2009年10月17日 (土)

日本のハブ空港は

 日本にアジアのハブ空港が一つもないという議論が、関空問題から発展して、色々議論されている。国交相の意見では、
  「成田と羽田」
であり、大阪府知事は、
  「関空」
である。しかし、ハブと言えるような機能を、これらの空港が満たすのであろうか。ハブと言うからには、色々な国からのお客様を、一旦受け入れて、疲れを癒し、他に旅立ってもらうような、『もてなしの心』が必要であると思う。
 日本は、首都圏であろうと関西であろうと、どちらかと言うと目的地であり、中継点で収まるようなものではないと思う。
 さて、日本でハブ空港の適任地は何処であろうか。ある程度の国際感覚を備え、
   『おもてなしの心
が確りしている地域として、私が思い当たるのは沖縄である。
 沖縄には、現在米軍基地がある。そして米軍基地が沖縄に色々の負担をかけているが、その一方で基地が雇用に大きく貢献している現実もある。
 この雇用の受け皿も含めて、沖縄に日本の代表としてのハブ空港を持ち、アジアに対する玄関口として、働いてもらうのはいかがであろうか。

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2009年6月11日 (木)

国際化する言語について

 インターネットでは、国際的な言語として、英語が実質の地位を占めている。100年ほど前では、国際的な共通語は、フランス語であったと思う。この2つの言語の運用は、大分異なるように思う。

 フランス語はきちんと規則が決まり、厳密な言語として、相互の意思疎通ができるようになっている。そして、国の制度として言語を守っている。

 一方、英語の方は、アメリカ英語であり、本来のEnglish とは大分変化している。インターネット上でも、どんどん簡略化している。そして、微妙なニュアンスなどを、なくすようにして、ネット上で使えるようにもっていくと思う。

 これは、デファクトスタンダードの進め方とも通じると思う。

 

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2009年5月 2日 (土)

就活中の工学部の学生さんに

 就職活動中の学生、特に工学部の学生に一度読んで欲しい本がある。ソフトバンククリエイティブ(株)からでている「ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け :ニールガーシェンフェルド著、糸川洋訳」である。この本は、MITが、現在の『情報のヴァーチャルな世界や、大量生産世界』とバランスを取る、『個人で実際に物を作る』運動について上手に書いている。

 現在の日本社会では、若い世代は学校的世界に順応しすぎている場合が多い。そのような、『優等生』の人たちに、自分でものを作る『アマチュア的・野性的』な文明を知ることは、大切だと思う。また、ヴァーチャルな世界では、ブラックボックスの中に隠れそうな、加工段階の話しなどにも興味を持ってもらうためにも、この本の効果がある。

 また、大学の学問と実地の違いについても、面白い挿話がある。p106にある、インドの片田舎での話しで、「もちろんセラミック処理をした方がよいことは分かっていますが、どのセラミックを使えばよいかをお聞きしたかったのです。」と言う質問を受けた話しである。このように、現場でものを作りながら、最先端技術に触れている人は多い。従って、学校の意見は、そのままでは彼らに通じないこともある。

 しかし、学問の効果はここから出てくる。先端技術を結果だけで使っていると、変化やトラブルに弱い。このような時、基礎原理まで踏み込んで理解した人間の強みが生きてくる。

 この本を見て、大学の知識を現場で生かすと言うことを、もう一度考えて欲しい。

ものづくり革命  パーソナル・ファブリケーションの夜明け ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け

著者:ニール・ガーシェンフェルド,糸川 洋
販売元:ソフトバンククリエイティブ
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2009年1月12日 (月)

政治のプロに要求される勉強

 先日テレビで見たが、地方議会が一部では活性化しているらしい。これは、従来の議会がひどすぎると言うことかもしれない。何しろ、首長からの反問を許さない議会答弁(?)がまかり通っていたらしい。これでは、一方的な陳情で、バラマキ政治になるのは当たり前と思う。

 そういう意味で、議会の方も地方の運営に関して責任を持つ意識が出たのは喜ばしい。そこで、議員さんたちも勉強しているらしい。

 さてここで、プロの政治家になるには、どのような能力が必要か考えてみた。一般的な、経営学/経済学の知識は欲しいと思う、法律に関する知識も欲しい。しかし、一番大切なのは、対話のスキル・答弁のスキルではないか?

 テレビに出ている国会議員さん達でも、人のしゃべっている最中にわめき散らす、裂いてのマナーの人も多い。更に、相手の意見に対し適確な受け答えになっているのは、もっと少ない。これから治して欲しいと思う。

 しかし、政治学の勉強をしたから、良い政治家になるとは限らない。宮崎県知事は、政治学の勉強をするほど政治に熱意があったから現在がある。政治学の勉強だけで、現在があるのではないと思う。

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2009年1月11日 (日)

政治のプロとは

 大阪の橋下知事の発言で、特に目に付くものが
  「皆さんに選んで貰った。皆さんの支持が頼り。」
と言うものがある。これは、重い話しだと思う。民主主義の基本である。

 例えば、阪神大震災のとき、兵庫県知事と首相の災害救助出動要請が遅れて、多くの死者が出た。その時、自衛隊が独自判断で動くべきと言う議論がある。しかし、
  「このような首長を選んだのは、皆の判断、その責任は皆で取るべき」
と言う議論もある。

 ただし、今までは首長は、
  「選ばれた後は威張りまくっている。」
  「自分で選んだと言う認識がない」
と言う感覚で、皆から離れている感じがする。

 これを、取り戻すのは、橋下知事のようなまともな知事を増やすのが大切ではないか?

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2008年12月31日 (水)

大阪の元気

 近頃、大阪の元気が、少し持ち直したように思う。橋下知事を選んだことも含めて、政府(東京)無視の自主性が利いている様に思う。新聞記事など見ても、関東系では政府の補助を以下に引き出すかが、景気対策のように見える。

 一方、大阪はどうも中央の補助金を、あまり当てにしていないように思える。考えてみれば、前2代の知事は、中央の補助金引き出しが特技だったように見える。しかし、今の橋下知事は、どう見ても中央に気に入られるキャラではない。(一部自民党からのラブコールはあるが・・・苦笑)

 そう言えば、文化の保存に関しても、大阪落語界の人達は、
  「お客様からお金をいただけないような芸は廃れても仕方ない」
と言うような厳しさを感じる。さらに、吉本興業も健在である。

 このように考えると、自立性の高い大阪は、何とか持ち直すように思う。

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2008年9月20日 (土)

大阪府教育委員会の対応について

 大阪の橋下知事が、府下の各市教育委員会に、全国統一の学力テストの成績を、公開せよと迫っている。それに対して、色々な抵抗があるらしい。その言い分の一つを見て、笑ってしまった。

  「成績だけで全て評価してはいけない!」

 生徒の人格を、成績だけで評価できるわけはない。そんなことは常識である。しかし、学問の成果については、とりあえず客観的な試験で測ったデータは、全般的な傾向を示すには有効である。そして、客観的にわかる情報を、公開することは、ものごとの悪さを改善する一歩である。

 そして、成績を無視したら、今の学校制度の値打ちもなくなってしまうのではないか。更に成績を、無視したら教師の権力もなくなるのではないか?

