ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

2020年8月29日 (土)

大企業文明に入っていてもトラブルはある

 先般書いた日本社会の課題の議論で、今回は

「大企業文明の恩恵に浴する場合」

について少し考えてみたい。この場合には

生活を維持できるレベルの給与を支払う雇用にすべきである

という議論が普通は成立する。つまり

「大企業の正社員は,生活保障がついている」

が暗黙の了解事項になっている。その代わり、就社であり,どこに飛ばされるか解らないが、生活は保障される。

 これが大企業所属の利点である。これは言い換えると

「大企業村の住人として面倒を見てもらう」

と考えてよい。

 そこでは、

「大企業文明に即したスキル蓄積も行う」

ことも仕事に含まれている。安心したスキル蓄積、経営側の教育投資が上手く回ると、日本企業の「高度技能集団」の力が発揮されるようになる。

 さて、このような大企業文明の恩恵だが、周辺では色々とトラブルが発生している。これは正社員登用とも絡むのだが、企業側の発想では

「正社員にしてやる」

という、上から目線が多くでている。しかし、実際の処遇において

「正規採用に及ばない場合が多々ある」

という状況が発生する。このとき、

「処遇改善された後の不満」

が結構重たくなる。パートタイマーから正規雇用になった人が、処遇に不満を言って退職する場合は少なくない。

 このような、大企業文明の管理職や既存社員側の思い上がり(?)は、少なからず見受ける。

2020年8月25日 (火)

安易なキャリアアップ論にだまされてはいけない

 昨日書いた、「日本社会の課題」について、もう少し議論していく。

 今回は、私が安易なキャリアアップ論に反対する理由を述べておきたい。 

小熊は3通りの解決案を提示している。

  1. 生活を維持できるレベルの給与を支払う雇用にすべきである
  2. 「同一労働、同一賃金の原則」からして、同じ仕事なら給与は変わらない。不満があるなら、資格取得や学位取得でキャリアアップすべきである。
  3. この問題は、社会としての生活保障として考えるべき事である

私が反対するのは、生活苦のシングルマザーに対して、安易にキャリアアップが対策という上記2.の姿勢である。

 このような、キャリアアップ論は、どちらかというと、アメリカの自由競争社会的な発想から持ち込まれる事が多い。さて、アメリカというか、西洋文明をきちんと見ると、彼らの発想は私たちと根本的に違う面がある。それは

支配者と被支配者の峻別の伝統
奴隷制度を長く続けた伝統

である。私たち日本人には、根底に大乗仏教の

「皆が仏になる」
という
「究極の平等思想」

がある。一方、西洋文明には

「優れた者が支配する」

という発想があり、場合によっては、

「科学的知見を総動員しても、自分たちが優れていると保証」
例えば、進化論を使うなど

することで、支配の合理化を図っている。

 このような観点で、キャリアアップ論を見ると、

「学位や資格で、支配を正当化」

という発想が見えてくる。

 私が反発するのは、このような支配のための理屈づけとしての、安易な議論である。

 更にこの議論の危険な点は、

「現実的に実現不可能」

な点である。実際に生活苦であえいでいる人が、資格取得の勉強や、学位のために通学などできるだろうか?奨学金などと云っても、またもや謝金を背負うだけになってしまう。このようなリスク負って、時間とお金の投資ができるだろうか?

 確かにチャンスはある。そこで

「機会の平等は与えている」

という、言い訳はできるだろう。しかし、これはあくまで言い逃れであり、他人を低賃金でこき使っている立場の弁解に過ぎないように思う。

 私が、安易なキャリアアップ論、特に「大学で学び直せ」論に反発する理由の一つこれである。

2020年8月11日 (火)

