、駅を作ることしか考えない議員を選ぶ、民の声を官僚たちが「大所高所からの観点がない」と馬鹿にして暴走しているのが現状と思う。

 その意味で、大阪府の「将来世代にこのまま大阪を渡すわけには行かない。」と言う橋下知事の意思決定は、重要と思う。

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2008年2月29日 (金)

行間を読めというが…

 「行間を読め」と言うことは、色々な時に聞く。私も、これは社会人としては重要なことだと、思っていた。

 しかし、朝日新聞の第二次大戦の総括記事を見て、気になる表現があった。つまり、記者が「行間を読んでもらえれば、私は反戦主義であった」と言う、言い訳である。しかし、戦後の”マスコミを含む知識人”の変節振りと、軍人攻撃は、この言い訳の説得力をなくしている。

 言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)

 またソフトウエアの世界でも、あいまいな使用での発注者が、ソフトウエア作成者に対して、行間を読めという形で、間違いを認めないトラブルも多い。これが隠れた下請けいじめになる場合も多い。

そう考えれば、行間を読めと軽々しく言うべきではない。なお、フィンランドの国語教育は、子どもの頃から、言葉を厳密に理解することを、教えているというのは、この解決を示しているように思う。

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2008年2月21日 (木)

日本の選挙について思う

 大阪府の新知事橋下氏が頑張っている。しかし、彼の言い方で気になる部分がある。
  『府民の絶大なる支持を受けて~』
これは本当であろうか?どうも私は、彼が勝ったと言うより、他の候補が負けたような気がする。つまり、
 『他の候補に勝たせたくないので、彼に投票した!』
ので、彼を本当に支持しているかは??であると思う。そこを誤解しないで欲しいと思うのだが・・・

 さて、彼を支援しているのは誰だろうか。関経連の偉いさんが
 『教育する』
等と発言して、みなの反感を買っていた。これでまた支持率が上るかもしれない。このような偉いさんよりはまし・・・

 もう少し前の、郵政民営化選挙でも、小泉首相支持より、某氏のばら撒き政治反対で小泉側に票を入れた人もいるのではないか。

 良い人を選ぶのでなく、ある人を通したくないので、別の人に投票する。これは悲しいことでもある。

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2008年2月10日 (日)

打つほうもきつい

 打たれ強くと言う話しを書いたが、一寸世の中を見ると、打つほうも厳しすぎるように思う。今救急医療の人材不足が、大きな社会問題になっている。その一つの原因として、
 「医療ミスの追及が恐いので、専門外の症状は受け入れを断る」
事例が増えている。

 確かに、医療ミスの原因究明は重要である。しかし、緊急事態で『やったもの負け』の状況になり、皆が逃げるようになれば、結局患者の不利益になってしまう。

 医療の過誤に関しては、技量未熟で、他の手段があるのに間違った治療をした場合等は、厳しく追及すべきである。しかし、救急の対応等で、判断ミスを厳しく責めるのは、『やったもの負け』の世界で結局たらいまわしを生むように思う。

 も一つ、官僚の世界でも、ミスを認めると、人格まで否定されるように思う。その結果、ミスを認めず修正が利かない政治が多くなっているように思う。もっと柔軟な対応が必要ではないか。

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打たれ強くなるには

 就職を迎えた人たちに、一言言っておきたいのは、
  「打たれ強くなれ」
と言うことである。この対の考え方として、
 「現状の批判を積極的に受け、常に改善する」
ようにすることが、結局自らの力を高め、進化させることになる。仕事の場は、学校の場と異なり、継続した付き合いが重要である。このため、一度の失敗を気にせずに、反省して次回に繋げることが、重要である。

 注意を受けないと、毎回同じミスをしたり、低品質のアウトプットを繰り返すことになる。特に、低品質のアウトプットと言うことは、長期的には大事な仕事を行えないと言う事で、自らのチャンスを閉ざすことになる。

 このため、
  「打たれ強くなり」
  「自分の悪い所をしっかり教えてもらい」
  「日々成長する」
ことが重要である。

 ここまで書いて、なぜ近頃の若い人が、打たれ弱くなったのか、考えてみた。一つには学校制度に原因があるように思う。

 学校で、否定されることは、全人格における否定に繋がる。特に学校教師の権力は、子どもにとって大きい。そこで、「xxはyyできない」となると、皆に否定されるようになる。さらに近頃は、「xx障害」と言う、ラベルが横行している。授業時間中に騒いだりしたら、「~~障害」と言うことで、医者に連れて行かれて、薬を打たれることになる。

 このような恐怖を考えると、一寸したことでも、自分の過ちを認めないようになるのは、何か解るような気がする。

 しかし会社生活の尺度は、多様である。一面の失敗は、他の面で修正したらよい。昨日より良くなるあなたに会社は期待しているのである。

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2008年2月 5日 (火)

NHKのクローズアップ現代から

 今テレビを見ていたら、
 「ソフトウエアの欠陥が社会に大きな影響を及ぼす」
と言う話しをしていた。確かに、現在の工業製品の付加価値の多くの部分は、ソフトウエアで実現している部分が大きい。例えば、車の中にも複数個のマイコンが入り、追突時に座席が動くことで、鞭打ちの防止にもなっている。このような状況を考えると、今後とも組み込みソフトウエアに携わる人間は、多く必要であろう。

 そこで一つ気になることがある。ソフトウエアの設計や試験では、プログラムの機能が、頭の中で動くことが重要である。複数の変数の関係がどう変移していくのか、これを頭の中で考えないといけない。そのためには、記憶力+αの能力が必要になる。このような能力を鍛えるためには、暗算の訓練が有効であろう。

 ところが、現在のゆとり教育では、暗算どころか、非常に簡単な計算しか使っていない。これで、大きなプログラムを扱えるのか、基本的な土台が弱くなれば、どのようなサポート・ツールがあっても空しいように思う。

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2008年2月 3日 (日)

ニュースについて思うこと

 近頃のニュースについて幾らか思うことを書いておきたい。

 その1 大阪府知事選挙について
 この選挙について、自民・公明連合が推した橋下知事が当選したと言うことで、自民党が浮かれている。しかし、本当に橋下候補が勝ったのであろうか?私の感触では、熊谷候補が自滅した感じがする。大阪人の感触では「大学教授がそんなに偉いの?」という。そこを読みきれない、民主党のお粗末さも敗因だと思う。

 その2 日教組の全国大会について
 あるホテルが、集会の場所を貸すといって言たのにキャンセルした。その結果、『全体集会』が出来なくなった。これは、法律判断も覆す重大なことであると、朝日新聞の社説でホテルを攻撃していた。しかし、
 「この時期には、大学入試の受験生等が宿泊している。
  そのような状況で、街宣車が来たりしたら、
  お客様のためにはならない」
と言うホテルの立場にも少しは同情の余地がある。確かに、嫌がらせに対しては、右左を問わずもっと厳しくして欲しいものがある。
 しかし現実の厳しさに対する、同情のない発言にも困ったものである。
 もっと言えば、教職員と言う立場では、もっと人間に対する思いやりがないのであろうか?

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2008年2月 2日 (土)

単線評価と各々の立場

 日本の官僚機構は、たった一人の事務次官を目指して、キャリア採用した多くの人材を、育成のキャリアパスに乗せている。しかし、色々な立場の専門者として自らを活かす、複線型の発想も必要ではないかと思う。多くの人材を採用した以上、活かしきれないのは国家的損失と思う。

 そう思っていたら、大阪の女子マラソンで、福士加代子さんが挑戦していた。トラックの王者もマラソンに出たくなる。これも単線思考かなと思ってしまった。

 各々の立場で、最善を尽くしそれが報いられる世界が必要と思う。逆の発想では、自分のことを単線的な基準でしか評価できないことが、原因かもしれない。自分の技に誇りを持って、「一隅を照らす」矜持を持った名人は、現在のマスコミ世界では、自分を保つのが難しいかもしれない。

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2008年1月30日 (水)

北京オリッピックで料理は?

 北京オリンピックで、各国の選手や観客が、北京に押し寄せる。そこで気になるのは、中華思想の塊のあの国が、各国選手に対して、どのような食事を供給するのであろうか?

 東京オリンピックの時には、日本は各国と言っても欧米中心だが、それぞれに対応した料理を準備したと聞く。そのような柔軟性が、各国にあるのであろうか?

 日本人は、そういう意味では、器用に対応している。ある意味で無節操とも言うべきである。逆に、各国の譲れないもの対して、理解が少ないように思う。

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2008年1月29日 (火)

日本人の判断力不足

 この国は、人間に関する選別が苦手なように感じる。受験戦争も、結局試験という形でしか選んでいない。前にも書いたが、キャリア向け国家公務員試験に合格したら、皆エリートコースと言うことになっている。そこで、選別の例を探していたら、究極の例としてトリアージの話しが出てきた。トリアージとは、大規模事故等の大量の死傷者に対して、手当ての順次付けの選別である。トリアージに対しても、判定ミスを追及するような風潮も少しある。このような条件では、選択の決断が難しくなると思う。

 なお、トリアージの状況は、ジェネラル・ルージュの凱旋:宝島社:p328~p354特にp346に良く書いてある。さすが現役医師の著作だけある。

ジェネラル・ルージュの凱旋

 さてもう一つ、日本人が判断に対する、批判が大きいのは、第二次大戦後の進歩的知識人の評論に対する不信も、一つではないかと思う。中公新書の「言論統制」を読むと、手のひら返しがよく解る。このような、マスコミ等の論調は、どこかで無視される要素がある。

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)

 

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2008年1月19日 (土)

情報余りの世界での対応

 先日、見学させていただいた工業高校の課題研究発表会で、一つ衝撃を受けた事項がある。生徒達がコンピュータ上で、ゲームを作ったり、アニメーションを作ったりしていた。これを実現するために、インターネットからフリーソフトウエアを入手して、かなり完成度の高い作品が作っていた。この外にも、ラインを読み取り自走する自動車等、IT利用の実技は、比較的容易に、完成度の高いものが実現できる、とわかった。

 このような環境では、基本的なc言語でのプログラム作成などは、中々生徒の興味を引かないと思う。さらに工業高校から、大学に進学してプログラミングの講義や演習を受講した場合を場合に、色々なプログラミング言語での授業が、本当に興味を引くか、考え直す必要があると思った。確かに、基本原理に戻って理解するのは重要である。そこの意識付けが出来ていたら、c言語での講義もかまわないが、コンピュータを使うと言う意味でのc言語なら、バカらしくて聞く気もなくなると思う。

 教材の使い方に、工夫が必要と痛感した。

 そこで、本日の朝日新聞を見たら、高校野球の特集で、桑田真澄投手が同じようなことを言っていた。
 「今は情報がたくさんある。大事なのは、自分自身にあっているかどうか。とにかく、すべてやってみる。自分の目で見て、触れて、感じてみるのが大事。100人いたら100通りのフォームがあり、コンディショニング仕方がある。」

 情報余り、特に多様な解決の材料が溢れている現在、自分に必要なものを探し、身につけることが重要である。一方、昔何とかプログラムを作り、計算機を動かす可能性を開拓していた時代の教え方は、一寸時代遅れと思うようになった。 

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2008年1月17日 (木)

物作りを大切にするとは

 ある縁で、工業高校の課題研究発表会を、見せていただく機会があった。ある学生達は、工作機械を使いこなして、見ごたえのある物を作っていた。また別の子達は、インターネットより、フリーソフトをダウンロードして、ゲームを作っていた。

 このように、高校の段階で面白いものが作られている。これらの情報が、外から見えにくいのが、問題点かもしれない。

 子供の理系離れ、物作り離れの対策として、このような物作りの楽しみを、皆に知らせることも、効果があるのではないか。

 マスコミの皆さん、考えてください。

 

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2008年1月14日 (月)

大阪府とトヨタ方式

 昨日テレビで大阪府知事候補者のインタビューを見た。そこで面白いと思ったのが、橋下候補の、「グランドデザインを作らない」と言う発想である。これは、経営で言えば、トヨタ方式の、
 「長期計画を作らない」
と言う発想に繋がっていると思う。

 確かに箱物や道路等の大規模インフラは、一度計画したら止まらなくなってしまう。ただ、滋賀県の例外が出てきたので、今後は少し変る可能性はある。

 そこで橋下候補のマニュフェストを見ると、学校校庭の芝生化、石畳と淡い街灯の街つくり等、土木建築の事業者にも少し配慮しているが、どれも軌道修正が容易なものとしている。

 極端な話し、自治体経営にトヨタ方式、と言うのも面白いかもしれない。実際、赤字団体で金を貸してもらえないレベルは、戦後のトヨタと同じではないか。

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2008年1月12日 (土)

超廉価自動車について

 インドで28万円相当の車が出現したと、ニュースで騒いでいる。しかし、この車をドルで考えると、概略2800ドルとなる。

 しかし日本の大衆車の代表である、スバル360は、販売時価格で42.5万円と日本円では高価であるが、ドル換算では1200ドルを切っている。

 我々が前に達成した、大きな成果を考えるとともに、今後のわが国の自動車産業への脅威を、もう一度考え直すべきであろう。

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2008年1月 7日 (月)

乱れた日本語

 昨日の朝日新聞関西版に、「ペーパー学位」と言う、思わず笑ってしまう表題があった。記者氏の言いたいのは、「ペーパードライバー」に引っ掛けて、海外の審査能力のない大学に論文を送って、得た学位のことらしい。

 しかし、研究者の間では、「ペーパー」と言うのは、査読を受けた論文のことをいう。従ってペーパー博士は、しっかりした『査読済』の論文を積み重ねて学位をとった人で、それなりの賞賛を受けている。

 もう少し言いようもあるのにと思ってしまった。

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2007年12月30日 (日)

近頃よく聞くXX障害について

 小学校の教育について、何となく気になるので、書いておきたい。どうも近頃の学校教育は、教師のガイドラインに入らないと、XX障害と言うラベルを貼るのが上手な気がする。さしずめ自分は、まず
 「音感的聴音能力発達障害」
と言うラベルが待っているだろう。いわゆる音痴であるが、今の学校教師のノルマでは、きちんと歌わせると言うことになっていたら、全員が音程を外れず歌わないといけない。ただし、「xx君は、YY障害です」と言う免罪符があると、教師のノルマから外れる。従って私は、自己診断で、「音感的聴音能力発達障害」ということにしておく。

 しかしこれで、困ったことは、できる子供がスポイルされる場合である。前にも書いたが、算数の計算で、教師の定めた方法に従わないと起られる可能性が大きい。インド式などやったら怖いことになりそうである。

 しかも、計算が速くできる子は、終わって退屈するであろう。そこで他の事をしたら、また怒られる。何かできる子のことも考えていなかったような気がする。それこそじっとしていられない、XX障害のレッテルが貼られそうで、恐くなる。

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2007年12月23日 (日)

米英の社会制度(転石不生苔)

 アメリカの、ホワイトカラー大量失業問題について、考えてみた。この理由として、業務の変化や、国間のボーダーレスによる、チープレイバーの大量投入などもある。例えば、IT業務を、インドへの発注などが出ている。しかし、ここでは、解雇しやすい、社会環境について考えてみたい。

 まず解雇できるという社会的環境が揃っている。もう少し言って、解雇されても再就職できる、受け皿が出来ている。これは、特にアメリカの社会では、
  「転石苔を生ぜず」
を、一箇所では留まっていては、苔が生じてしまうからよくないという、発想がある。

 一方、英国では同じことわざでは、苔が生じないように、転がるのはよくないという意味である。

 ところで、日本の制度はどうであろうか。企業の体質は、人材採用はある程度入るのを絞り、ゆっくり育てる、英国の制度に近いように思う。一方、経営的には、アメリカ的にシビアに評価している。これで、英米思想の変なねじれが、この国の経営に影響しているように思う。

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2007年12月18日 (火)

大阪府知事の役割

 大阪府知事選についてもう一つ思いついたことがある。前の横山ノック知事の立場を考えると、結局中央の補助金を上手に引き出す知事であった。

 そこで行政改革で、補助金のばら撒きがなくなると、横山ノック知事は拒否されてしまった。そして太田知事は、知事の考えで押し通そうとした。

 今度はどうなるのか?橋下候補は、何となくしがらみを切るのに向いているように思う。

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2007年12月16日 (日)

大阪府知事選について

 ある所でささやかれていたジョーク。

  「大阪府知事選で橋下候補の一番の敵は?」
  「大阪弁護士会」

と言っていたら、今朝の朝日新聞社会面に、
 「橋下氏懲戒請求へ
  大阪弁護士会に11都道府県の350人」
と言う記事が載っていた。なお、本件は山口県光市の母子殺人事件の弁護士に対する懲戒請求に関連した話しであり、橋下氏がテレビ番組で、「弁護士懲戒制度」を紹介した結果、3900件以上の懲戒請求が発生した事件に関してである。

 しかしこの時点での発表には、何か悪意を感じてしまう。ジョークが本当になる世界と言うのは、怖いような情けないような・・・・

  

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2007年12月15日 (土)

銃を持つ権利について

 佐世保でまた痛ましい事件が起きた。このような事件が発生するたびに、銃の規制の話しが出る。そこで、比較されるのが銃社会のアメリカである。ここで、アメリカで、
 「自分の身は自分で守る」
と言う発想があることに、注意しないといけない。アメリカのルールでは、相手に殴りかかられた場合には、殴り返して身を守るのは、当然の権利である。

 しかし、この国では、警官ですら、銃を持って発砲している犯人を、制圧する場合でも、発砲するためには、色々な許可を得ないといけない。挙句の果てに、射殺をしたら、”人権派の弁護士”から、訴えられることになる。そのため、某所の警官のように、「防弾服に身を固めて、密集した体制で近づき、相手の弾が命中したら正答防衛で撃ち返す」と言う手段しかなくなってしまう。そこで警官の命も失うな、安全第一ということなら、犯人に逃げられても仕方ない。

 この事態の原因を探ると、この国の法体系や社会制度が、戦前はヨーロッパ式であり、戦後は米国式に切り替えたことにあるのではないか。イギリスの警官は、まず警棒しか使わない。その代わり銃器の取締りをしっかりしている。

 現在は、中途半端の米国式である。犯罪者の権利を守るのも結構だが、自己防衛の権利を持っている環境に、犯罪予備軍を放つのと、お上が守ってくれると期待している人間の間に、犯罪常習者を放つのとは、大分違うように思う。

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大阪府知事候補について

 先ほどテレビで、大阪府知事選の橋下候補の後ろに、堺屋太一氏がいると言っていた。これは面白い取り合わせだと思う。堺屋氏の構想は優れたものがあるが、大阪府の色々なしがらみを切り開くには、年齢的にも体力不足と思う。

 その点、若く喧嘩上手の橋下候補との組み合わせは面白い。山内一豊の槍働きを、橋下氏に期待するのは、一つの手かもしれない。

 しかし日本の歴史で、この手の老人が後ろで、若手を前にと言う話しは、参謀・軍師を重視する日本の歴史にも、あまりないように思う。

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2007年12月14日 (金)

大阪府知事選の候補について思う

 大阪府知事選の候補が出揃ったらしい。新聞の書いているところによると、

  自民党:タレント兼弁護士の橋下候補
  民主党:大阪大学工学部教授の熊谷候補
  共産党:弁護士の梅田候補

 と言う図式らしい。ここで、3者に関し、理論と現実と言う尺度を入れてみたい。

 橋下候補は、理論は弱く経験主義、一方熊谷候補は、工学系の理論重視、そして梅田候補は、マルクス主義の社会学的理論が強い。理論が強いことが良いか悪いかは議論が分かれるだろうが、理論が強い場合には、間違った場合の修正に時間が掛かる傾向がある。

 このような見方もあるのではないか。

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2007年12月 9日 (日)

民営化への反論

 政府が独立行政法人の民営化を求めているが、各法人の方では、民営化に対する反論が厳しい。

 その一つに、民営化すると、営利に走り各種保護が出来なくなるという議論がある。まるで、私企業悪人論で、マルクス主義そのものである。

 昔山本七平氏が、大学教育のマルクス主義の影響が無いと、述べていたが、今頃になって、当時の優等生達であるキャリア官僚たちが、それを実現しているようである。

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2007年11月18日 (日)

プロ野球の教訓からの不安

 一寸遅いが、与党と野党の大連合を、某大新聞の超大物が、提案したと聞いた。しかしその御仁は、プロ野球のオーナーとして有名である。

 彼のやったことは、「他の球団に良い選手を採られるぐらいなら、自分の所に取り込んで、腐らしてしまえ。または、大リーグに追い払え。」である。つまり、日本のプロ野球全体の反映等、とても考えているとは思えない。

 プロ野球という小さな世界ですら、この程度の見識しか待てない人間の言うことを聞くとは日本の政治家と言うものが、一寸怖くなってきた。

 大連立と言うのは、某巨人と某燕の間で、優勝を回すと言うことのレベルなのだろうか?

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2007年11月16日 (金)

ケンブリッジなどに言われたくない

 今朝の朝日新聞に、英のケンブリッジ大学の学長から、東大130周年のシンポジウムで来日するに当たって、800年前に設立した大学の先輩として、助言が載っていた。

 しかし、「800年程度に言われたくない」と言いたい。日本には、弘法大師様の流れを汲む、綜芸種智院の流れを汲む、種智院大学もある。

ウィキペディアから引用。

綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)は、天長5年12月15日829年1月23日)付で、空海が庶民教育の目的で京都の藤原三守の邸内に設置した私立学校である。綜藝種智院とも書く。」

 その外にも比叡山にも色々ある。僧兵騒動は、ある意味で世界最古の学生運動かもしれない。

 学問が、盛んなわが国の伝統にもっと誇りを持ちたい。(?)

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2007年11月 6日 (火)

もったいないと嘘の罪

 名物土産等で、消費期限・賞味期限の改竄問題が、世の中を賑わしている。たしかに、期限切れで食品を廃棄するのは、”もったいない”ことである。日本人の古来の知恵は、乾燥や発酵を上手に使って、廃棄すべきものを活かしていた。

 そういう意味では、冷凍を使って保存する、赤福の発想は良いアイデアと思う。

 しかし、今回の皆の怒りは、「騙した」と言うことである。ブランドを守るためには、嘘と言うのは許されない。

 昔も、御木本が、不良真珠を焼き捨てた例があった。ブランドの責任と言うものを、本当に考えて欲しい。

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2007年11月 3日 (土)

今朝の新聞を見て

 今朝の新聞を見て気になる記事があったので、忘れないうちに書いておく。奈良県の医師宅放火事件を扱った、講談社の出版物の裁判に関してである。今回は、本当に訴えたかった、出版社や著者でなく、鑑定医のみが起訴と言う事は,もう一つしっくりしないが、守秘義務を持ったプロの業務と言うことでは、当然の起訴と思う。

 特に、人の心を調べる医師が、「調書を丸ごとコピーして表紙にする非常識な」出版社や、著者の性格を見抜けなかったことは、不覚と言うべきであろう。

 但し、今朝の朝日新聞で気になる記事があった。講談社の内部では、「名誉毀損の民事訴訟を考えていたがまさか刑事事件とは?」と言う話しらしい。

 個人の名誉には鈍感だが、刑事事件に敏感とは何か、人間の尊厳を無視しているように思う。このような、市民の無念を受け起訴するのは、検察の業務としては当然ではと思う。

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2007年10月25日 (木)

学力テストについて

 全国共通の学力テストの結果について、朝の新聞で読んだ。結論として、知識の量は多いが、使い方が下手と言うことである。

 この原因に対して、突込みが不足しているように思う。考えてみると、教育行政では、テストの結果を検討し、反省すると言う仕組みがないのではなかったのではないか。企業の立場で、悪い結果が出れば、「なぜ」を5回繰返し、「真因」の追求をしている。

 試験は結果を見てから本当の活用が始まる。行政がこれをしないのなら、それで教わる生徒に、「活用能力」を求めることが間違っていると思う。

 この真因を追究すると、教師側の能力問題等、今までのタブーに触れるかもしれない。しかし本当のことから目をそむける限り、改善は行われない。

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2007年10月21日 (日)

田沼意次に期待

 本日の報道2001で竹村健一氏が、「年金等の金を積極的に運用して増やせ」と言っていた。これは重要な観点だと思う。

 しかし、日本ではこのような金儲けは、卑しいこととされそうだ。

 江戸時代では、田沼意次が積極的に金儲けをして、幕府を守ろうとしたが、松平定信に葬られた。今の日本でこのような動きがないように期待したい。前にも書いたが、変な武士道を振り回し、『商売人は口出しするな』等と言う、発言に乱されないようにして欲しい。

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2007年10月13日 (土)

材料力学について

 ベトナムで日本のODAで建設中の橋が崩落したり、建設時の構造計算の不正が見つかったりと、材料力学に繋がる話題が多い。しかし、この分野は、基礎として重要なのに、あまり人気が低いように思う。私も学生時代はあまり好きではなかったが、今教科書を読み直してみると、物理学の実用化への道のりとしては、結構面白い。

 微分積分が、「細かい区間での力や、その積み重ね」と直感的にわかる形で表現されているのも、今見直すとよく解る。図式解法もあり使いやすく工夫されている。

 この分野が、なぜ今もう一度教え直さないといけないのであろうか。これには、色々な側面がある。まず、材料力学の理論は、どちらかと言うと材料が壊れないレベルでの計算が主体である。しかし、本当に必要なのは、材料の破壊の検討である。そのため、材料力学の教科書の最初には、軟鋼の破壊に関する話しを説明していた。

 ところが、現在は色々計算ソフトウエアの良いものがあり、材料のサイズ等の情報を入れるだけで、応力・ひずみなどを計算してくれる。このような計算ソフトを単に使っているだけだと、破壊の怖さに実感がなくなってくると思う。

 現在の事故多発の一側面ではと思う。

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2007年10月12日 (金)

自動改札機の事故

 今朝の首都圏のICカード利用の改札機騒動は、まだ原因がわかっていないらしい。私の仮説は以下の2つである。予想が当たれば拍手喝さいと・・・

1.サーバーの通信処理ソフトウエアのバグ
 特に通信以上が発生した時の対応で、無限繰返しになる

2.データの時間カウント値の溢れ
 一定時間から連続的な時間を計算しているが、
 16ビットまたは32ビットを超え桁あふれを生じさせ、新しいデータを認識しなくなった。

これ当たるかな~

ここまで10・12 PM9:11

本件は、特定データ数でのトラブルと言うことでした。
   ”はずれー”10・14加筆修正

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2007年10月 8日 (月)

体罰問題へもう一つの切り口

 相撲部屋の話しも含めて、体罰に関する議論が色々ある。ここで、体罰に関する新たな観点で、議論してみたい。今回の議論の本質は、
 「体罰向けの指導書がないので体罰反対である」
と言う観点である。指導書と言うのは、教科書出版会社が教師向けに、教科書を使って事業を進める方法を書き加えた本である。検索して見ると以下の様な例が見つかった。http://www.nichibun.net/textbook/heisei_19/guidancebook/index.php

 私も正規教師ではないので、現物は見ていないが中々の優れものらしい。特に大学卒業して直ぐの新卒先生が授業できると言うのが不思議であったが、指導書のことを聞き何となく解った。

 なお、指導書について二人の元教師の名(迷)言がある。ある人が、作文指導をしたいと言った時の発言である。
 「あんた指導書なしにやってはいけません」
 「作文の指導書はない。だから、学校では教え方が不十分、頑張りなさい」

 このように指導書なしで、教えられない先生に、「指導書なしで体罰」などされると、たまったものではない!そういう意味で、私は体罰反対にせざるを得ない。

 なお、体罰の一つの根拠として、禅宗の警策の使用を挙げる人もいる。ここでもこのような公案がある。

 「徳山・行応底は且らく置く。上座が一棒作縻生(そもさん)か受用せん」

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2007年10月 6日 (土)

権力乱用

 今朝の新聞では、生命保険の未払い問題が、取り上げられ、政府から
  「厳しくご指導を頂いている」
様子がよく解った。そこで気になるのだが、一企業に対してこれだけ厳しく言う政府は、身内の
  「社会保険庁の年金未払いや着服」
に対しては、どれだけ厳しく言うのであろうか?

 ましてや、
  「着服を厳しく追及すると士気にかかわる」
とおっしゃる地方公共団体等には、どのような指導をするのであろうか?相撲協会に預けて、バットとビール瓶で指導してもらうのもどうか?