 何かおかしい議論のように思う。

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2008年9月 5日 (金)

伊丹空港に関して

 関西の空港に関して、色々議論があるが、伊丹空港の存続に関して、一つ欠けている観点がある。

 それは、事故発生時の波及の問題である。そもそも、関空を作る時の議論の一つに、
  「伊丹空港で、離着陸時の事故が発生したら、民家密集地に
   航空燃料を撒き散らし、大きな火事を引き起こす可能性がある。」
との話しがあったはずである。当時から、パイロットにとって、世界で一番気を使う空港の一つとして伊丹空港の悪名は高かった。

 その当時から、家の構造は変って、騒音問題は解決した様に見える。しかし、事故発生時の危険性は、少しは耐火性が良くなっているかもしれないが、変わりないように思う。誘導装置の進歩で事故発生確率は、低くなっているが、0ではない。

 このような事故が起これば、伊丹空港存続論者の、兵庫県知事や近隣市長の責任追及がまた起こると思う。(某国会議員・・・) 

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2008年8月 1日 (金)

伊丹空港の存続について

 昨日大阪府の橋下知事が関空の問題と関連して、
  「伊丹空港の存続について議論すべし」
と発言した。とうとうやった。そもそも橋下知事は、大阪の北野高校出身で、伊丹空港への侵入路の下での生活体験がある。さらに、関空設立時の、伊丹空港関係者の、強烈な
  「伊丹空港廃止論や発着制限論」
も体験しているであろう。関空を作った論点のひとつは、
  「伊丹はもう限界で、しかも陸上の侵入路は、
   近隣住民への騒音や事故時の負担が大きすぎる。
   海上空港しかない。」
であった。但し、時代の流れで、航空機の低騒音化や家屋の防音化が進行しているが、ついこのごろまで、伊丹や豊中等の近隣自治体でも、伊丹空港の騒音被害の議論が必ず出て、国に対して対策予算を請求していた。

 さて、この橋下知事に対し、兵庫県知事からは、直ぐに論外との反論が出た。そこで気になるのは、関空以上に負担が気になる神戸空港である。神戸をしっかりして、伊丹は別途活用という議論があっても良いと思う。

 もっとも、大都市の神戸のことは、兵庫県は知らない。神戸市は独自で、借金の塊として自滅しろと言う、兵庫県の意思表示かもしれない。

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2008年7月 7日 (月)

米をもう一度見直そう

 米の減反をまだ行っていると聞いて、少し驚いた。世界中では、食糧危機の地域が多い。しかも、日本の食料自給率は低い。こんな状況で、米の減反をするのは、なにか矛盾しているように感じる。

 確かに、白米だけでは、栄養が偏るかもしれない。しかし玄米食にすれば、栄養のバランスはかなりよくなる。江戸時代以前の食生活は、地産地消であった。そのような状況では、収穫物全てを生かしたので、玄米食や米糠の有効活用がされていたと思う。

 今は、余っているなら押さえるのではなく、それを有効活用する知恵が必要ではないか?

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2008年7月 5日 (土)

ある駅前の変遷

 この1週間にある地方を旅行した。そこで、あるタクシーの運転手さんに教えてもらった、話しがある。

 それは、ある駅の周辺のビルについてである。その駅の周辺は、昔は水田だった。しかし、駅前らしくするために、土地を売ってビルを建てたということである。

 都会の感触では、ビルを建てれば、その後も収入があってという感じがするが、その地区では、ビルの利用者も無く収入の目処が無いという話である。

 「田圃のままの方が良かった。」

 と言う言葉が、重かった。やはり自分で努力して稼ぐことが重要と思う。

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2008年7月 1日 (火)

罪の意識

 海外の世界文化遺産に、日本人の旅行者が落書きをしたというニュースが相次いでいる。しかし、彼らが罰せられていないのが不思議である。

 特に、日本は他国の文化・宗教に関して、無神経すぎる。国によっては、国旗・国家に対する敬意を示さないだけで罪になる。それを、独裁国のように、あしざまに言う人種もいる。

 今回のような宗教的財産を、汚す罪は、非常に重いものと思う。中世なら、教会への侮辱と言うことで、宗教裁判で火あぶりになるかもしれない。それを野蛮と言う、この国の”進歩的教育”がこのような、人間をつくったのではないか。

 特に文化財のように、ものを言わないものの被害に関しては、皆で厳しく追及すべきと思う。

 

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2008年6月21日 (土)

沖縄県を見て

 一寸機会があったので、沖縄県に行ってきた。さすがに暑かったが、結構空気が乾いていたので過ごしやすかった。

 さて、一言で沖縄の感想を言うと、
  「老人を大切にする社会」
である。私は、車を使わずバスで移動したが、車が止まってから座席を移動する。降りる人が、終わってから、乗車すると言う、基本がきちんと出来ていた。このタイミングが、老人向けのタイミングである。本土とは、微妙にタイミングが違っている。

 もう一つの例は、ホテルで朝貰った新聞を見て、びっくりした。投稿欄を見たら、60歳未満の人の投稿が、一つも載っていない!!
 マスコミは中立とは言えども、投稿等によって、気がつくことも多いと思う。そこで、これだけ老人目線での話しばかりだと、何か偏りがあるように思う。沖縄の人は、本土の若い人というと、遊びに来た人間を主体に見ているのかもしれない。しかし、若い人間でもしっかり働いている人もいる。そのような人の意見も、見て欲しいと思った。

 さて、沖縄から本土に就職したら、上で述べた微妙なタイミングに注意して欲しい。やはり、カイゼン・合理化の世界は、個人の動作にもスピードを要求する。これは訓練で身につくものである。あせらず、じっくり自分を鍛えて欲しい。 

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2008年6月 1日 (日)

兼業農家の意味

 久しぶりに「報道2001」を見た。色々面白い意見があったが、特に面白いと思ったのは、
   「食料不足対策には、兼業農家を大切にすべき。」
と言う意見である。

 製造業に勤めている立場では、
   「業務に専念して、合理化改善を必死に行う。」
ことが正しいと考えてしまう。しかし、この番組では、
   「家庭菜園では、石油等を使わなく出来る範囲で貢献する。」
との意見が出た。確かに、メーカーの発想では直ぐに機械を導入する。しかし、これはエネルーギーを大量消費する。そこを出演者は指摘していた。

 確かに、少しづつでも自作していけば、完全自給まで行かなくても、少しでも貢献するようになる。下手に数値の最適を求めずに、自分で出来ることを積み重ねる。このような答えもあると思う。

 その外数値だけで言えば、食料自給では直ぐ米ばかりとなる。大豆や小麦もある。このような観点も大切と思った。

 一方、日本には明治前から続いている、本当の老舗会社が2879社あるという話も、あった。こちらは数字の力に圧倒された。

 朝から良い勉強をした。

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2008年5月26日 (月)

英国の歴史から

英国についてテレビ等を見ていると、歴史の再認識がある。まず、先週の土曜日の”世界ふしぎ発見”では、産業革命の時代には、運河を使って船で石炭を運んでいた、と聞いた。しかもその船は、馬が牽いている。

 確かに産業革命の時代で、大量の荷物を運ぶなら、船の方が便利であったろう。日本にも高瀬川と高瀬舟があったと、思い出した。イギリスなら、馬車と思ったが違うらしい。

 さて、「イギリスは、ローマ帝国にとっては田舎」と言うことはヨーロッパにとっても田舎であった。このイギリスが力を持ったのは、16世紀の頭に、ヘンリー8世の指示で、鉄製の大砲を作ったことによる。当時の大砲は、青銅が主流であったが、青銅が高価なため鉄にした。

 しかし、教科書では、青銅時代から鉄の時代に移行したのは、もっと前と思っていたが、日本の幕末で、も鋳造が容易な青銅の大砲を使っていたと聞き、物作りの色々な面から考えないといけないと思った。教科書を単純に信じてはいけませんね。

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2008年4月28日 (月)

物つくりを育てる

 日経BP社の”日経ものづくり”の記者さん達のブログに、記者は”虚業”と言うような表現があった。この言い方には、どうも納得の行かない。まず、マスコミの持っている、力を認識して欲しい。良いものを、取り上げて褒める。これだけでも、社会に大きな影響を与える。そのような力を、マスコミ関係者は知って欲しい。

