ご縁のあった人たち

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2020年9月22日 (火)

西洋文明の「支配者」とは

 アリストテレスの「詩学」を読んで、プラトンの「国家」との違いに、少し戸惑っている。プラトンの考えでは、

「哲学がイデアに迫る最善の手段で、詩は劣った手段である」

となっているが、アリストテレスの発想では

「悲劇は神の意向を展開したモノ」

という感じで、哲学と同じレベルに置いている。私個人の今までの偏見では、アリストテレスの方が、「哲学者優位」を言いそうだと思っていたが、諸学に通じた立場では、詩についても平等に評価したらしい。

 しかしながら、西洋文明には

「優れたモノが大衆を導く」

という発想がある。更に言えば

「市民と奴隷の違い」

があり、

「支配者の立場を根拠づける、理論武装としての学問」

という伝統が潜在しているように思う。

 昨日ちらっと書いたが、奴隷制度の根拠になる、人種差別には、『(科学的に)劣性と判定された人種』を、『有能な人種が支配する』という、『科学的』根拠付けが行われていた。その後継者が、ヒットラーである。

 しかし、よく考えてみると、西洋文明には、オリエントの宗主権契約の時代から、支配者の正当化の理論を探していて、学問もそれに使われていたように思う。

2020年9月19日 (土)

東大法学部の力とその限界について

 国家公務員の働き方に関して、河野大臣が何かメスを入れるらしい。これはよい事だと思う。しかし、国家公務員の過労状況に関して、ここでもう少し踏み込んでみたい。まず明治の国家公務員育成に関してであるが、先に帝国大学法学部ができて、その後官僚組織ができていった、歴史的経緯を抑えておく必要がある。つまり、国家公務員は、東大法学部出身者を前提の、働き方を考えていた。

 さて、東大法学部出身というのは、どのような力を持っているのだろう。私は、1冊の本がそれを物語っていると思う。

 

この「法学の基礎」は、「法学の土台」とも言うべき本で、法律を作るための配慮すべきコトなどを、網羅している本である。このような、基礎教養を持っていれば、法律に関する検討も、比較的短時間でできるだろう。昔、ある番組で橋下徹弁護士が

「霞が関の官僚は、法律を作るときに、大宝律令まで調べる」

と半ば揶揄していた。しかし、国民の権利に関して整合性を取るなら、既存の法律の立場を調べるのは当然であり、行くところまで行くと律令制度まで行く。これを納得し、要領よく調べるのが、「法学の基礎」などで鍛えられた人財だろう。

 このように考えると、こうした「基礎的な配慮」のできない人材が、長時間労働で苦しむ状況が見えてくる。

 ただし、この発想は、「法学の基礎」で、要領よく仕事をしようとする人間にも、ブーメランで還ってくる。現在の歴史研究では、律令制度の時代でも、実質の「公地公民」は不成立な部分が多く、私有地などの「律令の抜け穴」が多く存在する、という意見がでている。これを踏まえると、

「前例検討で、大宝律令を調べた」

だけでは済まなくなってしまう。こうして、新たな残業地獄が生まれる可能性が出てくる。

2020年9月18日 (金)

記述が難しいモノをどのように表すか

 近頃、社会科学の実用化について色々と考えているが、根本的な問題として

「社会科学の対象とは何か?」
「それはどのように表現されるのか?」

と向き合ってみた。

 この問題を

「関係や動き、そして働きを、どのように記述するか?」

と具体化してみた。もう少し、物理学と比較すると物理学では、

「対象の物体は明確に存在する。」
「物体間の関係は数式で表される程度に明確である。」
「動きに関しても、微分などの数学的道具が備わっている。」

という恵まれた条件がある。

 一方、社会科学の場合

「対象は社会という曖昧なモノ」
「関係や動きを数式で記述すると、部分的な表現となる」

という段階である。

 このような社会科学の記述には

  1. その世界のモデル(舞台と登場人と登場物)を作り
  2. その上での典型的ストーリーを展開し
  3. 一般的な規則を見いだして理論化する

段階を踏む必要があるのではないかと思う。

 もっと言えば、登場(人)物の特性(本性)を、きちんと記述し、その一般性を見いだすなどの手順があるかも知れない。これは、ソフトウエアでシミュレーションする側の発想に近い。

2020年9月17日 (木)