 さて、社会保険庁(及び代行の地方公共団体職員)の年金着服だが、政府の追求が弱いと思う。これは、国家権力の悪用である。例えば、
  「自衛官や警察官が、支給された拳銃で強盗を
   働けば、政府やマスコミはどのように
   追及するであろうか?」
国家権力を使って、無辜の市民の金を巻き上げると言うことでは、同様の犯罪である。

 小さいことでは、教師の無意味な生徒いじめ・体罰と証する暴力行為、相撲部屋のリンチ事件、どれも権力の乱用である。

 この国では、権力を持った人間が、それを乱用した場合の罰則が、弱すぎるように思う。

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2007年10月 1日 (月)

色々な丸投げ

 何も考えずに、仕事を押し付けることを、丸投げと言う。特に、
   「下請けに丸投げする大企業」
と言う表現で良く使われている。

 しかし、自分の競争力を強化せず、
   「注文を出さない、金を払わないXXが悪い」
と言う話しもよく聞く。

 「政府が悪い」の合唱にも、このような雰囲気を感じる時がある。

 昔はこれに対し、「補助金の垂れ流し」と言う対応があったが、今はそうは行かなくなった。小泉政治の一つの、成果であろう。

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2007年9月30日 (日)

国家の威信(二人の死)

 近頃のニュースの内、国家の威信にかかわる事件と思うものについて、思うところを書きたい。

 まずミャンマーでの、長井さんの事件であるが、これは「パスポートで日本国が安全をお願いした国民を、該当国の兵士が射殺した」と言う、大問題である。ある意味で、軍人は国の意思を表明しているのだから、「ミャンマーは日本に対して、交戦意思がある」と考えなければならない。パスポートの重みを考えて欲しい。

 次に、大相撲時津風部屋のリンチ死亡事件である。この事件は、警察の捜査結果を待つ面もあるが、一つ気になる面がある。それは、相撲協会に下賜されている、「天皇賜杯と内閣総理大臣杯」の存在である。このような暴力事件と悪質な隠蔽工作を起こした集団に、国家の威信のかかった賜杯を、下賜してよいのであろうか?千秋楽の君が代斉唱も、穢れた身で国家を歌って欲しくない。

 なお、相撲に関係するものは、行司は脇差を帯びて土俵に上るし、横綱も太刀持ちがついている。彼らは、自らに恥じることがあれば、潔く自決する覚悟を示すため、刀を持っているはずである。それを「警察の捜査を待って」などというのは、相撲の根本を忘れている。危機管理などという前に、自ら穢れを祓い清める、根本を見直すべきであろう。

 それとも、モンゴルにでも行って、相撲道と称するものを教えてもらうか? 

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2007年9月29日 (土)

知識教育で格差解消は出来るのか?

 格差社会の対策が、いろいろと言われている。今朝の朝日新聞の「けいざいノート」小林慶一郎氏著では、以下のように書いている。

 まず格差は、既に欧米では90年代には社会的問題になっていた。アメリカの場合は、70年代から80年代にかけて、多くの人の賃金が低下し、労働生産性も低下した。(学歴による格差)90年代は、低所得者の賃金下落は止まったが、中間層の没落が顕著になった。
 更に21世紀には、上位4%が激増し、残りは所得が低下している。この原因は、情報化の進展に対する不適応者の所得低下によるとしている。

 この記事では、新しい技術体系に即した教育を行うことで、能力の差が縮まり、一般人の所得が上昇するとしている。

 私は、この意見に少し、疑問を感ずる。現在の所得格差の底辺には、正社員と非正規労働者の格差が存在する。ここで、正規労働者に存在する、大きなメリットとして、企業内教育の効果を挙げたい。特に、知識以外の生活習慣や、基本技能等の訓練は、非正規労働者には、中々身に付けることが難しいものがある。極端な話し、『朝キチンと、決められた時間に、決められた場所に、決められた服装で出社する。』ことすら、身に付けるのが苦痛な人もいる。

 本来このような基礎的な、人間生活のスキルは、小中学校の義務教育で身に付けるはずである。しかし何か、この当たりが甘くなっているように感じる。小学校のしつけから、考え直さないといけないのではないか?

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橋下弁護士の法廷場外戦術

 先般からニュースの、橋下vs今枝の両弁護士の対決だが、今回の橋下弁護士の対応は、ある意味で痛烈なパンチと思う。そもそもの発端は、今枝弁護士が、最高裁への出廷を、「弁護士会の行事がある」と言って、無視したことに一つの原因がある。

 今回は、橋下弁護士も「テレビ出演の都合で」出廷はしていない。しかしながら、「法的に許される文書での陳述」を行っている。しかも「テレビの出演は重要な仕事」と言うのも、「弁護士会の行事は重要」と言った、今枝弁護士達の振る舞いに対する、十分な当てこすりである。

 橋下氏は、テレビに出たら、「場の空気も読めず、変なことを言う」ぱっとしないタレントだと思っていたが、このような大衆向けの対応もできるとは、なかなかやるなと思う。

 なお、日本の法廷では関係ないと思うが、アメリカの裁判に関して辣腕弁護士であった、”E.S.ガードナー”が”ペリーメイスンの第二弾で始めて法廷場面の出現した『すねた娘』(創元版)『怒りっぽい女』(早川版)では、「法廷の大衆の裁き」の怖さを述べている。

 橋下弁護士は、このようなことを理解しているようである。

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今朝の朝日新聞を見て

 今朝の朝日新聞を見て、色々と気になった記事がある。

1.3面(関西版?)「前鳥取県知事 片山善博さんに聞く」の記事

 この主旨は、「大阪がしっかりして、西日本のリーダーとなれ」と言うことらしい。しかし、このような中央集権的発想は、それこそ東京的・霞ヶ関の官僚的発想だと思う。

 関西には、商売の中心大阪と、千年の古都である京都、国際都市神戸等の色々な個性が、それぞれ棲み分けている。(良い意味も含めて)変人を育てる京都大学、実用的な大阪大学、経済・経営では阪大・京大を無視していた神戸大学と色々面白い分担がある。これを一律に、大阪中心の共同体と言っても上手くいかなでしょうね。ただ大阪の官庁に自覚を促すのでは、スローガンとしては良いかもしれない。

2.35面(関西版) 神道・仏教共に祈る

 これは、
  「ミャンマー情勢などを懸念し、奈良の主要寺社の僧侶と神職が
   春日大社で、紛争の早期終結を祈った。」

と言う記事である。

 この記事自体は、悪くないが
  「仏教、神道の宗教者がこうした行事を一緒に開くのは異例のことだ」

と言う表現には、おいおいと言いたくなる。歴史的に見れば、神道と仏教の疎遠な関係は、明治の廃仏毀釈以降の話である。千年のことにとってはホンの100年一寸の出来事である。まあ、興福寺の僧侶から春日大社の神官に変身した、立派な方々のやったことを、考えれば少しは寺側に恨みがあるかもしれないが・・・

 春日明神と明恵上人の世界を引き出して、もう一度考えて欲しいと思った。

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2007年9月26日 (水)

新聞を見て

 今朝の新聞を見て、2つほど気になる記事があった。

1.自民党の山崎氏が、講演の中で「昨年10月の北朝鮮の核実験について『核保有がはっきりしたという意味でよかった』」という発言をした問題で、釈明書を広島長崎の市長に送ったと言う話し。

 全文を、読まずに部分だけで、『核実験~良かった』と言う言葉狩りをしている感じがする。ある意味では、『拉致問題はない』と言う、政党が国会議席に存在した日本である。核保有も、実験と言う現実を突きつけても反論する。しかし、実験で世論の後押しが出来て良かった。これすらいえないようでは、魔女狩りの世界である。

2.通信社配信の新聞記事に対する賠償判決
 これは、共同通信の記事を誤りとしたが、共同通信に対しては、それなりの根拠があったと、名誉毀損の訴えを退け、その記事を載せた地方紙3紙には責任を認めた判決である。

 この骨子は、ニュース源を「共同」と書かずに、自社取材であるがごとく掲載した、地方紙の責任追及である。こう考えると、少し納得してしまった。

 やはり引用は、キチンと出展を明記しないと、責任を取る必要がある。

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2007年9月17日 (月)

精神科医からの反論

 昨日の、『たかじんのそこまでいって委員会』を見ていたら、精神科医の先生が、出演していた。

 そこで、
 「犯罪者の弁明のために精神病を使うな」
と言う趣旨の発言があった。

 この発言を聞いて、というとう出たという感じがする。前にも、池田小学校事件のとき、精神科の先生が以下のように嘆いてられた。

「私の見ている、統合失調症の患者さんたちは、皆さんおとなしい人たちです。このような事件が起こると、皆気にして小さくなって、しまいます。犯人が、本当に統合失調症なら諦めもつくのですが・・」

 余りにも行き過ぎた、弁護手法に泣いている人も多いということを知っておくべきであろう。

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2007年9月15日 (土)

弁護士業務への危険

 大阪の弁護士事務所での痛ましい殺人事件の犯人が逮捕された。暴力常習者から人を守る作業と言うことは、常に危険と隣り合わせになる。このような時、日本の制度では、自らのみを守る手段は余りにも弱い。

 しかし、一寸気になる別の面がある。詳しく内容を調べていないので、余り踏み込んだ議論は出来ないが、一つの危険性を指摘しておく。

 色々話題の出ている、橋下弁護士の提示した、弁護士への懲戒請求に関し、一つの危険性を指摘したい。今回の弁護団がそうとはいえないが、政治思想や宗教的思想で動いている場合には、中々批判を受けないし、自分の正義を持っているだけに、敵対者には容赦しない性格がある。

 そのような、カルト的な相手に懲戒請求をすると、相手も色々な手段で報復することになるであろう。法律の世界は、素人と玄人の差が非常に大きい。つまり相手の武器が多い状況に、楯突くことになる。そのような、危険性も知れせず、テレビで安易に懲戒請求の話をすることは、少し軽率だったと思う。

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2007年9月14日 (金)

年金の運用

 今は一寸下火になったが、年金問題の議論がマスコミを賑わしている。そこで一つの議論が、
 「資産をどう運用するか?」
である。

 しかし、投資に関する勉強等習っていない。勉強優等生の官僚たちに、運用が出来るのであろうか?しかも金儲けを軽蔑するような儒教の影響が大きいと、ますます悲観的になる。

 「金儲けは悪いことであろうか?」

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2007年9月 9日 (日)

広汎性発達障害について

 一寸機会があり、広汎性発達障害について、調べてみた。特に、高機能性の場合には、本当に障害と言うべきか考えてしまった。

 昔から、皆とうまくやれない子供がいた。成績の良い悪いとは別であった。しかし、これに『発達障害』と言うラベルを貼ることで、メリット・デメリットがでてきている。ただし、なぜこのような言い方が出て来るのか、一つ原因を追究してみたい。

 一つの仮説は、教育に関する管理の徹底、特に「ゆとり教育」の一つの理念である、「全員が最低限これだけ習得」と言う発想である。これから、きちんとした学級運営をしないと、教師の責任になる。そこで免罪符は、「~~障害」のラベルである。「障害だからしょうがない。」これで逃げる要素もあるように感じる。

 学校運営でも、色々な子供がいるという認識が許されると、一寸違って来ると思う。

 ただし、「広汎性発達障害の子」についての対策は、何か仕事が上手くいく環境作りと、同じように見えてきた。ある冊子から引用してみた。

<接し方> 幼児期学齢期

「見通しの立つ環境にします」

生活の見通しが立つことは、安心を与え、社会性を伸ばす基礎になります

【子どもに伝える内容】

・毎日の日課をなるべく一定にして、

 見通しが立つように配慮します。

・初めての経験や予定の変更がある場合、
 ことばで説明するだけでは充分に
 理解できないことがあります。

・「いつ」「どこで」「なにを」「いつまで」
 「どのようなやり方で」するのか、
 「終わったら次に何をするのか」をはっきり伝えます。

・特に活動の「終わり」は明確にします。

【伝える方法】

・一日の日課や予定の変更を目で見てわかるように、
 活動に関連した物や、絵・写真カードで示したり、
 日課の流れを文字で書いて示したりします。

・変更の後には、いつもどおりの日課や
 楽しみがあることを示して、
 安心させることが大切です。

「場所と活動の意味を一致させます」

わかりやすい空間は、子どもの自発的な行動を促します

 その場に行けば活動内容がわかるように、
“勉強する”、“遊ぶ”、“食事をする”等の
 活動と、それをおこなう場所とが、できるだけ
 1対1で対応するようにします
 (ついたてやカーペットを利用して
  部屋を区切る方法もあります)。

 その場に関係のないものは片付けます。

 不安になったときや混乱したときに、
 子ども自身が避難できるように、一人静かに
 落ち着ける場所やコーナーを工夫して
 用意しましょう。

この注意、会社生活で仕事の与え方に繋がると感じた。

ライターや長い靴べらは、戦傷者の便宜から一般化したように、発達障害児への対応から、仕事の改善が生まれるかもしれない。

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2007年9月 6日 (木)

ダンスと武道の効果

 聞くところによると、中学校でダンスと武道を必修にするらしい。

 個人的にはこれは賛成である。ただし、日本の伝統と言う話しではなく、別の意図がある。

 私の意図は、ダンスも武道も、「相手の体の動きを思いやる」ことが必要だからである。これは、現在一番欠けていることだと思う。

 しかし伝統的な武道を教えるには、現在の体の捌きをどうするのかしら?運動会の行進を、ナンバ歩きにしたらどうなるのかな?

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2007年9月 3日 (月)

批判を拒否することは?

 本日の夕刊を見ていると、橋下弁護士に対する提訴の記事が、載っていた。理由は、橋下弁護士が、テレビで懲戒発言をしたことで業務に妨害を受けたとのことである。

 この件に関して、一つ言っておきたいことがある。それは、弁護士達が自らの懲戒申し立てに関して、一般大衆から隠そうとする姿勢があったということである。弁護士に対して、一般大衆の不満を受ける口は、準備しています。しかしその使い方は、隠しています。これは通らないと思う。

 批判に耐える、これが民主主義であり、科学的態度であるという原則は、ここでも生きていてほしい。

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2007年8月22日 (水)

短い表現の効果

 前の小泉首相は、短い表現が得意であった。逆にじっくり話をしないという批判があった。私も、短い表現では深みに欠けると考えていた。

 しかし、『思考と行動における言語』で面白い指摘があった。
 「マスコミは短く切りだした部分しか表現しない」
これを考えると、誤解を招かないように、短い表現に集中するのは、政治家としては正しいように感じる。

 新聞のように、じっくり読むコミュニケーションの比重が少なくなると、短い表現しかできなくなるのではないかと思う。

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2007年8月21日 (火)

相撲とは何だ?

 モンゴルから来た横綱の振る舞いについて、色々取りざたされている。しかし、どうも議論の食い違いがるように思う。皆が、相撲に何を期待しているかが、外国から来た人に、伝わっていないのではと思う。

 海外の人たちは、格闘としての相撲しか見ていない。しかし、日本の相撲への期待は、神事ではないかと思う。このような暗黙的な了解での文化は、国外の人たちには、理解が出来ないものがある。自分の思いを勝手に押し付けると、海外との摩擦を引き起こさないか、心配である。

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2007年8月 5日 (日)

風力発電について

 地球温暖化の対策として、自然エネルギーの活用を進める。その中で、地域によっては、風力発電が伸び悩んでいるらしい。確かに、風力は自然エネルギーだが、特に日本では不安定この上ない。従って、電力供給全体を見ている電力会社は、変動に対応して、火力の調整をしたり、無効電力を増やしたりする。これは、全体としてのCO2削減になるのか、と言う疑問がある。

 この対策として、電力のエネルギーを積分的に蓄えて、変動を調整する負荷を増やすことが、急務であると思う。具体的には、発電量が増えたときには、熱や揚水でエネルギーを蓄え、発電量減少時には蓄積をやめることで系統に対する供給変動を、少しでも減らすようにする方法がある。例えば、貯水池への揚水と、自然流下の組み合わせで、エネルギーの蓄積が出来る。

 しかし、基本的には日本の電力行政が、大電力会社に依存していることに、根本的な課題がある。小規模発電業者と大電力会社の関係で、大会社の責任とばかり、変動への対応を任せるの如何なものであろうか?全体を見た、行政コントロールが必要ではなかろうか?

 このような、大企業が先に走り、そこに色々な責任をかぶせる行政手法は、明治以降の追いつき形式産業政策ではよいが、現在にはあっているのだろうか?

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2007年8月 3日 (金)

強者は攻撃しても良いが・・・

 この時期になると、戦争に関するニュース・意見が新聞等で色々でてくる。そこで、大切なことは、弱いものいじめは、見苦しいということである。もう一つ指摘しておくと、組織及びそのトップは、強者かもしれない。従って、"帝国陸軍""帝国海軍"や、陸軍指導者であった、東条英機・山本五十六と言うレベルは、批判に曝されても仕方ないと面がある。

 しかし、戦争の前線で戦った個人は、マスコミ等と比べれば『反論の手段も持たない弱者』であることが多い。しかし、軍隊の組織としての罪も、実行犯である個人の罪として糾弾する向きがある。特に、個人としての弁解も許さない糾弾が行われることも珍しくない。

 例えば、南京のいわゆる『百人斬り』報道について考えてみよう。戦時国際法から見れば、一人でも一般人を殺すことは、許されることではない。それは、軍隊としての罪である。しかし、その行動を「戦意高揚として百人斬りの英雄的行為」として、新聞報道を行う。戦後その新聞記事により、写真に載っていた"個人"が、極悪非道の重罪人として処刑される。

 この時、個人としての名誉の回復を行う行為自体が、この国では罪悪のようである。山本七平氏が、某有名新聞の有力記者から、糾弾を受けたのはその一例であろう。組織としての罪はあっても、個人への弁護まで閉ざすのはおかしいと思う。それを言うなら、第4の権力マスコミの、戦意高揚記事の捏造も、A級戦犯として裁くべきであろう。

 なお、朝日新聞の夕刊には、戦時の新聞社の戦争協力振りも、記載している。正当な評価を期待したい。

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2007年7月29日 (日)

失敗を恐れる若者への処方箋

 今朝の朝日新聞の教育面の「あめはれくもり」で、「答えない子どもたち」と言う記載があった。

 昔は、選択式の試験問題で、答えられない問題があれば、鉛筆を転がしても答えていた。しかし近頃の子は、答えに自信がないと、失敗を恐れて答えなくなっている。これが企業に入ってからも「失敗を恐れて何も言えない」か「やる前から答えを求める」というタイプの若者が増えているという。

 この話しは、1990以前のバブル時代の昔は、別の形で議論していた。
  「近頃の若い者は、とりあえず何か言ってみる。
   鉛筆転がしで答えて中ればそれでよしとする。
   答を求める浅い理解しか出来ない」

 これに対して、「いい加減なことを言うな。」と言う反論は、特に就職氷河期では多く出たように思う。この世代から、「指示なしでは凍結する若者」が出現したように思う。一般的に厳しい時代では、人を落とすことが主体になり、減点主義の評価が横行する。これが就職氷河期に、一気に出たように思う。

 さて、私の若い人たちの指導では、とりあえず最初に、「一回の失敗はリカバリーできる」と言うことを教える。これを、物造りと絡めて教えるのも有効である。物造りは、積み重ねであるので、修正の利く失敗を重ねて、速く作ることも重要である。マージンをとる安全策で作るのか、小刻みな失敗を修正して収束させる、いわば超再生検波を使うのかとの選択である。

 ただし、ここで注意すべきは、「失敗を繰り返す人間は困る」である。どうも失敗を恐れるなと言うと、変な聞き方をして、何時も失敗ばかりする人間が出てくる。このような極端を排除するのも大切である。

 

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弘法大師のご遺徳をもう一度

 昨日の新聞で、種智院大学が、仏教学部の名称を変更して人文学部にすると言う記事を載せていた。記事のホームページは、以下を参照して欲しいが、大学の生き残り作戦と言う、とらえ方であった。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200707280066.html

また、同大学のホームページは、ここである。

http://www.shuchiin.ac.jp/

さて、ここで

 「本学のルーツをたどると、弘法大師創設の
  『綜藝種智院』に至ります。」

と言う記載を見て、一寸待ってそんな浅薄な話しで済ましては、お大師様に申し訳が立たないという気がした。日蓮宗や浄土宗系の大学ならともかく、弘法大師の伝統を引く大学なら、人文科学は言うまでもなく、工学部や経営学部を創設しても不思議ではない。

 まず、現在我々が使っている五十音の表は、弘法大師が作ったという説がかなり有力である。なぜなら、50音は母音・子音の区別が確り判らないと構築が難しい。これは、サンスクリット語の知識があり、その他の言葉を使いこなし、しかも真言での発声法も身に付けた、弘法大師以外では、あの時代では、とても出来そうにない。つまり、弘法大師様は、その当時の世界最高の言語学者であったのである。

 一方、満濃の池の工事と言う大プロジェクトを成功させた、土木技術とプロジェクト管理力は、工学部と経営学部の先祖といえるであろう。話しは少しそれるが、聖徳太子も『大工の神様』と言う伝承もある。

 このように、日本思想史上の2大巨人が、工学系等での指導者であったことは、明治維新後の日本の工学教育の推進に、潜在的な支えとなったと思う。一言指摘すると、ヨーロッパでは、工学部の地位は低く、東京大学の工学部が世界初の総合大学の工学部であった。

 種智院大学には、お大師様の遺徳を継ぐべき立場として、小さく閉じこもって欲しくないと思う。

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2007年7月27日 (金)

宗教対立の怖さ

 タリバンが人質を釈放する、しないというニュースを見た。イスラム原理主義とキリスト教の関係者と聞くと、これはもうだめなのかなと思う。

 宗教の対立は、非常に怖いものがある。それがないのは、日本だけではないか。ここまで書いて、もう一つ凄い国があったな、と思い出した。

 それは、空海が遣唐使で留学した時代の”唐”である。回教、景教と色々あった。そういう意味ではやはり日本の先生は、唐にあったのかもしれない。

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2007年7月20日 (金)

今朝の新聞記事で思う

 今朝の新聞に、彦根市長と週刊新潮の損害賠償裁判の記事が載っていた。記事は、『彦根のバカ市長』と言う表題らしい。

 今回は、市長側が敗訴したらしい。確かに、品位を書く記事だが、このような記事に対して、裁判で訴えるというのは納得できない。

 政治に対する批判は、できる限り時自由にすべきと言うのは、民主主義の基本と思う。

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2007年7月15日 (日)

[脳力]の未来を探る

 今朝の朝日新聞の、「シンポ『脳力』の未来を探る~ヒトの脳の勝負どころは?」の記事では、将棋の羽生善治氏の基調講演「決断力を磨く」の講演が面白かった。

 要点をまとめると以下のようになる。
 1.名手は多く読むのでなく、3手ぐらいに絞り込む
 2.大局観を使うと流れがわかる、経験が大切。
   ただし、経験を積むと迷う。的確な判断が重要。
 3.局面を絵として見る、手順のリズムを感じる。
   引き算で、思考を削るのが重要。
 4.コンピュータは計算力が強い。1年で処理を増やす。
   人間の逆だが、人間のような価値観を付けるか、楽しみ。

このような大局観は、ポランニーの言う『暗黙知』にも通じるものと思う。 

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2007年7月 9日 (月)

『空気』に関する補足

 前に、山本七平氏の『空気』に関して、書いたが、慶応大学の伊藤陽一先生が、「政府・マスコミ・世論の三極関係」と言う形枠上で、上手く整理していた。

 3極の内、2極が一致すると『空気』が発生する。

 忘れないうちに、記録しておく。

http://www.mediacom.keio.ac.jp/publication/pdf2006/kiyou56/kojin/ito-yoichi.pdf

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2007年7月 1日 (日)

インド式計算術に関して補足

 先日もインド式計算術について書いたが、もう少し補足しておきたい。一寸本屋で立ち読みしたが、計算の簡略化を幾何図形の面積などを使って、上手に説明していた。

 個別ルールによる対応は、ラスムッセンが言うところのルールベースの動きでしかない。これを知識ベースに進めるには、やはり代数学のレベルまで進まないと難しいように思う。逆に、中学の因数分解の知識を得てから、このような計算の簡略化で使い込むのは、今までなかったように思う。その意味では、インド式計算術は大切だと思う。

 ここで、知識の功罪に関して、もう一度考えて見たい。単に、ルールを知っているだけでは、邪魔になる知識も多い。私の経験でも、無限数の対応と言う知識を中途半端に知っていたので、かえって実数の濃度が理解できなかったことがある。

 本来の学問の行う者は、自分の知識に疑問を持ち、本質の追求にいたる力を持たないといけない。しかし、現在は、安易に正解を求めすぎるので、本質追求に耐える、忍耐力などが薄くなったように感じる。

なお、ラスムッセンの、スキルベース、ルールベース、知識ベースの3レベルは、このホームページを参考にして欲しい。

http://homepage3.nifty.com/manabizz/ninchi.doc

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2007年6月24日 (日)

やりがい議論について

 本日の朝日新聞A・STAGE の「本当のやりがいはどこに?」では、企業側を攻撃されていた。東大大学院の本田准教授の言う所では、まず企業は、『やりがい』を若い人たちに与えていない。そこで、若い人たちは以下の水路に流れると言う。
 1.趣味性 2.ゲーム性 3.奉仕性 4.団結

 本田准教授の意見では、「企業は給与を抑えるために、『やりがい』と言う美名で若い人をこき使い、可能性の芽を摘んでいる。」ということらしい。

 確かにそのような一面はあるかもしれない。しかし、公器である新聞の紙面で、
   「企業は若い人を育てる力がない」
等と決め付けられるのは、納得がいかない。

 私達は、企業の中で、『大学でフーリエ級数を使って卒業論文を書いていても、各係数の意味を説明できないような学生』でも受け入れて、きちんとした製品作りを教えて、一人前の技術者に育てるのに、苦労しているのである。また、完成した製品を通じた『やりがい』を与えることも、常に考えていることである。

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2007年6月23日 (土)

責任のありか

 あるところで議論していて、内部統制(会社法)の話と、暴対法はどちらも、トップの責任を追及する点では同じ、と言うジョークがでた。

 しかし、日本の責任は見えにくい。ある意味で、和を重視する意思決定法に、本質的な違いがあるような気がする。曖昧な良さもありそうだ。

 これはまだもう少し考えてみたい。

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2007年6月18日 (月)

補助金目当ては?

