ご縁のあった人たち

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2020年6月24日 (水)

本当の地方創生とは何か

 地方創生の話を聞いていると、

「東京一極集中で,税金が東京に集まっているから,それを地方に返す」

という議論が出てくる。

 この話、どうも納得のいかない。

 まず、税金の交付金とは、その地方の,国に対する貢献で支払われるべきである。例えば

「他国の侵略に備えるため,国境の地域に暮らしている」

というような地域には、厚く税金を投入するべきである。

 ここで本質的な議論は

「その地方の国民全体への貢献は何か?」

を、明確にすべきである。

 ただし、この議論は、もう一歩踏み込むところがある。つまり

「東京一極集中は、国益に対して、どのような貢献があるのか?」

という観点からの議論である。

 確かに昭和の戦後の工業化促進のためには、都市部に労働者をかき集める必要性があった。しかしその惰性で、東京に本社を置かせる必要があるのか、もう一度見直しが必要だと思う。

2020年6月20日 (土)

大阪都構想の意味

 大阪都構想が、もう一度住民投票にかかるらしい。私個人としては、大阪の二重行政というか二重投資、例えば大阪市水道局と大阪府水道局の淀川での取水状況や、設備の重なり、を見ているだけに、都構想には賛成である。

 さて、ここでは別の切り口で、都構想の功績について考えてみたい。

 前から『日本教』について議論しているとき、

全体像を持った指導者の重要性

を指摘している。

 このような全体像は、既存の体制をそのまま利用するなら、

「今あるモノのイメージ」

で話ができる。

 しかし新しい世界観を提示する場合は、

全体的な話や設計図

を一度作っていないと、日本教の大衆には通用しない。

 今回の維新の指導者達は、都構想の設計図を作った経験で、全体像を握っているから、

日本教的な新規改革

を提示できると思う。

 もっと言えば、コロナ危機のような、

従来の延長で対処できない状況

に現実的に見事な対応を見せた大阪府の力は、このような全体像の詳細検討にあったのではと思う。 

2020年6月 4日 (木)

東京アラートと大阪の対応力は、何故違うのか? 維新の政治の強さの秘密

 今回、東京では第二次感染拡大の危険性が高まり、東京アラートなる、よく分からないモノがでている。しかしながら、大阪府などでは、住民の協力もあり、今のところ抑えることに成功している。この理由について、大阪の吉村知事は

 「ケンミン性」

 https://news.yahoo.co.jp/articles/ec81f14bd97baf252694552bb2ebb5d198657da7

と表現している。

 しかし、この違いについては、きちんと説明のつく面もある。このような成功理由を明確にすることは、今後の展開にもつながる。

 まず、一つ目の論点は、

「吉村知事の説明力」

である。大阪モデルについて、自分で納得しながら、色々と説明している。これは専門家の意見を聞きながらも、政治家として総合的に判断した結果である。小池都知事の会見には、専門家の意見の垂れ流しという感じがする。この違いが、住民に伝わる力の差となっている。

 しかし本当に大事なことは、大阪府における、維新の政治の積み重ねである。具体的に言えば

「住民の意思を大事にする政治」

が今まで積み重ねられてきたから、今回も自主的な参加が行われたと思う。

 これは、橋下知事の時代から

「ふわっとした民意を大事にする」

ことが実行されていた。そこで大阪府民は、

「自分たちが参加する府政」

を実感している。例えば、学校での暴力があれば、教育委員会の独立などを排除して、処罰されることは、民意の反映でもある。そこで、松井市長が

「医療従事者の防護服不足に対して、雨合羽を供出して!」

と叫べば、皆が参加していくようになる。

 この蓄積を、大阪府民は誇りに思うべきだし、政治家達も大事にしないといけない。

2020年5月13日 (水)

大阪のコロナ対策の力

 #吉村知事 率いる、大阪のコロナ対策は、突出して優れていると思う。この力を私は、『日本教』を忠実に実行しているからだと思う。つまり、『日本教』の教え通り

「指導者はきちんと全体像を持って皆を導いている」
「指導者は大衆を信頼している」

ので、

「市民に素早く情報公開し、参加させている」

ことが

「本当の意味の自粛=自発的な協力行動」

につながっている。例えば

「医療従事者のための雨合羽の提供」
に関しては
「寄付された雨合羽が医療従事者に渡るところを報道」

という形で、全員参加のサイクルを上手に回している。

 また、専門家の扱いも上手い。

「医療崩壊を防ぐことが第一優先」

と専門分野毎で異なる見解を、相互的な判断で整理している。これが本当の政治の働きだと思う。

 大衆も参加した、『日本教』的な対応は、ドイツなどの『規則主義』対応に勝ることを結果として示せるようしたい。 

2020年4月 7日 (火)

『日本教』的な緊急事態宣言

 本日中に首相が緊急事態宣言を出すらしい。しかし、この宣言は中国のような独裁国や、欧米の自由主義国と比べても、『生ぬるい』と評価されるだろう。危険地域の封鎖などもできないし、買い物もできる。このような生ぬるい対応で良いのだろうか?