物理学的な世界観と社会科学的な世界の見方

 大乗仏教の「唯識」について、少しばかり本を読んでみた。

「唯『識』だけがある」

という発想は極端だが、社会現象などを観るときに、

「そのようなモノが実在する」

と思い込む危険性については、よく意識すべきだと思う。考えてみれば、私たちは

『物理学的世界観』

の影響を受けいている。天体や機械などの

「物理学の対象」

は実在する。この発想は、社会科学には通用しない場合がある。例えば、

「搾取する資本家、搾取される労働者」

と言われても、

「株でもうけている労働者は?」

という風に、理論通りの実在は、存在しない場合もある。

 更に言えば、

「理論的な知識の力で、社会の現象を観る」

場合も多い。極端な話、貨幣経済という概念が無い人が、日本の現状を見たら、何が解るのだろう。

 このように考えると、社会科学の場合には、世界の見方を学びながら、理論的な知識を充実させるべきだと思う。

2020年9月14日 (月)

社会科学の実用化に関して

 先日から書いている、

「学問をする価値」

に関連して以下の問題を考えてみた。

「自然科学は、物理学から工学という実用の流れがあった。社会科学にそのような流れはあるか?」

この問題に関しては、昭和の時代なら一つの答えが出てくる。

「マルクス主義に影響を受けた、学校教育は忘れてもらって、社会に出てから実務を習う。」

という事で、

「文系の学生に関しては、学生時代の勉強を無視する。」

という流れができていた。ただし、一部の法学部系などでは

「法学部の論理能力を生かす。」

という面もあったが、これは例外に近い。

 その後、平成の時代には、

「アメリカ仕込みのMBA(経営学修士)手法を生かす」

という形の、大学教育が即戦力という面が出てきている。簿記などの資格取得も一つの流れだろう。(平成の終わりには、マルクス主義が収まった事も影響している。)

 しかし、もう一歩進めて、

「社会科学をベースにして、社会のシステムを提案する、社会技術や社会工学はないのか?」

という疑問が、まだ残っている。

 この問題に対して、栗本慎一郎が面白い意見を出している。

明治の体制では、大学を作ってから、文部省ができた。法律に関しても、法学校を先に作った。

社会工学などという発想でなく、その場に対応した政策が行われた。

これは本質を突いていると思う。また「社会技術」という本も出ているので、もう少しこの問題を考えていきたい。

2020年9月13日 (日)

実現のための専門的な智慧の働きについて

 昔書いた、「中間層を育てているか?」という記事に、アクセスがあったので見直してみた。

 当時は、管理職の育成に関して考えていた時期だったので、管理職の役割を中心に考えていた。今回は、理論検討側の立場で、中間管理職などの役割を考えてみた。今回の発想は、真言密教などの五智の発想である。五智とは

 https://kotobank.jp/word/%E4%BA%94%E6%99%BA-65136

にある。

(1) 究極的実在それ自身である智 (法界体性智)
(2)
のようにあらゆる姿を照し出す智 (→大円鏡智)
(3)
自他の平等を体現する智 (→平等性智)
(4) あらゆるあり方を沈思熟慮する智 (
妙観察智)
(5) なすべきことをなしとげる智 (→
成所作智) の5つ。

大日如来の力を五つに分けたモノであるが、ここで実行段階の「成所作智」を独立させている。これは、唯識の教えなら、意識のレベルで考える、

「阿弥陀如来の理想的な浄土」
のあり方を、私たちがいる娑婆世界で
「実現するために方便を説くお釈迦様」

の力と理解できる。

 このように、実現するときに、現実に合わせる努力を分離し、

「とりあえず理想像を描く」

ことは、結構役立つ。現実の多様さに向き合いすぎると、いつまでも完成しない。ある程度見通しを立てて、実行時には状況に合わせて修正する。

 このような考えも重要である。

 そのためにも、中間層の活躍が必要である。

2020年9月11日 (金)

学力崩壊と社会の分断は関連しているのではないか

 少し古いが、中公新書クラレの「論争・学力崩壊」を読んだ。色々と気づきがあったので忘れないうちに書いておく。

 この本でも指摘しているが、

「日本の高度成長を支えたのは、中流階層の知的な力による」

という観点は、私もメーカーにいた立場で納得する。QCサークル活動など、現場力として色々な人が貢献していた。

 しかし、現在の学力崩壊は、そのような「一般教養」が危うくなっている。この理由は

  1. 教える側の問題としての時間削減
  2. 教わる側の問題としての意欲低下

の両面がある。

 さて、私が注目するのは、教わる側の意欲低下についてである。ここでもう一歩深掘りすると

「高度成長時代ぐらいまでは、一般人の参加の余地があった」

という感触がある。しかし、いつの間にか

「専門家の社会に口出しするな」

という空気が生まれた感じがする。このような

「専門家と素人の分断」

から、

「素人は学問しても発言できない」
「学問の価値がない」

という流れになったのではないかと思う。

 この流れをもう少し見ると、

「昔は、素人に解る直観的説明を大事にしていた」
  例えば、定規とコンパスの幾何学
「現在は、専門家の厳密な議論法を重視いている」
  ヒルベルトの公理系による幾何学