社会の二極化を正当化する一派

 先日から、都市への集中問題を考えていると、どうしても

    「低賃金での労働者こき使い」

の問題が出てくる。この問題は、古くは

    「ドヤ街の口入れ屋」

という形で、高度成長時代からあった。そして現在は、

    「派遣労働者やパート労働者に対する低賃金労働」

という形で顕在化している。

 さて、この問題に関して、一つ注目すべきことは、

    「正義感の違い」

である。つまり、昔の「口入れ屋」などには、非合法に誓う後ろめたさのようなモノがあった。実際、後ろのヤクザが見え隠れっすることも少なくなかった。

 一方、現在の低賃金労働者を使っている者には、そのような後ろめたさが見えない。どちらかというと

    「アメリカ流儀の市場競争力重視」
    「労働力対する至当な評価」
    「しっかりしたマニュアルに基づく労働である」

という風な理屈づけを行っている。確かに、アメリカ流儀の

    「科学的な管理方法」

を用いて、単純化して労働対価を計算すれば、このような結果が出るかも知れない。また彼らは言う。

    「単純労働から抜け出したければ、資格を取ったり、学位を取って抜け出せばよい」

というのがアメリカ流儀である。

 しかし、私はこのような

    「下層階級の低賃金を正当化する議論」

には危険なモノを感じる。何故なら、欧米人には

    「奴隷制度を正当化するために、白人優位の『科学的』議論まで育てた」

伝統がある。

 科学の裏付けと称する、正義の振り回しが、西洋文明のどこかに潜んでいるように思う。 

2020年7月24日 (金)

人材の配置に予備の発想を

 昨日書いた、

「給与着き訓練」

を行って、予備人材として、プールする発想は、予備自衛官が一つの前例である。元々軍事組織には、戦時下と平和な時では、必要人員が大きく異なる。しかし、軍事組織で活動する人材には、しっかり訓練する必要がある。

 そこで、必要な訓練を行い、その後は別業務につくなどしている人材を、予備自衛官として確保している。

 しかし、現在のコロナ危機のように、医療関係でも、ピーク時には多くの人を必要とする。このような人達は、安全性等から、やはりそれなりの訓練をすべきである。

 また、災害後のボランティアにも、同様の発想がある。

 こうした、予備的な人材の育成、確保は現在の社会資本として、政治的な確保も必要ではないかと思う。

 昭和の時代なら、このような予備力を含めて、企業に被せていた。例えば、災害後の対応でも、多くの土建業界からの動員があった。逆に言えば、企業がそれほど溜め込む力があった。しかし、現在に至っては、経営の透明化がすすみ、このような余裕がなくなる。

 こうした現状を考えると、社会としての予備人材確保を、真剣に考えるべきだろう。また、訓練と採用を分けることも必要だろう。

2020年4月 4日 (土)

新規の仕事について お茶くみ の意味づけ

 新年度に入って、新しい仕事についたり、仕事が変わる人も多いと思う。

 さて、ここで新人が「お茶くみ」等の、いわゆる「雑用」と思う仕事をさせられることは少なくない。しかしながら、

「お茶を出す」

ことの価値をどれほど考えているだろう。

 お客様にお茶を出す、これは

「お客様に対する歓迎の意思表示」
であり
「お客様に好意を持ってもらう最前線の仕事」

である。このような気持ちが第一である。一方、もう一つの意味がある。それは、

「お茶を出す機会にお客様に触れる」

ことである。これは良い人財に触れる機会でもあるし,自分が人を見る目を磨く機会でもある。

 こうして人を見る芽が出てくると

「お茶を出すプロ」

としての仕事が出てくる。私の経験で参考にしてほしい。

 私は、対人スキルにおいて、自信が無い面がある。そこで、他人の評価を大事にしている。だから,会社勤めの時は、来客時には一番信用のおける部下に,「お茶出し」をお願いすることが多い。彼女も心得ているので,私が接客しているとき、適当なタイミングでお茶を出してくれる。

 その後、何か気になることがあれば、二人きりの時率直に意見を言ってくれる。通常は何も言わないことで、

「あの人は大丈夫」
「今の対応で良いと思います」

と言うメッセージが送られてくる。

 特に私が迷っている時には

「私もあの人は難しい」

と正直に言ってくれることで、自分の気持ちが晴れることもある。

 このようなお互いを大事にしている環境では、一つ一つの仕事に深い意味が出てくるだろう。

2020年2月 3日 (月)

管理という発想から人材活用に切り替える 「引きこもり対策」

 今朝のNHKニュースを見ていたら,「引きこもり」者の就労支援が取り上げられていた。引きこもり者の、ソーシャルスキルを訓練し,就労後のメンタル面まできめ細かくサポートする,派遣会社の話である。