 一年前の私なら、これは

「軍事的な危機管理体制の弱さ」

と批判したと思う。つまり、欧米でも軍事に関して心得のある国なら

「戒厳令の発令」

として、危険地区封鎖などは実行する。我が国はできないのは

「平和ぼけ日本」

が原因と思っていた。

 しかしながら、『日本教』の発想でもう少し見直すと別の解釈も出てくる。私は前に日本教の教義を

「お上に対する無邪気なまでの信頼」

と書いた。しかしまではもう少し広げて

「人への信頼」

が根底にあると思う。つまり、

「『自粛』を言うのは、皆の良識に信頼があるから」

と言う発想である。もう少し言えば、今回の宣言は

「地方の自治に任せる」

形であり、ここにも

「責任転嫁の面もあるが、地方の力を信頼する面もある」

という『日本教』の発想がある。強烈なリーダーシップは見えないが、のらりくらりと医療崩壊をさせずに、この危機を乗り切る。これができれば、

「令和の日本教復権」

ができそうな気がする。

2020年1月25日 (土)

明治以降の「日本教」はそれまでの日本教と変化した

 先日まで『日本教』について、山本七平の議論を踏まえて、色々と考えてきた。その中で、山本七平の議論は、主に明治維新以降の日本の体制に検討を加えているように思う。確かに、日本的革命と言うことで、承久の乱に関しての考察は鋭いが、『空体語』が猛威を振るうのは、明治維新以降の話だと私は考えている。

 そこで、明治維新以降の『日本教』と、それまでの日本教に関してはどこが違うのだろうか?私は以下の二点で違っているように思う。

  1. それまでの地方分権的発想での多様性が明治以降はなくなる
  2. 西洋文明の科学の力がかなり影響している

 まず、地方分権と言ったが、これは江戸時代の各藩の独自性が頭にあった。しかしそれ以外にも、武士の道徳と商人の道徳が独立した面もあるし、僧侶と儒者も独自の発想があった。これらが、互いの独立性を認めながら相互に歩み寄っていた。これが徳川の平和の一面だと思う。次に、西洋文明の科学は、圧倒的な力を持っていた。これを吸収できるように、学校制度などが急速に普及していく。それまでの、日本の文化吸収は、和魂漢才の時も、長い時間を費やして、咀嚼していた。このような悠長なことが許されないのが明治期であり、これに耐える学校制度などが無事展開したのは、それまでの『日本教』の力であった。

 しかし学校制度などで学ぶ、西洋文明的発想が強く入り込み

『正しいと言うことが西洋文明の理論的にいえる世界』

が部分的にでも展開した。

 このような影響を受け、『日本教』は、一様な西洋文明対応の『日本教』になったように思う。

 この結果、多様性への対応力がなくなったのが現在の問題だと思う。

2020年1月16日 (木)

均質化した社会しか見ない人が増えているのではないか?

 昔ある学会で、ある大学教授と論争したとき

「あなたたちは『会社』と『社会』を混同している」

という,『会社人間』にとっては痛い指摘を受けた。

 しかし、この問題は近頃の世相を見ると、もっと深く考える必要がある。例えば、『地方創生』に関連した『都会化』という問題でも、

「地域の独自性を無視し、東京だけを見ている」

という批判が出てくる。このような問題の共通的な原因は、

「均質的なモノへの押し込め」
または
「逸脱者の排除」

という発想である。会社の場合になら、

「採用試験という選別を通し、一つの目的に合わせた社会」

であり都市化の場合でも

「都市に住みたい者だけの社会」

「逸脱者は帰れ」

という発想になることが多い。(逆に、某市に逸脱者を押し込めようとした例もある)

 この様な、『均質人材社会』は、『社会の高学歴化』でますます進行しているように思う。

 「学校で学んだ理論が成立する社会」

このような社会を『理想的』と思ってよいのだろうか? 