 コムソンにNOVAと企業の不祥事が絶えない。ところで両者に共通点がある。どちらの経営者も、国の補助金を目当てにしている。

 まず国の補助金に対する接し方に関して、取れるだけ取ろうと言う発想がある。自分たちの力で、生産性を上げるのではなく、補助金で利益を出そうとする。

 こうなってくると、
  「設備を更新したり、新しい作業を考えたたりして、作業の効率を上げる。」
と言うような発想が出にくくなる。

 本当の経営者は、補助金などを当てにせず,自前の技術・経営力で利益を生むことが本筋と思う。

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2007年6月17日 (日)

今朝の朝日新聞ASTAGEから

 今朝の朝日新聞のA・STAGEで、東京大学の本田由紀准教授が、興味深いことを書いていた。まず、記事の概要は以下のとおりである。

 表題「誰も完璧ではないー軟らかな鎧を着て、社会へー」
 <納得できない自分のまま仕事に就く怖さ>
  本田先生は、両親も教師で学校世界しか知らず、『民間企業での働き方』と言うものに就職すると不適応を起こすに違いないと考えた。
 その結果、大学院に進み、オーバードクターで苦しい思いをして、ようやく専門外だが日本労働研究機構に就職できた。
<ベースとなる専門分野が軟らかい鎧である>
 その後も、自分の学んだことをメーンとする機関に属したことはない。そこでは、周囲の分野の専門家の話に耳をそばだてつつ、自分の専門知識を応用して切り抜けた。若い人は、最低限、最初のベースとなる専門性を軟らかい鎧として身に付けて欲しい。素地があれば、専門でなくても関連付けたり転換して、自分を守りながら仕事ができる。
 一生食べていける専門性など、これからはない。だから軟らかな鎧で社会にでて、脱皮しながら成長したらよいと思う。

 言っていることには賛成である。しかし驚くのは、「民間企業社会での働き方を知らないから就職しない」と言う発想である。数十年前の就職では、親が民間企業という人だけでなく、自営業・農業など多様な出身者であった。皆会社と言うものを知らず、不安に思いながら就職し、何となく適合したものである。

 そこで現在を考えると、受験等全てにおいて、情報がいきわたり親切になっている。私達の時代では、大学の学部学科の特性もよく分からず進学し、就職もそれとなく入ったことが多い。これは、悪い面もあるが、曖昧な状況に耐える力、現場での対応力を生み出したと思う。現在の情報過多世界では、曖昧さに耐えない若い人が多くなると感じた。 

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2007年6月 9日 (土)

経営者の条件

 近頃ニュースを賑わしている、コムスンの不正関連問題だが、根本には、経営者の利益創出方針があると考える。もっと踏み込んで言うと、
 「自分で付加価値を考えず、従業員労働の報酬の搾取等で利益を得る」
と言う姿勢が問題である。

 例えばメーカーならば、新規設備の導入で作業効率や品質が上り、利益を創出できる。新技術の開発や改良開発で、製品を創出したり大幅な原価低減を行うなど、誰が考えても納得の行く利益創出構造がある。

 また派遣業界でも、例えばスーパマーケットなどに派遣する前に、自社内の茂木テンポで訓練をして派遣することで、専門職の派遣として付加価値をつけ利益を引き出す例もあると聞く。

 このような、経営側の努力なしに、安い労働力を高く売りつけるだけの発想では、経営者とは言えないと思う。昨日も書いたが、このような経営者像を、学校で植えつけているのでないかと危惧している。

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2007年6月 8日 (金)

学校教育の偏りについて

 今朝の新聞を見ると、「日本青年会議所」が制作した、歴史「教育」アニメを中学校で使うことに関する記事が載っていた。
  特定の考え方「洗脳」手助け
と言うコメントも載っていた。

 確かに小学生・中学生などに、特定の考えを押し付けるのは良くない。しかし、考えてみると、どうも他にも特定の考えが押し付けられているような気がする。例えば、
 「資本家は悪い」
 「大企業は悪い」
 「大企業は物を作らず皆下請けにさせている」
等である。このような面も考えて欲しい。

 

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2007年6月 7日 (木)

教育の黒船

 フィンランドの小学校教育の内容が、日本語訳されて公開されているらしい。

 日本の教育は、文部科学省の指導と出版社の指導書の貢献で、見事な標準化がされている。しかし、この反作用として個別の先生の工夫が弱いように思う。

 このような海外から多様な教育方法が入ってくると、教育の改革が大きく進むように思う。このためには、教師のスキルの積み重ねが重要と思う。ある意味の年功の世界も必要と思うが、いかがであろう。

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2007年6月 5日 (火)

学校制度の矛盾

 学校の運営を難しくする、一つの原因に、親の高学歴化がある。この問題は、学校制度の根本的と絡んでいる。

 現在の学校は成績至上主義になっている。言い換えると、成績が上の人間が正しい、と言う世界である。こうして生徒を指導している。

 そこに、教師達より成績が上だった親が、怒鳴り込んで来たらどうなるであろう。

 昔は、多様な価値観で学校を運営していたから、教師の専門性も維持できたと思う。

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2007年6月 2日 (土)

大阪は本当にだめなのか

 今朝の朝日新聞に、『大阪に明日はない?』という記事があった。

 本当に大阪がだめであろうか?確かに、引ったくり・不法駐車や、有効求人倍率などの指標ではよくない。でも、このような指標は、"首都"東京の連中が考えたものではないか?そう考えてみると、江戸時代の大阪は、自分で文化を発信していた。さらに、第二次大戦前までは、それを維持していたように思う。

 戦後、東京価値感に侵略されたことが、現在の大阪を引き起こした根源ではなかろうか?

 ただし、私は大阪の老舗の知恵が、まだ残っているような気もする。そのような力を引き出すことが重要ではなかろうか。

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2007年6月 1日 (金)

本日の新聞から

 本日の新聞の朝刊には色々興味を引く記事があった。

 まず、第3面の『監査難民』の記事、これは「監査の難しさ、正しいと保障する重み」が、皆に認識されてきたと考える。当然、難しい保障は避けるから、危ない会社は、監査すら受けられなくなる。

 科学面の、NTTや全日空のシステム障害の記事も関連している。まずNTTのIP電話は、命令の1字の打ち間違いが発端であった。一方、全日空の場合はまだ原因が不明らしいが、二重回線の一部が切れたために起こったらしい。多分古い情報が残ってしまったか、異常を知らせるメッセージを高頻度で送り続けると言う、初歩的なミスであろう。

 さて、ここでも正しいと見抜く試験能力が必要である。

 現在は、厳しい社会なので、正しさの保障が重視されるようになってきたと思う。

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2007年5月27日 (日)

米軍の撤退

 アメリカ議会が、米軍のイラク撤退時期を明記しないことに決まった。
 これに関して一寸考えてみた。

 まず、軍隊運用の常識として、
 「防衛戦闘の部隊に期限を定めてはいけない」
と言うことがある。

 アメリカは、軍隊常識のある国だから、このことも判断に影響したのではないかと思う。

 ただし、この発想は、イラクでの現状が、不利な戦いと議会が認めたということではないかと思う。

 我が国にも、もう少し軍事常識を広げて欲しい。

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2007年5月26日 (土)

技能は忘れていませんか?

 昨日の朝日新聞で、『水素製造、新方式に壁』と言う記事を読んだ。これは、2005年12月7日に、九州大学の伊都キャンパスにある、閉じたタンク内で電気分解し400気圧の高圧水素ガスを直接つくる方式の、水素発生装置の配管が爆発した事件の結論である。

 この記事の、事故調査でも原因が判明しないと言う話をみて、
  『物造りをなめているのか』
と感じた。このような危険なものを作るときには、
 「基礎研究で要素技術を解明する。その上で小規模なパイロットプラントを
  作り実験する。そして大きくする。」
と言う基本的な開発管理が忘れられているように感じた。

 このような開発管理の技能が失われている。また、高圧配管にもそれなりの技能と設計配慮が必要である。

 大学が、物造りに乗り出すときには、それなりの配慮をして欲しい。

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2007年5月20日 (日)

武術の発想から

 秘伝の6月号を見たが、色々と参考になる。

 その1
 名人の世界を垣間見る言葉・・・空手の達人達
 「自然に考えが変わってくるというのは、ひとつの悟りなんです。
 気づいたらそういう風になっている。考えての結果”こうしよう”
 というのではなく、無意識の内にパッと感じる取る力です。
  無意識の力と言えば、寝ているときに見る夢は、
 技への大きなヒントを与えてくれることがあります。」

 「年齢的にも一番上になっちゃって、夢以外に教えて
  くれるものがいなくなっちゃったから」

 「夢に教えてもらうほど空手に真剣、ということでもありますね」

その2
 現代若者気質
 能の指導において
 「若い役者に『もう少しここで間を取ってくれ』と言うと、
  『何秒、取ればいいんですか?』って訊かれてるというんです」

その3
 空手について。
 「手は形ではありません。」・・・本当の手は一撃で終わる
 「型は空手ではありません」
 「手はみせるものではありません」

<蛇足>

 愛知県で痛ましい事件が発生した。今回の事件で、従来の護身術の常識を覆す事態がが発生した。従来は、
 「拳銃はめったに中らない。5メートル離れれば命中しない。」
と言うことであった。その結果5メートルあったら逃げろであった。しかし今回は、家の中から警官に対し急所に命中させている。また、今回の拳銃は45口径らしい。日本の警官は体格を考慮して、アメリカより小型の38口径を使用している。

 このように、45口径で屋外に居る相手に、命中させるのは、かなり練習が必要である。そのような状況を見過ごしたことは、警察の怠慢ではなかろうか。

 また、関連して特急列車でのレイプ事件について、
 「周りの人間が止めなかった」
と言うテレビ等での発言がある。この時、もし相手が拳銃を持って居たらどうなるであろうか?そうでなくても、覚せい剤を服用している人間には、単なる押さえ方では通用しない。そのような相手と口論になった場合には、物理的な格闘になる。その場合には、相手の戦闘力を確実になくなす覚悟でない限り、自分がやられるであろう。

 そこまで覚悟して止めろと言えるのか?また、止めた人間が相手を壊した場合に、世論の批判はどのよう成るであろうか?

 現在の平和ボケした世論は、一寸ずれているように思う。

 なお、JR特急のレイプ事件に関しても、警察の動きに関して、言いたいことがある。今回の容疑者は、前にも同様の犯罪を行っている。しかも再犯可能性が見えている。このような危険な人間を野放しにする世界は、一般の市民の安全を無視しているとしか思えない。

 ただし、シージャック犯人を射殺しただけで、”人権派”の弁護士殿に訴えられるようでは、警察も萎縮せざるを得ないかもしれない。何か間違っている。

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2007年5月16日 (水)

社会党の正体

 先日の新聞で見たが、戦後の社会党には、戦時中は『戦争賛成派だった人』が多数存在した。これと比べると、自民党の方でタカ派と呼ばれる、岸元総理でも、東條英機に刃向かって居る。

 これを見て、山本七平氏の著作にあった、
  「共産主義者は直ぐ転向するが、自由主義者は転向しない」
と言う、戦前の特高の話を思い出してしまった。

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2007年5月12日 (土)

医療事故と教育のトラブル

 今朝の朝日新聞を見て、関連のある記事を見つけた。一つは、医療の「事故調」の話、もう一つは、『戦後教育学』の話である。

 医療と教育の話、共通点は、「従来は関係者(受益者)の口出しを封じていた」が現在は、「被害者と思った人が直ぐ訴える」状況になったことである。医師の処置などに不安や不満があっても、「素人にはわからない」と言うことで、門前払いされていた。その実、「経験を積みたいから、この手術を試して失敗した」等と言う話から、遺族の無念を晴らすための訴えが出るのは、ある意味で当然であろう。

 また、学校教育においても、かなり精神的に安定性を欠く担任教師や、思想的に偏った教師、能力的に明らかに劣っている教師に対しても、不満を言えない時代が続いていた。現在はこの反動で、学校や教育委員会に直ぐに苦情を言うようになったのではないかと思う。

 一方、両者の違いは「学会」の強さである。医療系の学会では、「ヒポクラテスの誓い」が生きているので、専門家を優遇する徴候がある。しかし教育関係の学会に関しては、どの分野の大学教授も、自分で講義し・指導した経験が豊富であるから、一言も二言もある。従ってかなりの先生方が、”自信を持って”口を出している。電気学会など各分野の学会でも、教育の専門委員会を持っている。昔のあるジョークに
 「工学部の先生は、自分の専門分野では企業の経験に対し謙虚に聴く。
 しかし、企業の教育に対しては、自信を持って発言する。」
と言うものがある。

 系統的な大学の研究も大切であるが、素人の不安や不満に関しても、判りやすく説明する、中立的な発言が確りしないと、「素人は黙れ」「訴えてやる」の繰り返しになると思う。

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2007年5月10日 (木)

最低賃金の議論

 授産施設や小規模作業所の障害者が「訓練生」かという議論が出ている。単純にアウトプットを評価したら、工賃は高く出せないのは、市場原理から言えばしかたないかもしれない。しかし、最低賃金レベルの作業が出来るまでには、長い訓練期間が必要である。そのための期間をどうすると言う問題がある。

 ある意味で、最低賃金という制度が必要と言うのも、何かいびつな感じがする。

 労働に対して、適正な賃金を払う。一方労働者は、それ以上の改善で経営者に応える。このようなよき習慣がどこかおかしくなっている。安い工賃のみを求める経営者と言うのは本当に良いのであろうか?

 中国生産やベトナム生産に頼る。派遣社員に仕事を移す。何か同じように感じる。

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2007年5月 8日 (火)

今朝の新聞から

 今朝の朝日新聞から、気になる記事について忘れないうちに書いておく。

まず3面の、「国立大改革 迫る競争原理の波」について。私個人としては、経財会議民間議員の丹羽宇一郎・伊藤忠会長の
  「ミニ東大の量産やめねば」
に同感である。しかし、国立大学協会理事の林勇二郎・金沢大学長の
   「大学に大胆な提案をする団体には、現状をよく理解してから
        主張を展開するように注文したい」
と言う主張にも、大学の変化を知っているだけに、少しは納得する。

 しかし、大学の先生方も結構色々な所に口を出されていますね~~

 それはさておき、この話に関連して、ポランニーの『暗黙知の次元』の第Ⅲ章の『探求者の世界』を思い出した。『探求者の世界』は確かに、外部からの評価が難しい。従って、大学の自治で、しかるべき予算配分がされるのは、それなりの説得力がある。

 ただしそれは、世間の尊敬が支えていないといけない。暗黙的に大学を支える気持ちがなければこれは、成立しないと思う。そのためには、大学自体の厳しい評価があってしかるべきと思う。

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2007年5月 7日 (月)

保守コスト

 ジェットコースターでの死亡という痛ましい事故がおきた。原因の完全な解明が終わっていないので、部分情報での発言となるが、
 「設備の維持管理が軽視されてた」
感じがする。

 鉄と言えども永遠の存在ではない。安全を保つには、点検と補修が必要である。このような当然が見過ごされているように思う。

 そう言えば、エレベータでも保守点検がいい加減で、火を噴いていた。

 このような地道な保守作業をキチンと行う。当たり前のことがどこかに行っている様に思う。怖いことだ。

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2007年5月 6日 (日)

裁判員制度について

 裁判員制度について、アメリカの教育の小学生時代からの違いを、一点指摘しておく。それは、「事実と意見の記述」を確りと区別する訓練である。

 アメリカでは、小学校時代から「事実と意見」を確り区別する能力を植えつける。従って、裁判における証言でも、「事実」を確り抽出して、自分の判断を下すことができる。

 しかし日本では、この分離があまり確りしていない。

 またディベートの教育も、アメリカの裁判を見ているようである。このように子供のときから裁判に役立つ、言語処理能力を訓練されているから、陪審員制度も上手く動くのではないかと思う。

 我が国の政策の、総合性の欠如をここでも感じてしまった。

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2007年5月 3日 (木)

大学の卒業論文

 昨日の話と関連して、もう一つ補足しておく。それは、『飛び級による大学院入学』の弊害である。

 私の数少ない経験で申し訳ないが、企業で新入社員を見ていると、資料調査や報告の作成など、修士(博士課程前期)修了者は、学部卒と一味違う力を示してた。

 ところで、ある新人は、何か修士にしては気が利かない?

 そこで不思議に思っていたら、当人がある意味自慢げに、「自分は飛び級」と言っていたので、納得してしまった。やはり、卒業研究による論文まとめと、修士の論文の2回を経験し散ると、大分成長するように思う。この成長を、一貫して指導してもらった方が請うkがあると考えるがいかがであろうか?

 なお、私は飛び級自体は否定しない。ただ条件があり、卒業論文までの段階をどうショートカットしようがそれは大学の勝手だが、3年から大学院と言う動きに否定的なだけである。ただし、これも大学院の前期・後期連続するならば、それでも良いかもしれない。修士の論文1回だけと言うのは、物足りなく感じる。 

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2007年5月 2日 (水)

大学院博士課程前期に関して

 教育再生会議が大学院の改革に関して議論しているらしい。その中で、学部学生がその大学の大学院に、そのまま進学することを、枠を決めて禁止するなどを考えているらしい。確かに、博士課程後期まで進み、大学に残る可能性のある学生については、大学院の機会に他の大学を見ることは重要と思う。

 しかし、前期課程で就職する場合には、2年の細切れより4+2年の継続性が望ましいと思う。特に工学部などでは、4回生の卒業論文の反省を踏まえて修士論文を書くことは、完成度を高めるために有効と思う。

 企業で、新入社員を見ている立場からは、確りした先生に3年連続して指導された学生には、それなりのものを感じているので、連続性を残して欲しいものである。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/3bunka/dai10/siryou1.pdf

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/3bunka/dai10/10gijisidai.html

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2007年4月25日 (水)

全国学力テストを見て

 今朝の新聞に、全国学力テストの問題が出ていた。小学校の問題を見ても結構楽しめる。特に注意すべきは、国語の問題である。論理的な読み方が主体であり、いわゆる文学的な文章は少ない。私はこのような出題が良いと思うが、さて文学部出身の先生の趣味は、文学的な文章ではなかろうか?

 算数でも応用問題で文章読解能力を追求している。このような問題を解けるように、現在の学校教育ができているか、若干不安が残っている。

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2007年4月15日 (日)

暗黙知について新聞記事

 今朝の朝日新聞のbeで、飛行機の操縦と500分の1ミリの差を識別する職人の技を、暗黙知として取り上げていた。確かにこれらの分野には、暗黙知が働くことは必然である。しかし、この記事では、『言葉に表すことができにくい技能や知識』を暗黙知と読んでいる。この部分は一寸ポランニー信奉者としては受け入れがたい。このような知識はできる限り、言葉で表現すべきと思う。

 ただ今回の記事には、色々考えるべきものがある。

 1.飛行機の操縦の二つのパターン
    ・事前に予測をきっちりして一気に仕上げるフィードフォワード
    ・状況に応じて柔軟に修正するフィードバック
     この両者の区別は、前から計画・準備上手と修正上手の区別で
  議論したことがあるが、このような整理はよく判る。

 2.観の目つよく、見の目よわく
  一点に集中すると、全体が見れなくなる。運転などでも
 集中しない方がトラブル対応が良い。これは総合化の観点で大切。

 3.名人は500分の1ミリを識別する
  ドリルの刃先の砥ぎ方でも名人が研ぐと、切れ味が違う。
  名工は指で触るだけで、500分の1ミリが判る。相対的な滑らかさは
  かなりよく分かる。これは大脳の情報処理構造を考えれば、納得の
  行く面がある。触覚自体の識別力と、全体の識別は別である。
  その部分で細部を突破するのが、名人の条件と思う。

 4.トラック車庫入れ競争
  良く見えることが成功の理由だった。 

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高校生の学力評価

 新聞記事によると、高校生の学力低下が改善されたとのことである。額面どおりなら嬉しいが、一寸と思う点がある。まず、国語の力が本当に評価されているのかと言う疑問がある。漢字や古典を問題にしているが、論理的な文章の読み書きと言う、基本が評価されているか気になる。

 「桜」が大和言葉であるなどという話は、どこやらの美しい国総理への胡麻擦り問題であろう。

 なお、英語に関しては、前にも書いたが会話重視の面では進歩したようである。

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2007年4月10日 (火)

職業能力の2面

 本日の朝日新聞の関西版の朝刊10面に、若者の職業能力の二つの指標の記事があった。両者の比較は以下のホームページで確認して欲しい。

経済産業省の「社会人基礎力」http://www.meti.go.jp/press/20060418005/shakaijin,kisoryoku-point-set.pdf

厚生労働省の「就職基礎能力」http://www.mhlw.go.jp/general/seido/syokunou/yes/01.html

 両者の比較は、経済産業省と厚生労働省の狙いを考えれば納得がいく。経済産業省は、企業の能力を上げ多くの税金を生み出すのが、主要目的である。一方、厚生労働省は、失業率を下げるのが目標である。

 従って、「就職基礎力」は最低限の能力で、「社会人基礎力」は今後の成長の条件であろう。

 ただ東京学芸大学の准教授殿が、基準から落ちた若者の挫折感と言う話でこれに反対しているのは、納得がいかない。学校側で確り教えていないからこのような状況になっているのにと思う。

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2007年3月31日 (土)

今朝の朝日新聞から(就職関連)

 今朝の朝日新聞で、紙面審議会の最終座談会を見た。中々厳しいが参考になる意見があり引用させてもらう。

 丹羽委員:朝日には優れた人材が入社してきているはずだ。不祥事にしろ、
  記事にしろ、入ったあとの修養、修業が足りないのではないか。

 勝又委員:不祥事をきっかけとした改革の一環でジャーナリスト学校を
    つくったわけだが、日々の仕事に追われている記者に、時には
  一つのテーマをじっくり追う経験を積む機会を与えることが必要ではないか。
  養成学校だけですむのかどうか。

 丹羽委員:若い人の読書離れが言われるが、いい記事を書き、
  いい見出しを付けるにはいい文章を読むしかない。

 白石委員:読むことも大事だが、たくさん書かないとだめだ。米国の大学
  では、研究論文を書かせるときに、文章作法も時間をかけて指導する。
  若い記者の文章修養はどうなっているのか。

 外岡局長:かっては、若い記者の手書き原稿にデスクが直しを入れ、
  それをもう一度、記者に清書させたりしたが、いまはパソコンの画面上で
  直すので、書き手に還元されるものが弱い。書くこと自体に割くエネルギー
  が減ったように思う。

フーム、この意見にはかなり賛成する。しかし、日本の大学の文章作成力に関して、大学教授の白石委員はナゼ触れていないのだろう?

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2007年3月24日 (土)

下請けいじめをなくなすには

 新聞を見ると、関西テレビの問題放送が16件とあった。さらに、経済面では経済産業省が、
  『下請けいじめ対策本腰』
と言う記事も出ている。

 前にも書いたが、この問題の根本は、発注する側の能力低下である。

 まず、現場の状況を知らないのが問題である。モノを作るのにどれだけの時間と手間がかかるか、本当に把握した上で発注がされていないから、このようなことが起こるのである。次に、コスト削減に対する、発想の貧困である。モノの作り方か、モノ自体を革新しない限り、そう簡単にコストの低減と言うことは、できるものではない。確かに一時的に外部発注すれば、低賃金の労働者が働くので、安価にモノができるように見えるかもしれない。これが、進むと海外での生産と言うことになる。

 このようなトラブルの再発防止は、発注側の大会社が社員教育をきちんとして、高給に耐えるだけの付加価値を社員に生み出すように、きちんとしつけることが重要である。

 なお付加価値と言うことは、大企業の名前をかざして、発注先を恫喝して、値引きさせることではない!

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2007年3月15日 (木)

マスコミと政治の関係

 少し古いニュースの関連だが、近頃の新聞社と政府の付き合いは、大人になったと感じている。

 まず読売新聞と防衛省の関係だが、新聞記事にしたと言う事で読売新聞のほうには追求がない。

 また、毎日新聞は自社の記者が取材情報を、他に漏らした件でまじめに謝罪している。

 昔の、外交機密情報を記事にせず、しかも野党代議士に渡したくせに、マスコミの知る権利などと威張っていた、新聞社と比べると大分進歩したと思う。

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2007年3月11日 (日)

本日の朝日新聞から

 本日の朝日新聞を見て、色々思うことがあるので忘れないうちに書いておく。

その1
 都道府県や市議会の議員提案条例がゼロが4割と言う話と、ある県議会で、議員に質問の仕方等を教える地方役人の話があった。これは、一つには現在の法制度が複雑すぎて、それ専門の官僚の手を借りないと、とても新規提案できなくなるほど、複雑になっていることに、原因があると思う。
 これに関連して、数日前に某知事が新人のマニュフェストは、制度に慣れていないので大目に見て欲しい、と言う主旨を書いているように記憶している。
 しかし、議員や首長は、それなりの住民の信託を受けるべきものであり、全員プロであるべきと思う。プロと言うものは、その場に立てば期待された働きをするものであり、そこで新米だから・不慣れだからと言う泣き言はおかしいと思う。

その2 
 教員養成の教職大学院を作ると言う話が載っていた。しかし、会社で院卒を含む新入社員を見ていると、大学院で勉強したからと言って、本当に教員のリーダーが育つかは疑問を感じてしまう。大学及び大学院で学んでも、授業対象を想定して教材研究を行う。教壇の上から、教室の隅々まで声を届かせ、しかも反応を読む。このようなスキルは経験で身に付く要素も多い。本当に大学院できっちり教案を書けるように訓練するのであろうか?教科書メーカーの指導書がないと教育できない教師を、これ以上増やすのはおかしいと思う。
 但し、現役の教師の再勉強として、知識の整理と充実を図るのは有効と思う。

 どちらにも共通するのは、大学で卒業した段階で直ぐにプロとして通用する人材が、世の中に出ているのであろうか。

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2007年2月18日 (日)

今朝のテレビから忘れないうちに

 今朝のテレビで参考になる話があった。

 「がっちりマンデー」では、ポンプを『産業の心臓』と言っている。納得してしまった。私も、電気・情報に目を向けていたが、空気を含む流体の扱いはもれていた。しかし考えてみると、最後には物を動かす必要がある。また冷却は電子機器の生命線を握っている。反省してみると、今まで工学において、IT系統の方に力を置きすぎていたように感じる。流体の扱いなどを含めた、機械工学の地道な充実で職人芸の活用・技術化が必要だと反省した。

 また格差問題が色々と報道されている。どうも旧来のマルクス主義経済で、「大企業悪玉論」での追及が厳しすぎるような感じがする。ここで私の独断を書いてみたい。

その1:
 格差是正と言うことで、『再チャレンジの機会を与える。』と言う話がある。しかし、再チャレンジの前に、現在の正社員体制に合うように訓練する必要がある。今まで、学校生活などで、その訓練になじまなくて、『いわゆる負け組み』になった人も多い。
 彼らがすんなり受け入れるような効果的な、訓練があるのだろうか?更にその効果を彼らに納得させ、wantsを引き出せるだろうか?良いものだから受講せよは通らないと思う。

その2:
 非正規雇用の問題があるが、そもそも大学や大学院で勉強した人間は、会社で訓練されずとも、一人前なはずである。それが、一寸おかしいから「正社員で採用してもらって、じっくり育ててもらう」と言う話になる。修士の学位を持っていたら、契約社員で会社と渡り合える力を示して欲しいものである。
 しかしながら、『就職活動をはじめる前に読む本』を読んでいたら、『インターンシップに行って、きちんと定刻に出社する癖を付ける。』などという記事を見てずっこけた。こんなところまで、企業が教えないといけないなら、大学だけで人間として一人前を作れないというのは、現実かもしれない。約束を守るは、どんな人にとっても基本である。

就職活動をはじめる前に読む本―人生を創造するために 就職活動をはじめる前に読む本―人生を創造するために

著者:浦上 昌則,横山 明子,三宅 章介
販売元:北大路書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 なお、講師として大学に接しているが、ここ数年の私の知っている大学の学生指導は、非常に充実している。ここにも格差が生じているのかもしれない。 

一方このページから辛口の情報も見ておいて欲しい。

http://www.geekpage.jp/blog/?id=2007/2/9

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2007年2月17日 (土)

ヤクザ屋さんの技術力

 今朝のニュースを見ていたら、
  「暴力団の関係者が、ネット関係の会社の経営者になっていた。」
と言う話があった。

 考えてみると、ヤクザ屋さんはネットワーク作りのプロと思う。特に、匿名で潜むなどはお得意ではないか。更に、IT技術も駆使していると聞く。昔見た、某週刊誌の記事では、
 「出版した直後に、見事なワープロ文書の抗議文と、
  修正記事案がファックスされた」
と言う話を見た覚えがある。

 これは、みんなが”暴力”と言うラベルに惑わされているのではなかろうか。彼らの収入は知的業務で得ている部分も多そうである。もっとも、ヤクザの語源を知らず、自分で威張って”ヤクザ”と言うような、末端構成員を抱えているのは一寸疑問である。

 「任侠の道を歩いています。」「任侠の道を極めています。」
 「堅気の衆にはご迷惑をかけません。」

ぐらいは、末端でも言って欲しいものである。

 なおヤクザの語源は、893で8+9+3=20で、19を通り超えた、ドボンで、使い物にならないと言う意味である。

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2007年2月15日 (木)

十年後

 今よく言われている2007年問題に対して、堺屋太一氏の色々興味深い意見がある。流石に、団塊の名付け親だけに説得力がある。その中でも
 「団塊世代が退職後は、企業に縛られない、有能な労働力が流通する。」
と言う意見があったように思う。

 確かに、面白い仕事に対し、「年金を貰っているおじさん達」が賃金無視で仕事をする可能性は大きい。しかしこれに慣れてしまうと、労働の相場が大幅に下落してしまうのではなかろうか。どうも日本の経営者には、社内の能力での差別化より、労働コストの低下による利益創出に頼る向きが多いように感じる。

 そうなって、一度落ちた労働価格の相場は単純には戻らないであろう。10年後の世界で団塊が本当にリタイアした後の労働相場は、どうなるのであろうか?