 これはとても善い仕組みだと思う。一般に就労支援というと、就職口を見いだすだけ。もう少しサポートすると言っても、定時的な面談ぐらいしかしていない。しかし、現状の引きこもり者は、電話の対応や名刺の出し方など、基本的なソーシャルスキルを身につける機会も失っている人が少なくない。そうして就労しても、色々の対人トラブルに遭う。このようなときに、速やかなサポートが必要であるが、それを、今まで均質な人材の効率向上を見ていた、一般企業の管理者に求めるのは、現実的には難しい。確かに大企業なら、そのようなメンタルサポートを置けという、行政指導もあるだろう。しかし中小企業、特にスタートアップの時などには、そこまでの力はない。

 そこで考えを変えて、

「人材活用のプロ的な会社」
(メンタル面のサポートを含めた人材派遣)

と言う発想はあるのではないかと思う。

 このような動きについて、厚労省のサポートが有効だと思う。幸いにも、労働問題の専門である労働省と、メンタル面の専門である厚生省が一体になったメリットは、このような面にあるのではないかと思う。管理者や経営者視点の経産省より、人を見る厚労省に期待したい。

 もっと過激なことを言えば、ハローワーク等の関連事業で、引きこもり者を一旦抱えて、ソーシャルスキル訓練をし、更に就労時のメンタルサポートを行う派遣業と言うのも現実的な問題解決の一案かもしれない。

 

2019年12月 3日 (火)

就職氷河期の人の採用には履歴書に変えてスキル一覧などで対応すべきでは

 昨日書いた、就職氷河期の人たちの活躍の話について、履歴書の作成に関する問題の議論をもう少し深めるべきだった。

 私も昨日のブログを書いた後、履歴書の可否について、今仕事を求める人の気持ちを想像して考えてみた。そうすると、

「正規雇用経験がないので履歴書の欄が埋まらない。空白があるといけないのか?」

というためらいが出てくる。更に私も昔の経歴を整理するときには

「あのときXXに邪魔された。XXに潰された。」

等の怨念が浮かび上がってくる。私は、そうはいっても無事定年まで勤めることができたのだから、彼らと比べれば幸せである。そのように考えると、

『就職氷河期の被害者が履歴書に込める怨念』

はとても大きなモノとなってしまう。

 さて、このような悪いモノを出さないようにして、前向きに持って行くためには

『現在保有しているスキル一覧表』
『コンピテンシーを示す行動成果の事例集』

等を提出するようにしたらよいのではないかと思う。

 これを書けない人も多いと思うが、ハローワークなどの就活支援の部門で、相談者と一緒に今までの経験から身についたモノを抽出し、文書化する支援を行った行けば、当人の自己認識が変化し、前向きになる糸口になると思う。

 なお採用側目線で、コンピテンシーを引き出すBEI(行動に基づく面接)についてまとめた資料があるので参考にしてほしい。

 http://manabizz.c.ooco.jp/BEIshuhou.pdf

 http://manabizz.c.ooco.jp/new/?page_id=171

極端な話、この資料にあるBEI面接結果を自分と就活支援者で完成し、採用側に持ち込むのも一つの手段ではと思う。

 

2019年12月 2日 (月)

就職氷河期の人達の活躍について

 昨日書いた、平均値や分布の話から、書いておきたい話が『就職氷河期の正社員化』である。私は,この問題に関しては、かなり現場を踏んでいる人間である。このブログの多くの訪問者は『正社員登用』や『正社員登用の推薦書の書き方』を探してくる人たちである。色々な記事を見てくださる、コアな読者もありがたいことにいらっしゃるが、一見のお客様の大部分は『正社員登用』関連である。

 また、私は10年以上前だが、経験者の中途採用に関与した経験もあり、いわゆる氷河期の方の採用面接にも携わった。例えば、その時に面接した一人と

「派遣先の切り替わり時期の不安に耐えられない。」
私の質問
「当社でも人事異動はある。専門性の変化はあるが耐えることはできるか。当然必要な研修などのトレーニングは行う。」
彼の答え
「安定した環境なら、仕事の変化はかまいません。」

と言うような問答を行ったことを覚えている。別の面接官が、

「あの質問を受けたとき、彼はほっとしたようでした。」

と言っていたが、『安定』と言うことは、当時から求められていた。

 さて、この採用時の経験で言うと、採用枠の10倍以上の人間が来ている。そこで採用されるのは、1割以下である。今回の、地方公務員の場合にも同様の難関である。そうしたときには、多数の中で『光るモノを持っている人材』が選ばれるのが自然な動きである。私の経験でも、ほしいと思う人材の比率は全体の2割程度であった。