 これを書いていて、もう一つの実例を思い出した。私の知り合いが、テレビで取り上げられた、『美味しいケーキ』を食べた時の感想である。彼女曰く
 「阪急百貨店の地下で買ったケーキの方がよっぽど美味しい!」
であった。これは、阪急百貨店のバイヤーの力によるところが大きい。彼らは、自分の力で、見所のある店を見つけ出し、出店させるようにして、育てている。従って、阪急百貨店として、しっかり選んで出店させているので、味が揃っている。

 一方、私は昔機会があって、某百貨店の取締役と話しをしたことがあった。彼曰く
 「私達は虚業だから、製造業等の実業がうらやましい」
と言う趣旨の発言であった。しかし、阪急のように、本当に良いモノを作っている店を選び、出店させることで育てる。これこそ本当の、
 「実を得る業=実業」
だと思う。

 銀行の融資も同じだが、本当に良いものを評価し、育てる
 「実業」
が今こそ必要である。

 

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2008年4月16日 (水)

大阪府の意味

 大阪府の財政再建で厳しい議論が行われている。

 しかしこれは、大阪だけの話題ではない。ただ、大阪の橋下知事のタレント性で、皆が注目しているだけである。但し、橋下知事は、大衆の支持を背景に思い切ったことを行うであろう。

 しかしこれが成果を出すと、他の地域でも追従すると思う。日本の官僚は、前例があれば素晴らしい動きをする。

 大阪に注目である。

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2008年4月11日 (金)

橋を使いこなす

 四国の経済について、橋の効果が大きいらしい。

 まず勝ち組は、農業や漁業らしい。生鮮な材料を遠くまで届けるには、淡路島を突っ切るルートは有効である。

 一方負け組みは、地域の商店街である。高速バスで、神戸・大阪にでる。これで買い物をされてしまう。

 しかし地元の有利を生かす戦い方がある。サービスで生き残ることを考えるべきであろう。

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2008年3月 9日 (日)

日本の農業は?

 日本の農業は、現在はかなり縮小している。しかし、中国の冷凍食品問題や、CO2対策として地産地消の動きから、日本の農業はこれから強化されると思う。

 特に中国の人件費の急増を考えると、海外生産の人件費差でのメリットは少なくなる。

 但し、農業の形態も、企業形態になると思う。つまり、土地所有者と作業者の分離である。これは戦後の農地開放路線を、否定するものである。

 戦後体制の否定がまた一つ出てきた。

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2008年2月 4日 (月)

日本の道路について

 日本の道路について、歴史的に考えてみた。まず、ヨーロッパには、ローマ帝国時代の道があった。さらに、馬車を使う文明もあった。一方、日本には、馬車の伝統も明治の一時期だけであった。

 さらに、江戸時代を考えてみると、各大名が攻めて来ない様に、道の整備を抑えている。ローマ時代は、中央からの軍が反乱を平定するための、道であった。

 そう考えると、江戸幕府は中央から軍で平定する経験が、島原の乱程度しかない。江戸時代は、本質的に平和な時代だったと思う。

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2008年1月14日 (月)

大阪府とトヨタ方式

 昨日テレビで大阪府知事候補者のインタビューを見た。そこで面白いと思ったのが、橋下候補の、「グランドデザインを作らない」と言う発想である。これは、経営で言えば、トヨタ方式の、
 「長期計画を作らない」
と言う発想に繋がっていると思う。

 確かに箱物や道路等の大規模インフラは、一度計画したら止まらなくなってしまう。ただ、滋賀県の例外が出てきたので、今後は少し変る可能性はある。

 そこで橋下候補のマニュフェストを見ると、学校校庭の芝生化、石畳と淡い街灯の街つくり等、土木建築の事業者にも少し配慮しているが、どれも軌道修正が容易なものとしている。

 極端な話し、自治体経営にトヨタ方式、と言うのも面白いかもしれない。実際、赤字団体で金を貸してもらえないレベルは、戦後のトヨタと同じではないか。

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2007年12月14日 (金)

大阪府知事選の候補について思う

 大阪府知事選の候補が出揃ったらしい。新聞の書いているところによると、

  自民党:タレント兼弁護士の橋下候補
  民主党:大阪大学工学部教授の熊谷候補
  共産党:弁護士の梅田候補

 と言う図式らしい。ここで、3者に関し、理論と現実と言う尺度を入れてみたい。

 橋下候補は、理論は弱く経験主義、一方熊谷候補は、工学系の理論重視、そして梅田候補は、マルクス主義の社会学的理論が強い。理論が強いことが良いか悪いかは議論が分かれるだろうが、理論が強い場合には、間違った場合の修正に時間が掛かる傾向がある。

 このような見方もあるのではないか。

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2007年11月16日 (金)

ケンブリッジなどに言われたくない

 今朝の朝日新聞に、英のケンブリッジ大学の学長から、東大130周年のシンポジウムで来日するに当たって、800年前に設立した大学の先輩として、助言が載っていた。

 しかし、「800年程度に言われたくない」と言いたい。日本には、弘法大師様の流れを汲む、綜芸種智院の流れを汲む、種智院大学もある。

ウィキペディアから引用。

綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)は、天長5年12月15日829年1月23日)付で、空海が庶民教育の目的で京都の藤原三守の邸内に設置した私立学校である。綜藝種智院とも書く。」

 その外にも比叡山にも色々ある。僧兵騒動は、ある意味で世界最古の学生運動かもしれない。

 学問が、盛んなわが国の伝統にもっと誇りを持ちたい。(?)

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2007年9月29日 (土)

今朝の朝日新聞を見て

 今朝の朝日新聞を見て、色々と気になった記事がある。

1.3面(関西版?)「前鳥取県知事 片山善博さんに聞く」の記事

 この主旨は、「大阪がしっかりして、西日本のリーダーとなれ」と言うことらしい。しかし、このような中央集権的発想は、それこそ東京的・霞ヶ関の官僚的発想だと思う。

 関西には、商売の中心大阪と、千年の古都である京都、国際都市神戸等の色々な個性が、それぞれ棲み分けている。(良い意味も含めて)変人を育てる京都大学、実用的な大阪大学、経済・経営では阪大・京大を無視していた神戸大学と色々面白い分担がある。これを一律に、大阪中心の共同体と言っても上手くいかなでしょうね。ただ大阪の官庁に自覚を促すのでは、スローガンとしては良いかもしれない。

2.35面(関西版) 神道・仏教共に祈る

 これは、
  「ミャンマー情勢などを懸念し、奈良の主要寺社の僧侶と神職が
   春日大社で、紛争の早期終結を祈った。」

と言う記事である。

 この記事自体は、悪くないが
  「仏教、神道の宗教者がこうした行事を一緒に開くのは異例のことだ」

と言う表現には、おいおいと言いたくなる。歴史的に見れば、神道と仏教の疎遠な関係は、明治の廃仏毀釈以降の話である。千年のことにとってはホンの100年一寸の出来事である。まあ、興福寺の僧侶から春日大社の神官に変身した、立派な方々のやったことを、考えれば少しは寺側に恨みがあるかもしれないが・・・

 春日明神と明恵上人の世界を引き出して、もう一度考えて欲しいと思った。

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2007年8月21日 (火)

相撲とは何だ?