 もっともその時には、価格破壊が進んで暮らしやすくなっているかもしれないが・・・

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2007年2月14日 (水)

新しい仕事への挑戦

 就職活動などの話を聞くと、結構学生さんには未知の仕事に対する不安がある。これは誰にもあることだが、私がある仕事で直面した話が、参考になればと思う。

<発端>
 ある日の夕方、
  「お客様からXXの講師を頼まれている。何とかしてくれ。」
と泣きつきが入った。その分野は、自分も初めてで、しかも数学的な基礎が必要であり、不安は多かった。しかし自分も講師業を、多く行っている手前、無下にも断れず、とりあえず
  「明日返事する」
と返した。

<自分の中での検討>
 この分野は、初めてであるが、関連した事項の講師は行ったことがある。既存のテキストもあり、準備時間は1ヶ月で間に合う。
 また自分のスキルの棚卸をしてみた。
  ・講師稼業を永く行っているので、人に教え説明するスキルはある
  ・今まで、未知の分野でも短期で勉強した経験はある
 従って、この講習の講師を行うことに決定した。

<準備>
 短期勉強の常道として、標準的な教科書1冊を選び、主要章を見開き1枚にまとめた、ノートを作成する。そのノートに自分の思うこと、他の本からの補充を書き込んで、まとめる。これを実行しても、1回目の講習は不安であるが、手書きのノートを見ることは、気が落ち着く。

<講座実行>
 何とか講師は無事終わった。主催側の講評は、
  「とにかく受講者のことを考えてしゃべっているのが良い」
であり、最低限のノルマは果たせたと思う。

<次回への反省>
 次回があるかどうかは不明だが、受講者のアンケートなどを見せてもらった。その結果、受講者達も
   「数式の扱いより、定性的な説明が欲しい」
と言っていることが解った。講師として、本当に必要なモノを明確にすることで、自分も楽になり、受講者も満足する、Win-Winの答えを得ることは多い。

 早速、その後時間を見て、パワーポイントで自分なりの教材を作成した。

<その後の展開>
 次の回からは、受講者及び主催側の反応も比較的好評で、毎年リピートで講習をさせていただいている。なお、一部こちらに考え違いがあった時も、主催者側がそれとなく注意してくれるので、無事進んでいる。もちろん教材は毎年見直し、ニーズに対応して更新している。

<結論>
 自分にできることを考えて、逃げずに本当に求められていることに対応する。これが信頼され、成功する仕事の基本ではないかと思う。

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2007年2月10日 (土)

政治家の責任

『インテリジェンス 武器なき戦争』と言う本を読んだ。この本を完全に信じるわけではないが、鈴木宗男氏の外交的な貢献は、かなりありそうに感じる。特にロシアの警備隊などとの関係維持に関しても別の記事で書いてあった。

 そこまで考えると、彼の追及とは何だったのであろうか?

 どうもこの国は、政治家の能力を正当に評価していないように感じる。鈴木宗男追及者のほうが国に対して、損を与えたように思うが、その面での追求はない?

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2007年2月 9日 (金)

疑似科学について

 昨日の記事に関連して、疑似科学の話について思うところを述べる。現在の科学はなぜ科学なのであろうか。これに答えることができる”科学者”はどれだけいるであろうか?絶対確実な議論と言うものが科学ならば、量子論というものはどうなるのであろうか?色々な解釈と、表現式が入り乱れている。そして、最後は確率が同じモノを得るなら、どのような方式でもよいとのたまっている。(どのような経路と言うべきか・・・)

 このあたりは、理系の人間も科学哲学をきちんと教えておく必要があるが、これが一般に理解できるようになっているとはとても思えない。せめて反証可能性の概念ぐらいは教えて欲しい。

 そういう意味では、政治の世界でも、健全な野党が存在するのが、民主主義の条件と聞く。しかし、人の意見を聞いているようには思えない政治家、一方的にまくし立てるだけの国会議員がいると言うイメージがあるのは、ナゼだろうか?

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2007年2月 8日 (木)

マスコミの権力が崩れる

 近頃テレビのやらせ記事や不完全調査による放送とのニュースが多くある。これを見て思ったが、今まで日本で一番権力をもっていた、マスコミが崩れたと言う感じである。

 科学者たちも昔はマスコミに逆らうと怖いと言う話があった。某新聞の取材を断ったために、追求キャンペーンを行われて、立場を失った先生の伝説もある。

 しかし、現状マスコミに対するインターネットの世界が生じたのであろう。これでやらせや、疑似科学の公開に対する反論が出てきたように感じる。

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2007年2月 7日 (水)

テレビ局も?

 関西テレビの人気番組の捏造問題で、色々と情報が飛んでいる。その中でも気になるのは、番組制作を下請けに出す構造である。

 下請けから孫請けと発注を繰り返しながら、コスト差を稼いで利益を生む。これはいろんな分野で問題になっている。このような構造で親会社自体が、モノつくり能力がなくなっているらしい。

 テレビ局もか?何か悲しくなった。

 本当によい仕事をするものに、高給を出す世界が多くなって欲しいものである。

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2007年2月 3日 (土)

今朝の新聞からもう一つ

 今朝の新聞で、宮崎の東国原知事が、対立候補に副知事就任を打診していた、と言う記事が載っていた。記事の論調は、批判的なトーンであったが、私はよいことだと思う。

 まず、選挙が終わったあとは、お互いに協力すると言うことはよくあることである。しかも、副知事候補は、元官僚であり行政の実務に長けた人材である。これをコントロールするのは、選挙時のマニュフェストがあればとりあえずは方向付けができる。

 日本の官僚は、方向がはっきりした時に、実現する能力では定評がある。選挙で方向が決まったからそちらに向かうのは、実務官僚の出番と思う。

 このような記事が出るのは、どこかにタレント知事と、見下している、『大手新聞』のエリート意識をかんぐってしまった。流風さんの記事にあるように、知事の勉強を甘く見てはいけないと思う。

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2007年1月29日 (月)

テレビと下請けいじめ

 関西テレビの捏造問題で、下請け丸投げの問題が表に出ている。ここで下請けいじめの構図が出ている。

 ここでいじめとして出ているのは、
  『予算の削減』
である。しかし、現場の立場で一番困るのは、
  『無理な期限』
である。今回も調査期間が短すぎたと言ういいわけが出ている。

 特に現場の作業を知らない発注者が、
   『無理な期限』
を押し込める傾向がある。ただし、下請け側の能力不足で、無駄な時間を費やしている場合もある。もっとも、そのような下請けを指導できないのは、発注側の無能を示している。

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2007年1月28日 (日)

本日の新聞(政治参加)から

 本日の朝日新聞で、二つの興味深い記事を見た。

 まず、読書面で
  『タネダミキオでございます』
 では、誰でも政治に参加できる。

 一方、社会面では
  『チームそのまんま~手弁当マニフェスト』
と言う記事では、専門で研究したメンバーが協力して東国原知事のマニュフェストを作った話が載っていた。

 この話に関しては、流風さんのページにもあったが、政治家になる前の勉強を重視して欲しいので、前のマンガには一寸怖い感じがする。

 もう一つ、この記事で思うのだが、政治参加ということを狭く取りすぎているように感じる。自分が立候補する、それだけが政治参加であろうか。色々な場面に対し、適切な意思表示も政治参加だと思う。0と1で割り切りすぎるのは、問題だと思う。

 演劇も、主役以外の裏方を含めて多くの人間で成立する。全員が主役の学芸会で育った子供は、
  「議員になれない限り政治参加ではない」
と、思っているのではなかろうか。

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2007年1月27日 (土)

EUのやり方について

 新聞などで、発電所などのガス遮断機に関して、ドイツのシーメンス社と、日本のメーカーがカルテルを結んだと、制裁を行うと言う記事を見た。

 この話には色々と気になる面がある。まず、自由貿易の基本を考えると、自分の強みに戦力集中が基本である。単純に考えても、日本語の説明書をシーメンスが作るのも面倒だし、日本メーカーがドイツ語の説明書など作るのは大変である。ましてお互いの規格を考えると、自国範囲に集中した方が自然である。

 また訴えに関しても今何でと言う感じもする。まるで事後立法の攻撃のような感じもある。ただし、訴えるからには何か証拠があるのかもしれない。シーメンス社等に何か記録でカルテルの証拠と言うものでもあれば、それはそういうものかもしれない。

 でも今のEUを見ていると、少し危険な感じがする。何かフランス革命の後の、暴走的なものを感じる。原理主義は、宗教だけではない。合理主義に支えられた原理主義ほど危険なものはない。特に現実経験の少ない場合や、自分の言葉に力を信じている場合には、この世な原理主義がはびこる可能性がある。特にフランス語やドイツ語の論理性には、このような危険性を感じる。

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2007年1月21日 (日)

関西テレビの対応を見て

 本日の新聞で、捏造問題に対する関西テレビの報告を見た。テレビ局の
  「危機管理ができていない」
と言う表現に何となく違和感を覚える。

 自分がつくるものだから、
  「品質管理」
ではなかろうか。まるで、悪事が暴露した時の『危機』管理と言う感じである。

  何となく丸投げで無責任と言うイメージを感じてしまった。

 自分が送り出すものは、どういう経緯があろうと自分が責任を持つ。このような社会人としての基本をどこかにやってしまったのであろうか。 

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2007年1月20日 (土)

本日の朝日新聞を見て

 本日の朝日新聞を見て、一寸気になる記事があったので、書き残しておきたい。

 まず、天声人語では、『日銀の政治的な独立性と、
     通貨や金融問題について、発言する政治家は、
     高度の専門知識と実務経験が必要。』
との主旨が読み取れた。

 しかし政治家には、一般的な感触による発言も許されるべきであろう。専門家以外の発言を封じる風潮は、危険なモノを感じる。

 もう一つ、私の視点で、「中国を平均で見る」ことは危険と言う意見があった。確かにそのとおりである。但し例にしているのは、『大学評価』であった。この問題は、原因が別にあると思う。なぜなら、日本の大学に関しても、(建前では)大学名で区別することが許されないからである。

 おんなじ学部・学科名でも教育内容にはかなり隔たりがあるが、それを確認したくてもうかつに聞けば、就職差別と糾弾されそうな現在である。

 

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2007年1月17日 (水)

お金の大切さ

 本日のNHKクローズアップ現代では、オーケストラの経営(?)危機について、放送していた。企業や自治体からの寄付金が減って、大変と言う話であった。こういう話を聞くたびに、
 「金儲けばかりしている、儲かっているくせに金を出さない」
と企業を悪者にするのではと心配してが、番組の中では堺屋太一氏が、
  「もっと経営努力すべき」
と言うトーンで話していたので少し救われた気がする。

 企業に勤めている立場では、少しの無駄も省き、原価を1円やもっと小さい単位で管理しながら、苦労をして利益を出している。このようにコスト低減を図らないと、海外の企業に市場を奪われてしまう。企業と言うものは、存続することで少なくない社会貢献をしているのである。
 まずその1:税金を払っている。これは法人税のみならず、
        勤めている人間の納めている税金も関係する。
 その2:企業がつぶれると言うことは、それだけ失業者が出る。
     大量の失業者は、社会不安に繋がる。
このような立場で、必死に利益創出を考えている人間に、文化のために寄付をしろと言われると、
 「何で」
と言い返したくなってしまう。

 番組の中でも、「バブル期に安易に金をばら撒いた付けが回っている」
と言う説明があったがそのとおりと思う。何ごとも、自分の努力に見合った収入と言うものが望ましい。

 なお、仏教の托鉢は、お金とともに悪い因縁など引き取り、寄進者のためになる行為である。そのため、托鉢を受けると同時にお経の力で、清めたり帰ってから、水行したりして清めるのである。それを、しないとうっかりすると、宗教者から金の亡者に転落してしまうのである。お坊さんも大変なのである。

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2007年1月13日 (土)

人任せにしないで

 昨日までの人材有限性の議論を考えてみた。この国の経済制度のかなりの部分は、田中角栄の時代につくった、土木建築事業に依存している。日本の土木建築業は、世界の平均よりはるかに多い。つまりこの関係の生活者が多い。

 ところで、今まで行政改革で公共工事の発注を充分削減してしまった。しかしここで重要なことは、そこまで公共工事に依存していた諸企業を、どのようにソフトランディングさせるべきかと言う議論がなかったように思う。

 このような国の流れを変えるときには、それなりのリーダーシップを持った指導者が必要と思うが、現在の指導者はどうもグランドデザインを持っているようには思えない。

 しかしこのような才能を持った人材は、少ないので期待する方が間違っているのかもしれないと思ってしまった。

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2007年1月10日 (水)

2017年問題

 世間を騒がせている2007年問題に対して、堺屋太一氏が
  「有能な人材が会社の縛りから解放され、しかも低コストで働くようになる」
と、良い面をとらえていた。確かに、年功序列で高賃金で働きの悪い、中高年に実力社会が激しく働き、市場価格での人材調達が可能になるように、世間は動くであろう。

 しかしこれは、その先にピンチがあるように思う。確かにこれから数年は、知恵と経験がある人材が、年金を持って小遣い稼ぎ的に、知恵を出してくれることが多くなるであろう。このような低コストの罠には、経営者がはまりやすいように思う。

 しかしこれで、人件費の相場が落ちてしまった後が怖い。団塊の人材も70を過ぎると本当に、リタイアするであろう。その時になって、人件費の予算を低く見て、人材を調達しようとしても、そんな予算では誰も見向かなくなってしまう。しかも、団塊の人材に頼り自前の人材を調達できないと、どうなるのであろうか?

 これから10年先に大問題が起こりそうな気がする。

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2007年1月 8日 (月)

おーいでてこーい!

 近頃のテレビで、団塊の世代の扱いに関する放送が多い。そこで、活躍する「堺屋太一」氏の発言で一寸納得するものがあった。いわゆる、天下りに関するモノであるが、
 「会社においておいて、秘書をつけ何もしないようにしておく。
 家庭でも、邪魔になるから、会社にいてもらうほうが良い。」
この発想には笑ってしまう。

 しかし考えてみれば、今まで日本の社会では、企業に色々なものを押し付けてきた。天下りだけでなく、色々形での押し付けがあると思う。地域での失業対策事業的なものも、ある意味では企業に押し付けた感じもある。

 ところが、海外との競争などが厳しくなり、行政改革が進むと、企業も贅肉を落とすようになってくる。こうすると、雇用も厳しく絞るのは当たり前である。こすると、堺屋太一氏ではないが、「天下りなどお断り」となるが、「彼らが仕事ができない場合は、家庭で迷惑を受ける人がでる」ということになる。

 こういう風に、企業に押し付けていた分が吐き出された時、この国は何か起こりそうな気がする。星新一氏の傑作「おーいでてこーい!」は、環境問題だけではないと思う。

おーいでてこーい―ショートショート傑作選 おーいでてこーい―ショートショート傑作選

著者:加藤 まさし,あきやま ただし,星 新一
販売元:講談社
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2007年1月 7日 (日)

内部統制に思う

 近頃、内部統制に関する話題がネット上でにぎわっている。日本での内部統制は、「会社法」「金融商品取引法」の2本立てになりややこしくなっている。しかし、単純に言えば、アメリカの株式市場をにぎわせた”粉飾決算”を、させないようにということらしい。それを、経営陣の責任を明記し、リスク要件を明確にして、事前に明確にすることで、株式の暴落に関するインサイダー取引などをできにくくするのが狙いらしい。

 ネット上を見るとIT関連で、内部統制のためのパッケージと言うのがいくらかでてくる。これはある意味でブームのようである。これは、10年ほど前にあった、2000年問題を思い出した。ただし、2000年問題は本質的にソフトウエアの問題だが、今回のIT 業界の活気は、少しでしゃばりすぎているように思う。確かに、内部統制ではITも一つの要素であるが、主役は財務でないかと思う。

 これだけ、IT業界がはしゃいでいるのは、ある意味で2000年問題特需のようなものを願っているのであろうか?または、ソフトウエア業界の特性として、細かい点にこだわるので、リスク管理面で、IT関連を重視しすぎているのであろうか? 

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2007年1月 5日 (金)

シビリアンコントロールと専門家

 防衛庁が防衛省になると言うことで、世の中は騒いでいる。国際的な立場もあるから、省になるのは良いことだと思う。そこで、軍国主義の亡霊対策のために、シビリアンコントロールが重要と言う話になってくる。

 しかし、気になるのは、防衛のように専門性が高いものに、外から素人の口出しができるのであろうか。そうでなくても、大臣は質問に答えることができなくて、事務方に助けてもらっているのに・・・

 ここで大切なことは、軍事に対してきっちり議論のできる、風土が必要だと思う。大学においても、戦術などを含めて軍事に対して議論できる学校を多く生む必要があると思う。公明な議論と、良識ある批判が存在することが重要である。

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2007年1月 3日 (水)

新年のテレビ忠臣蔵 瑤泉院の陰謀をみて

 正月のテレビ番組は、どれも力の入ったものが多いが、
   テレビ東京 新春ワイド時代劇
     『忠臣蔵 瑤泉院の陰謀』
は、面白かった。現在の時代考証などで伝わっている、浅野内匠頭の癇癪の病なども取り入れて、現実性を増しながら、上手く作っていたと思う。

 しかし、この番組の中でも主人公の台詞にもあったが、
  「これでは吉良側が可愛そう」
と言う感じがする。このように、芝居等の文芸作品に残ってしまうと、フィクションがフィクションでなくなってしまう。井沢元彦氏の作品にもあったが、確かに忠臣蔵は、徳川綱吉の政治に対する、庶民の批判がこもっていたであろう。しかし、このような作品が一度できるとそれが一人歩きしてしまう。

 忠臣蔵の後、現在でも赤穂浪士関連の作品ができている。しかも、刃傷の理由を作るために、吉良上野介の悪役理由を無理やり作っている。勧善懲悪のつじつまを合わせるために悪役を作るのが、大衆受けの一つの手段である。

 このような被害者は、声を出せないがかわいそうな気がする。

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2006年12月30日 (土)

就職バブルについて思う

 今朝の朝日新聞を見ると、就職バブルと言う記事があった。確かに、現在の求人状況は大分改善されているようである。アルバイトが少なくて、年末商戦で苦戦する、商店主の話は別のテレビでも放送していた。

 しかし、冷静に見て状況はそれほど良いのであろうか?ある程度収入が安定した就職口の確保が、多くできているかが問題である。

 ここでもう一つ考えるべきは、大学側の事情である。現在の大学は、入学者確保に必死であり、そのためには『学校としての就職率や求人率』を、良くするためにはかなり熱心である。

 そんなことはないとは思うが、数値を良くするために、学生に低い目の要求を出すように指導して、就職率を上げるようなことはして欲しくないと思う。

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2006年12月27日 (水)

皆が主役の平等信仰

 前にも書いたが、近頃の小学校の学芸会(こんな表現古いか?)では、皆が主役と言う形になるらしい。従って、十数人の白雪姫と・・・と言う話になるらしい。

 これは差を認めない社会の性格から来ている。そこに、ゆとり教育の理念である、最低限の学力確保が入ってくる。こうなると、みんな同じ成績と言う話になる。

 そしてそれに少しでも外れると、対応できなくなる。それは無視に繋がるといじめが成立する。

 こう言う社会を時間をかけて造ってきたような気がする。戦後の、追いつけ教育から、時間をかけて平等性に持ち込んだ結果ではなかろうか?それとも聖徳太子にまで戻る、
  「和を持って尊しとなす」
文化まで遡ったということであろうか?

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2006年12月26日 (火)

大阪を貶める

 これはフィクションです。(笑)

 近頃のニュースを見ると、大阪の関係の不祥事が色々でてくる。大阪大学の関係の大先生が、愛人を公の宿舎に住まわせたり、論文捏造をしたり。

 そう思っていたら、”某有名タレント”が名誉毀損で敗訴している。

 これ一つ一つは、さもありなんと言う感じもするが、こう続くと関西の評価を、落とそうとして誰かが陰謀を企てているのかと疑ってしまった。

 首都圏の逆鱗に触れるようなことを、大阪は何かしたのかしら?阪神タイガースも優勝していないし、あまり心当たりはないが・・・

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2006年12月25日 (月)

教育再生会議について

 教育再生会議の座長の野依先生が、塾禁止などと言われているようである。

 放課後は、塾でなく遊びなど色々体験させろと言うことらしい。しかし、それができていないのが現実である。昔はクラブ活動など、学校ができる限りひきつける力があったように思う。

 これを単なる禁止で済ませようとするのは、何か甘い発想を感じる。

 前にも載せたかもしれないが、昔作ったジョークである。

 子供が一番行きたがるのは、”塾”・・・経済産業省の管轄、競争原理のみ働く
 その次は”保育園”・・・厚生労働省の管轄、危ないことのみ禁止のみ
 最後は”学校”・・・文部科学省の管轄、何でもかんでも規制する 

塾禁止というのも、文部科学省的発想に思えてしょうがない。

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2006年12月13日 (水)

専門家依存の世界

 前にも書いたが、現在の日本の社会は
  「専門家への過剰依存」
があるように思う。言い換えれば、
  「専門家以外が発言できない社会」
となっているように思う。

 特に気になるのは、「カウンセラー」への依存である。色々なトラブルが発生すると、カウンセラーを派遣してなどと言う記事が出る。確かに、精神的な被害を受けているものにカウンセラーが対応することは大切かもしれない。

 しかし身近な人間の対応が、おろそかになってはいけないと思う。

 但し学校の問題では、教師の発言を直ぐに追及する雰囲気になっているので、専門家に依存するのも何となく解るが・・・

この一つの原因としてヒポクラテスの誓いも見て欲しい。

http://www.kanazawa-med.ac.jp/mic/rinri/hippocrates.html

この中で、
 「結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。」
の部分は、専門外への手出しを禁止する言葉として有名である。

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2006年12月11日 (月)

2007年問題に便乗して?

 近頃新聞などに、団塊の世代が退職することによる、技術技能の伝承が途切れる、いわゆる『2007年問題』の記事が載ることも多い。その対策として、定年後のベテランを延長雇用すると言う話が出ている。

 これは結構なことだと思ったが、一寸気になる面がある。退職後の雇用は、年金を既に貰っている人が多いので、給与を安く抑えることも可能になる人も多い。

 これで、安易な経営者はコスト削減の一つの手段として、定年後の世代雇用に走らないだろうか?一昔前に、中国に発注すると言った話が、今度は定年後のベテランに走っているのでなかろうか?

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2006年12月 2日 (土)

工業高校を求める大学

 昨日、高校の存在価値に関して書いたら本日の朝日新聞に関連する話が載っていた。

 「私の視点」ウイークエンド に 大学改革として、天岸静岡大学長が

 工業高校などの専門高校生の方が、普通高校の一部と比べて「対人能力」が一般的に高いと評価している。それは確かにそういう側面もあるであろうが、肝心の学問はどうであろうか?

 そう言えば昔の企業の採用でも、大学の教育は、当てにしないから、人間性が良い方を採用するなどと言う話もあったなー?

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2006年11月29日 (水)

コーハの時代

 今週のアエラに、

   「コーハ」で行こう
と言う記事があった。このホームページでも、結構哲学のキーワードで訪問してくれる方々もいらっしゃる。確かにテレビ番組でも、一寸硬い内容が目立つようになっている。
 ここでAERAを買って読んでみると、もう一つ面白い記述があった。
 この硬派の番組のコメンテーターに、物書き業務の人が多いという指摘である。
 これは、このブログでも書いたが、小説家が新しい理論を呈示すると言う話とも一致する。物書きの想像力は、総合的に検討することに有効である。
 世間は、硬派な内容だが、部分的に厳密な議論より、総合的に納得のいく話を求めているようである。

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2006年11月28日 (火)

守りが強い

 前にあるテレビで、長野県の田中知事に関連して、
 「落とそうとする方は結束するが、擁立派は色々と分かれている。」
と言う話をしていた。確かに、本人の求心力がないので分裂下らしい。

  外敵に対抗するなどの目的がある場合は人間は結束するが、色々な主張を持った人間が集まると、やはり分裂するらしい。

 このような人間の集団を導くと言うことが、リーダーシップと言うのだろう。

 現在の、政治家に求心力が弱くなった様に感じるのは、私だけであろうか?

 

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2006年11月26日 (日)

NTTのひかり電話

 今朝の朝日新聞の経済面に、NTT東日本のIP電話「ひかり電話」が3日間の通信障害を起こした件について、2ヵ月後のまとめを報じていた。

 混乱の状況は以下のとおり。

 9/19午前9時過ぎに、ひかり電話にこの日から加入した企業のコールセンターへの通話が、NTT東のサーバの一つに集中し、その結果輻輳現象が発生した。この現象は夜中の低負荷時で一時収まったが、明日の午前10時ごろ再発し、この輻輳は中継系サーバにまで波及した。輻輳状況は3日に及び、この間旧方式の電話に切り替えた工事は1300件に及んだ。

 最終的な、完全復旧は、通話中の情報を消す副作用がある、サーバーの基本ソフト(OS)の初期化を行って復旧した。副作用が少ない、応用プログラムの初期化は、初日に行ったが翌日障害が再発した。

 この理由はソフトウエアのミスで、1秒簡易100回までの発着信を処理できるはずが、実際は10回で遅れが出るようになっていた。運用開始前の4ヶ月程度の試験ではそのミスを見つけられなかった。

 なお、10/23にNTT西でも呼処理サーバーで障害が発生し、初日からOS初期化をしたが前面復旧まで3日かかった。

本件に関し、NTT関係者の発言として
「電話は切れてはならないと思われているが、
  パソコンは止まって当たり前。IP電話の技術は、むしろパソコンに近い」
また、NTT西の森下社長は、
 「予想がつかないことが起きた。人知を超えることだと考えている。」
があった、と載っていた。

 これを読んで、昔ソフトウエアの信頼性の教材として、電子交換機のソフトウエアの処理ならびに取り扱いを勉強した立場として、悲しくなってしまった。確かに、IP電話の発想には、統計的な配慮による資源の割り当てがあり、設計値以上の呼び出しなどがあれば、遅延が発生することは、想定内である。言い換えると、通常の電話は、回線確保という代償に高いコストを請求していると、考えるべきである。

 しかしながら、一度トラブルが発生しても、それが長く尾を引くようではいけない。悪くてもそれなりに被害を収めるフェイル・ソフトは信頼性設計の基本であり、これに関しても、昔電話のシステムで学んだように記憶している。

 「人知を超える」などと安易に言わず、昔の技術蓄積を生かして確りした物作りを行って欲しい。

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2006年11月23日 (木)

評価の受け入れ

 昨日の朝日新聞の投稿で、
   「せっかくボランティアに参加したのに5段階評価されて心外」
と言うような主旨の記事を読んだ。

 これを見て、二つの問題点を感じた。
  1.善意で行っているのだから評価してはいけないと言う発想
  2.5段階の採点で全てが決まったように思う発想
 まず1に対しては、善意で行ったことでも、関係者が不快に思うこともあり、色々な面から評価すべきである。批判を受けない活動は進化しない。

 一方、5段階評価を全てと考える発想にも困ったものである。人によっては不愉快でも、人によっては助かったと言うこともある。状況により評価は変わるので、多面的な見方が必要である。

 一つの数値だけで、すべてとの言い方は、非常に危ないものを感じる。

 なおこれと関連して、IQ/EQと言う話がある。日本人は、論理的な話が下手という言い方には、やはりIQ的なものが弱く、EQ重視の影響があるように思う。EQで共感と言っているが、自分に意見が合わない人間がいた場合、最後には「決めつけ、怒鳴りあい」の世界になってしまう。ゴーン氏の意見も、能力の上で「共感」と言っていたと思うが、それが伝わっているのであろうか。

 IQ重視で能力の高い人材にEQを強調するのはよいが、IQ不足の人間にEQを強調すると、怖い世界になる。

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共感重視について?