2020年1月 8日 (水)

地域の創生のために江戸時代の勉強

 地域活性化という議論をする時には、江戸時代の藩制度を見直すことも大事だと思う。徳川幕府は、時々は国替えを行ったが、原則として諸藩にその土地で継続的に支配させた。そこ結果、『一所懸命』の統治は、殖産興業という形で地域の繁栄に貢献している。従って、江戸時代の制度を見て、これを地域活性化の理想的な形と言うべきだろうか?

 ところが、一つ大きな突っ込みどころがある。

「幕末には多くの藩が経済的に破綻していた」

と言う事実である。徳川幕府自体もかなり破綻に近かったが、地方ももっとひどい状況であった。確かに、色々な開墾や、地域独自の産業を興すことで、江戸時代の初期からは生産性の向上は行われた。しかし、制度的に破綻しかかっていた。

 さて、もう少し江戸時代を見ると、徳川家康は関東地方を、多数の人間が住める土地に仕上げている。これは、治水・利水をきちんと行い、貨幣制度を確立するなどの政治的な指導力のたまものである。この『先行的成功事例』を学んで、各藩は独自の開拓を行っていった。このように、

「中央の模範例を見て、地域ごとの独自性を付け加える」

形で江戸時代の初めの方の地域の活性化は、多くの所で上手くいっている。

 しかし、その後は

「名君や天才的な指導者が出たところ」

はなんとか経済的に立て直したが、多くは破綻寸前となっている。

 この原因には色々な理由があるが、やはり

「時代環境を見て適切な指導する人材が不足している」

点が致命的だった。

 「XXの田舎者」の「有力者」

と言われる人たちが、考える力なしに権威を振りかざすと、分権しても失敗するだろう。 

2020年1月 6日 (月)

地域創生のためには過去の清算が必要

 昨年末の紅白を見て、石川さゆりの「津楽海峡冬景色」を聞いたら、

「上野発の夜行列車も、青函連絡船もなくなっている。」
「この歌が見ている風景はもうない。」

と強く感じた。更にここから思いついた歌が

1964年、伊沢八郎の「ああ上野駅」

である。この歌が見た世界は、中学卒業したばかりの子供達が、集団就職で東京に出てくる姿であった。このような子供が親元を離れて働きに出る。この理由は

「当時の高度成長では、工業化が進み多くの職人をそろえる必要があった。
そこで中学卒業などの若い世代を訓練し、終身雇用で抱え込む。」

と言う、高度成長が背景にあった。ここで、「ああ上野駅」の時代には、親元を離れることへの寂しさや、抵抗があった。

 そこで通産省などが取った政策が

「憧れの東京戦略」

である。つまり、

「憧れの東京に喜んで出てくる」

「空気」を日本中に作ったのである。例えば、地方年にも「XX銀座」という通りを作る、これで

「まがい物の東京」

に慣れている人間は、東京に出ることに喜びを感じるようになる。その一つの成果が

1984年 吉幾三「おら東京さ行ぐだ」

である。

 このように、通産省などの頑張りで、東京の憧れをあおった後遺症が現在も残っている。

 この過去の清算をきちんと行わないと、地域創生は難しいと思う。

2019年12月21日 (土)

鉄と島国の関係

 日本は、6世紀頃から「たたら製鉄」を行って、鉄の道具を色々と使っている。一方、西洋文明を見ると、いち早く青銅の世界から抜けて、鉄の道具に切り替えたのがイギリスである。両者の共通点は、大文明の辺境の島国という点である。

 文明の影響を受けて、色々な情報は入ってくる。しかし、モノの流通には色々と苦労する.これが辺境の島国である。そこでは、分業的な対応や流動的な人の流れも、ある程度制限されてくる。このような状況で

「一所懸命」

が成立する。つまり、

「自分たちの手元で手に入る最善のモノを使い、可能性を拓いていく」

努力を多くの人が行うようになる。また先行文明の

「よいとこ取り」

も可能になる。またこれに加えて、

「持続的な成長可能性」

を考えるようになる。

 そこで、「たたら製鉄」の事例で考えると、鉄鉱石または砂鉄の採集作業では、山を削ったり、川を砂で埋める等の環境破壊がある.沙汰に製鉄に必要な木炭も多くの木材を必要とする。このような環境破壊を見ながらも、鉄の力を活湯して行く。こうして、利益と損失のバランスを総合的、長期的な視点で見るのが

「一所懸命」

の成果だと思う。こうして、全てを自分の問題として主体的かつ総合的に考える。このような人在が地方の活性化に必要である。