 モンゴルから来た横綱の振る舞いについて、色々取りざたされている。しかし、どうも議論の食い違いがるように思う。皆が、相撲に何を期待しているかが、外国から来た人に、伝わっていないのではと思う。

 海外の人たちは、格闘としての相撲しか見ていない。しかし、日本の相撲への期待は、神事ではないかと思う。このような暗黙的な了解での文化は、国外の人たちには、理解が出来ないものがある。自分の思いを勝手に押し付けると、海外との摩擦を引き起こさないか、心配である。

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2007年8月 5日 (日)

関西のテレビは貧乏

 昨日の関西テレビの「たかじん胸いっぱい」で、面白い話があった。関西のテレビ局と東京のテレビ局では、番組作成の予算が桁違いだそうである。当然、関西のほうが少ない。東京の10分番組の予算で、1時間頑張っている、関西局は大分かわいそうだ。

 しかし、予算があれば良いというものではない。金がないなら、無いなりに工夫するのが、日本の底力と思う。この番組でも、担当の女子アナも頑張って、水をかぶっている。

 中央にいろいろな力が集中した日本だが、地方も金に頼らずに、工夫をしていく姿勢が大切だと思う。補助金や、公共投資頼みでは、いつまでも中央にバカにされっぱなしと思う。

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2007年7月22日 (日)

財務三表の必要性

 今朝の新聞広告に、”財務3表~”という広告が載っていた。

    財務3表一体理解法―決算書がスラスラわかる

今までは、企業の成果を見るには、B/S、P/Lの2表を見るのが中心だったが、キャッシュフローが追加された3表が注目されている。

 この理由は、従来は
  「長期的に確りしている企業には、銀行が金を貸してくれる。
   運転資金は何とかなる。」
と言う発想で、2表の健全性で評価していた。

 しかし、現在は銀行自体が評価を厳しくして、簡単に運転資金を貸してくれない。このため、キャッシュフローまで公開しないといけなくなった。これは、ある意味で正常化したというべきであろう。やはり、金を借りるにはそれなりの努力が必要であろう。

 さてこれから見える教訓は以下の2点である。
  1.銀行の方は、貸す時に、もっと企業を上手に評価すべきである
    ある意味、ハイリスク・ハイリターンの成長企業育成もして欲しい
  2.借りる側もそれなりの努力が必要である

 特に、努力をしないと、人間は腐敗する。銀行も借りる側も両方とも、もっと真剣に貸し借りの努力することが重要である。

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2007年7月16日 (月)

インド式計算術について再考

 先般書いた「インド式計算術」について、一寸本を買って読んでみたら、色々と面白いことを、再認識した。まず私が買ったのは、

インド式秒算術 インド式秒算術

著者:P・クマール
販売元:日本実業出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

であるが、まず著者が面白い。いわゆるMBAの取得者である。日本のMBA取得者は、まず理論的な話しをし、数値ならEXCELあたりで、簡単に計算するであろう。ところが、この本の前書きでは、計算を速くする効用として、
 ・経営学修士(MBA)や大学院共通入試(CAT)の
  受験対策として有効
と書いている。このような実際の数値での手計算を、重んじる所が現在のインドの経済発展を支えていると思った。

 歴史的に見れば、この計算は古来インドの『ヴェーダ』に由来する。インドは、ゼロによる数値表現を発明した国であり、われわれが学ぶ前の、整理がされていない計算法から、多くの工夫が生まれたものと考える。

 そこで、我が国の計算法を考えてみると、直ぐに思いつくのが、『ソロバン』の存在である。数値の特性に対して、思惟をめぐらせ、精巧な計算法を編み出すインド文明と、適切な道具を用いて、処理を高速化する、日本文明は基本的に異なった立場である。なお、ソロバン&計算尺から電卓に移った時点で、ブラックボックスが増えすぎておかしくなった副作用があるが、これは別途述べたい。

 さて、インド式計算術の本質は、具体的な十進数値の特性を、個々に調べて、その特性に合わせた計算を行うことである。例えば、5という数字は二倍して10にすると計算が楽になるなど・・・
 これは日本数学の先生に言わせれば、「単なる応用だ、重箱の隅をつついて、喜んでいるだけ」という非難が飛んできそうだ。

 しかし、このような数値の本質的な特性を見抜く力は、魔術師といわれた天才数学家シュリニヴァーサ・ラマヌジャンが、発揮している。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3

 道具に頼るわれわれの文明と、別の考えがあるということを、もう一度考え直したい。なお、昔(1970年ごろ)ソ連の計算機プログラムのあまりにも巧緻な構成に感嘆したこともある。欧米文明は、機械に頼りすぎ、人間の工夫を少しおろそかにしたように思う。

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2007年6月20日 (水)

フィールドワークのデータ整理

 フィールドワークのデータを整理する場合に、昔文化人類学者の川喜田二郎氏が考えたKJ法が有効とされている。しかし、KJ法の手法は、簡単に身に付けることが出来るものではない。単純にカードを使って、類似項目を並べるようなことでは、KJ法とはいえない。

 それより、フィールドワークで調査した項目を、カードかルーズリーフなどのばらしやすいものに書いておく。そのあと、記述内容を良く考えて、その行動をとった人の気持ちになり、その原因を考える方が効果が大きいと思う。

 特に、人間は本来合理的であり、非合理に見えるのは、見ている人間に見えない要素が何かあるからである。思考方法かもしれないし、メンタル内のモデルかもしれない。昔の経験かもしれない。大切なことは、このような理性的な要素を探す気持ちになることが重要である。

KJ法のホームページはここです。

http://www.kj-method.jp/

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2007年6月 2日 (土)

大阪は本当にだめなのか

 今朝の朝日新聞に、『大阪に明日はない?』という記事があった。

 本当に大阪がだめであろうか?確かに、引ったくり・不法駐車や、有効求人倍率などの指標ではよくない。でも、このような指標は、"首都"東京の連中が考えたものではないか?そう考えてみると、江戸時代の大阪は、自分で文化を発信していた。さらに、第二次大戦前までは、それを維持していたように思う。

 戦後、東京価値感に侵略されたことが、現在の大阪を引き起こした根源ではなかろうか?

 ただし、私は大阪の老舗の知恵が、まだ残っているような気もする。そのような力を引き出すことが重要ではなかろうか。

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2007年5月28日 (月)

戦術と指揮の補足

 先般紹介した、PHP文庫の『戦術と指揮』について、一つ書き忘れたことがあった。

 それはシビリアンコントロールについてである。同書の最後に、指揮官交代の話があり、政治家的軍人との交代に拒絶の記述がある。

 しかし、シビリアンコントロールの典型例とされている、プロイセン・オーストリア戦争で、ビスマルクが進軍を停止させた発想から言えば、指揮官を文官的発想の人間とするのも一つの手法と思う。

 それが出来るには、軍人と政治家の間の信頼関係が重要であるが・・・・

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2007年3月 6日 (火)

水田はいつから?

 先日の朝日新聞に、『水田は明治時代以降から日本中に広まった』と言う記述があった。確かに、水の供給や肥料など色々解決すべきものがあったであろう。

 でも、江戸時代の米での経済を考えると、本当に水田は珍しいのかな?

 先入観を破壊するのは大切だが、余り簡単に新説に乗るのも怖い気がする。

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2007年2月27日 (火)

新しいロボットの活用

 食物において、減農薬の表示が出ている。しかし、農家の苦労は並大抵ではない。もう一つ突っ込むと、周辺の農場で農薬を使って、多くの虫を殺しているので、まだ楽である。

 ここまで考えた時に、ロボットの活用を思いついた。現在の技術を活用すれば、虫取りロボット・雑草取りロボットと言うものは、実現可能と思う。また、超音波などの技術を使って、虫などを追い払う可能性もある。

 その他にも、介護犬・盲導犬が少ないと苦労しているが、これもロボットですべきと思う。

 このように従来の延長から、離れた所で、ロボット化を真剣に考えるべき時が来ていると思う。 

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2007年1月27日 (土)

EUのやり方について

 新聞などで、発電所などのガス遮断機に関して、ドイツのシーメンス社と、日本のメーカーがカルテルを結んだと、制裁を行うと言う記事を見た。

 この話には色々と気になる面がある。まず、自由貿易の基本を考えると、自分の強みに戦力集中が基本である。単純に考えても、日本語の説明書をシーメンスが作るのも面倒だし、日本メーカーがドイツ語の説明書など作るのは大変である。ましてお互いの規格を考えると、自国範囲に集中した方が自然である。