 今朝の朝日新聞に、多摩大学と(株)ベネッセコーポレーション/ベルリッツ・ジャパン(株)の「日本発グローバル人材をどう育成するか」と言う広告特集があった。カルロス・ゴーン氏と中谷学長の対話で色々参考になる部分があるので、抜粋しておく。

グローバルビジネスで成功するタイプ
 ゴーン:もっとも重要なことは、「差異」に対して敬意を持つこと。
     自分とは異なる言語や習慣、文化に敬意を持ち、
      学ぶ気持ちがあるということです。
     またいろんな人と「共感」できる能力を持っていることが非常に重要です。
     もっと言えば、海外で暮らしたり働いたりといった、
     異文化体験を豊富に持っていることも大切です。

 中谷:ゴーンさんは、自分とは異質な文化や価値観を持つ日本人従業員と
     心を通わせ、現場のやる気を引き出すことで改革を成功させた。
          ~「日本のビジネスマンはまじめで仕事熱心だけれど、
      時に『退屈』だと批判を聞くことがあります」~
    日本人のグローバルなコミュニケーション能力に問題がある
         と見ていますが、どう思われますか。

 ゴーン:リーダーは退屈な人では務まりません。リーダーの仕事は、
     社員のモチベーションを上げること。どんなに優秀でも、
     人間的魅力に欠け、『共感能力』のない上司に部下は従いません。

企業における人材育成で大切なことはと言う質問に対して、
 ゴーン:ポテンシャルの高い人を見つけるプロセスをつくり、
     そのような人になるべく難しい任務を与えることが重要です。
     もちろん企業は、彼らが成功するようにサポートする必要があります。
     厳しい状況、難題を乗り越えた成功体験こそが自信となり、
     その人を優れたリーダーに成長させていくのです。

これは非常に大切な話である。但し、『共感』だけが一人歩きするのは一寸怖い。基本的な能力と、共感は車の両輪である。部下にとって、
  まともな答えの出ない上司 (マル投げを含む)
は、やはり最悪の上司である。

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2006年11月17日 (金)

いじめっ子は使いやすい

 いじめニュースに関連して、あるテレビ番組の内容で、納得したことがあった。

 いじめを行う子は、活発で最低でも数人のボスであり、教師にとっては重宝な子供である。従って、いじめられたと言っても、教師が取り合わないことが多い。

 これで昔は、いじめ問題が深刻にならなかった理由を考えてみよう。色々ありすぎて、困るが思いつくまま述べてみよう。
 まず、いじめられる側
  1.打たれ弱い。直ぐに死ぬなど
 2.逃げ道がない。学校の世界以外に、他の世界はない

 次に、いじめる側
 1.昔のボスの品格というようなものがない。
 2.いじめる限度を知らない。致命傷にならないようないじめ方を知らない。

 学校の問題
 1.多様性を本質的に認めない。一本道の評価に近い。
 2.教師のスキル低下。

 社会の問題
 1.単純な善悪論。悪と言うと一気に極端になる。
 2.マスコミの過剰な追求

このようなものがでて来た。何となく昔のワルはそれなりの品格があったように思う。

 

 

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2006年11月15日 (水)

センター試験の活用について

 高校の履修内容の虚偽に関して一つ提案したい。これは大学に対してであるが、
   「センター試験でできる限り多くの科目を評価する。」
という姿勢をとって欲しいと言うことである。なおセンター試験の成績が一定以上でないと、受験を拒否すると言う、足切制度とペアでの運用である。

 各大学独自の試験では科目を増やすことは、作業負荷が増えて大変であろう。センター試験では、多くの科目に対応可能である。これを活用すれば、理科の分野でも、物理・化学・生物の3科目を評価することができる。これで、医学部でも生物を勉強していないという悩みも解決の方向に向かう。

 このような改革は、東大当たりが音頭をとって欲しい。なぜなら、東大は教養学部を残し、一般的な教養に対し理解がありそうだから、多様な分野の勉強にも肯定的であろう。

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2006年11月13日 (月)

現在はプロの時代

 現在は、プロ化の時代と言うことである。確かに、個別の仕事に対する、要求レベルは高くなっている。テレビ東京系のジパングで製薬業界の、新薬開発における治験と販売におけるアウトソーシングを取り上げていた。

 治験と言う業務のプロと言うことは、治験対象者や病院などへの折衝などから、成果データの統計解析と評価、報告書作成などの業務の業務のプロ化である。

 また、MRとは、薬の知識に加えて、説明のプロ化ということになる。

 このように専門知識とある種のスキルが結びついてこそ、プロとして評価される。

 これを応用すると、ソフトウエアの試験結果を解析するプロというような仕事も出現するかもしれない。

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2006年11月11日 (土)

合理化を受け入れない体質

 今朝の朝日新聞の投稿欄に、郵政事業のトヨタ方式導入に対して、郵便局のOBからの反論が載っていた。

 確かに、考えなしの合理化手法導入には、賛成できない面もある。但し、投稿者の意見に賛同できない面もある。

 「ストップウォッチを持った人間に監視されていると、やる気が出ない。」

と言う主旨であったが、現在の一般企業において、合理化というのは作業を皆で見ながら、改善するのは一つの基本である。この程度のことに反発すると言うことは、メーカーに勤めている人間としては、同感できないものがある。

 何事においても、他人に見せても堂々と行える。そして、皆で改善する。これが基本ではないか。そういえば、教育の世界でも、学校の先生方は、授業を監視するといえば、非常に反発が多い。しかし塾では、これは当然のことである。

 何か同じ問題があるように思う。

 

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2006年11月10日 (金)

やらせ報道について

 近頃、教育改革タウンミーティングでの「やらせ質問」の話題が、新聞をにぎあわせている。これを見て、思い出したのが江戸時代の「お城将棋」である。

 江戸時代に、江戸城で将軍の前で見せる将棋は、一度別の場所で指しておき、その棋譜の通り、タイミングよくおいて行く儀式であった。つまって考えたりする、見苦しい状況は、偉い人には見せないと言う発想である。

 偉い人の前では綺麗に進んで欲しいという発想は、昔と同じだと笑ってしまった。

 しかし、発言する方も、自分の意見と同じなら少しでも格好よく発言したいと言う心理はあるだろう。しかもそれを、お役所でチェックしてくれるなら、ありがたい話と思うのではなかろうか。

 もう一方踏み込めば、このような会議で、見事な質問や意見を言える人間は、少ないように思う。そこまでできるようになるにはそれなりの経験や訓練が必要である。一方、テレビなどで見ていると、会議の発言は颯爽としている。このような評価が厳しくなれば、発言がしにくくなる。このような条件を考えると、担当者の焦りにも少し同情してしまった。

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2006年11月 8日 (水)

一寸気になるいじめ報道

 近頃学校でのいじめ報道が、激しくなっている。ある種の激しい追及がある。ある意味で、学校の教師などに対するいじめのようである。いじめを無視していたり、あおったりする教師は、自業自得と言う感じもする。

 しかし、この話には怖い面がある。子供の方の思い込みで、死ぬことで皆が迷惑することを期待する向きもありそうだ。死んでやる、と言うのを簡単に言う。しかし、その結果がこのようなリンチになるので復讐になると、喜んで死ぬ可能性がある。

 こういう感じで考える人はいないのかな?

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2006年11月 6日 (月)

核開発における原子力発電

 近頃の北朝鮮の核開発疑惑で一つ勉強した。
 ウランの濃縮には大量の電力が必要である。

 これを考えると、エネルギーに溢れた国でないと、核兵器の開発は難しいということになる。逆に考えると、平和利用の原発と言っていても、エネルギーの余裕を生んで、ウラン濃縮の手伝いになるかもしれない。

 結局信用のできない国には、何をしても危なくなるらしい。

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2006年10月29日 (日)

今朝の新聞記事から

今朝の新聞を見て、お役所仕事が2件見つかった。忘れないうちに感想を書いておく。

その1
 郵政公社が、トヨタ方式を導入しても、うまく行かないと言う記事が、朝日新聞の1面に載っていた。これは、当たり前だと思う。そもそも、作業効率改善は、その仕事に適切な方法があり、自分たちが考えて行うものである。
 それを、よそに求めようとする魂胆からして、間違っている。
 しかもご丁寧に、郵政公社がトヨタ方式である。トヨタ方式を一言で言うのは難しいが、物造り現場の知恵であり、物流は必要悪として、削減の大きなターゲットになっている。私の知っている工場でも、物流の最短化のため、品揃えのパートさんも工場を走り回っていると聞いた。この走ると言う意味は、文字通りのダッシュである。もっとも、工場内に自転車を入れるなどのサポートはしている。
 しかし、連続的に仕事するには、このようなダッシュばかりでは続かない。そういう点も考えて、自分の合理化をするのが大切と思うのだがいかがであろうか。

その2
 JR西が新快速を敦賀に延長したが、イコカが使えないと言うトラブルが生じている。
 それに対する見解が、
   「イコカの利用エリアを周知したい。」
 であった。
  「顧客優先の発想ができていないこと羞恥したい。」
 と言う、見解が欲しかったがいかがであろうか。せめて、イコカの活用区間を拡大するなど、顧客の満足度を高める方向に向かって欲しいものである。

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2006年10月27日 (金)

学校での所感

 学校に関して色々な問題が発生している。私も、20年以上も時々大学に行く機会があるが、近頃大分変わったように感じる。

 一つの例として、演習などの時間で、パソコンを見ているとき、昔は相互の私語があったのだが、近頃は大分少なくなってきた。皆がパソコンを一心で見ているのは、ある意味で怖い世界である。
 考えると、私達の時代は、マシンが効果で、皆で共同して使ったから、いやでも話し合っていた。こういう意味でも、コミュニケーション能力低下の原因がありそうである。

 もう一つ、これはある先生が名言である。
  「このごろの学生は、単位取得重視で、自分の身につかないように勉強している。」
 これには思わず笑ってしまった。

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2006年10月26日 (木)

高校の教育内容について

 新聞等のニュースで、高校が決められた教科を教えていない、と言う事件が報じられている。確かに、教えると言うことを教えないのは、悪いことかもしれない。しかし、良く考えてみると、今の学校の教育の場合、授業を聞いても忘れた生徒も卒業させているのではなかろうか?これとどう違うのであろう?

 分数のできない大学生という話は、前から有名であるが、彼らの小学校卒業を認めるのと、今回の高校卒業とどちらが、問題か考えてしまう。

 但し、内申書で取得していない学科の成績があれば、虚偽と言うことになる。しかし内申書を、本当に信用しているのかは、各学校に聞いてみるといろんな答えが返ってきそうである。学校差など、厳しい評価が出るであろう。

 学校教育も、何時間教えたでなく、何を理解しているで評価すべきではなかろうか?
極端な話、今回教えていないと言う世界史や、地理の試験を行えば、今回の生徒の平均は、一般的な生徒程度の成績だったらどうなる?

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2006年10月24日 (火)

手書きとメールの関係

 今週の週刊ポストで、
  「稚拙な文字」と「自殺」の驚くべき関係
と言う記事があった。
 字が稚拙な場合には、子供達の尋常でない状態を示している。
と言う主張には、納得のいく面もある。

 ・文字のサイズが一定か?
 ・字形が崩れていないか?
 ・不自然な余白がないか?
 ・文字が躍っていないか?

と言うチェックは、一貫した思考プロセスがない場合で、ココロの未成熟・短絡的思考を検出する、と言う意見にも一理あると思う。

 このため、子供の文字を書く力をつけるべきと言う主張がある。文字を書くような単純な作業でも、苦労して身につければ、生きていく力になると言うのは、一面の真理であろう。

 しかし、文字だけで済む問題であろうか?意思をきちんと伝えるには、文章をきちんと書くことが重要である。

 またこの記事では、メールと言うのは「単なる記録」と言い切っているが、そう単純でもないと思う。メールでも心を込めて考えて作った文章は、心を運ぶものである。

 そう言い切れば、手書きでない活字の書物は、全て心が伝わらなくなってしまう。

 このブログでも、心を込めて伝えている時が多いのですがね。

 でも近頃、変なトラックバックの処理が多く、一寸心が乱れているかな?

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2006年10月22日 (日)

学校の先生は学習しているの?

 学校のいじめ問題が、色々取り上げられている。特に注意すべきは、教師の不注意な発言が原因になったという事実である。

 今朝の報道200Xであるゲストが言っていたが、
   「このような言い方は昔からしている」
と言う面はある。しかし、これで子供が深刻な事態になる、種々の状況変化がある。

 このような子供を取り囲む、環境変化にいわゆる”先生”達が、追従できていないのが、問題ではと思う。

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数値は悪いのか

テレビで、いじめの問題などを取り上げる時、よく出る言い方に
 「数値目標が悪い」
がある。

しかし、数値には善悪はない。数値はある一面を記述したもので、客観性はその範囲である。

悪いのはその数値の意味を理解できない人間である。

特に指導的な立場の人間は、数値の意味をよく読まなければならない。意味がわからず単なる数値で騒ぐのは、無能と言われても仕方ない。

昔、テレビの視聴率でこのような例があった。

電鉄会社の提供の、ミニ番組である。これは視聴率は、1ケタ台の%である。しかし、その番組で取り上げた駅の切符の売り上げは、上昇している。

この結果、低視聴率にもかかわらず、長寿番組であった。

このような例が、ネットワーク化するともっと出てくる。

数値を理解しすることの重要性を再認識して欲しい。

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2006年10月16日 (月)

必要能力の変化

 現在仕事をするためには、自分で考えて問題を解決する能力が、要求されている。また物作りの場での基礎教養は、大学レベルの知識が要求されている。

 従来は、シナリオどおりに、言われたことを行う人間が必要とされていた。また物作りの場での基礎教養は、工業高校のレベルの知識で充分であった。

 このような条件で、偽装請負の話が出ているが、実際請け負いに耐える力があるのかという問題がある。請負と言うのは、仕事を完全に理解して、自分の裁量で仕事をするのである。これに耐える発注、受注ができる状況は、かなり難しいように思う。

 また管理面でも、多様性を理解したコミュニケーション能力、評価能力が必要であり、加えて、自分も含めて、相対化・客観化する必要がある。またお互いに、コミットメントする必要がる。今までの馴れ合い社会は、成立しなくなっている。

そこまで実行できる社会が成熟するには、まだ時間が掛かりそうである。

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知識の賞味期限

新しい知識の力が有効な期間がどんどん短くなっているらしい。一説では、
  江戸時代    30~100年
  第2次大戦後  10年
  1990年代    半年
    現在の秋葉原  2時間(この間に価格破壊が発生!!)
と言う話があった。

これは極端にしても、資格取得の4ヶ月ルールと言うのもある。これは、パソコンやインターネット関連の資格は、
「勉強期間を4ヶ月以内にしないと、直ぐ次の資格にヴァージョンアップされてしまう」
現状を言っている。

とは言っても、根本的な原理を理解して置けば応用は利く。また勉強する能力は、素早く理解する能力は、共通的なものがある。

このような力の参考になればと、このブログを続けている。

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2006年10月15日 (日)

新聞を見て

本日の朝日新聞を見て、突然思いついたが、
 「新聞とは一般社会向けの、教育機関である」
という解釈もある。新聞には昔から、社説・コラムでの社会啓蒙と言う性格はあった。
 『啓蒙』と言う表現には、気になる面もあるが、ここでは一寸置いておく。

 ここで、注目しているのは、広告記事が
  「知識付与や社会生活上の助言を与えている」
と言うことである。大学のPRは本質的に、教育的になるのは当然かもしれないが、求人情報のSTAGEなど色々な記事が、助言している。

 確かに、ニュースなどの情報提供は、テレビやインターネットの方が速く、情報量は多いかもしれない。そういう情況では、付加価値として教育的な側面に力を入れるのは一つの選択かもしれない。

 但し、新聞の教育には社会の方向付けの要素があり、力を使っていると言う認識と責任を感じて欲しいものである。

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2006年10月14日 (土)

大阪の梅田周辺変化の予想

 阪急と阪神の統合は順調に進んでいるらしい。それを踏まえて、簡単な未来予測を一つしてみる。

 大阪梅田駅前では、道一つ隔てて阪急百貨店と阪神百貨店が、向かい合っている。しかも阪急百貨店の北側には、阪急グループのコンセプトにより、見事な分担の阪急村ができている。これを応用して、阪神百貨店の位置づけを考えてみる。

 中途半端に考えると、阪急の方が少し上位の客層、阪神がもう少し庶民的というコンセプトになりそうだ。しかし、ここはもっとすっきりと、
 阪神百貨店は、タイガースショップにする。
と言う解決はどうであろうか。

 店の外観は当然、黄色と黒の縞模様、店員の制服も黄色と黒の縞模様、店のバックグランドにミュージックは六甲颪・・・

 それで、スペースが余れば、階を分けて
  宝塚のショップにする
タイガースに疲れれば、ベル薔薇が迎える・・・(どちらが疲れるかは???)

 この案誰か買いませんかね。安くしておきます。

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補佐官について

 首相の補佐官と言う役割ができたらしい。今まである大臣・副大臣とどう異なるのか、よく分からない。ラインとスタッフと言う分類で言えば、スタッフと言うことらしい。

 何か話を複雑にしている感じる。しかし江戸時代で例えてみると、側用人と老中の関係が似ているように感じる。当時の将軍は、家柄で選ばれる老中より、個人の能力主義で選べる側用人を登用した。ここで、 ”家柄” の代りに ”派閥と当選回数” を入れてみると、何となく見えてくる。こういう見方では、補佐官の仕事に期待できる。

 しかし、ラインとスタッフの関係で見ると、明治以降の軍では、スタッフである参謀が力を持って、昭和の暴走に繋がってしまった。幕末・明治の政府軍は、宮様を総指揮官に頂く究極の家柄人事であった。そこで、実務を担当したのが、下級武士上がりの参謀達である。そのような、情況が積み重なり参謀が力を持ってしまった。

 ただ、本来は権限と責任の一致したラインが、力を持つことが望ましい。さもなくば、また無責任世界になってしまう。

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2006年10月 8日 (日)

本日の朝日新聞記事より

本日の朝日新聞の社会面で気になる記事があった。

その1 大阪市の「カラ残業」封じ
 この話を、経済面や週刊誌などの広告で出ている
   「サービス残業問題」
 と同時に考えてみるとどうなるであろうか?片方では、仕事がなく暇をもてあましている人間に、残業手当を払っている。一方、一生懸命働いているのに、手当てを払ってもらえない人がいる。このアンバランスの原因は何か?一つは、予算の発想問題である。公務員にコスト意識が弱いと言うのは前から言われている。
   「営利企業ならば人権費抑制に敏感になるが、
  公務員は一度取った予算を使い切ることに情熱を傾ける。」
とよく言われている。
 もう一歩突っ込むと、仕事の負荷問題である。
    「公務員は暇なのか?」
これに対しては、一部の高級官僚予備軍が夜遅くまで必死に働いているのは、霞ヶ関などでも有名である。もっとも、キャリア公務員のサービス残業と言う話は聞いたことがないが・・・
 しかし、一般の公務員に対し”暇”と言うイメージがあるのは事実である。実際、これだけの人材を有効活用できないと言うことは、少子化の時代でありこれから重要問題と思う。一つ言っておきたいのは、公務員などの高級官僚は、天下国家の向きを論じるのも重要だが、自分の属している組織の、運用の細部にも気を使って欲しい。一般の公務員が暇なのは、彼らの罪でなく、仕事を考えない・指示しない上司の問題があるのではないか?

その2 神戸高速鉄道の社長給与問題
 神戸市から天下りした、神戸高速鉄道の社長の給与が高すぎると言う記事を見た。更に、神戸市の内規では、
  「社長に長く居座らないように、待遇を良くしないようになっている。」
と言うことらしい。
 しかしこれは何かおかしい。社長の給与は、”仕事”に対して払うべきである。社長としてしかるべき仕事をさせるための給与であり、追い出す手段ではない。
 居心地を悪くして追い出される立場の社長が、社員のことを考えてくれるか?
上の話とも関連するが、高給取りの仕事には、部下が気持ちよく働く様に考えることも重要である。

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2006年10月 1日 (日)

景気動向を読む

本日のテレビ、がっちりマンデーで、景気動向の話をしていた。

これで、景気に関する色々な指標が出ていたので、納得できそうな話について少し突っ込んでみたい。

 「相撲の検証が増えると景気が上向き」
これは、宣伝費の増加と言うことで、納得しやすい。別の言い方では
 「ポケットティッシュを多く貰えると景気が上向き」
と言うのもあった。こちらは、見えているものに、”ナゼ”を考え納得すると言う発想である。

また、正月の某社の大型テレビ時代劇に、戦国時代の出世物語を取り上げると、景気が上向くと言う。この理由は、好景気の時には、他人の出世に好感を持って、見る人が多くなるとの説である。

一方、考え方を変えて、アメリカの新築住宅の情況を見るという話もある。これは、広く物事を見るという発想である。

結局、「深く・広く考えると、目に入っている情報が生きてくる」と言うことになる。

但し、2極化した現状では、上の話が本当に成立するか、もう一歩吟味が必要である。

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2006年9月27日 (水)

与えられた問題を解決する政治

先日テレビを視聴していて思ったが、戦後の政治家で立派と言われる人にとっては、課題が明確であった。米国からの独立、経済成長、中国との国交回復など・・

ところで、現在は一点に絞って議論することが難しくなっている。しかも方向も曖昧である。

このような状況では政治家も、苦しいようである。しかしそのような状況で、課題発見の人材を、若手の要求するのは、無理な願いにならないだろうか?

国の構造、文化的なものが根底に絡んでいる様に思う。キリスト教を拒否し、技術成果のみ取り入れてきたこの国には、自前の哲学で判断するのが難しいかもしれない。

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2006年9月23日 (土)

国歌・国旗に対する礼儀

<日経新聞から引用>

入学式、卒業式で国旗に向かっての起立や国歌斉唱などを教職員に義務付けた東京都教育委員会の通達を巡り、都立高校などの教職員401人が義務がないことの確認などを求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。難波孝一裁判長は「憲法が定める思想・良心の自由を侵害する行き過ぎた措置で、通達や校長の職務命令は違法」として、起立・斉唱などの義務はないと認定した。

<引用終わり>
この話、何となく釈然としない。教職員達が、「学生に対して何も強制しない」と言うことがあるのであろうか?自分の授業に対して、起立・礼をさせる教師も多いと思う。そのような時、学生が「自分の信条で起立しない」「尊敬できない先生に礼をしない」と言うことを許しているのであろうか。

また裁判では、規律が要求されるはずであるが、「信条により起立しない」被告に法廷侮辱罪が適用されることは、この裁判長の時にはなさそう・・・

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2006年9月21日 (木)

少年法の原点

少年法の根源は
 「第2次大戦後の、浮浪児の対策にあった。」
とあるテレビ番組で放送していた。これを聞いて、
 「将来のある子供の犯罪は、出直しが可能なように、匿名報道すべし。」
と言う意見に納得できた。

やはり法律は、できた時代の背景を背負っている。しかし、その背景が変化した時に、修正できないのも困ったものである。

この前の、山口の事件でも、
「指名手配の記事を匿名で報道する。」
と言う、変な話になっていた。何かおかしくなっているように感じる。

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2006年9月19日 (火)

大学全入時代の危険性

現在大学進学率が非常に高くなっている。このため、職人の世界にも大学卒業生が進出している。これは、非常に危険な状況であると思う。

理由は、職人の育成はできる限り若い時から行うべきであり、モノの感覚等は長い時間で身につくものであるからである。そういう意味では、親から世襲で子供のころから、親の世界に触れていた人が、教養を広めるための大学進学などは良いと思うが、大学卒業して始めて職人の世界に入るのは、感覚が追従できるか不安に思う。

日本のモノ造りがこのような面でも、危なくなるのではと心配である。 

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2006年9月18日 (月)

大学の言行一致

またもや、痴漢をした某大学の有名客員教授がいる。前の一件でも本人は冤罪を述べているらしいが、今回は現行犯逮捕と言うことで、まず間違いはなかろう。

このような痴漢常習者には、カウンセリング両方が有効らしい。

さて話は変わるが、彼の所属している大学のキャンパスブログを覗いてみると、カウンセリングと言う項目もあった。このような、項目が表題だけでなく実行が伴うようにして欲しいものである。

直さなくても、危ないと言う危険予知はできなかったのであろうか?

実用的を目指す大学では、このような突込みにも耐えて欲しい。

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理系の弱さ

テレビなどで、一流大学の理工系出身者が、オーム真理教の信者になったことを、驚きのトーンで取り上げている。しかし、これは当然の結果と思う。社会学部などの学生が信者になったと言うと、一寸困ったものだと思うが、医及び理工系の学部の学生が、信者になる可能性は高い。

この理由の一つは、理系で重視されている、デカルト的思考法にある。デカルトは、当時の主観的・宗教的な哲学及び世界観を打破するために、直観で確認できる前提と、確実な演繹で推理、そしてそれで全ての確認と言う段階で思考することで、真理を認識できると教えている。特に、途中の推論段階での厳密性を重視している。またこのような推論を行うのは、比較的小さな抽象的・理想的なモデル上で議論を進めることが多い。

ところで、宗教の業などを行うと、ある種の神秘体験を感じることは、よくあることである。一方、今までの教育は、宗教的な体験は、合理主義と言うことで全て否定か触れられないで通ってきた。その結果、免疫なしにいきなり神秘体験をすると、強烈な直観になり、そこから論理的に見える説明を受ければ、ころりと受け入れてします。

一方、社会学の世界などでは、本質的な多様な見方があり、唯一絶対の真理などを簡単に信じない。流石は、ヴィーコの子孫である。

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2006年9月17日 (日)

参議院の候補で考える

近頃、竹中大臣の議員辞職問題がニュースを賑わしている。
その裏側で、次の参議院議員選挙に、日本ハムの新庄選手を担ぐと言う話が出ている。一寸権威主義の石頭で考えると、経済の権威の大学教授とプロ野球選手を一緒にするとはけしからんとお叱りをこうむるかもしれない。

しかし考え方を変えると、これはある意味で自民党の考え方の、大きな変換の象徴かもしれない。

竹中教授ー>自分がよく知っている。皆を指導する。
新庄選手ー>とにかくファンにサービスする。

この図式では、小泉指揮の考えから、国民意見を聞く政治をしたいと言う意思表示かもしれない。

でも、もう一度見直すと、前回の衆議院選挙にも、某容疑者を担いだ自民党にそんな識別力があるのであろうか?

もう一言言えば、プロ野球選手から国会議員なった方や今回の新庄選手は、球界の中で
 「人間性はともかく、知能は最高級」
の、野村監督の考えについていけなかったように感じる。国会議員には余り知能を要求していないのであろうか?