 今朝も、NHKニュースで

「氷河期世代の今までの経験を生かした活躍」

と報じていたが、そのような経験を生かせる人材は、全体の2割に達するだろうか?残りの8割の人たちをどのようして、安定した立場に定着できるようにするかである。

 一つの方策は、就職前のスキル訓練である。ハローワークなどが色々の施策を行っているが、地道な活動が大切だと思う。もう一つは、雇用側のスキル向上である。つまり、今までの新入社員からの均一育成人材とは別の、『多様である意味使いにくい人材』の活用スキルを付ける、三番目の方策としては、そのような人と会社の間での緩衝材になって、お互いの意見を聞きながら、双方のサポートを行う機能などを設ける。これは、公的機関でもよいし、公的支援を受けたNPOでもよいだろう。

 このような施策を多面的に活用していくことが大切ではないかと思う。

 最後に、もう一つ提案であるが、履歴書の代わりに、スキル一覧表の提出に変える。このような発想もいかがだろう。正社員でないことにコンプレックスのある場合には、履歴書を書くことが苦痛な場合がある。このような対策がよいのではと思う。

2019年11月18日 (月)

就職氷河期世代の正社員化の歴史的意味

 就職氷河期世代の正社員化の試みが、色々なところで行われている。

 この動きを、マクロな目で見ると、

「日本の企業形態の転換点」

となるのではないかと思う。

 従来の日本企業は、一括採用の後は、先輩後輩間で伝承重視を重視していた。これは、技術技能の蓄積はできるが

「連続性を重視した経営体質」

となってしまう。このような連続性は、20世紀の間ぐらいまでは、かなりの競争優位の武器でもあった。

 しかし、現在の変革の激しさ、特に要求事項の多様さを考えると、

「現状の延長線上の発想の限界」

が見えてきた。

 これに対して、

「20代の若い時期を別体験し、ある程度自分の考えを持った人財を入れる。」

ことで、

「新たな問題解決への力が生まれる」

可能性が開けた。

 このように考えると、

「令和元年の就職氷河期人財の正社員化は、経済活動の転換点」

と後世が評価する様になるだろう。

 なお、若い時代に一つの会社で育てられることは、色々なスキルが身につく機会でもある。

 この点に関して、埼玉県などの就職支援は、スキルやメンタル面での対応も行っている。このような動きは、厚労省も支援しているようなので、全国へ展開されることが望ましい。

 2050年ぐらいには、

「その時日本経営が変わった」

といえるようになりたい。

2019年11月13日 (水)

中高年の世代が及ぼす害毒

 朝日新聞では、働かない中高年社員のことを「妖精」と言っているらしい。

https://www.asahi.com/articles/ASM9S7SGMM9SUHBI038.html

 しかし、この捉え方はとても甘いと思う。このような、大企業における(働かない)中高年の問題は、まだまだ大きい。まず一つ目は、

「正社員がなぜ威張るか?」

と言う問題である。このような「働かない中高年」は誰かに命じて、仕事をさせている。つまり、

「命令することが仕事、偉そうに言うことが仕事」

と思い込んでいる。彼らの命令対象は、成長路線が続いている間は、外注先であった。発注しているからと偉そうに命令する。これが、「管理」と思っているような連中が多くいた。さて、時代は変わり、社外支出削減と言うことで、外注先はどんどん切られていく。こうして潰してしまった後はどうなるか?内部での実作業になるが、人件費抑制があるから、派遣労働者や有期限契約の非正規雇用労働者に仕事をさせる様になる。

 今まで、自分の手を汚さず、実務を身につけていない中高年は、このような実務作業者に命令するばかりである。これを見習っている、「正社員」たちも、同じような仕事の仕方になる。

 このような状況を見ていると

 「とにかく正社員」

と考える人が、若い世代にも増えてくる。そうした「正社員」が、非正規雇用者を見下す行動に走ることも少なくない。毎年、年賀状を売り出したこの時期になると思い出すのだが、私の家の近所の街頭販売で

「あの人たちは非正規だからノルマがあります。私たちは正規雇用だからありません。」

と言っていた、郵便局の若い女性の姿が思い出される。

 このような、「他人を見下す性格」が蔓延しているが、いずれ自力で働けない人間は、どこかで落ちていくことを知らないといけない。

より以前の記事一覧