 また訴えに関しても今何でと言う感じもする。まるで事後立法の攻撃のような感じもある。ただし、訴えるからには何か証拠があるのかもしれない。シーメンス社等に何か記録でカルテルの証拠と言うものでもあれば、それはそういうものかもしれない。

 でも今のEUを見ていると、少し危険な感じがする。何かフランス革命の後の、暴走的なものを感じる。原理主義は、宗教だけではない。合理主義に支えられた原理主義ほど危険なものはない。特に現実経験の少ない場合や、自分の言葉に力を信じている場合には、この世な原理主義がはびこる可能性がある。特にフランス語やドイツ語の論理性には、このような危険性を感じる。

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2007年1月 4日 (木)

初詣について

 今年の初詣が一段落したようである。ところで、神社の比較に関してであるが、厳しく言うと、自らを守れない神社は、ご利益があるのかという話である。具体的に言うと、震災などの被害で、自らの社がどれだけ守れたのかと言う観点である。

 これは、阪神大震災の後で、建設業の人に聞いた話であるが、激震地でも確りした宮大工が建てた社は、大体生き延びている。それが現代風の建築で、建築費を値切っていると・・・

 確かに鳥居や塀が崩れた社は多いが、本体はかなり生き延びているように感じる。

 なお、境内に駐車場を設け、数時間預かる車に対して、お祓いを行う神社があった。この行為は、神事であり『営利行為ではないので税金を納めない』と、神戸市と一戦を交えた神社もあった。もっともこれは、半額納める政治決着したらしい。

 その神社は、震災の後立派に立て直されている。

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2006年12月26日 (火)

大阪を貶める

 これはフィクションです。(笑)

 近頃のニュースを見ると、大阪の関係の不祥事が色々でてくる。大阪大学の関係の大先生が、愛人を公の宿舎に住まわせたり、論文捏造をしたり。

 そう思っていたら、”某有名タレント”が名誉毀損で敗訴している。

 これ一つ一つは、さもありなんと言う感じもするが、こう続くと関西の評価を、落とそうとして誰かが陰謀を企てているのかと疑ってしまった。

 首都圏の逆鱗に触れるようなことを、大阪は何かしたのかしら?阪神タイガースも優勝していないし、あまり心当たりはないが・・・

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2006年10月14日 (土)

大阪の梅田周辺変化の予想

 阪急と阪神の統合は順調に進んでいるらしい。それを踏まえて、簡単な未来予測を一つしてみる。

 大阪梅田駅前では、道一つ隔てて阪急百貨店と阪神百貨店が、向かい合っている。しかも阪急百貨店の北側には、阪急グループのコンセプトにより、見事な分担の阪急村ができている。これを応用して、阪神百貨店の位置づけを考えてみる。

 中途半端に考えると、阪急の方が少し上位の客層、阪神がもう少し庶民的というコンセプトになりそうだ。しかし、ここはもっとすっきりと、
 阪神百貨店は、タイガースショップにする。
と言う解決はどうであろうか。

 店の外観は当然、黄色と黒の縞模様、店員の制服も黄色と黒の縞模様、店のバックグランドにミュージックは六甲颪・・・

 それで、スペースが余れば、階を分けて
  宝塚のショップにする
タイガースに疲れれば、ベル薔薇が迎える・・・(どちらが疲れるかは???)

 この案誰か買いませんかね。安くしておきます。

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2006年9月 3日 (日)

有限の資源の思考

滋賀県の新幹線新駅騒動など見て、ふと思いついたが、この国では税金と言うものは無限にあると皆思っているのだろうか?今回の滋賀県の負担金額を考えたとき、少なくとも琵琶湖の西側や、米原より北側の地域の住民が賛成するとはとても思えない。

このような、税金負担を無限に使えると考えるのは、ねずみ講にはまるのと同じ様に感じる。

なお従来の税金負担を甘く見るのは、次のような発想があるのではないか?
 1.従来の高度成長の延長で、債券を発行して借金しても、
   インフレで返済負担が減る。
 2.マルクス主義的発想で、労働者より搾取し
   不当に儲けている大企業から搾り取れ。

まず上記1に関しては、今後インフレが起こる可能性はないとはいえないが、まずそのような経済政策は難しい。現状では、価格破壊でデフレにもなりかねない。

次に2に関しては、企業を絞れば税金が取れると言う発想にも、限界が来ている。企業も利益を生み出すためには、合理化を重ねており不当な税金に対しては、反発を買い別の地域に逃げ出しかねない。これは高額所得者の国外脱出も引き起こしている。彼らには批判もあるが、今の高額所得者に対する、ワイドショー的ねたみ報道に耐えかねて、逃げ出すと言うのも解らないことではない。

と言うことで、税金は有限で、有効に使う必要がある。要求することは税金を使うことである。

こういう当たり前のことを、全市民が身をもって知るべきではなかろうか。

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日本の食事

テレビで見たが、生鮮魚類を日本国内の主要地域に運ぶ手段が実用化しているらしい。

これは、一面ではすばらしい進歩と言える。そして、各地での美味しい食物のバリエーションが広がる。組み合わせの自由度も広がるので、新しい名物料理も出来るであろう。

しかし、従来の各地で採りたてを食べると言う、名物料理の希少性がなくなるのは寂しい。新幹線で、宿泊設備をつぶしたうえ食物の希少性まで壊されると、観光事業で打撃が大きいように思う。関空と伊丹のように、新しいものを出したときに、既存のものとの共存や、転換をうまく出来ないのがこの国の政治ではないか。少し心配である。

でも、見方を変えれば、この国は色々な食材を上手に取り入れ自分のモノとしてきた。このような柔軟性は、仏教伝来依頼1500年程度の伝統がある。今の政治体制が、一寸不適合をしているだけかもしれない。

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2006年8月22日 (火)

イギリスについて

イギリスについてあるところで聞いた話で、納得してしまったのが、
 「イギリスはローマ帝国の辺境の地」
という話である。

確かに、距離的にも離れ、海を渡った先で、それより先はない。従って、ローマ文明の影響は比較的少ないように思う。それが、近頃幅を利かしているので、日本ではヨーロッパ文明の代表のように思う向きも多いようである。

考えてみると、日本もアジアから見れば東の果てである。しかも中国大陸から海で隔たり独自の文明を持っている。日本を見て、アジアの代表とするのはおかしいと思う。

同様に、イギリスばかり見ていて、ヨーロッパ文明はわかるのであろうか?

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2006年8月15日 (火)

停電事件の補足 その2

下で、流風さんから、東電と関電の電力系統に関するコメントを頂いた。これについては、詳細でないが概略的に考えていることがあるので補足しておく。

まず流風さんの指摘の、電力系統の違いであるが、一言で言うと、関電の方が分離性がよく、障害箇所を局所化できるということである。東電のシステムは、ネットワークが回り込み、複雑なルートで電力を送れるが、障害が波及する範囲が広くなる。

この違いは、地域としての特性が絡んでいると考える。関東圏は、何と言っても首都圏、特に千代田区など特定部位の重要度が、極度に大である。従って、この重点部位に供給する電源は、二重三重の多様なルートでの供給になる。

一方、関西圏ではどこが中心であろうか?
  「大阪のために、ゆずる」
等と言う台詞を、京都府知事や兵庫県知事が言った話を、聞いた覚えがない。プライドの高い古都である京都、今一寸さえないが商都大阪・・・この序列を誰が付けられるか?