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2006年9月16日 (土)

大企業の弱さ

今朝の朝日新聞BEは、『雪国まいたけ 大平社長』の記事を載せていた。

色々参考になるが、戦略的に徐々に市場価格を下げていくことで、大企業の参入を防止できると言う記事があって、納得してしまった。

大企業はどうしても、計画実行のサイクルが長くなる。その間に、計画時点より市場価格が下がると、また計画のやり直しになり、参入が難しくなる。

大幅な、価格の変化には、大規模な研究もできるが、微妙な改善レベルは、後発側には難しいものがある。うまく隙間を衝いている。

なお、同社には『もやし』市場で、大企業の参入で痛い目にあった経験があるとのことである。この場合はエチレンガスの効果と技術的に説明できる手段があったので、参入が容易だったらしい。技術はだれでもできるが、技は習得が難しい。

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2006年9月15日 (金)

飲酒運転に思う

現在、飲酒運転の被害者が多く出て、社会問題になっている。

しかし、この問題をもう少し突っ込むと、二つの側面がある。

1つは飲酒の害である。本日の朝刊にも某大学の教授『酔っ払って』痴漢をして、逮捕されている。これ以外にも、某市の公務員が酔っ払って暴れたりしている。このような、『酒の上で憶えていない』と言う言い訳を通している世の中の問題かもしれない。

2つは、無謀運転の話である。私の知り合いの身内に、
 『交差点で携帯電話を見ながら突っ込んできた自転車』
に当たられて、頭を打って死んだ人がいる。このような人たちにも、厳罰で対応してもらいたい。

とにかく現在は、このような事故では人の命が軽すぎるように感じる。最も加害者の人権は、十分に保護されるであろう。弁護士のお得意の手段である
 『加害者は正常な判断ができなかった』
と言う弁護を使うと、酔っ払い等は、ほとんど罪にならなくなりそうである。

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2006年9月11日 (月)

デカルトの思考法

本日の朝日新聞の夕刊を読むと、第5世代コンピュータプロジェクトで有名な、渕一博氏の訃報が載っていた。彼は
  「ソフトウエアの試験方法は、デカルトの4原則による。」
といっていたことを思い出した。

確かにコンピュータのプログラムは、デカルト式の厳密な論証に適している。ただし、仕様を決める段階では、ヴィーコの共通感覚も必要である。

但し、20代位の若いときに、デカルト流の厳密思考を経験するのも良いように感じる。バランスの問題もあるが、一度は苦労した方が良い。

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2006年9月 8日 (金)

護身術について

現在は物騒な世の中である。最悪の場合は、自分の身を守ることを考える必要がある。ところで、現在のスポーツ化した武道では、本当に身を守れるのであろうか?特にルールの弱点が護身には不適切と言う感じることも多い。

例えば、柔道では寝技で一本をとられないために、背中を丸めて亀と言う姿勢をとる。しかし、害意を抱く相手なら、押さえるふりをして、膝・肘などで腎臓等を背中から打ち据えれば、大被害になる。

このようなスポーツの1本と、戦闘力を完全に奪うと言うことは異なっている。護身術の場合は、相手の戦闘力を完全に奪うか、少なくとも追いかけられないようにすべきである。

合気道などでは、投げても受身を取られれば、被害が少ないので、その後固め業で動きを制するか、当身で決めることを教えている。この方がまだ護身には適している。

なお、薬物などの影響下にある人間は、痛みに関するショックが少ないので、たとえ腕一本折ったとしても、まだ向かってくる可能性がある。完全意戦闘力を失わせるまで、気を抜いてはいけない。一本で終わるスポーツと、命のやり取りをする武術の違いである。

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2006年9月 4日 (月)

大衆発信とニュース価値

昔からよく言われた言葉に、
「犬が人を噛んでもニュースにはならない。
 人が犬を噛むとニュースになる。」
と言う話がある。これは少数の特異例を重視すると言う発想である。この結果従来のマスコミでは、少数意見重視に傾いた向きもある。一方、これを見る側にも、特異例を一般化した向きもあった。例えば、ベンチャー企業の社長皆が、贅沢三昧をしているわけではない。

このような状況を改善するには、多様な面から情報を収集し、定量的に処理するのも一つの方法である。上記では、
 「ベンチャー企業の何%の社長が豪遊し、何%がつとましやかな生活を送り・・・」
である。

インターネットの社会では、多様な発信がこのような情報を掴みやすくしている。そういう意味で、大衆意見が少し強くなったように思う。

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2006年9月 3日 (日)

有限の資源の思考

滋賀県の新幹線新駅騒動など見て、ふと思いついたが、この国では税金と言うものは無限にあると皆思っているのだろうか?今回の滋賀県の負担金額を考えたとき、少なくとも琵琶湖の西側や、米原より北側の地域の住民が賛成するとはとても思えない。

このような、税金負担を無限に使えると考えるのは、ねずみ講にはまるのと同じ様に感じる。

なお従来の税金負担を甘く見るのは、次のような発想があるのではないか?
 1.従来の高度成長の延長で、債券を発行して借金しても、
   インフレで返済負担が減る。
 2.マルクス主義的発想で、労働者より搾取し
   不当に儲けている大企業から搾り取れ。

まず上記1に関しては、今後インフレが起こる可能性はないとはいえないが、まずそのような経済政策は難しい。現状では、価格破壊でデフレにもなりかねない。

次に2に関しては、企業を絞れば税金が取れると言う発想にも、限界が来ている。企業も利益を生み出すためには、合理化を重ねており不当な税金に対しては、反発を買い別の地域に逃げ出しかねない。これは高額所得者の国外脱出も引き起こしている。彼らには批判もあるが、今の高額所得者に対する、ワイドショー的ねたみ報道に耐えかねて、逃げ出すと言うのも解らないことではない。

と言うことで、税金は有限で、有効に使う必要がある。要求することは税金を使うことである。

こういう当たり前のことを、全市民が身をもって知るべきではなかろうか。

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日本の食事

テレビで見たが、生鮮魚類を日本国内の主要地域に運ぶ手段が実用化しているらしい。

これは、一面ではすばらしい進歩と言える。そして、各地での美味しい食物のバリエーションが広がる。組み合わせの自由度も広がるので、新しい名物料理も出来るであろう。

しかし、従来の各地で採りたてを食べると言う、名物料理の希少性がなくなるのは寂しい。新幹線で、宿泊設備をつぶしたうえ食物の希少性まで壊されると、観光事業で打撃が大きいように思う。関空と伊丹のように、新しいものを出したときに、既存のものとの共存や、転換をうまく出来ないのがこの国の政治ではないか。少し心配である。

でも、見方を変えれば、この国は色々な食材を上手に取り入れ自分のモノとしてきた。このような柔軟性は、仏教伝来依頼1500年程度の伝統がある。今の政治体制が、一寸不適合をしているだけかもしれない。

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2006年8月29日 (火)

被害者の無念を晴らす民事訴訟

福岡の交通事故は幼い子供達が死ぬと言う痛ましい結果となった。ご両親の無念はいかほどかと思う。しかもこの場合、子供を自分で救えなかったと言うことで、自分の心の傷が大きくならないかと心配である。

現在の日本では、加害者の人権は充分配慮され、弁護士がついているので、裁判時に子供が死んだのは両親に責任があるなどという、弁護までされかねない。確かに、刑事裁判では被害者が弱いので保護すると言うのも一理あるが、加害者の人権のために、被害者が傷つく可能性にはやりきれない。

これを考えると、訴訟社会のアメリカでは民事訴訟を起こし、高額の賠償を取ることで、加害者に対し悪いと言うことを明確にするのも、一理あると思ってしまった。

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2006年8月27日 (日)

景気のよしあし

現在の好景気について、テレビで興味深い話が2つあったので、忘れないうちに記録しておく。

1.現在景気が良いと言うが、従来の好景気は従来と異なる。
    従来は全階層から好景気の影響で雇用や給与の向上があった。
  今回は、ある程度以下の階層では、雇用や給与が止まり2分化している。

2.上記の原因として、従来は東西対決の世界で、下手に共産革命を
    起こさせないため、すべての階層まで給与を適度にばら撒いていた。
  現在は、バラまきがなくなった状態である。

小泉改革の発想としては納得できる。

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保存法則の使い方

物理学の基本には、各種の保存則がある。これを一般化すると、結構面白い議論ができる。

例えば、青色ダイオードの権利で、発明者と会社の間で、巨額の権利の訴訟があった。個人の請求額に皆さんは目を向けていた。しかし、その請求の根拠になるだけの利益をその会社は得ていたのである。

乱暴に言えば、暴利を貪っていたのである。これも保存則の発想の応用である。その金は、どこから来たのか、どこへ行くのか考えてみよう。

ある歴史の話で、農民搾取を教えている先生に、学生が
「その搾取した米はどこに行きました?」
と聞かれて、絶句したと言う話も思い出した。このように単純に考えて、おかしい問題はありそうである。

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2006年8月26日 (土)

冥王星問題

 冥王星が、とうとう惑星から降格されてしまった。元々この星は軌道がいびつで、時期によっては、海王星の内側に入り込むと言うややこしい星である。従って、星占いに関しては、色々と難しい問題を引き起こす。
 もっとも、この星が見つかる前に考えていた教本はこれを無視している。また占星術師の言い方によれば、遠いから余り影響が少ないと言う人もいる。更にこれからは、冥王星を無視した占いになるだろう。このような占いに関しては、科学的発見や判定とは独立と思うのだが、色々と影響がありそうである。まあ、科学的発見・判断も神の意思と言えば占いも影響を受けるであろう。

 さて、流風さんのところに降格に関する議論があった。

 この記事への従来の日本企業では、原則として降格はないので、
  「人間は自分の無能を証明するまで昇進する。従って、組織は
 『昔すばらしい課長だった、困った部長達』の集まり。」
と言う会社が続出する。

 しかしながら、2007年問題を抱えて、会社側でも人材の有効活用を考えざるを得ない。このためには、幹部社員教育で少しでも無能化を防止するとともに、適切なプロジェクトチームなどでの人材活用など多様な路線で、人材の活用を考えるようになってきている。

 実際、管理職より外れて現場復帰し生き生きしている人もたくさん居る。部長・課長・・・と言う単純路線は、ここでも発展的解消を遂げている。

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2006年8月23日 (水)

反対意見の抑圧

民主主義の基本は、反対意見を述べる権利の保障である。言い換えると健全な、野党の存在である。ところで、学校という社会においては、これが成立するのであろうか?特に小学校では、担任とずっと一緒に居るが、担任は権威を持って話をしている。

担任と違う意見を言うことは、許されていないことが多い。

確かに、子供の無茶な意見は修正する必要もある。そのために枠に嵌める必要もある。

しかし、教師の思想的な面まで押し付けられるのは、困った感じもする。朝日新聞で、愛国主義になった若い人に、教師への反発と言う記事を見たので、これを書いた。

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2006年8月17日 (木)

メール残業の効用

新聞などで、メール残業と言う話を見た。帰社してからも家でメールを使って仕事をすることらしい。これには、賛否両論があるらしい。

確かに、家に仕事を持ち帰るのは昔からあった。しかしメールの場合は、相手があるので一寸状況が違ってくると思う。特定の専門家に質問に答えて欲しい、という要望は色々な仕事で出てくる。ただ難点は、常時質問が出るわけではない。そうすると待ち時間が生じる。そのようなことを考えれば、メール対応で必要なことだけ行うのは、知的作業者にとっては、一つの改善ではないか。在場時間で給与を払うシステムは、現実にそぐわなくなっている。

但し、資料作成まで家のパソコンで行うなら、それはすでに在宅勤務になっているようにも思う。現在は、過渡期である。

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2006年8月16日 (水)

指導者の責任

靖国問題で、日本とドイツの終戦処理について、
 「ドイツはヒトラーに全てを負わせたが、日本は曖昧にした。」
という議論がある。

これを日本の意思決定の形と絡めると、少し見えてくる。良く経営論などで出てくるのは、外国人が日本人と取引すると、意思決定者が見えないと言うことである。経営の提携などをする場合、何人もの人間が入れ替わり立ち代り出て、同じような質問をする。つまり意思決定が、集中していないのである。

ただし、ドラッカーやゴーンが褒めているが、日本の場合決定したことは、皆が実行する。欧米や中国では、意思決定者の決定を、実行に移す段階で、かなりのトラブルが生じる。

この原因を考えてみると、明治維新後の日本の指導者の選び方に、一つの答えが見えてくる。明治維新時の指導者は、指導者として生まれたのではなく、何らかの機会に松下村塾などで教育を受け、その後特定分野の専門家になたものが多い。またその後も、秋山兄弟のように適宜海外教育を受けた、特定分野の権威が生まれている。

このような世界では、トップに立ち決断することを使命とする育ちの人間と言うのは、生まれにくいように感じる。平等な皆で考えると言う方式になる。中国は、儒教の階層で、上の指示に従うことを、道徳的に教えている。もっとも下には対策があるが、これは別の話である。

これを考えると、特定の人間に責任を負わせると言う発想は、日本の場合には難しいものがある。リーダーシップに関しても、欧米理論の翻訳導入では難しい。

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2006年8月15日 (火)

停電事件の補足 その2

下で、流風さんから、東電と関電の電力系統に関するコメントを頂いた。これについては、詳細でないが概略的に考えていることがあるので補足しておく。

まず流風さんの指摘の、電力系統の違いであるが、一言で言うと、関電の方が分離性がよく、障害箇所を局所化できるということである。東電のシステムは、ネットワークが回り込み、複雑なルートで電力を送れるが、障害が波及する範囲が広くなる。

この違いは、地域としての特性が絡んでいると考える。関東圏は、何と言っても首都圏、特に千代田区など特定部位の重要度が、極度に大である。従って、この重点部位に供給する電源は、二重三重の多様なルートでの供給になる。

一方、関西圏ではどこが中心であろうか?
  「大阪のために、ゆずる」
等と言う台詞を、京都府知事や兵庫県知事が言った話を、聞いた覚えがない。プライドの高い古都である京都、今一寸さえないが商都大阪・・・この序列を誰が付けられるか?

このような、地域を相手にする関電の場合は、個別に供給路を別け、お互いのトラブルが波及しないのが、安全であろう。そう言えば、滋賀県では既存の米原だけでは足りずに、新しい新幹線駅を作ると言っていたり。その一方で、米原駅前の再開発計画にJR貨物さんを担いだりしている。東京駅に、中央線や東北新幹線を引き込んだ、1極集中の東京にも良い所があるかもしれない。但し、東京の地下鉄よりは、大阪の地下鉄の方が、直角平行でわかりやすい。

なお、阪神大震災時の関電の系統制御は、やはり名人芸であったと思う。姫路の西から大量に大阪に向かう電力が、阪神地区という経路を失ってしまう。電力は溜めるのが難しいが、緊急で揚水発電などを動かし少しでも吸収するとともに、迂回路を設定して東に流していく。これを、全系統ダウンになるまでの、短い許容時間でやってのけたのは、ベテランの操作員の功績と推察する。

但し、今回の東電の場合は、震災時ほどの切迫感がなかったため、一つ一つの操作に関して、安全性のシミュレーション等での確認後に実行と言う、マニュアルどおりの操作で時間を食ったと思う。平常時では、決断即実行と言うわけには行かないのではないか。

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停電関連の補足

 昨日の記事に関連して、少し補足しておく。まずテレビで見たが、電源復旧時に配電盤が焼けると言う二次災害は、少しはあったようである。非常用の自家発電装置を動かしたまま、電力会社からの電気が復旧したためとの説明があった。

 しかしこれは、なんとも納得いかない。非常用の発電装置は、電力会社からの商用電源と、自家発電からの電力の切り替えに関しては、安全確保の試験が充分されるべきであり、その後の定期点検でも確認されるべき事項である。そもそもの設置条件がどうなっていたか?その後の点検はどうなっていたか、気になる部分である。

 もう一つ言えば、今回の事故の発端であるクレーン船の操作が、まったく感性がない操作である。そもそもクレーンを操作する場合は、周囲に充分気を使うのが基本である。上に不注意と言うことは許されない。

 今回の話はどちらも、安全の基本の感性がなくなった仕事と言う点で、プール事故など全てに共通の問題である。

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2006年8月14日 (月)

停電騒動について

本日の首都圏停電が一応復旧したらしい。お盆休みで企業の休みが多く、消費電力が少ない。しかも朝7時台と言う時間で冷房のピークでなかったのが、まだ被害を軽くしたと思う。

今回の原因は、送電線に船のクレーンが接触したためと聞く。これは、数年前に自衛隊のジェット機が突っ込んできたのや、四国電力で発電所の近くの送電鉄塔を倒されたのと、本質的には同じ問題である。現在のように、空中を送電線で電力を送っているかぎりは、残念ながらこの弱点は残っている。

電力供給の信頼性確保のため、通常送電線を二重化すると言う対策を取るが、物理的配置は、同じ鉄塔の左右に3本ずつ電線を並べる形式になる。つまり、三相交流の2回線である。余談であるが数年前に上海に行ったら、片側の3本線だけで送電しているのを見た。

昔から、電線に蛇が巻きついたことで、地絡・短絡などした場合等には、この二重化が威力を発揮する。また、設備の保守点検時にも、片系ごとに行うので、その意味でも信頼性は高くなる。しかし、電力を運ぶために、今のような架空送電線を使う限りは、鉄塔を分離するまでの対策は実際上無理であろう。根本的な対策は、送電線を地中化することであるが、これもケーブルの特性など難しい問題がある。一番思い切った解決は、直流送電にして地中ケーブルで送ることであろう。

しかし、今回の東電さんの復旧は、それなりのスピードで行ったと思う。確かに、阪神大震災時の関電の操作員達が、今回とは比べ物にならない系統損傷に対応し、緊急に迂回路を設定し全系統ダウンを避けた”神業”と比べれば、不満があるかもしれない。しかし、阪神大震災時は、それしかないと言う状況での操作であり、例え失敗しても誰も責めることはできない作業であった。今回は、過負荷や電力過剰の発生で、波及的停電を許されないため、一つ一つ確認しながらの作業であったろう。これを考えれば、今回の復旧時間は、充分速かったと思う。

唯一つの難を言うならば、情報公開のスピードである。たぶん制御の現場では、どの送電線が最初におかしくなったと言う情報までは、7時台には掴んでいたはずである。そこまで原因を掴んでいながら、復旧作業に当たっていると言う、情報を速やかに流して欲しかった。それがなかったので、テレビの一部で、
   「サイバーテロにより、停電させられた」
と言う発言も出たし、私も
  「東電さんが事故発生後1時間たっても原因を発表しないのは、
  情報系等に被害が出たのか」
と疑ってしまった。

そういう意味で、経済産業省からお叱りを受けたのは、しかたないかもしれない。公共的事業では、大衆に安心感を与えることも重要と思った。

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2006年8月 1日 (火)

中国での生産について

物作りの現場を中国に移す、と言う流れが一段落したらしい。

確かに工数あたりの賃金は、急激に上昇しているので、工数あたりの賃金格差を求めるならば、ベトナムにでも移るであろう。

しかし、中国市場を同時に踏まえて、スケールメリットを狙うならば、中国で生産し売った余りを日本に送ると言う発想はあるのではなかろうか?

1970年代のマイコン応用で、某社はいち早く自動車に組み入れる。ボードを供給し、その余波で産業用の応用を、低価格のマイコンボードで開発したことを思い出した。

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2006年7月31日 (月)

自衛隊のイラクからの帰還

自衛隊がイラクから無事撤収した。めでたいことである。

今回の派遣に関しては色々な意見があるが、私は、今回の任務は自衛隊でなければできないと考えている。しかも、今後のイラクで日本のODAが進む切り口になった考える。

今回の任務が、自衛隊である必然性は、
  「武器によるテロ攻撃による、命の危険に
   冷静に対応できる覚悟がある、
   組織は自衛隊しかない。」
にある。

今後は、更に規模の大きいODAが成立し、サマワの人たちの生活向上に、役立つように祈念している。

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2006年7月30日 (日)

ネット時代で商売するには

朝日新聞が『ウエブが変える』という特集を掲載している。

特に本日は、ユーザの少数派が影響するロングテイルを取り上げていた。
本来少数派は、個々のこだわりがあり、自分の納得のいくものがあれば、少しは金を出しても購入してくれる、良いお客様である。従って、従来でも需要ー供給の繋がりが一度成立すると、長続きする良い関係になっていた。但し、大企業病で切り捨てられた例もある。

しかし、従来の商流では以下の問題点があった。
  ①良いお客様だがどれだけ存在するか解らない
  ②利用者側も、自分の要求に本当にこたえてくれるか解らない

ウエブ社会では、以下の様な条件が色々変わってきたので、ロングテイルが有望となってきている。
まず、可能性の拡大である。
1千万の1ppm(百万分の一)は10であるが、10億の1ppm(百万分の一)は1000である。

次に、これを求めるものが探す仕組みが、必要である。これは2つの面から可能性が広がった。
  ①Googleなどの検索機能の充実
  ②利用者の体験の発信、特にマイナー趣味の発信が可能になる

このような状況を生かすには、現状を正しく認識して、速く対応する能力が求められている。従来の経営者の評価尺度に加えて、機会損失が重要な評価尺度になってきた。

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戦中戦後の物作り

先ごろ読んだ、国産旅客機YS-11の話は、現在の経営問題でも良い教訓になる。しかし、これだけ読んでも、もう少し見えないものがある。何故かといえば、YS-11を作った人間は、戦中の軍用機の経験があるからである。

例えば、YS11を作るとき、
   「利用者である航空会社の意見をあまり聞かない。」
と言うトラブルがあった。しかしこれをもう一歩、時間軸を戻すと、
   「利用者である、軍人が口出し過ぎたため失敗した、軍用機開発失敗。」
と言う歴史がある。

但し、もう一歩踏み込んだら、明治以降の文明輸入世界では、
  『知っている/知っていない』
の差が多かった。従って、
    『有識者(=知っている者)の多いお上に従え』
と言う発想になる。

このような前提が変化した現在の物の作り方、売り方をどう考えるか、簡単に答えはでないが考えて行きたい。

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日本の失敗不寛容

異文化コミュニケーションに関して勉強していると、意思決定に関して面白い指摘があった。

アメリカ人は、6割の成功率に賭ける。決断し、失敗したら責任を取る。
日本人は、失敗が許されないので、皆で決議し実行する。但し決めたものは全員で必死に実現する様に努力する。

これを更に追求していくと、日本では間違いが許されないと言うことになる。
この理由を考えると
 一つは、井沢元彦氏が指摘している、穢れ・憑き物の発想がある。
 つまり間違った人間には、悪いものが憑いて穢れている。
  間違いの否定は全人格の否定になる。

 これ以外にも何かありそうであるが、はっきり言えるものがない。強いて言えば、
 明治維新の天誅発想がある。間違ったものは殺してしまえ発想である。
 但し、西郷隆盛の評価や、日露戦争時の日露同盟路線の伊藤博文の例がある。
 これを見ると、明治時代は健全な意思決定があった。

 その外にも、論理的な会話が未成熟などの要因がある。

等の原因がありそうである。

今回のJR被害者の責任を取った幹部が、子会社の天下りは認められないと言う言い方も、間違いを認めない発想に通じるものを感じる。

しかし、間違いを認めて正すようにしないと、変動の時代に対応できなくなると思う。

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2006年7月29日 (土)

大学の評価

今朝の朝日新聞に、企業の採用に当たっては、学校の成績も見て欲しいという意見があった。それは確かにもっともである。しかしこれに関して、企業の立場で非常に引っ掛かるものがある。というのは、現在の流れとして、入社した社員の出身大学を聞くと、差別と追及されないからである。

しかし、成績という場合には、学校の教育レベルと総合的に評価をしなければならない。具体的な例を挙げると以下のようになる。

送配電の単位が”優”である学生がいたとする。これが、前川先生からの伝統ある、東京電機大学の電気系なら『対称座標法から電力系統のモデル化』まで、充分叩き込まれていると判断できる。しかし、名前を出すのは控えるが、交流理論でも三相交流に至らない例もあると聞く。これを同じレベルと見ると、司馬遼太郎氏の戦車の員数合わせになってしまう。

もう一つ、今朝の投書で学生のコミュニケーション力について触れていた。実は、私は数年以上前にある学会で、工学院大学のある先生と一寸した論争をした記憶がある。

先生曰く
 「近頃の学生は勉強に関係のないアルバイトに精を出しすぎる。
  工学部の学生が、レストランの皿洗いを上手になっても困る。」
私の一言、
   「皿洗いのアルバイトでも他人に対する礼儀が身に付ければそれで良い。」
これで、会場が爆笑(大学関係者の苦笑)して終わってしまった。

但し、私もここで一つ反省すべき点がある。と言うのは、当時から工学院大学は、学生の躾がしっかりしていた。私は、バブル時代末期からかなり多くの新入社員を見たが、しっかりノートがとれ、挨拶のできる学生を一人と言えば、工学院大学のB君を挙げる。

そこまで学生を躾ければ、アルバイトに苦言を言う資格がある。

大分遅れたが、この場でお詫びを申し上げます。

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2006年7月27日 (木)

今朝の朝日新聞を見て

今朝の朝日新聞の『私の視点』で、知的財産訴訟などでの弁護士・弁理士報酬について疑問を示されていた。

確かに、弁護士・弁理士の報酬に関しては、こんなにと思うことも少なくない。しかし、仕事の工数対応の時間チャージと言うことを考えると、1時間1万円という金額は、あまり多いとは思わない。しかも、色々の打ち合わせなどの拘束時間を考えると、少しの作業で多くの金額ということも充分ありそうである。

ところで、大学の先生の講演は、1時間で?十万円という相場であるが、これに関しても、何か議論は出ていませんかねー?

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2006年7月24日 (月)

靖国問題について思う

近頃また靖国問題が騒がしくなっている。これは軽々しく取り上げるべき問題ではないが、前から気になっていることがある。つまり
  「A級戦犯の人々は、本当に自分に罪があると、思っているのか?」
という観点である。

よくある時代劇のパターンに以下の形がある。
 「某大名の領地で密貿易などのご禁制を行われている。
 これを内偵する、公儀隠密やお忍びの大物が探ると、藩ぐるみらしい。
  そこで動かぬ証拠を押さえると、そこに出てきた忠義な家老が、
  白装束(=死装束)で出現し、
  『これは藩主には関係なく、私が私利私欲で行った』
  と言い残して、腹を切る。そこで探っていた者達が解ったとうなずく。」

靖国問題の報道と、この時代劇を見た海外の人間はどう思うであろうか?このような雰囲気で、戦争指導者の罪について、曖昧になってくるのではなかろうか。

なお、私は太平洋戦争での日本人の多くの死者を出した責任は、軍部指導者にあり、特に以下の方々の罪は重いと考えている。
 1.東条英機・・・・・・陸軍指導者として、また首相として
 2.山本五十六・・・・ミッドウエー海戦の責任隠蔽と、以後の誤情報流布の口火

昭和天皇を欺いた罪だけでも、彼らを軍法会議で裁き、その後で
  ”祟らないように靖国神社に祭る”
これなら、海外から口出しされる筋はなくなると思う。

現在の、靖国問題には、東京裁判の否定も絡んでいるので、海外の敵も多くなっている。

少なくとも、A級戦犯の一部は、正式に日本でも有罪判定をした上で、
  『神社の祭りは別』
というべきではなかろうか?

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2006年7月20日 (木)

近頃の悪乗り

「日経ビジネスAssocie」8/1号を読んだが、笑ってしまう記事があった。

ホリエモンが15kgもやせた !? 東京拘置所の食事はこれだ!

これはどう見ても、覗き見趣味としか思えない。それとも刑務所ダイエットとでも売りだすのかなー!

現在は、『メタボリックシンドローム』のブームだから、このような記事も出るのかもしれない。しかし、個人の腹回りは、個人情報保護で秘密になるのではと余計な、心配をしてしまった。

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2006年7月17日 (月)

企業の電話対応

今朝の朝日新聞の投書欄に、某業者の契約前の説明についてのトラブルが載っていた。投書者の主旨は、
「某社の『派遣社員のせい』というう言い訳をする体質が許されない。」
ということであった。

この話を聞き、ある会社でも
 『下請けを使っているので』
という言いわけを聞いたなあと、思い起こした。私のような、メーカーに勤めている人間では、これは言いわけにならない。自社の名前で出した以上、責任は全て自社にある。

これは、入社以来叩き込まれた原則である。

しかし近頃の電話応対は、下手なことが多い。特に、電話を掛けた人間の要求にこたえてくれないことが多い。私の経験でもこのようなものがあった。

 「お宅のXXは減農薬ですか。」
  「当社の基準で運営しています。」

これは何のことか解らず、結局買わなかった。その会社のホームページを見ると、
 「同社は独自の厳しい基準で運営し、いわゆる『減農薬』より、残存農薬は少ない。」
となっている。これを一言言ってくれれば、安心して買えたのに。

このように相手のことを考えない、電話応対が多い。

これもメーカーに言えば、
  「コールセンターの社員は、派遣社員ですから・・・」
と言いわけされそうである。

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2006年7月11日 (火)

電鉄の働き

近頃阪神・阪急の合併で、電鉄のニュースが色々と取りざたされている。朝日新聞の記事が面白い指摘をしていた。

昔は、
    「電車に乗って移動すると言うことは、異なる世界に行く。」
ことであったと言う指摘である。確かに、私達が子供のころは、まだ日本が貧しい時期であり、電車に乗ってデパートに行くなどと言うことは、ある意味ものすごい贅沢であった。

その理由は、
   「百貨店自体がハレの場所であった。」
と今まで思っていたが、電車での移動で、異界に行くという効果も大きかったと思い知らされた。当時は電車賃の値打ちも大きく、めったにいけない世界に行く楽しみであった。

しかし、現在は移動手段が多様化し、しかもマスコミなどで情報が入手されるので、電車のありがたみがなくなったように感じる。

情報化革命が進んだのかと再認識した。

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2006年7月10日 (月)

頭脳ブーム

近頃、脳開発のブームになっている。この一つは、高齢化社会に対する、ボケ対策で恐怖の問題がある。

しかし別の内容は、東大ブームとおなじく、お父さん達の
  『自分は、訓練が悪かったので損した論』
があるように思う。

何か格差を認めない、みんな平等論の変形のように思う。

これで、できない人間には非常に怖い議論が起こりそう。
  成果が出ないのはお前が悪い。

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2006年7月 9日 (日)

指導者の器

高校野球のシーズンになった。これで気になるのは、監督などの暴力事件である。指導者の暴力と言う問題以外に、指導力の低下と言う問題があるのではないか。昔から、叩く監督は存在したが、叩かれた方が納得していた。しかし現在は、叩かれた方が納得していないのが問題と思う。

納得しない原因も、指導者側と受ける側の両方に問題がある。
受け側として、昔は、現在のような情報が公開されていないので、指導者を評価することができなかったので、指導者のしていることを、そのまま受け入れることが多かった。しかし現在では、指導方法の色々な評価が公開されているので、指導者の欠陥も露になっている。さらに、現在の子供の教育方法で、忍耐力がなくなり、批判が多くなっている。

一方、指導側の問題として、大きな問題がある。従来の指導者は、人を導くと言う全人格的な要素があった。現在の指導者教育は、技術指導のテクニックは教えても、総合的人格的に人を導く要素は弱くなっているように感じる。

但し、もう一つ色々な事件に繋がる、危険性がある。
現在の指導者論に、
  ”トヨタ方式の1/10”や”松下幸之助の半分”の厳しい目標を
  設定するのが正しい。

というものがある。ここで、指導者に要求されることは、厳しい目標を設定する場合には、その実現可能性に対する見通しを持つことである。これは明確なものでなくて、潜在的可能性でも仕方ないし、失敗もあるであろう。しかし全く勝算のない目標に無理に突っ込ませることは、破局を呼ぶしかない。

建設業では、姉歯事務所の設計計算にお願いして、手抜き工事で目標を達成した。エレベータ業界では、まともな検査のできないメンテナンス会社に、発注してコスト削減を実現した。これらは、すべて実現可能性を無視した、無理な目標の結果ではなかろうか?