という風に、

「専門家の学問を重視し、一般人の直観的理解を排除する方向へ、教育が向かったため学問の分断を生んだ」

という仮説である。

 専門家の地位は、それなりの評価が必要だろうが、一般の理解という裾野を軽視していると、学問自体の存続が危なくなると思う。

2020年9月10日 (木)

専門家の暴走について

 今回のコロナ騒動において、一部の専門家が

「このままで行くと~~」

という過激な発言を行っている。

 この問題に関して、きちんと評価する人が少ないように思う。実は、この問題を一般化して考えると、

「ポジティブ・フィードバックによる爆発モデルによる予測」
しかし
「資源の枯渇等の外部環境変化で爆発までに収束する」

という状況があてはまる。つまり

「現状の延長なら、事態は雪だるま式(ねずみ算式)に悪化していく」

であるが、現状の環境が、どこかで変わってしまう。例えば

「ねずみ算というような、生き物の異常発生なら、餌がなくなって死滅する」
例えば
「バッタの異常発生は、餌がなくなれば死滅する」

様な話である。昔、ローマクラブが地球の環境問題で予言したときにも、このようなポジティブ・フィードバックのシミュレーションが使われていた。そこでも、シミュレーション前提の変化を見過ごし、結局予言外れになっていった。

 このように、

「専門家の意見をきちんと評価し、限界を見ながら使える部分を生かす」

このようなスキルを、私たちは身につける必要があると思う。これが本当の教養ではないだろうか?

2020年9月 9日 (水)

自分の納得と権威の受け入れの関係

 私たちは、学校で勉強するときには、教科書や教師という「権威」に従うことを、強制されている。

 しかしながら、自分の意見を持つためには、どこかで

「自分としての納得」

を得る必要がある。この納得の根拠として

  1. 信じている人などの言葉
  2. 自分の経験
  3. 直観的な理解

等がある。

 特に、経験や直観的な理解の裏付けがあると、信じる力が強くなり、迫力のある議論ができる。

 しかしながら、直観的な理解にこだわると、そこから進まなくなるコトもある。このバランスが難しい。特に西洋文明的な学問は、ある決められたルールの上で展開する場合が多く、そのルールには従うしかない。自分の直観に合わないでも、そのルールでの推論結果は受け入れないと行けない。特に数学ではこのような事が起こる。

 こうした、権威との付き合い方を上手に行う事が、学問を使いこなすための条件だと思う。

 最後に、人に説明するときに、自分はきちんと納得した根拠を持っている場合と、自分もどこかの「権威」に従っている場合の違いを、きちんと意識する必要がある。自分が納得しているなら、そのまま説得できる。しかし、自分が「権威」に従っているなら、相手にも「権威」を押しつけてしまう。これをきちんと意識していないと、説明や説得を受ける側の反発を買ってしまうだろう。

2020年9月 6日 (日)

弱者の優しい代弁者が存在するか?

 昨日の話で、

「弱者の代弁者」

という問題を思いついたので、忘れないうちに書いておく。昨日の議論では、国会議員である杉村太蔵が、同じ国会議員の石破茂に馬鹿にされたというレベルであり、馬鹿にされた方にも問題ありと処理してもよいだろう。しかし、これが一般国民の問題と考えると、色々と広がってくる。

 まず、一つ目の問題は、

「本当に困っている人の状況を、きちんと伝える人が必要」

である。しかし現状では、これが上手くいかない。理由は、

「論理的な意見をいえるという、スキル面だけで代弁者になる」
「極論や過激な発言する代弁者が少なくない」

という側面がある。

 例えば、予防接種の副作用で、苦しんでいる人がいる。この人に対しては、医療的側面、心理的側面、生活的側面などで色々と支える必要がある。しかし、

「副作用が生じるから、予防接種を禁止すべき!」

という極論を言う人が、

「被害者の代弁者」

として振る舞う事で、結局

「予防接種の効果で救われる命を奪う」

という事態になってしまう。このような機会損失に関しては、被害の申し立ても難しいので、極論がまかり通っていく。

 この問題を考えると、親的な発想で、弱者の代弁をする人材を、もう少し育てていくべきではないか、言うなら

『穏やかな社会学者』

が必要ではないかと思う。

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