このような、地域を相手にする関電の場合は、個別に供給路を別け、お互いのトラブルが波及しないのが、安全であろう。そう言えば、滋賀県では既存の米原だけでは足りずに、新しい新幹線駅を作ると言っていたり。その一方で、米原駅前の再開発計画にJR貨物さんを担いだりしている。東京駅に、中央線や東北新幹線を引き込んだ、1極集中の東京にも良い所があるかもしれない。但し、東京の地下鉄よりは、大阪の地下鉄の方が、直角平行でわかりやすい。

なお、阪神大震災時の関電の系統制御は、やはり名人芸であったと思う。姫路の西から大量に大阪に向かう電力が、阪神地区という経路を失ってしまう。電力は溜めるのが難しいが、緊急で揚水発電などを動かし少しでも吸収するとともに、迂回路を設定して東に流していく。これを、全系統ダウンになるまでの、短い許容時間でやってのけたのは、ベテランの操作員の功績と推察する。

但し、今回の東電の場合は、震災時ほどの切迫感がなかったため、一つ一つの操作に関して、安全性のシミュレーション等での確認後に実行と言う、マニュアルどおりの操作で時間を食ったと思う。平常時では、決断即実行と言うわけには行かないのではないか。

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2006年8月 1日 (火)

中国での生産について

物作りの現場を中国に移す、と言う流れが一段落したらしい。

確かに工数あたりの賃金は、急激に上昇しているので、工数あたりの賃金格差を求めるならば、ベトナムにでも移るであろう。

しかし、中国市場を同時に踏まえて、スケールメリットを狙うならば、中国で生産し売った余りを日本に送ると言う発想はあるのではなかろうか?

1970年代のマイコン応用で、某社はいち早く自動車に組み入れる。ボードを供給し、その余波で産業用の応用を、低価格のマイコンボードで開発したことを思い出した。

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2006年7月31日 (月)

自衛隊のイラクからの帰還

自衛隊がイラクから無事撤収した。めでたいことである。

今回の派遣に関しては色々な意見があるが、私は、今回の任務は自衛隊でなければできないと考えている。しかも、今後のイラクで日本のODAが進む切り口になった考える。

今回の任務が、自衛隊である必然性は、
  「武器によるテロ攻撃による、命の危険に
   冷静に対応できる覚悟がある、
   組織は自衛隊しかない。」
にある。

今後は、更に規模の大きいODAが成立し、サマワの人たちの生活向上に、役立つように祈念している。

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2006年7月24日 (月)

就職活動の参考まで

XXさんへ

貴女が今回就職活動をしていると聞き、老婆心ながら一つのヒントを差し上げたいので、お手紙いたします。

貴女の所属している学科は、国際政治に関する学科と聞いています。大学のゼミでは、特定の問題に関して、深く研究しているでしょう。これは、学問の方法論を身に付けると言うことでは、良いことだと思います。但し、企業が求めているのは、該当分野の詳細な知識ではなく、
  その勉強で身に付けた論理的思考方法
を求めることが多いです。

さて、時間があれば以下の問題について、自分の考えをまとめて見ると良いと思います。

 課題は、”女子割礼”です。

このことに関しては、ご承知とは思いますが、細部は以下の本等を読んでください。

ドキュメント 女子割礼 ドキュメント 女子割礼

著者:内海 夏子
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

いまを生きる人類学―グローバル化の逆説とイスラーム世界 いまを生きる人類学―グローバル化の逆説とイスラーム世界

著者:大塚 和夫
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

さて、なぜこれを取り上げたかというと、文明と文化の衝突という、大きな問題があるからです。

単純に『野蛮だから止めろ』というのは簡単です。しかし、単に自分が良いと思うものを押し付けるだけで良いでしょうか?もう一つ言えば、『女性の権利』とだけ主張し、議論にならない押し付けをしているのではないでしょうか。

このような問題の難しさ、多面的な見方の必要性を知っておくことが大切です。

なお、見方を変えれば、貴女の就職後の考え方にも、この問題は絡んできます。就職ということは、ある意味で異なる文明に身を置くと言うことです。その時、企業の中で生きていくために合わせるべき事項はあります。しかしそこでも自分として保つべきこともあるでしょう。このためには、自分の考えをしっかり持つことが大切です。

自分の考えがしっかりしたら、相手の立場にも理解が行き届くものです。

それでは、貴女の納得のいく就職活動を進めてください。

正体不明のおじさんより

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2006年7月18日 (火)

3大XXの胡散臭さ

テレビなどの各地の案内では、日本3大大仏等がよく出てくる。しかし、奈良の大仏は、鎌倉の大仏・・・その後が、大抵ご当地ものになる。

大体、3大XX の時には、1,2ぐらいは定評があっても、3番目ぐらいは、ご当地で適当に言っているように思う。

なぜか、他の1,2を持ってこないといけないのが、自己主張だけではやっていけない日本風らしい。

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2006年7月13日 (木)

鉄砲の進歩

歴史の話題についてもう少し勝手なことを、述べさせてもらう。江戸時代の日本の技術は色々と面白い進歩をした。

ここでは鉄砲がなぜ、欧米のように進歩しなかったかを考えて見たい。江戸時代の初期の鉄砲は、当然火縄銃である。これが幕末まで、そのままでいたのが、一つの不思議である。ヨーロッパでは、この間に、火打石式の銃ができ、そして雷管の発明を受けて、近代的な鉄砲になる。幕末の戦いでは、ヨーロッパから如何にこのような鉄砲を、入手するかで各藩が苦労している。

さて、日本の鉄砲はなぜこのような進歩をしなかったのであろうか?

一つの仮説は、
  「初期の火打石式銃は、火打石を動かし打ち付けるため、
  引き金を引くときの反動が大きく、狙いが逸れ易かった。」
ということが言われている。

日本の鉄砲の利用は、命中率を重視し、引き金を
  『闇夜に霜が降りるように』
静かに引くようにと、教えている。

このような使い方の、様式的な決まりが、進化の中間段階である、火打石式を拒絶したのは、充分ありそうなことである。

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2006年7月11日 (火)

電鉄の働き

近頃阪神・阪急の合併で、電鉄のニュースが色々と取りざたされている。朝日新聞の記事が面白い指摘をしていた。

昔は、
    「電車に乗って移動すると言うことは、異なる世界に行く。」
ことであったと言う指摘である。確かに、私達が子供のころは、まだ日本が貧しい時期であり、電車に乗ってデパートに行くなどと言うことは、ある意味ものすごい贅沢であった。

その理由は、
   「百貨店自体がハレの場所であった。」
と今まで思っていたが、電車での移動で、異界に行くという効果も大きかったと思い知らされた。当時は電車賃の値打ちも大きく、めったにいけない世界に行く楽しみであった。

しかし、現在は移動手段が多様化し、しかもマスコミなどで情報が入手されるので、電車のありがたみがなくなったように感じる。

情報化革命が進んだのかと再認識した。

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2006年6月30日 (金)

夏越の大祓い

本日は6月30日、一年の半分が終わったことになります。本日は、半年分の穢れをはらう日です。
 水無月のなごしの祓 する人は ちとせの命 のぶといふなり
という歌にあるように夏バテしそうな体を活性化する機会です。

神社によっては、茅の輪くぐり神事もあります。
「蘇民将来の子孫でござる」と言いながら、まず左足から左に回り、次に右足から右に回り、もう一度左足から左に回り、最後に直進して神前に向かいます。

このような風習が近所の神社にも残っているのを見ると、何かほっとします。

しかし見方を変えれば、この神事明治の国家神道で、規格化したように感じます。昔はもっと、自由な祈りかたがったのではないでしょうか?

最後に、このブログも開始してから200件になりました。まだまだ短いですが、一つの通過点です。読んでいただいた皆さんに多謝。

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2006年6月18日 (日)

雑誌記事の続き

世界遺産に登録されている和歌山県かつらぎ町上天野の丹生都比売(にうつひめ)神社境内にある樹齢約100年の杉の根元に穴が開けられ、中に除草剤がまかれていたことが14日、分かった。木は大部分が枯れており、回復させるのは難しいという。県警妙寺署は器物損壊事件として捜査し、文化財保護法違反の疑いもあるとみて調べている。
<毎日新聞のHPより>

この犯人の一つの仮説として、
   ”スギ花粉賞”の被害者達の反逆
というのは成立しないか?