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2006年7月 5日 (水)

昨日の補足

昨日の話に、突っ込みを入れると、まず

 「オーナー社長でない場合は、20年継続しない。
    サラリーマン社長では、5年程度が既に長期計画になっている。
  従ってこのような長期の戦略は成立しない。」

という風な皮肉な言い方もある。これは、オーナー社長がよく言う話である。オーナー社長にとっては5年は一息である。このような長期視野は、個人保有の効果が大きい。

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2006年7月 4日 (火)

一つのフィクション

一つの妄想です。

昔あるところに2つの球団がありました。両方とも親会社は電鉄会社で、平行路線でした。A球団は人気が有りましたが、弱いので有名でした。一方、B球団は、リーグ優勝の常連でしたが、人気が有りませんでした。そうこうしているうちに、B球団の親会社は、とうとう球団を、新興のO社に売り払ってしまいました。

当時、O社の社員達は、我々はこれでB電鉄の傘下になるのかとささやいたものです。

それから、20年足らずの歳月が流れました。A球団もそこそこ勝てるようになりました。

そこで突然A電鉄の株が、Mファンドに買い占められたのです。A電鉄は色々対抗策を考えましたが、うまくいかず、とうとう近所のB電鉄の傘下に入る条件で、助けてもらいました。A球団は名前は残りますが、B電鉄の支配下になります。

さて、ここでMファンドの大口出資者の一人に、O社の創始者がいました。

ここで、20年前を思い起こしてみましょう。B電鉄の幹部は、A球団が欲しかったのではないでしょうか。昔の執念で、O社に依頼し、Mファンドの買占めをそそのかして、自分が救済に出たというやりかたです。

本件は、フィクションで特定のモデルはございません。

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2006年7月 3日 (月)

東大入試ハウツーの売れ行き

あるテレビ番組で、東大受験のハウツー本等が多く売れる理由を、説明していた。その理由は、お父さん達が、
  「我々は、このようなノウハウを知らなかったので、東大に行けず損をした。」
という愚痴をこぼす材料としているらしい。

つまり東大に入ったのは、要領の良い人たちで、資質的には自分と変わらないと、言いたいらしい。

確かに、大学受験でテクニックの占める要素は少なくないが、それだけではないと思う。

それだけの努力があったと思う。そういう努力に対する敬意が、少なくなったと思う。

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2006年7月 2日 (日)

公正な競争とは?

AERAを見ていたら、
「シルバー人材センターが仕事の相場を破壊し、
  既存業者が困っている。」
という記事があった。特にひどいのは、入札に参加することもあるという話である。

確かに補助金を貰った事業者が、安いコストで入札に参加するのは、不公正の感じがする。但し、今までのこの国の国策発注は色々な分野で、行われていた。そういう意味では補助金行政が普及していた。

また見方を変えれば、利用者側の立場で、このコストと言う評価をした、指値で発注できないのがおかしい。日本の行政は、生産者保護しかしていないと言うのは、堺屋太一氏の意見であるが、納得する面もある。

このような利用者が決める指値と言う発想は、トヨタなど強い会社では行われている。

私の経験で、ある地区に行ったら、駅前にタクシーが1台しかなかった。話を聞くと、NPOで老人の通院などを送り迎えしているので、タクシーの仕事がなくなり、どんどん廃業していったと言うことである。

もう少し地域経済を考えると、外部から来てお金を落とす人間は、NPOの車より、タクシーを使うに決まっている。税収も考えれば、変にNPOを使うより、タクシー利用者への補助金を考えるべきではなかろうか。

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2006年6月29日 (木)

裁判について思う

明石の事故に関して、遺族の再三の意思も空しく、起訴は行われなかった。これは、起訴の成功率で評価する、検察体制の問題と言う意見もある。考えてみると、保険金の収集比率を上げるために、勝手に免除したり、検挙率を上げるために、訴えを無視したりする話と似たように感じるかもしれない。

確かに不起訴と言うのは妙な話で、裁判で公開の議論で、有罪無罪にするのではないから、いつまでも遺族の不満が残るのも納得する。裁判所の前に、検察が裁いてよいのかと言う議論である。

しかし、見方を変えれば、負けると決まった裁判をするのは、税金の無駄遣いという言い方もできるかもしれない。結構、日本の刑法で有罪にするのは難しいだろう。疑わしきは被告人の有利と言う原則がある。

そなると、結局民事裁判で、責任を追求するしかないのかもしれない。アメリカ流の高額賠償は、一つの仇討ち的要素や、見せしめによる再発防止効果がる。そんな世界が来るかもしれない。大分怖くなってきた。

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2006年6月26日 (月)

日本の好景気の継続

日本の好景気が続いていると言うことで、めでたいことである。但し、これがいつまで続くかと言うことで、
   「過去の事例からもうそろそろ・・・」
と言う話も出ているようである。

しかし、今回の景気を引っ張っているのが、トヨタのような会社である点は、大分安心できるように思う。トヨタ方式に関しては、色々書かれているが、
  『作業を付加価値で厳しく評価し、常にカイゼンする。』
厳しさが、共通的なものと思う。

このように、努力に比例した利益の創出と言うものは、それなりの継続性があるのではなかろうか?今までの、公共事業頼みのような、自己の努力を超えた利益構造よりは、安定しているように思う。

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2006年6月25日 (日)

マスコミと教育の役割

本日のテレビで、マスコミの役割に関して、考えさせられるものがあった。

一つは、日銀総裁に関する意見である。

「日銀総裁としての業務・功績と今後代わりの人間の資質を評価し、日本の国益で彼を止めさせるかどうか議論すべきである。」

また、裁判官に関する意見である。

「国会議員が、何をしたと言う話は、マスコミが色々報道するが、裁判官がどの判決で、どう判断したと言うテレビの取り上げは非常に少ない。これでは、最高裁判事の国民審判も意味が薄くなる。」

どちらも、重要な仕事をしている人の、仕事自体をとらえて報道していない、今のマスコミの欠点を示しているように思う。

そういえば、「国会議員になったら料亭に行きたい」、「財務省の官僚になったら、銀行の接待を受け、XXしゃぶしゃぶを食べたい」というような話も聞いたことがある。あるいは「会社幹部は何を、しているのか?」という社員の話も聞いたことがある。

マスコミや教育だけの責任とは言わないが、エリート官僚や経営者は”権力に胡坐をかき、搾取や部下や下請けへ丸投げしている”と言う、マルクス主義的観点での話が多すぎるように思う。

もっとも、経営者軽視に関しては、ノンキャリアの実務屋レベルからの反発も大きいのかもしれない。昔の海軍でも、下士官から上った特務士官の兵学校でのエリート士官に対する、内心での軽蔑はひどかったように感じる。特に参謀達への反発が大きい。

逆に言えば、トップの判断で大きくよくなったと言う話が少ないのかもしれない。特に中級管理職の貢献が、見えていないように感じる。参謀も一つの黒子であるから、成果が残らないのは宿命かもしれないが・・・

このような、各人のよいところを
  ”見える化”
することが、現在の改善に繋がるのではなかろうか?

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2006年6月21日 (水)

右傾化の世の中

今の世の中の右傾化には、「右翼的・愛国的発言は簡単にできるから」という説があると聞いて、一面では納得してしまった。左翼の反体制には、それなりの理屈が必要と言うことである。

確かに、マルクス思想等を理解して、左翼は議論していたが、XXはけしからん、で右翼の議論はできると言う説もある。

本当の保守・右翼には、日本民族の伝統などに深い理解が必要であり、そのような活動家も多いと思う。しかし、保守派の行動と言え、本当に日本の神道を理解しているのかと疑問に思うことも多い。例えば、明治以降の国家神道で、古神道の良さがどれほど破壊されたか、考えてみたい。

これを考えると、右傾化と議論能力不足が、微妙にリンクしているような感じもする。

但し、知識人があまりにも左翼化して、マルクス主義教育が普及しすぎた、反動かもしれない。どうもこの国の文化は、極端から極端に触れるような気がする。戦国時代から、生類憐みの令まで振れた後には、幕末明治の武力闘争の時代があったが、今度は収まる所に収まって欲しいものである。

でも、本当に今までの左翼も、みんな勉強していたのかしら?例えば、憲法維持論者の中の全ての私大教授が
  「憲法89条後段:公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、
  便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、
    教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、
    又はその利用に供してはならない。」
を勉強しているとは、とても思えない。

そういう意味では、左翼の末端でも、単に
   資本家の横暴!
とわめいているだけの人間も多かったように感じる。どちらも同じに見えてきた。

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2006年6月20日 (火)

大きいことが悪いのか?

エレベータの管理会社の件で、独立系のメンテナンス会社の苦労が報道されている。

しかし、保守管理会社というものは、簡単にできるものではない。あるテレビ番組で、
  「保守用の交換部品が入手するまで1ヶ月掛かる。」
という放送をして、いかにもいじめられているように、放送していた。

しかし、保守会社は待ったなしの対応で、修理すべきである。従って、そのような部品は買い溜めストックを持つべきである。

そのような負担は、やはりスケールメリットのある、大きな会社が有利になる。

大きな会社を悪と見る、時代遅れのマルクス主義教育の弊害が、ここにもありそう。

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2006年6月19日 (月)

週刊誌が面白いか

色々な週刊誌に目を通すと、面白いことに気が付いた。

出版社系の週刊誌と比べて、新聞社系の週刊誌は、一般に面白くない記事が多い。
但し、出版社系の週刊誌には、時々拒絶反応を起こして、読めなくなる場合がある。

この理由を考えると、新聞社系のほうが、どちらかと言うと、建前だけでも公正な立場で、書いているからだと思う。出版社系の場合は、よく言えばしっかりした仮説に基づいて、悪く言えば思い込み、決め打ちで書いている。

従って、仮説がしっかりした方が、突込みが深くなり面白い記事が多くなるようである。

思い込みの激しい記事には、拒絶反応もあるが・・・

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2006年6月18日 (日)

日本のマスコミ報道

あるテレビ番組で、ワールドカップのまともな予想ができないと言う話をしていた。

つまり、本音バージョン
 「今の日本チームでは、とても勝てませんよ。」
と言うことはできなくて、
 「善戦するでしょう。勝機は有ります。・・・・」
等の表現をしないと、視聴率を気にする局の上部から、カットを食らうそうである。

その結果、景気のいいことを言う評論家しか、お座敷が掛からなくなる。

これどこかで聞いたような覚えがあるな。

まず日米開戦前に、勝算ありかと聞かれた、山本五十六発言。
 「1年半程度は、暴れてみせる。」
その他、大本営発表の色々がある。

何か進歩していない国だなー。

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雑誌記事の続き

世界遺産に登録されている和歌山県かつらぎ町上天野の丹生都比売(にうつひめ)神社境内にある樹齢約100年の杉の根元に穴が開けられ、中に除草剤がまかれていたことが14日、分かった。木は大部分が枯れており、回復させるのは難しいという。県警妙寺署は器物損壊事件として捜査し、文化財保護法違反の疑いもあるとみて調べている。
<毎日新聞のHPより>

この犯人の一つの仮説として、
   ”スギ花粉賞”の被害者達の反逆
というのは成立しないか?

そう言えば、PRESIDENTの7.3号に、スギの木を倒すNPOを作ると言う記事もあったし・・・

これが、単なる冗談になるように願っている。

そうでなくても和歌山の神社は、明治維新以来、合祀などでいじめられてきたのだから、これ以上自然と一体になった信仰を壊されたくない。

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2006年6月13日 (火)

数学って何だ

本日の朝日新聞の社説で、数学教育を重視と言う記事があった。原則は確かに賛成するが、今の数学教育のままでと言うと、大分首をかしげる。

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や、

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数論入門〈2〉 数論入門〈2〉

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ぐらいを教えてくれるなら納得する。または

オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ

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もおもしろい。このような数学の面白さが伝わらないと、本当の効果は望めないのではなかろうか。

もっともその前に、国語の力=読解力もつけて欲しい。

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2006年6月11日 (日)

学校に対するクレームの難しさ

昨日も書いた教育における体罰の問題だが、別の面があるように思えてきた。近頃の父兄が、体罰に対する厳しくなったと言うが、実際はこれしかいえないのではなかろうか?

色々と学校に不満がある。しかし中々言えない。そこで言えるのは、具体的な事例があるときだけである。

従って、体罰に不満が少なくても、この時にしかいえないので、体罰を追求せざるを得ない。このような不幸な図式も見えるように感じる。今の世の中、客観的な話が重視されているので、明白なトラブルしか追求できないが、本当はもっと前に聞いて欲しいトラブルがあったのではなかろうか?

そのような、声に出せない声が聞こえるように感じる。

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2006年6月10日 (土)

指導者の責任

新聞で、高校野球指導者の体罰問題が、報じられている。

この話を聞くと、現在”本当の意味で”大人になりきっていない、人間が多いのだと思う。逆に、そういう人間を指導者に選ぶ、選択眼のなさが情けないと思う。

これを、もう一度考えると、選択ミスは色々な所で出ている。

絵画の賞を、盗作問題の人に出したり、会計監査の不適正など・・・

この国では、本当によいという評価ができにくいのではなかろうか?

逆に、哲学論がしっかりしすぐに評価するのも、少し怖い感じがする。

難しいものである。

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2006年6月 8日 (木)

調べる責任、つくる責任

エレベータの事故で、新聞がにぎわっている。しかし一つ気になることがある。エレベータの定期点検は、法的に義務づけられているはずなのに、今回の事故では、エレベータメーカの責任を追及しても、点検体制の追及が見当たらない点が気になる。

確かに、経年変化の部品でなく、コントロールするプログラムミスならメーカーの責任かもしれない。しかし、点検で見過ごしたと言う責任もあるはずである。

一方、粉飾決算の会社では、監査法人の責任が厳しく追及されている。

それだけ、会計監査の地位が高いのかもしれないが、今後は複雑なシステムの、試験や保守の技術も厳しく評価し、それなりの対価を払う必要があるであろう。

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2006年6月 6日 (火)

絵画の盗作騒動

新聞等でにぎわっている、絵画の盗作騒動について、もう一つしっくりしない。

印象派の画家が、日本の浮世絵の構図的なものを参考にしたなど、色々な例がある。

しかし今回の場合は、共同制作と言ったりした、虚偽の発言が問題になっているらしい。このような虚偽発言と、盗作騒動は分けたほうがよくないかと思う。そうでないと、模写で勉強するのは難しくなるのではなかろうか?

但し、これで賞を取ったことが問題ということかもしれない。しかし、真似た場合には、覇気などで何となく分かると思うのであるが、どうであろうか?

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2006年6月 4日 (日)

阪神タイガースの行く先

阪神と阪急の統合が、これから進行するようである。とりあえず、村上ファンドのやり口で変な向きに振り回されるのは、避けられそうである。

しかし、これでどうなるのか?
本来阪急の経営は、『聖域なし』の改革が、命のはずである。創始一族の”小林米三氏”の想いのある、”球団”を売り払い、子供の夢であった”ファミリーランド”は、学校敷地に変わっていった、”勇者=ブレーブス”の動きが身上である。

この次を考えると、宝塚歌劇は”吉本興業”あたりに売り払うのではないかと、ブラックジョークがささやかれている。

そう考えると、”阪神タイガース”の名前を残すなら、市民株主で皆が球団の株を買うべきではなかろうか。そういう意味では、阪神タイガース上場は、望ましかったように感じる。

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2006年6月 2日 (金)

株価の行き先

ライブドアに続いて村上ファンドが捜査を受けた。まだ状況がわからないが、これでまた、株価が急落しないか心配である。

確かに、インサイダー情報で人をだますのは、許されることではない。

しかし株取引全体を、不労所得として、否定する風潮が出てくれば、長い目で見て日本の株式市場、ひいては企業の資金調達に悪い影響を与えるのではなかろうか?

現在の経営者層に、成り上がりを叩く考えがあるとすると、将来の資金源を殺すことになるかもしれない。

とは言っても、あまり若すぎて、ひどい発言も困る。難しいものである。

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2006年5月28日 (日)

社会保険庁に見る経営学

今朝の新聞で、社会保険庁の役人が、
   「姉歯建築士の気持ちがわかる」
と言う記事があった。上位から数値ノルマだけ出して、締め付けるやり方は、同じだと言う言い分である。

しかし企業の発想で考えると、
   「適度な権限のある管理職なんだから何とかしろ」
と言うことである。

これを整理すると経営の方法論として、適切な地位・権限・責任の分担が出来ていないと言うことである。

これは企業側でも、管理職人選が勘コツで行われ、権限・責任も少し曖昧になっているように感じる。MBAの数式で少しは見えるような感じもするが、まだまだ難しい問題がある。

下に問題解決を丸投げしているようなら、姉歯や社会保険庁問題は、またでそうである。

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2006年5月27日 (土)

会計士が倒産を予測できない!

本日の新聞でもう一つ。

国際会計資格大手のANJOインターナショナルが、経営難で閉校したと聞く。同業他校が救済処置を考えているとの記事もあった。

しかし、他の資格ではなく
  ”会計士”
の資格をとろうとしたり、教えているところが、倒産を予知できないのは如何なものであろうか?

これでは、資格の価値が疑われるのではなかろうか?

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成果主義対策のやりすぎ・・・

社会保険庁の年金不正免除であるが、とうとうこれが出た。

まえから、

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 内側から見た富士通「成果主義」の崩壊

著者:城 繁幸
販売元:光文社
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等で、
  「成果主義の追求を厳しくしていると、自分の出来ることしかノルマにしない。」
と言う記事があったが、ついに
「自分が取り立て出来ないものは、全て免除」
と言う実行者が出てしまった。

もっとも、現在多かれ少なかれ、自分のしていることを正当化する向きは多い。考えようによっては、昔は少しの悪いことは、仕方ないとして許容する面もあったが、今は正しい/正しくないの0-1世界になっているような気がする。
  『罪がないから石を投げる人間』
が多く居そうである。

なお、自己正当化の一例としては、下の漫画で主人公が、教室で立ち小便する場面を見て欲しい。
  「ここがトイレです!」

 イヤハヤ南友 [文庫版:コミックセット]永井豪 (著)

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2006年5月26日 (金)

批判に耐えることが大切

朝のニュースで、キトラ古墳の壁画にカビが生じていたが、すぐに除去されたと聞いた。まずは安心である。それに引き換え、高松塚のお粗末さは言いようがない。これは、文化庁の隠蔽体質による所が多い。

そう言えば、日本の官僚には、素人に知らせない体質がある。外交も然り。確かに、明治期の日露戦争後の大衆の暴走は、現在で見ると、困ったものとしか言いようがない。しかし、あの時代は情報操作がかなり利き、ロシア側に日本の戦力を過大評価させたことが、一つの勝因であった。しかし現在のような、ネットワーク社会では、隠すことのメリットは、あまりない。

一方、公開で批判に曝される場合には、失敗した場合の修正が早くなるメリットがある。民主主義政治の基本は、情報公開と健全な野党の存在であるのも、同様な原理である。

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2006年5月23日 (火)

学校の閉鎖性

近頃のニュースを見ていると、学校社会の特異性を感じるものが多い。

まず、職員会議の多数決の論議であるが、
 「大学卒業したばかりの新人と、10年選手と一律に考えて良いのであろうか?」
とは言っても、
 「校長だけで決めろ」
と言うのも極端すぎる。

学校の制度は、何か閉鎖的で自分達の論理だけで、進んでいるように思う。文部科学省の考えている、机上の世界で全てが出来ているのではないと思うがどうであろうか?

但し、教育世界は”外注”が少ない。これは企業にとって考えるべき点かもしれない。少なくとも、外注差益で儲けない点は、学校制度の良い点と思う。

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2006年5月21日 (日)

ダヴィンチ・コード関連

昨日のテレビで見た、”天才ダヴィンチの謎と隠された暗号~”では、少し考えるものがあった。読んではいないが

ダ・ヴィンチ・コード(上) Book ダ・ヴィンチ・コード(上)

著者:ダン・ブラウン
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ダ・ヴィンチ・コード(中) Book ダ・ヴィンチ・コード(中)

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等と関連しているらしい?

詳細は、さておき現在のキリスト教に関しては、本当にキリストが説いたものか?もう一度考え直す必要があると再認識した。この本等の主張はさておき、我々のキリスト教のイメージは、よくも悪しくも「ローマカソリック教会とそれに反発したプロテスタント」のイメージで、それより前の原始キリスト教の認識が薄かった。また、ギリシャ正教や異端とされた各宗派の認識も薄い。特に中世の異端裁判の歴史もうっすらとしか知らなかったが、各地の古来の信仰を押さえ込んだことは、充分想像できる。

このような観点で考えると、フランスなどはローマ帝国では、田舎であっただけに、その土地の信仰が押さえられ、色々な形で残ったことも充分考えられる。

もっとも、日本の仏教も充分お釈迦様の教えとは、別の進歩をしたかもしれない。法華経は、お釈迦様の時代に書かれたのでないことは、ほぼ確実と言われている。但し、霊的に直接教えを受けた可能性は否定しないが・・・

ダ・ヴィンチ・コード(下) Book ダ・ヴィンチ・コード(下)

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自由主義者の強さ

本日の報道2001で、戦後政治の話が出ていた。色々な観点があり面白いが、一つこのブログで前に触れた内容があった。

それは、戦後の重大時期を指導した、吉田茂元首相の話である。

彼は、アメリカとの厳しい対決を通じて、戦後日本の進む道を決めた。善悪ともに彼の指導で現在の日本が決まった面は、大部分の人間が認めるであろう。

このような、軸が触れない人間と言うことは、彼が『戦前からの自由主義者』であったことで説明できる。

本来の自由主義者は、自分の信念を確保して、軸がぶれないようにしないと、すぐに流されてしまう。このような自由主義を支える信念が、今揺らいでいるように感じる。

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2006年5月19日 (金)

古墳保存について

高松塚古墳壁画の保存状況が、文化庁だけで行われていたが、カビなどで散々な結果になっている。一方、キトラ古墳の壁画は、公開で色々な対応がされているので、今後トラブルが起こっても早急に修正されると思う。

ここで単純に言うと、公開にすることが重要と言うことである。しかも、批判勢力も含めて見られている場合には、緊張感がある。

これを政治で考えると、健全な野党の存在が、民主主義の条件と言うのも納得する。

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2006年5月14日 (日)

地方格差について

今朝の報道200Xを見たら、東京都知事が出ていた。そこで、オリンピックの誘致に関して、福岡に対して、
   「東京ほど設備が整っていない。」
と発言していた。これを聞いて地方の立場で、少し腹が立った。

東京オリンピックなどで、今まで東京に対するインフラ投資をした。先に充分投資を受け取ってから、他より設備があると言う論議はないのではないか。

今まで、地方へ補助金のばら撒きには、批判的な私であったが、先に充分投資を受けた大都市との比較で補助金と言う論法には、少し肯定すべきものがある。

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2006年5月10日 (水)

計画の独り歩き

トヨタの一つの強さは、
  「長期計画」
を持たないことらしい。

確かに、「計画」を一度立てると、それに縛られることが多い。その代わりに、現在の状況を早い目に察知し、即座に対応する能力があれば、長期の計画が不要かもしれない。

現在の厳しい環境では、予測のはずれは致命傷になる。正確に対応するためには、世の中での症状が出てから対応するしかない。
但しそれでも出遅れない、スピードがある場合しかこれは出来ない。

楽天の野村監督が、三冠王を初めて手にしたのは、相手の投げる球を正確に予測する能力を身につけたからである。

「自分はどんな球が来ても、打てる天才ではない。」

一方、ドラッカーは

「自分は予測しない。微妙な徴候を読み取るだけ。」

どちらも味わいの深い言葉である。

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2006年4月30日 (日)

今朝の新聞から

本日の朝日新聞を読むと、靖国問題でアメリカの動きを気にする表現があった。これは、前にもこのブログでも示したように、極東軍事裁判否定はアメリカの逆鱗に触れそうと言う側面がある。

もう一つ新聞に書いていないことで、『平和に対する罪』議論をする時にかいて欲しいことがある。

アメリカの空軍の指揮官で、『東京などで市民の住居を含む無差別爆撃を指示した』将軍に、戦後の日本は、『自衛隊創設などに貢献した』功績で、立派な勲章を贈っている。

ドイツに対する無差別爆撃を指揮したイギリスの将軍は、イギリスでは評価されなかったことを付記しておく。

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2006年4月25日 (火)

大学の詰め込み教育

近頃の大学は、1,2年生で詰め込み教育を行うので、遊べないと言う話を聞いた。

確かに、知っておくべき知識が増えているので、講義したくなる時間は多くなるであろう。また、雑にならないように、GAP制やキャップ制と言う成績を評価する仕組みがあるらしい。

もう一つこの時期の詰め込みの理由を考えてみた。現在ゆとり教育で、しかも少子化になっているから、大学入学まで、努力せずに行きたい所にいける、世界しか知らない子供が多い。

そのような学生が、一度でも良いから努力する経験があるのもよいことである。

逆に努力する経験が少なくなったのが、現在の格差社会の一つの原因と思う。努力する力がなければ、どうも良い仕事には就けないと思う。 

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2006年4月24日 (月)

コスト削減の方法

某安売り航空会社の安全性が問われている。その他にも建築会社の強度偽装問題など、安全に関わるニュースが多い。

この原因を考えてみた。私の仮説は、本当のコスト低減と言うことが、解っている経営者でないと言うことである。良い方の例として、2つの会社を取り上げてみよう。

その1は、あまりにも有名なトヨタである。
トヨタの現場での改善は、徹底している。現場の作業者には大きな裁量権が与えられて、自分の仕事をやりやすく合理化することを自然に常時行うようになっている。このように現場での改善の積み上げで、無駄を最低限として利益を生み出している。

その2は、京セラである。
京セラの取引先への説明会を聞く機会があった。この場では、市場予測を完全に公開し、各取引先には、VE(ヴァリュー・エンジニアリング)的な代案の提案を求めている。京セラは必要な機能を公開するから、それの実現方法に関して、取引先からの提案を求めると言うスタンスである。

この両者の共通点は、会社としてどうすれば同じ機能のものを安く作れるかを、経営陣が知り尽くし、自社に適した方法で実現しているということである。

一方、トラブルの生じている経営陣は、もの作りや運用の現場を本当に知らないように感じる。単に命令し、労働者や下請けを搾取する、時代遅れのマルクス主義的世界観の経営者である。

考えようによっては、彼らこそ戦後の教育の、マルクス主義を実行しているのかもしれない。

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2006年4月23日 (日)

マニュアル世代

 言い古されたかもしれないが、
   「近頃の若い人たちは、マニュアル世代だから指示がないと何もしない。」
と言う話を良く聞く。

しかし、このマニュアル世代にも大きく分けて2つの種類があるように思う。
 ①大方針・思想的なものが理解できなくて、マニュアルが欲しい
 ②実務的な方針が解らない、自信がないのでマニュアルが欲しい

 ①のパターンは、いわゆるバブル時代に入社した人に多い。特にバブル採用は、会社に来てやったと言う意識が大きいので、少しの失敗ぐらいはかまわない。だから、方針があれば思い切って行う。
 但し入社時に厳しく言われていないので、自分で考える力は弱く、対極を見て方針を考えるのは弱い。

 ②のパターンは、いわゆる就職氷河期に入社した子に多い。彼らは、採用を絞っただけに優秀である。しかしながら、ようやく採用してもらったと言う弱みがあり、なにかおどおどしている。従って、間違いのない完全なマニュアルを求めるようになる。

 ところで現在の就職状況は好転している。その世代のマニュアルはどうなるのであろうか?この話には、”ドラゴン桜”が微妙に絡んでいるように思う。

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2006年4月20日 (木)

設計と言うこと

少し古い新聞情報だが、
 災害や防犯の情報を、IP伝送路で配信したら、とんでもない遅延を生じた。
と言う記事を見た。

昔から通信の仕事をしていた人間には常識である、蓄積交換による伝送と言うことが理解されていないから、このような事態が生じる。

現在は、便利な世界になり色々の手段を駆使すれば、簡単に求める機能を得ることが出来る。しかし、最悪時点での性能が確保できるかと言うと、簡単にOKとはならない。従来の社会インフラ機能は最悪条件での性能確保を考えて作っていた。その結果、通常ではオーバースペックとなり、コスト高となっていた。

このような、高信頼性かつ高コストを壊したのは、Windows95に始まるマイクロソフトの攻勢とYahoo ADSLの殴り込みである。どちらも、一部のバグや最悪時点の性能低下を許容しながら、平常時の使い勝手のトレードオフで勝ち残った。これを、導入しない場合の機会損失は、確かに大きかったと思う。

しかし、最悪時のインフラはしかるべき設計をしないといけない。このためには、物の実現のからくりを概略でも良いから理解し、危険を知っていないといけない。

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2006年4月16日 (日)

本日のテレビで

本日のテレビで、日本マクドナルドの話を聞いて、色々と参考になった。

まず、その場で供給できるようにするために、電子レンジを入れ替えたと言う話が、今の日本の経営論に関して、大きな教訓になると思う。
 ①まず、劇的な時間短縮は、サービス向上だけでなく、
  不良在庫の削減でコスト低減になると言うこと。
      つまり、お客様を待たせないで、受注直後に物を作れるならば、
      仕込み生産の不良在庫が0に出来る。
   これは、サービスでなく、利益創出である。
  ②この実現に対して、高速の電子レンジ導入で実現したと言うこと。
  ともすれば、改善を現場に要求する向きが多くなっている。
    しかし、実際は設備などを入れ替えないと、劇的な改善は難しい。
   プロジェクト?・・・のように人間の努力を取り上げるのも良いが、
  冷静に技術的な解決を図ることが重要だと思う。
  精神主義は、旧日本軍だけで充分である。

次に、クルーと呼ばれるパート労働者の扱いであるが、きちんと能力評価をし、ランクわけをしている。これこそ本当の成果主義だと思う。

さらに、企業内教育だが、対人スキルを重視し、しっかりした行動科学や心理学的な裏づけを持って訓練していた。ラボラトリートレーニングなどの成果を確実に生かしているようだ。

このようなシステムが出来ていて、しかもテレビ公開できるのがすごいなと思った。

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2006年4月15日 (土)

学校の平等性に?

本日の朝日新聞の社説に、東京都の教育委員会の
「職員会議での挙手や採決を禁止した」
通知に関して、批判的な社説が載っていた。

このことは、このプログでも前から問題としていた、
『先生と言う社会の変な平等性』
と重要な関連があると思う。企業で、新入社員を見ていると、とても大学卒業したての新人の意見を、そのまま採用するものは難しい。

従って、運営等に関する重要な事項は、
『幹部の間で方針を検討してからでないと一般に図ってはならない』
と言うことは当然である。

今の学校社会で、『先生』と呼ばれる人間に、変な平等意識があるほうが問題ではなかろうか?

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2006年4月14日 (金)

日米比較の補足

アメリカの文化で面白いのは、壊すことの価値を積極的に求めることである。

例えば、経済の報告で、
   「XX社が新規起業し、XX社が廃業した。」
これは良いことである。なぜなら、先行きの見えない部分に、資源を投入することがなくなり、有効な部分に集中することができるからである。

これを考えると、太平洋戦争での日本の一番の失敗は、真珠湾攻撃かもしれない。真珠湾攻撃では、乗員のほとんど乗っていない旧式戦艦を沈めた程度の成果である。

これは、アメリカ海軍の、空母主体の運営に切り替える、リストラに大きく貢献した。逆に日本海軍は、大和・武蔵と言う巨大戦艦を作り、有能な兵員をそちらに回した。例えば、潜水艦の探知に、海軍では絶対音感のある有能な聴音士を育成したが、一番良い成績の者は大和に配属と聞く。そして実際に、潜水艦と死闘を繰り広げた、駆逐艦などには成績が余り良くない人間を回していた。

このような、大和武蔵の人材はほとんど実戦で貢献できず、「レイテ沖で武蔵が沈む時の姿勢が見事であった。」と言う逸話が残っている程度である。

旧来のシステムの有能な人材を、回すことでもっと利益を得る、機会を損失しているのは、現在の日本経営でも起こっていないであろうか。

既得権にこだわり、旧来システムの面子のために大局を失ってはいけない。

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2006年4月12日 (水)

やりすぎで残業

前に霞ヶ関の官僚は、法律を調べるなら、大宝律令の前例まで遡って調査するという話を書いた。これは大したことだと書いたが、本当に必要なのだろうか?

「仕事が大変で夜遅くまで残業する。そのために都会の一等地の宿舎が必要。」と言う議論も聞いた。確かにこれほど調査したらものすごく時間が必要だろう。

でも本当に、このような調査が必要だろうか。必要なだけの説得性には、まず明治以降で充分と考える。そこでどうしても必要なら、江戸時代から順に遡ればよい。

何故こんな調査をするかと言えば、一つは国会議員の多様な質問に対応できるように準備するかららしい。しかし、実際に必要なものはほんの少しではなかろうか?確かに、専門家の追及と言うのは、素人のわからないような細部を厳密についてくる。どのような追求に耐えるには、色々調べる必要があるだろう。

このようにオーバースペックの対策としては、価値観をしっかりして、どこまでが必要と言うことを明確にして、打ち切る勇気が必要である。後で検討漏れの指摘が出た場合には、修正する能力があればよい。そのような対応能力が弱くなっているのではなかろうか?

見方を変えれば、このような検討時間を、もっと生産的なことに回し、機会損失を最低にすべきである。

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2006年4月11日 (火)

入札について

新聞などで、「予定価格で入札したことがおかしい」と言う記事を読むことが多い。
これは、官庁の設定値どおりの入札が行われたことがおかしい、と言うことらしい。

しかし、見方によれば、
  「発注側が厳しい予算設定をして、それに受注側がようやくついていった。」
という発想もある。

私が、外注した仕事では、
 「私の設計では、これぐらいのコストで出来る」
  「そのコストではとても出来ない。あなたには血も涙もないのか?」
と言うような交渉を経て、どこまで「血と涙」を追加していくかが攻防戦となる。

単に入札するより、厳しい設計する方がよっぽどコスト低減になると思うが、如何なものか?

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2006年4月 5日 (水)

日本でシンクタンクは難しい

日本のシンクタンクが中々成立しにくいと言う話を聞く。その理由は「日本人が、広い意味のソフトにお金を払わないからである。」と言う議論を聞いた。

しかし、あるテレビ番組で指摘していたが、日本最大のシンクタンクは、霞ヶ関の官僚集団である。この集団の力には恐るべきものがある。

このように強力で、しかも政府や与党国会議員にとっては、発注費用なしのシンクタンクがあると、他のシンクタンクが成立しがたくなる。

他の市場でも似たようなことがある。大きな政府は一般の活力を殺す例かもしれない。

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2006年4月 2日 (日)

本日の朝日新聞を見て

本日の朝日新聞を見て少し思うことがある。

1.天声人語
  宗教の排他主義または不寛容について、若干批判的なトーンを感じる。しかし、日本の他人の信仰への行き過ぎた寛容または無神経は、世界では少数派である。日本でも、織田信長~徳川綱吉まで長い時間をかけて、他宗派への攻撃性を殺すために、檀家制度をつくるなど大きな政治の介入を行っている。
 折伏を布教手段とした某宗教集団が、一部に白い目で見られたが、宗教の本質は思い込みであり、自然な感情の発露は折伏的な要素があることを忘れてはならない。
 初期の十字軍もこのような感情で起こったものであり、キリスト教社会以外では、十字軍の宗教的侵略性格を忘れることは出来ないであろう。

2.綱領
 気骨ある紙面と言うが、気骨と言うには信念がある。不偏不党と信念には微妙な矛盾がある。戦前の社説などで、大本営発表の拡大に貢献した反省は必要だが、今も何となくマルクス主義史観の影響を感じる。
 完全な中立などは難しいので、こういう立場に立つと明確にした方が良いのではないか。
 但し、朝日新聞の記者が防衛大学で優秀な成績を収めたように、多面的な見方の努力は認める。

 ここで、思い起こすと戦前の特高が、
  「共産主義者は転向させやすいが、自由主義者が困る。」
と言ったいた。今では、
  「皇国史観をマルクス史観に変えるのは容易であったが、自由主義史観は難しい。」
と言うべきであろう。この理由を考えると、皇国史観にしろマルクス史観にしろ、一つの芯から展開しているので、それさえつかめば簡単に理解できるが、本当の自由主義を考えるには、多様な価値観やその時の立場を考えないといけないからである。
 歴史を考えても、”支配者=悪”とさえ考えれば、簡単に話が展開できる。多様な条件を考慮するには、多様な知識・経験が必要であり、かなりの年寄りでないと発言できそうにない。ここで、自由の名を借りて、経験・見識不足の先生方の発言が多く見えるが、本当の自由には他人の自由を理解する為、幅広い見識が必要と指摘しておく。

 また、総合的な配慮と個人の自由のバランスが必要である。国歌・国旗への敬意は国際的儀礼にも繋がっている。国歌斉唱時に起立しないと教えられた子供が、海外で処罰された時、その子を教えた教師は責任を取るのであろうか?

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2006年4月 1日 (土)

憲法の尊厳

いわゆる護憲派の主張は、憲法の一言一句をいじるなと言うことらしい。そうすると、「現実に合わないことはどうなるのだ。」と言う反論が生じる。自衛隊問題はさておき、私学への助成金も今の憲法では違反らしい。

護憲派は、「そのような現状に合わせると言うことは、運用で逃げればよい。」と言うらしい。私は、不勉強なので私学教授の護憲派が、憲法違反であるから、助成金を返上したと言う話を聞いたことがない。もっとも、学校の経営など下々のことには、関わらないほどお尊い先生様の可能性はある。

これは、法治国家としてはおかしいのではと思ったいたら、わが尊敬するヴィーコの”学問の方法”の11章”法賢慮”の所で、国家と法の尊厳を保つためには、法律をいじらずに解釈で現実に対応すべきと言う項目があった。

確かに、憲法は軽々しく変えるべきものではない。重要な思想は残すべきと言うことは理解できる。しかし余りに荒唐無稽なまでの、現実との乖離は避けるべきと思う。しかもなし崩しの解釈拡張の方が、ヴィーコの指摘する法律をいじる欠点より大きいと思う。

学問の方法

著者:ジャンバッティスタ ヴィーコ
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

私のまとめはこれ:http://homepage3.nifty.com/manabizz/GakumonHou1.doc

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2006年3月30日 (木)

個人の能力を生かす

少し前に新聞に、”ゆとり教育の提唱者”が、格下げのポジションに着いた、と言う記事が載っていた。これを聞いて何かおかしいと思う。

まず、該当のご本人は、「ゆとり教育の失敗」は認めていないと言うことである。官僚にとって、政策の失敗を認めることには、大きな抵抗があるようである。

逆に、有能な提案能力を、一つの失敗で殺す官僚機構は、もっとおかしいと思う。政策が上手くいかないのは、環境の変化等多くの要因がある。失敗は素直に認め、次に生かす仕組みが出来ないのであろうか。

これを、井沢元彦氏あたりだと、
 「失敗するのは、何か悪いものが憑いた穢れだから、当人を排除した。」
と言うかもしれない。何か当たっているように感じる。

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2006年3月27日 (月)

企業の偉い人は?

先般の校長先生問題に、もう一つ企業の立場で考えてみる。今回の高津高校の校長先生は、元は某一流企業の製鉄所副所長や人材開発センター長を歴任したと聞く。

ここで、この先生が元の会社に居た時には、多数のしっかりした部下に囲まれていた。所長クラスの部下は、部長クラスであり、任せて結果の出せる人間しか到達できないレベルである。

つまり、目標値だけ出せば、何とか結果を出せる人間に囲まれていたのである。

大企業から、中小企業に移った人間がしくじる多くのパターンは、このように指示さえしたら、部下が結果を出すと思い込むことが原因である。

しかし学校の先生は、新人・ベテランが横一列に近い世界であり、概略指示で動く仕組みになっていない。このあたりに、誤解があるのではなかったか?

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2006年3月26日 (日)

学校の先生は批判に弱い

他人を見下す若者たち を読んだ。これには現象面で、体験的に納得するものが多い。しかし、原因の突込みには弱いものを感じる。

ここで、一つの仮説であるが、若者達の教育に原因があるのではなかろうか。

まず一つは、学問だけの一本線の評価尺度である。昔は、勉強は出来ないが、工作が上手いなど色々な面で褒められていた。自分の弱みと、他人の良いところを組み合わせた話が出来ていた。

もう一つ、考えて欲しいのは、
『他人からの批判に極端に耐性が無くなっている。』
ことである。このような体質の人種が、昔からいたなと思いついた。

学校の”先生”がそれである。私が、ある企業系の教育機関で講師した時には、1年目は講義中に事務局から聴講に来て1時間完全に聞いていた。2年目までは、最終試験をその学校が作っていた。3年目は試験までこちらで作ったが、内容は事務局がチェックした。4年目からは、全てお任せと言われて教材、試験も自由にやらせてもらった。
この事務局の人が言ったので印象に残るのは、
「他の学校の先生にお願いすると、講義中に見に行ったりすると、怒られることがある。」
と言う発言である。先生と言うのは、生徒に対して絶対的な権力を持っているので、その城を荒らされると、怒ることもあるようだ。

もう少し突っ込んでみると、今の学校教育は、文部科学省ー教育委員会・・・と言う制度でがんじがらめになっている。先生は一人で教えると決まれば、一人でやるしかなくなる。企業の経験では、大学卒業したての新人は、社会的なスキルなどにも不慣れな点があり、まず先輩について仕事をし、2~3年でひとり立ちと言う発想が見えない。先輩と、一緒にやれば、良い悪いで叱られることもある。そのような経験をつみつつ、成長していくのである。

民間企業から来た校長先生は、このような現状を認識していなかったのではなかろうか?

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2006年3月25日 (土)

民間人の校長先生?

本日の新聞で、大阪の名門高校の、”民間人”校長が教員との対立で辞任すると言う記事を見た。これには色々な観点で、考える必要があり、ここでも何度か取り上げてみたい。

まず、今回の表現で、企業人にとり腹の立つ表現である。
  「民間人」
と言う言い方には、何となく素人と言う風に、見下げたニュアンスを感じる。

今回の校長の経歴を読むと、企業の”人材開発センター長”とある。企業の人材開発は、戦後の混乱期から色々な変遷をたどったが、1970年代の始めまでは、中学卒業生を社員として預かりながら、工業高校のレベルの知識付与を行った伝統がある。極端な例では、**電力学園等は、2000年ごろまで、高等学校としての機能を果たしていた。

企業の人材開発センターには、このような学校教育に近い側面もあるということを、理解して
  「素人の口出し」
的な議論が出来るのか、考えて欲しい。

特に、企業で新人教育を行っている部隊には、
「まともなしつけも出来ていない生徒を送り出す」
学校教育を甘く見る傾向もある。この裏には、学校は卒業すれば終わりだが、終身雇用が前提の企業では、末永く付き合うため躾などの基本から教え直した経験がある。

もう一つ言わせていただくと、昔よく先生が言っていた
   教育労働者
と言う表現にも、反対である。労働者は成果に対する責任がある。これだけしたという過程だけで評価するなら、
  説法を行う  聖職者
と同じである。なおこう言うと、聖職者から
  「我々は、何人救うと言う成果評価がある」
と反論を頂くかもしれない。

 

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神の法律か人間の間の法律か?

昨日一昨日と、日本人の「お上に訴える」性格について書いた。この反対は、アメリカなど「一対一で決着をつける」方式である。

一対一の決着には、昔から決闘と形式があり、鉄砲の打ち合いが裁判になった見ても良い。日本も果し合い等の武士的決着を、徳川平和政権の知恵で、大岡裁きなどに持っていった歴史がある。徳川政治の平和志向、特に綱吉の功績については、現在井沢元彦氏が、週刊ポストの「逆説の日本史」連載中なので興味ある方は見て欲しい。

さて、このような一対一の人間観の決着は日本で言えば、民法の系列であり、お上が決めるのは、刑法の系列である。本来法律は、「神の定め」「人間の関係の衡平を保つ」の2側面がある。

従来、人と人の問題は、力で決着するしかなかったものを、法律で衡平化したのが平和社会の知恵である。但し両者の納得がない場合は、権力が決める必要があるかもしれない。

西洋社会は、ローマ帝国の時代から長い時間をかけて、法治主義の伝統を作った。しかし日本は、明治に法体系を急激に輸入したので、法の使い方が一般大衆まで広がらず、お上に依存するようになったのかもしれない。

”お上=神”が決めるのは、1神教にふさわしく、多様な意見の交渉は多神教にふさわしいが、このねじれはローマからの歴史と、明治文明開花を見れば、解るような気がする。

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2006年3月24日 (金)

アメリカ式

昨日の記事とも関連するが、アメリカでは事故を起こした時に、高額の賠償金を請求する裁判が起こり、これがモラルを守っていると聞く。

そもそもの高額賠償金の裁判は、フォード社の設計ミス事件に始まる。

フォードのある車に設計ミスがあり、事故時に乗車した人間が死ぬ確立が高かった。しかし、フォード社は設計変更コストより、年間死亡想定人数×賠償金の方が安価と計算して設計変更をしなかった。この資料を死亡者の遺族たちが訴えた裁判で公開し、経営者に思い知らせるように、死亡時の慰謝料を、該当する設計変更以上に請求したのが始まりである。

これを言い換えると、被害がでたらそれ以上にやり返す、と言う思想が見える。武器を使わないで、経済的な復習である。

アメリカは、本質的に自分のことは自分で守る主義であり、被害を受けたらやり返す。その結果、報復が怖いからモラルが保たれる国である。

従って、犯罪者も反撃にあう危険性が高い国である。日本の場合は、一般人は反撃を制限されているだけ、色々なガードを国が考えているようである。牛肉問題の一つは、この発想の違いにあると思う。

ただ暴力に対しては、少しは被害者が反撃できる面も欲しくなるこのごろである。

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2006年3月23日 (木)

PSEとBSEその他

PSEマークについて、色々議論がある。PSEの根本には、「お上が安全を保証する」と言う発想がある。言い換えれば、「何か事故が起これば、すぐにお上の責任と追求する。」と言う発想である。

これは、米国産牛肉に関するBSE問題と同じである。何か病気が出れば、「これを許可した政府の責任を追及する」のが目に見えている。従って、「少しでも危なければ、輸入を許さない。」と言う事態になっている。

確かに、建築計算を偽装したマンションを建てても、そういう建築確認を許した政府の責任を追及し、裁判に訴えるやからの居る国である。お役人が、自衛のため、何でも禁止と言うのはわかる。

とは言っても、有名音楽家の反対運動で、すぐに変わる禁止と言うのはなんだったんだろう。

もう一つ言えば、古物商の扱いである。禁止したら困る業界がある。それに対する配慮は・・・

これは日本の政治でよく抜けている。古くは、伊丹空港を廃止する予定で関空を作ったくせに、伊丹近辺の空港依存業者の都合などで、つぶしそこなった時から、全く進歩が見えない。困ったものである。

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2006年3月22日 (水)

JR西の運転士について

本日、JR西が新しい企業理念を示したと聞いた。
そこで前から気になっていたのが、事故に遭遇した運転士の扱いについて一言述べる。

昨年の尼崎大事故に乗り合わせた運転士達が、そのまま勤務したことについて、マスコミ・世論は「救助に参加しなかった。」ことを追求している。確かに、周辺の一般住民が仕事を放り出して救助しているのに、自分の勤務が重要と、救助を手伝わないのは道義的におかしい。

しかし、これよりもっと重要な点がある。
人命を預かる運転士が、少しでも事故の後遺症の可能性がある場合に、勤務を命じて良いのであろうか!!
と言う議論である。例えば、ボクシングの強烈な戦いをした選手は、その後車の運転を禁止していると聞く。これよりもっと厳しい状況にあった人間に、多数を預かる運転をさせてよいのであろうか?

これに関しては、医療関係者のホームページで指摘されているのを見たが、マスコミなどでは見受けない。

人の命を預かる業務では、体調管理も重要と考える。少しでも危ない場合には、勤務禁止にすべきではなかろうか。これを、もう少し拡げると、病気の人間の勤務禁止となる。これは個人情報の関係などで、難しい面もあるが、多数の人命を預かるということを、真剣に考えて欲しい。

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2006年3月19日 (日)

学問の大衆化について

昨日のテレビで、大学の先生が歌で教える、と言うことをやっていた。
その動機が、学生が寝ないためとのこと?!

そこまでやるか?

何か離乳食ばかり食べている子供のようで、難しいものを自分で読み砕く力は待ったく身に着かないのではと心配である?

またある先生が、学問の底上げのため大学評価は反対と言っているのも聞いた。確かに、変な尺度や評価員の評価には反対かも知れないが、大学と言うものはそもそも、国のトップクラスの学問の府であり、学芸会の発表の場ではないと言うことを、念頭に置き、自ら厳しく評価して欲しいと思う。

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2006年3月18日 (土)

格差社会について

 ちかごろ”格差社会”と言う言葉、または”格差拡大”などと言う言葉をよく聞く。テレビなどでもよく取り上げている。

 ここで気になるのは、なぜか今のこの国が、
   単一尺度での評価
になっているように感じる。30年程前には、小学校・中学校から色々な分野で、
 できる子
がいた。スポーツ・芸術・何か特別な分野のことごと、その中の一つに、親が金持ち、成績が良いなどもあったような気がする。

 しかし今は、学校では成績・一般社会では収入と、一本道で評価しているような感じである。これでは、多様性がなく、一度負けると感じると、救いがなくなる。

 昔の多様な価値観で、自分の位置と他人の位置を冷静に見るように、出来ないであろうか。多様な価値観で自分のよさと、他人の良さを同時に知ることが重要である。

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2006年3月13日 (月)

昨日のテレビを見て

 昨日の”行列のできる法律~”で、
  「子供の小学校の先生に、夢を壊された。訴えてやる。」
と言うテーマを取り上げていた。

 弁護士の結論は、
  「このようなことは訴えるべき事ではない。多様な意見があるのを知らせるのが良い。」
と言う内容であった。

 しかし、小学校と言う構造を考えると、一人の先生が子供に対し絶対的な権力を持つ。これを考えると、子供の受ける影響は大きいのではないか?
 確かに、裁判でと言うのはやりすぎかもしれないが、教師の不適切な発言には、父兄からの苦情を広く受けるようにして欲しい。

 特に弁護士のように社会的な強者は、小学校教師ぐらいは必要に応じて、つぶすことも出来るかもしれないが、平凡な庶民にはそういうことも難しい。

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2006年3月11日 (土)

本日の朝日新聞から

本日の朝日新聞を見て、気になることを少し。

1.造船業界の好況について
 造船業界が元気が良いそうで嬉しい限りである。某社は、従業員の移動時間を評価し「トイレに行く時間が7割」と言う目標を与えたそうである。
 と言うことは、トイレ以外の移動は3割以下、ほとんど動くなと言うに等しい。これは、効率化と言う尺度では正しいかもしれない。
 しかし、私は何となく気になる。と言うのは、色々自分の足で歩き回ってみた印象は、色々な所で役に立つからである。他人に対する配慮は自分で見たことが一番大切ではなかろうか?
 もう一つ悪乗りすると、こういう会社の次は、トイレまでの移動ももったいないので、紙おむつを購入したりするかもしれない。こういう所に目をつけるのが、金儲けのポイントだったりして・・・・?

2.フラッシュメモリー工場増設
 某社がフラッシュメモリーの工場を増設すると言う記事を見た。これも儲かっているようでおめでとうだが、某社はフラッシュメモリーとマイコンが一体になった物に力を入れている。
私の意見だが、メモリは単独で使うことは少なく、何らかの処理機能と組み合わせる。現在のようにマイコンが小さく安くなれば、一体化したほうが最後に勝つような気がする。
 一つの野次馬の意見である。

3.芥川賞作家 いとやま秋子さんの話(漢字が出なくて失礼します)
 彼女は、総合職の経験がるそうだが、男女関係を恋愛でなく仕事でとらえた作品と言うことであった。内容を見ていないのにここに書くのは失礼だが、今まで男女関係を恋愛や性関係でとらえすぎているように思う。逆に、虐げられた女性からの、反攻と言う向きもあるが・・・
 しかし、仕事の上で素直な記述が出たのは、現在の仕事環境を考えれば、当たり前と思う。肩を張らず、変に権利ばかりの主張をしない、尊敬できる総合職の世界である。

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2006年3月 5日 (日)

食育に関して

 本日の報道2001で食育について取り上げていた。”頂きます”が言えない給食の話を聞いて、少し思うところを書きたい。

まず農業に限らないが、子供達が
 ”物を作る”作業の実感がなくなっている。
沢山の労力(=熱意・誠意・愛情)の塊である食物を食べると言う実感がない。

 つまり、米は白米の形しか知らず、稲穂とは何であるのか知らない。魚は、切り身の形で海から取れると思っている。これは一つの要因であろう。

 しかし、もう一つ今までのマスコミ等取り上げ方でも、都市部では、農業にあまり好意的でなかった面があると思う。
 昔、有名だった”ノーキョー=農協”と言う言葉には、今のヒルズ族の金満家(=成金)を皮肉ったイメージがある。某作家の”農協月へ行く”など、まるで今のヒルズ族の”合コン”を、思わせるものがある。その他、米の買い上げの逆さや問題や、ものすごい立派な農協の建物や、農協の貯金余りとそれに付随する不祥事など、多く取り上げられている。

 私の理解が一面的かもしれないが、地道な物作りの重要性を、もっとマスコミも取り上げて欲しい。まあ、都市部の人間には、自民党を飛び出した「地方への補助金と言う、K国会議員」のイメージがあり、農村部に好感をもてないのかもしれない。

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2006年2月20日 (月)

オリンピックのメダル

トリノオリンピックではまだ日本のメダルが聞こえてこない。

気になるのは、以下の2点である。

1.まず行く前のメダル予想は多すぎたのではないか
    マスコミがオーバーに言い過ぎたのか。
    スポーツ指導者が予算獲得のため誇大広告したのか?

2.取れない時の言い訳が入賞と言ったりしてごまかしている
    太平洋戦争中の、目的達成により転進する

このような、状況を正しく伝えない発表(報道)には、危ないものを感じる。

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2006年2月16日 (木)

神戸沖空港について

本日、神戸空港が開港した。京阪神に3つの空港は多すぎると言う話がある。その一つの原因は、関空の低利用率もある。確かに関空は、アクセスが不便だが、そもそも関空があそこに出来た理由が、騒音問題と神戸沖から追い払われたからであった。

特に、伊丹空港に関しては、地元の騒音反対運動により「出て行け」と言われていた。しかも成田の反対運動を見て、陸上には作れないと言う発想で、お金を費やしても埋め立てると言う発想であった。そして、関空の出来た直後は、伊丹空港は半分のビルしか稼動しない状況になり、そのままなくなるはずであった。

しかしながら、あれほど出て行けと言った地元から、空港の活用の意見が出てきたのである。空港周辺の倉庫なども有効活用すべきと言う議論も出てきた。加えて関空は高い、不便と言う議論が出てきた。

これを、見るに行政は、関空を作るだけでなく、伊丹の空港跡地の転用まで、しっかりした構想を示していなかったのが、一番の問題点ではないかと思う。ものを作るだけでなく、周辺や後の処理を考えるのが、行政の大所高所の責任ではなかろうか?

なお、伊丹周辺の状況で少しだけ弁護すると、状況が大分変わったと言うことである。昔、飛行機侵入路の下の小学校は、防音装置の予算は認められても、冷房は贅沢と認められなかった。このような状況と、防音空調のマンションは、贅沢でなくなった現在は事情が違っている。飛行機の低騒音化も進んだ。このように、長期プロジェクトは途中で条件が変わることも考慮しないといけない。

しかし、全体を見た政治が内容に感じるのは、当方だけであろうか?

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