そう言えば、PRESIDENTの7.3号に、スギの木を倒すNPOを作ると言う記事もあったし・・・

これが、単なる冗談になるように願っている。

そうでなくても和歌山の神社は、明治維新以来、合祀などでいじめられてきたのだから、これ以上自然と一体になった信仰を壊されたくない。

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2006年5月18日 (木)

海外と共同事業

前にも書いたかもしれないが、海外の会社と協力する場合は、色々と注意する点がある。日経ものづくり
  http://techon.nikkeibp.co.jp/Monozukuri/
にも色々と面白い記事があるが、ここでは別の観点で書いてみたい。

日産のゴーン改革が何故成功したか?色々理由はあるであろうが、一つの理由は、
「ゴーン氏自身が昔ニッサンの車のファンであった。」
と言う観点も重要と考える。ゴーン氏のどこかに、日産の技術に対する期待があり、引き受け時点の経営不振は、一部経営陣の無能が原因と言う認識があったと思う。

これと比べると、三菱自動車は、ドイツの名門と組んだが、結局下働きの扱いしか受けなかった。これでは、改革も失敗するはずである。第2次大戦のヒトラーをあがめて、軽蔑されていた、日本軍指導部から進歩していないようである。

ゴーン氏のように、会社の潜在力を信じていなければ、力を引き出すことは出来ない。探す気もないものに、良いものが見つかるはずはない。

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2006年5月15日 (月)

地方への補助金について

先日の話の補足であるが、現在地方への国税からの補助金が削られている。

これはばら撒き行政の修正と言うことでは、認められる面もある。しかし、廃止した時のトラブルに対する構想がない。

これは関空と伊丹の関係と同じである。全然進歩していないように感じてしまうのは、私だけであろうか?

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2006年5月14日 (日)

地方格差について

今朝の報道200Xを見たら、東京都知事が出ていた。そこで、オリンピックの誘致に関して、福岡に対して、
   「東京ほど設備が整っていない。」
と発言していた。これを聞いて地方の立場で、少し腹が立った。

東京オリンピックなどで、今まで東京に対するインフラ投資をした。先に充分投資を受け取ってから、他より設備があると言う論議はないのではないか。

今まで、地方へ補助金のばら撒きには、批判的な私であったが、先に充分投資を受けた大都市との比較で補助金と言う論法には、少し肯定すべきものがある。

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2006年4月13日 (木)

学校色々

ある番組で、H弁護士が、
 「子供は公立の学校行かせる。公立の学校は、
  親の収入などに多様性があり、その経験で得るものは多い。
  私立の学校で、一様な文化で育った者は何か違う。」
と言っていた。なるほどと納得した。

一方、特別進学コースで有名大学を目指す高校は、スポーツでも強いことがある。これは、学生に個人差があることを認める学校文化の成果であろう。

どちらが良いかより、その弊害を踏み越えるような子供の育て方が重要ではないか?

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2006年3月24日 (金)

アメリカ式

昨日の記事とも関連するが、アメリカでは事故を起こした時に、高額の賠償金を請求する裁判が起こり、これがモラルを守っていると聞く。

そもそもの高額賠償金の裁判は、フォード社の設計ミス事件に始まる。

フォードのある車に設計ミスがあり、事故時に乗車した人間が死ぬ確立が高かった。しかし、フォード社は設計変更コストより、年間死亡想定人数×賠償金の方が安価と計算して設計変更をしなかった。この資料を死亡者の遺族たちが訴えた裁判で公開し、経営者に思い知らせるように、死亡時の慰謝料を、該当する設計変更以上に請求したのが始まりである。

これを言い換えると、被害がでたらそれ以上にやり返す、と言う思想が見える。武器を使わないで、経済的な復習である。

アメリカは、本質的に自分のことは自分で守る主義であり、被害を受けたらやり返す。その結果、報復が怖いからモラルが保たれる国である。

従って、犯罪者も反撃にあう危険性が高い国である。日本の場合は、一般人は反撃を制限されているだけ、色々なガードを国が考えているようである。牛肉問題の一つは、この発想の違いにあると思う。

ただ暴力に対しては、少しは被害者が反撃できる面も欲しくなるこのごろである。

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2006年3月17日 (金)

飛行機操縦の2形態

 あるテレビで、「某国に行った時に、飛行機はボロボロで危なっかしいと思ったが、操縦が非常に上手かった。聞くところによると軍人上がりだった。」との話があった。一般に飛行機の操縦には以下の2種類がある。
  1.決められたコースを飛ぶ民間機
  2.相手の意表をつく軍用機
 この場合の民間機の訓練は、実際に飛ばすのは正常操作が主体になる。当然、故障時や異常気象への遭遇は、シミュレータで訓練することになる。

 一方、軍用機の場合は実際の飛行機で、異常時の操作を訓練する。

 シミュレータと、実際の飛行機、何か効果の違いがあるのではなかろうか?

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2006年3月 7日 (火)

1000アクセス御礼と自助努力

本日アクセス解析を見たら、1000を突破していました。読者の皆様ありがとうございました。まだ書きたいことが残っているので、しばらくお付き合い願います。

さて、書きたいことは色々ありますが、本日は自助努力について書きます。と言うのは、時々テレビで見る、徳島県の”彩”に関してです。知らない人のために簡単に説明すると、徳島の田舎村で、紅葉などの美しい葉を採集し、料亭での彩りに使ってもらうようした起業です。当地区の老人パワーを使って起業したのがポイントです。

でもこれが成功すると、色んな所から、「自分の地区の”落ち葉”を売って欲しい。」と言う人が多く申し入れているとのことです。

ここで、注意して欲しいのは、これを実用にするまでの、大変な努力と工夫があったと言うことです。他人の成功を真似するどころか、売ってくれと言う人が多いのは困ったものです。

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2006年3月 5日 (日)

食育に関して

 本日の報道2001で食育について取り上げていた。”頂きます”が言えない給食の話を聞いて、少し思うところを書きたい。

まず農業に限らないが、子供達が
 ”物を作る”作業の実感がなくなっている。
沢山の労力(=熱意・誠意・愛情)の塊である食物を食べると言う実感がない。

 つまり、米は白米の形しか知らず、稲穂とは何であるのか知らない。魚は、切り身の形で海から取れると思っている。これは一つの要因であろう。

 しかし、もう一つ今までのマスコミ等取り上げ方でも、都市部では、農業にあまり好意的でなかった面があると思う。
 昔、有名だった”ノーキョー=農協”と言う言葉には、今のヒルズ族の金満家(=成金)を皮肉ったイメージがある。某作家の”農協月へ行く”など、まるで今のヒルズ族の”合コン”を、思わせるものがある。その他、米の買い上げの逆さや問題や、ものすごい立派な農協の建物や、農協の貯金余りとそれに付随する不祥事など、多く取り上げられている。

 私の理解が一面的かもしれないが、地道な物作りの重要性を、もっとマスコミも取り上げて欲しい。まあ、都市部の人間には、自民党を飛び出した「地方への補助金と言う、K国会議員」のイメージがあり、農村部に好感をもてないのかもしれない。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4041305144/nifty0b5-nif1-22/ref%3Dnosim/249-4825034-2345924

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2006年3月 3日 (金)

東京と京都(大学論)

昔よく言われたことに、
  「京大からは、ノーベル賞受賞者が出るが、東大からは出ない。」
がある。私は、これこそ東大の日本への貢献だと思う。

ある東大教授の講演で聴いた言葉が
  「XXは現在アメリカが国家予算を大量に投じて開発している。
  従って日本に影響がでることは間違いない。私の研究室では、
  好みではないが、XXの研究をして、日本が遅れないようにする。」
であった。このような、国のために研究テーマを選んでいたら、ノーベル賞になるような大技は、対応できない。

一方、京大は”ある程度の勝手”を許し、”ホームランか三振か?”型の大技が掛かるようにしている。従って、ノーベル賞が京大から出るのは当たり前かもしれない。

ここまで、書いていてもう一つ思いついた。それは、”京都千年の古都の知恵”である。京都には、伝統ある知恵が色々と見えない形で生きている。従って、”見所のある変と、単なる変”の区別がある程度出来るのではなかろうか?

伝統の力をもう一度見直してみたい。

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2006年2月28日 (火)

首都圏の特異性

前に、首都圏にテレビが支配されている、と言う話を書いたが、この副作用があることも分かった。

首都圏以外で放送されている、”TXXのそこまでいってていいんかい”と言う番組がある。この番組にでた、某代議士が、
 「XX幹事長、あんなの換わりはいくらでも居る。」
と放言しておいて、
 「但し、首都圏では検閲があるし、彼も見ている可能性が大きいので、
      『立派な幹事長です。』と言う。」
と後始末していた。

 これは、一面の真実ではないかと思う。そうでなくても首都に居ると、日本の全てを解った様に誤解することが多い。これに自主規制テレビの奇麗事が加わると、全体が見えない、裸の王さまになってしまうのではなかろうか。

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2006年2月18日 (土)

本日の朝日新聞を読んで

本日の朝日新聞に、新聞の風刺画の問題に関する意見が載っていた。確かに、表現の自由が、あまりにも強調されすぎているのではないか?

特に、文学作品等の中で、悪役にされた人の恥辱はどのように晴らされるのであろうか?フィクションとして別名にしても、推測のつく人の被害について、物を書く人は何か鈍感なような気がする。

その点、司馬遼太郎氏は立派であった。
 「坂の上の雲」の一部に、誤解があり、指揮ミスを別人の理由にした点を訂正していた。

乃木将軍に対する、判断は主義主張のレベルであるから、異論のあるのは認める。また、このレベルでは反論する勢力あるので、かまわないと思う。それより問題なのは、反論する力のない、中級指揮官などの平凡な人である。彼らの名誉を、償う機会は限られている。

科学的態度の中に、”反証を認めその上で、更に反論した上で正しさを認める姿勢”が基本にあるが、歴史的な文学にもこのような姿勢が欲しい。

なお、イスラム教国は15世紀のまま進歩が止まったと言う表現も別に見たが、西洋文明の尺度ではと言う、限定つきの評価と思う。

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2006年2月16日 (木)

神戸沖空港について

本日、神戸空港が開港した。京阪神に3つの空港は多すぎると言う話がある。その一つの原因は、関空の低利用率もある。確かに関空は、アクセスが不便だが、そもそも関空があそこに出来た理由が、騒音問題と神戸沖から追い払われたからであった。

特に、伊丹空港に関しては、地元の騒音反対運動により「出て行け」と言われていた。しかも成田の反対運動を見て、陸上には作れないと言う発想で、お金を費やしても埋め立てると言う発想であった。そして、関空の出来た直後は、伊丹空港は半分のビルしか稼動しない状況になり、そのままなくなるはずであった。

しかしながら、あれほど出て行けと言った地元から、空港の活用の意見が出てきたのである。空港周辺の倉庫なども有効活用すべきと言う議論も出てきた。加えて関空は高い、不便と言う議論が出てきた。

これを、見るに行政は、関空を作るだけでなく、伊丹の空港跡地の転用まで、しっかりした構想を示していなかったのが、一番の問題点ではないかと思う。ものを作るだけでなく、周辺や後の処理を考えるのが、行政の大所高所の責任ではなかろうか?

なお、伊丹周辺の状況で少しだけ弁護すると、状況が大分変わったと言うことである。昔、飛行機侵入路の下の小学校は、防音装置の予算は認められても、冷房は贅沢と認められなかった。このような状況と、防音空調のマンションは、贅沢でなくなった現在は事情が違っている。飛行機の低騒音化も進んだ。このように、長期プロジェクトは途中で条件が変わることも考慮しないといけない。

しかし、全体を見た政治が内容に感じるのは、当方だけであろうか?

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2006年2月 4日 (土)

関西の発信力について

昨日は節分に関して、巻寿司の丸かじりがかなり流行していました。しかし、この風習を奇異に思う人も居るようである。そこで由来を調べると、

 大正(一説では明治や江戸時代)に大阪の花柳界で節分の日に、海苔を巻いたカンピョウ巻を恵方を向いて丸かじりすると、幸運になるいう伝承があった。

これを、1973年ごろから大阪の海苔問屋協同組合が
 「節分の夜、恵方に向かって無言で家族揃って巻き寿司を丸かぶりすると
  必ず幸福が回ってくる…と昔から言い伝えられています」
と書いたチラシを、寿司屋に海苔を納める時に配った。

と言うことが、普及の始まりらしいです。

この外にも、バレンタインデーのチョコレートは、神戸で有名なメリーのチョコレート屋さんが広めたようです。

このように関西発祥の文化はかなりありました。しかし現在は、それが少なくなっています。この理由を、某先生は電波行政の結果と言っています。つまり、東京キー局の発信の文化にみんな従うようにし、地方発信に関しては、あまりかっこよく出来なくなったと言うことです。

例えば、大阪キー局の女性の場合主役は
 山田花子、上沼恵美子・・・
男は、
 島田、やしき、橋下・・・

ただし、京都の伝統的美人に関しては許すそうです。

一寸眉唾ですが、信じてしまいそうな面もあります。

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2006年1月28日 (土)

明治以降の日本民衆

 明治以降の教育成果として、大衆の政治参加と言うか主体性がある。これを、反例で見よう。第二次大戦中の中国の村長は、国民政府・共産党・日本の3本の旗を持ち、朝の形成のよい方の旗を、村の入口に掲げるのを仕事としていた。つまり、お上と大衆は完全に分離と言う形である。

 日本では、百姓と武士の分離が明治維新では怪しげになった。奇兵隊・新撰組はどちらも正規武士ではなかった。
 しかし、西南の役では薩摩武士の立ち打ち(相手の狙いを無視し狙いを定める)、切込みに悩み、結局士族の抜刀隊に頼って、激戦を勝ち抜いた。一般大衆からの徴兵は、戦場では怖がり、西郷軍より良い鉄砲を持ちながら、ろくに狙いもつけられなかった。

 このような状況の対策として、日本軍の教育は一兵卒まで天皇の軍隊として精神教育を行い、日清日露の戦争を勝ち抜いた。(この場合の戦争指導者の能力も第二次大戦時代とは比べ物にならないことも加えるておく。)

 日本の兵卒が優秀である典型例として、1935.9.24の海軍第四艦隊事件がある。

 三陸沖で「演習中」の第四艦隊が台風に突入し観測された波で最大のものは波高13~14メートル、波長120メートルのものがあった。駆逐艦の全幅×全長の10.4メートル×118メートルよりやや大きいものである。
 艦橋を破壊され操舵不可能となった駆逐艦「睦月」で、艦長は直ちに応急操舵を下令。
ひとりの水兵がその声を聞き留め、応急操舵器にしがみついた。艦長をはじめ、応急操舵訓練を受けた士官や兵をそこへ送り込もうとしたが、波はそれを許さなかった。
 この兵は上妻隆千代一等水兵で、艦を風に向けるという原則だけを忠実に守り、睦月と乗員の命を救った。これが海軍伝説の一つの"一等水兵の名操舵"である。

 この時、一等水兵の操艦で事なきを得たが、本来応急操舵体制を準備していない艦長の責任追及は、おろそかにされている。

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